2021年12月28日火曜日

絵と詩 吹雪のあとの風景

 

(オリジナルイラスト)


昨夜は猛吹雪だった。
朝、雪道を散歩した。
湖は厚い氷が張り、山も森も雪で真っ白だった。
歩道の電信柱は傾き、電線はカチカチに凍結していた。
今夜も吹雪だろうか。
凍てついた湖のほとりを歩き回った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年12月21日火曜日

絵と詩 町のケーキ屋さん

 

              (オリジナルイラスト)

もうすぐクリスマス。ケーキ屋さんは大忙し。
近所の人や会社帰りの人が毎日ケーキを買いにやって来る。
公園の傍のこのお店にも朝からお客さんが絶えない。
今朝は大雪だった。クリスマスツリーにもたくさん雪が積もって、
どこもかしこも白一色。
朝から晩までひとりでケーキを作っているので、
来年は人を雇おうかなと考えている。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年12月9日木曜日

聖書物語 山上の説教

 

(オリジナルイラスト)


  イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこで、イエスは口を開き、教えられた。

幸い
心の貧しい人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。

悲しむ人々は、幸いである、
その人たちは慰められる。

柔和な人々は、幸いである、
その人たちは地を受け継ぐ。

義に飢え渇く人々は、幸いである、
その人たちは満たされる。

憐れみ深い人々は、幸いである、
その人たちは憐れみを受ける。

心の清い人々は、幸いである、
その人たちは神を見る。

平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。

義のために迫害される人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。

わたしのためにののしられ、 迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。 あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。

復讐してはならない
「あなたがたも聞いているとおり、「目には目を、歯には歯を」と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。だれかが、1ミリオン行くように強いるなら、一緒に2ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」

敵を愛しなさい
「あなたがたも聞いているとおり、「隣人を愛し、敵を憎め」と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」

天に富を積みなさい
「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

人を裁くな
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、「あなたの目からおが屑を取らせてください」と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたたちにかみついてくるだろう。」

求めなさい
「求めなさい、そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探すものは見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者によい物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」

(新約聖書 マタイによる福音書より)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年12月5日日曜日

聖書物語 悪霊を追い払うイエス・キリスト

 

(オリジナルイラスト)

 イエスは会堂を立ち去り、シモンの家にお入りになった。シモンのしゅうとめが高い熱に苦しんでいたので、人々は彼女のことをイエスに頼んだ。イエスが枕もとに立って熱を𠮟りつけると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした。
 日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れてきた。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。悪霊もわめき立て、「お前は神の子だ」と言いながら、多くの人々から出て行った。
 イエスは悪霊を戒めて、ものを言うことをお許しにならなかった。悪霊は、イエスをメシアだと知っていたからである。

(新約聖書 ルカによる福音書より)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2021年12月1日水曜日

(連載推理小説)軽井沢人形館事件

  
         5

 手紙を読んで私はすぐに軽井沢へ向かった。運転しながらいまごろ軽井沢で何が起こっているのかとても気になった。
「大変なことってなんだろう。事件は解決しているのに。人形ロボットが行方不明だって、何のことだろう」
 軽井沢の木田の別荘に着いたのは午後3時過ぎだった。木田は車の音を聞いて、すぐに小屋から出てきた。
「よく来てくれた、じつは犯人の二人があとからこんなことを供述したんだ」
 木田は慌てたように話した。
「二人は逮捕されてから、制作したすべての人形ロボットを警察に引き渡したが、その内の一台が行方不明になっていることを黙っていた。その人形ロボットは茶色の髪の女性だ。動作テストをしている最中に行方不明になったそうだ」
 私は口をはさんだ。
「盗みを指示するだけで動くロボットだから、いずれ発見されるだろう。そんなに慌てなくてもいいんじゃないか」
 私の冷静な話しぶりに木田は少しいらついた様子で、
「それがじつは大変なことなんだ。犯人たちの話では、人形ロボットに備えてある人工知能には、人に見られたときは相手を殺せと指示が出されていたんだ」
「え、なんだって、それ本当か」
 木田は詳しく説明してくれた。
「行方不明になっている人形ロボットにもその指示が出されている。殺せの指示のプログラムを削除しない限り、人形ロボットは見られた人に襲いかかる。だから行方不明の人形ロボットを早急に見つけて、破壊するか、プログラムを削除するしかないんだ。人口知能を備えているから、自分で考えながら行動するのでそう簡単には捕まらない」
 私は木田の話を聞いて、早速行動することにした。
「警察の方ではすでに捜索を開始している。どちらが先に見つけ出せるかだ」
 私はその夜、木田といろいろ作戦を練った。
 木田はこれまで警察から発表された情報をさらに詳しく話した。それによると、人口知能ロボットのほとんどが女性だが、その手の握力は150㎏の強さで、人を簡単に絞殺できるそうだ。犯人の二人は、そんな凶器も取り付けていたのだ。でも逃走した人形ロボットはいったいどこに潜んでいるのだろうか。いまのところ人形ロボットによる被害の情報は入っていない。おそらく軽井沢の林の中のどこかに潜んでいるのだ。
 翌朝、木田と二人で自転車を二人乗りして、旧軽井沢の別荘地から探すことにした。もちろん人形館にも足を運んで近くの林の中を調べた。林道にはパトカーがあちこちに止まっており、警官の姿を何度も見た。彼らも人形ロボットを捜しているのだった。
 以前散歩したショー記念礼拝堂の近くの林道を歩いていたときだ。犯人の眼鏡の男が林の中に立っていた場所を通った。
「テスターのリード棒以外に、何か落ちていないかな」
 そう思って辺りを眺めていたとき、その場所からすこし離れた草むらに目がいった。草の中に小さな紙切れのようなものが落ちていたのだ。そばへいって拾ってみた。雨に濡れたせいで、鉛筆で書いた文字が薄くなって読みにくい。でもある文字に注意がいった。Murder(マーダー。殺し)その下に15#sug2ntufto4tの不規則な英数字が書かれていたのだ。
「これはプログラムの数字だな。眼鏡の男はこの紙を必死になって探していたんだ」
「そうだとするとこの番号の項目を削除すれば殺しの指示を止めることができるのか」
 私たちは小屋へ帰ることにした。
 その夜、私たちは捜す範囲を軽井沢の全域まで拡大させることに決めた。
 深夜のことだった。眠っていたとき、小屋の外で足音が聞こえた。木田がトイレに出たのかと思った。でも違った。木田は横で眠っている。木田以外に誰か外にいるのだろうか。そうだ、警察かも知れない。警察も人形ロボットを夜も捜しているからだ。でも気になるのでそっと窓から外を覗いてみた。外には誰もいなかった。でも足音は確かに聞こえたのである。
 朝になって木田に昨夜のことを話してみた。
「じゃ、あの人形ロボットかもしれないな」
 木田の言葉を聞いて、私の頭の中でふとこんな推測が浮かんだ。
「行方不明になっている人形ロボットは、木田が何度も目撃した茶色の長い髪のロボットではないのか。そうだとしたら、プログラムに記録された指示に従って、木田を殺す機会を狙っているのかもしれない」
 私はその推測を木田に説明した。木田はそれを聞いて驚いたが、
「それだったら、おれがおとりになってもいいな。おそらく人形ロボットはまたこの小屋にやってくるに違いない。この小屋に入ってきたら閉じ込めてしまうのがいい」
 昨夜の足音はきっと木田が何度も見た茶色の髪のロボットなのだ。木田を殺すつもりでやって来たが、私がいたので引き返したのだ。そうだとすれば、木田がひとりのときにまたやってくる。私は林の中で隠れていればいい。
 犯人たちが作った人形ロボットは深夜に行動するようにプログラムされているから、夜になったらまた必ずやってくる。
「じゃ、今夜実行しよう」
 私たちは夜を待った。陽が沈むと私は小屋の近くの林に身を潜めて待つことにした。木田は普段通り明かりをつけて小屋の中にいた。
 深夜0時が過ぎたとき、近くの林の中から足音が聞こえてきた。静かに小屋の方へ歩いて来る。やがて林の中から人影のようなものが現れた。月明かりで、やがてそれが確認できた。茶色の長い髪の女性の人形ロボットだった。大きな眼は不気味だった。想像していたよりも大柄なロボットだ。動きはギクシャクして、小屋へゆっくり歩いてくる。木田も足音に気づいたようで後ろの窓を開けると素早く外へ逃げた。
 人形ロボットは小屋の前に立った。扉のノブを回して小屋の中へ入った。私はそれを確認すると林から飛び出して小屋の扉に鍵を掛けた。人形ロボットは閉じ込められたことが分かって小屋の中で暴れていた。
 私はスマホで警察に電話をした。しばらくすると近くで捜索していたパトカーが3台私たちの小屋へ駆けつけた。人形ロボットは警官たちによって取り押さえられた。ロボットの専門家が同乗していたので、その場で解体して運ばれていった。
 それを見届けた私たちは胸をなでおろした。
「これで今回の事件は本当にすべて解決した」
 木田もほっとした様子で、
「よかった、次の小説は、この事件をヒントに推理小説を書いてみるよ」
 翌朝、私は木田と別れて軽井沢をあとにした。(完)

(オリジナル推理小説 未発表作)

               (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月27日土曜日

(連載推理小説) 軽井沢人形館事件

           
          4 

 小屋へ帰ってきた夜、私は次のような推理を木田に話した。
「おれの推理はこうだ。眼鏡の男はあの家で人形ロボットの外観を制作しているのだ。ゴミ箱に入っていたプラスチックの破片や塗料などでわかる。そしてもうひとりは浅間山麓のあの家の中で人工知能を備えたロボットの骨組みを制作しているのだ。ゴミ箱の中に、鋼や電気部品がたくさん入っていた。
 先ずロボットの骨組みが完成すると、決まった日の深夜に軽トラックに完成した骨組みを積んで人形館に運ぶ。人形館では眼鏡の男が骨組みのロボットにプラスチックの外観を取り付け、きれいに塗装して完成させる。そして深夜ロボットの動作テストを林の中で行っていた。テスターのリード棒もそのときに落としたのだ。おれの推理が当たっているとすると、デパートやショッピングモールの盗難事件もあいつらの仕業だ」
 木田も聞きながら同感したようだ。
「じゃあ、あいつらの行動を突きとめよう」
「そうだな、軽トラックでロボットを運ぶのは土曜日だからその深夜に確認しに行こう。おれは車で浅間山麓のあの洋館を監視するから、お前は人形館を見張ってくれ」
 私たちは相談を終えると、その日を待つことにした。
 数日後、旧軽井沢の喫茶店に行ったとき新聞に県外でも盗難事件が多発している記事が出ていた。記事によると盗難にあった店の数か月前から不審な車が駐車場に止まっていることが確認されていた。ナンバーは取り換えられており、店の周りをうろついている犯人らしい人物たちの映像が掲載されていた。
 土曜日がやってきた。今夜、男たちの行動を監視する日になった。曇りがちな天気だったが、天気予報では今夜は晴れるといっていた。
 夜になった。私は車に乗って浅間山麓の洋館に行った。木田は人形館を見張るのである。
 私は洋館の裏手の林の中へ車を止めて、庭が見渡せる柵の後ろの林の中に隠れていた。季節は春だが、夜の軽井沢はまだ冬の寒さだ。身体が冷えてくるのでジャンパーと手袋を付けて洋館から出てくる男を待っていた。でも何時頃に出かけるのだろうか。物置には軽トラックが入れてあるのだ。
 深夜0時が過ぎた。林の中は暗闇に包まれている。あまり寒いので車から毛布を持ってきた。それにくるまってじっと待った。午前1時が過ぎた頃、洋館の玄関の戸が開いた。中から大きなケースを持った男が出てきた。男は人形館で見た男だった。
「あのケースの中はロボットだ」
 男は物置まで歩いて行くと扉を開けた。思った通り軽トラックが入っていた。幌付の車だった。男はケースを積み込むとエンジンを掛けた。明るいライトがこちらを照らしたので私は草の中へ身をかがめた。
 軽トラックは洋館から出て行った。車の音が次第に消えて行った。
「やっぱりおれの推理どおりだった。軽トラックは人形館へ向かっているのだ」
 私は男の行動をスマホで何枚も撮影した。これらの映像は確実な証拠になるのだ。
「木田が人形館を監視している。軽トラックが人形館へ着き、さっきのケースを家の中へ運んでいる現場を押さえれば推理通りになるのだ」
 私は軽トラックが走って行った後、山麓を降りていった。長い時間林の中に隠れていたのでずいぶん身体が冷え切っていた。
 私は山を降りて人形館へ向かった。人形館のすぐ近くにきたとき、林の中から懐中電灯を照らして木田が出てきた。車の窓を開けると木田も寒そうな様子で、
「お前の言ったとおりだった。軽トラックが人形館へ入っていった。眼鏡の男が出てきて、二人で大きなケースを家の中へ運んでいる現場を見た。軽トラックはいま物置に入れてある」
「これですべてが分かった。証拠画像もある。さあ帰ろう」
 私は木田を車に乗せて小屋へ戻った。
 数日後、私は軽井沢警察に電話を掛けた。
テレビや新聞で取り上げられている盗難事件の情報を提供したのだ。そして撮影した画像もスマホで送った。
 警察ではその証拠画像を県警で調べて、人形館と浅間山麓の洋館とを捜査した。
 どちらの館にも工房があり、その中で人形が制作されていた。二人の男も現行犯逮捕された。
 取り調べをしていく過程で新たなことも分かった。県外にグループが存在し、二人は完成した人形ロボットを提供していたのだ。
 二人の男は1年前から軽井沢に住み込んで人形ロボットの制作をしていた。ロボットの骨組みを制作する作業は、鋼を切断したり、打ち付けたり、溶接するときに音が出るので、周囲に別荘が少ない浅間山麓の洋館を選んだのである。骨組みが出来ると、それにモーター、バッテリーなどの電気部品を取り付け、頭部には人工知能も取り付けた。
 新聞には犯人たちの詳しい手口が次のように書かれていた。
 犯人たちは事前にデパートやショッピングモールを何度も下見に行き、店の商品の場所、監視カメラの位置などを確認し、出入り出来る窓や正面ドア、非常口の鍵の種類を調べた。   
 下見が終わったあと合鍵を用意し、人口知能ロボットに持たせ、店が閉まった夜に合鍵で店の鍵を開け、中の商品を盗み、外で待機している犯人たちに渡して車で逃げる手口だった。
 ロボットには高性能のカメラが取り付けてあり、作業中の様子がリアルタイムで分かる。犯人たちはモニター画面を見ながらロボットに必要な指示を出していたのである。
 県外のグループも同様の方法でデパートやショッピングモールなども狙ったのである。
 事件が解決した数日後、私は前橋に帰ることにした。
「こんな犯罪にかかわるとは思ってもみなかった。でもこの20日間は実に楽しかった」
 木田も、小説を書きあげてほっとした様子で、
「また仕事が休みのときは遊びに来てくれ。今度来るときはもっと住みやすい小屋にしておくから」
 翌日、木田と別れて私は前橋へ帰った。
 前橋に戻って自分のアパートに帰り着くと冷蔵庫の中には何もなく、外食に行くことにした。近くのファミリーレストランでランチを食べて町をぶらぶらした。でもいつになったら仕事が再開されるのか心配である。貯金もずいぶん減っているのだ。
「コロナのせいでえらい迷惑だ。新しい仕事を見つけようかな」
 そんなことを考えながら歩いていた。来週の木曜日はマンドリンクラブの練習がある。2週間休んでいたから行かないといけない。秋の定期演奏会のことも気になっていた。
 5日後、昼食が終わって部屋でゴロゴロしていた時、玄関のチャイムが鳴った。郵便配達だった。
「速達郵便です」
 封筒を受け取って差出し人を見ると木田だった。
「どうしたんだろう」
 すぐに封筒を開いて手紙を読んでみた。
―大変なことが起きた。すぐに来てくれ、詳しいことはあとから話す。人形ロボットが一台行方不明なんだ。 ―木田。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

              (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月23日火曜日

(連載推理小説)軽井沢人形館事件

 
          3

 翌日、木田の小屋の中で、私たちは人形館と浅間山麓の洋館の関係についていろいろと議論した。
 週末に浅間山麓から降りてくる車は、きっと人形館へ行くのだ。でも何の目的だろう。木田は、それはお前の考えすぎだといったが、私には何か事件のようなものがあるのではないかと疑った。
 午後、旧軽井沢の商店街へ行かないかと木田がいった。軽井沢へやってくる観光客は必ずこの商店街で買い物をしていく。ついでに原稿用紙が切れたので行きつけの書店で買いたいといった。私も本が読みたくなったので自転車を二人乗りして出かけた。
 最初に書店に行って木田は原稿用紙を買い、私は人口知能に関する本を買った。
 書店を出て、旧軽井沢の商店街をぶらぶら散歩した。いろんなお店が並んでいた。レストラン、化粧店、靴屋、洋服店、帽子屋、陶芸店、喫茶店、夏は観光客でごった返すが、まだ4月なので人の数は多くない。
 商店街の端に、堀辰雄の小説「美しい村」にも出てくる聖パウロカトリック教会があり、そこに行って少し休憩することにした。
 昭和の初め頃には、この教会の周囲はなにもない田舎だったが、今はずいぶんお店も多い。
 教会に入って長椅子に腰かけて休んだ。小型のパイプオルガンが後ろに置いてあり、ミサの時に使用するのだ。一度ミサに来てみたいなと木田にいうと、
「次の日曜日に見学に来ようか」といった。
 教会を出てから、国道を歩きながら、つるや旅館の方へ歩いて行って、室生犀星記念館とショー記念礼拝堂をもう一度見てから人形館へ行ってみることにした。
 途中の林道を歩いていたときだった。黒のTシャツと白いズボン姿の眼鏡を掛けた男が林の中で何か探していた。私たちを見ると、驚いたように矢ケ崎川の方へ歩いて行った。
「何を捜していたんだろう」
 木田が言ったが、知らない人物なので私たちは気にせずに通り過ぎた。
 そのあとで、木田が、「銭湯に行かないか」といった。小屋では木田が自作した簡易シャワーしか使っていなかったので行くことにした。
 久しぶりに入る銭湯は気持ちがよかった。小屋の簡易シャワーとはぜんぜん違う。お風呂から上がって着替え所に座ってテレビを見ていると、バラエティー番組をやっていた。
 最近の芸能人はよく知らない。でもなかなか面白い番組だった。番組が終わってから地元のニュースになった。ニュースは最近、県内で起きている盗難事件のことだった。
 県内のデパート、ショッピングモールで商品が紛失する事件が話題だった。何者かが店が閉まったあと、店内に忍びこみ商品を盗む事件が多発していた。宝石や貴金属、ブランドの鞄、洋服など高級品が多く、数千万円の被害だといっていた。
 警察では1か月前から各デパートとショッピングモールの駐車場に設置された監視カメラに映っている不審な二人の男の映像を公開していた。顔はマスクを付けているので分からないが、両方とも身長が170センチくらいでひとりは眼鏡を掛けている。
「捜査はぜんぜん進んでいないのか。どんな方法でやったのだろう」
 私たちはぼんやり考えながら銭湯を出た。
 小屋へ帰ってきた頃は日も沈んでいた。いつものように木田に夕食を作ってもらった。メニューはボンカレーだった。疲れていたのでそんなものでも美味しかった。
 夜、木田は今年発行される文学サークルの同人誌に載せる原稿を書いていた。今回は100枚のホラー作品だといった。いつもは10枚程度の作品ばかりだが、ずいぶん張り切っている。締め切りは今月末だそうだ。
 私は買ってきた「人工知能の未来」という本を読んでみた。将来はこの技術を使ったいろんな商品が出来ると書いてある。
 自動車やタクシーは自動運転になるし、掃除もロボットがみんなやってくれる。人工知能は学習によって自分の判断だけでものを考えることも出来る。世の中はさらに便利になるのだ。人工知能を使う知識があれば素人だっていろんなものに応用できるのだ。
 読みながらロボットという言葉がやけに気になった。
「人形ロボットを制作し、それに人工知能を取り付けたら犯罪だった可能だな」
 そう思ったとき、ふとあの人形館はそれを制作しているのではないかなと思った。
 そう考えるといろんな推測が浮かんできた。
 そのとき木田が言った。
「コーヒーを入れようか。今夜は原稿の下書きを書き終えたいから」
「入れてくれよ。おれもこの本を読んでしまいたい。ところであの人形館のことだけど」
 私は木田に入れてもらったコーヒーを飲みながら自分の推理を話した。
 木田はそれは面白い推理だと賛同してくれた。
「じゃあ、次の日曜日にカトリック教会のミサへ見学に行った帰り、もう一度人形館の周辺を調べてみよう」
 木田も賛成してくれた。
 日曜日になった。数日間雨の日が続き、どこへも行けなかったが、今朝は空はよく晴れて散歩にはもってこいの天気だった。自転車を二人乗りしてカトリック教会へ出かけて行った。
 教会のミサは9時にはじまる。教会の中は信者でいっぱいだった。私たちはじゃまにならないように一番後ろの席に座った。讃美歌のときにパイプオルガンも演奏された。豪華なミサで驚いた。軽井沢で聴いたはじめての音楽だった。
 ミサが終わると、私たちはショー記念礼拝堂の方へ向かって行った。途中でこの前、眼鏡の男がいた場所を調べることにした。
 林の中は草がぼうぼうに生えており、男が何を捜していたのか、しばらく二人で草をかき分け注意深く捜したが、まったく成果がなかった。あきらめようとしたときだった。木田が何かを見つけた。
「捜していたのはこれじゃないか」
 木田の手に細い棒状のものが握られていた。
「電気を測るテスターのリード棒だ。男はこれを捜していたんだ」
「何に使っていたのかな」
「おれの考えでは昨日捜していた男は、この林の中で人形ロボットの動作テストをしていたんだ。それも誰もいないときに」
「じゃ、おれがたびたび見た人形ロボットもあの男がテストをしていたのかな」
「多分そうだろう。人形館はロボット工房さ。とにかく人形館へ行ってもっと詳しく調べてみよう」
 私たちは人形館へ歩いて行った。館に着くと雨が降ったせいで、自動車のタイヤの跡がたくさん残っていた。昨日は土曜日だ。この前深夜に車を見たのも土曜日だった。私は浅間山麓にある同じ作りの洋館と人形館の関係についてもいろいろと考察してみた。
 館の敷地に入ると、今日は窓のカーテンがきっちり閉まって中の様子は分からなかった。
 家のうしろへ行ってみた。ゴミ箱の中は処分したのかあまり入っていなかった。でもペンキの付いたぼろ布や使い古しの筆が捨ててあった。それよりも物置に目がいった。車のタイヤの跡が物置まで続いていたのだ。この物置はガレージなのだ。中に車が入っているのは間違いない。
 そのとき、反対側の林道から人が歩いてくる姿が見えた。私たちは柵を飛び越えて林の中へ隠れた。
 歩いてきたのは二人の人物だった。二人は家の敷地へ入ってきた。一人はこの前、林の中を捜していた眼鏡の男だった。もう一人はーと思ったとき木田が驚いたように、
「あいつは!」
 木田は小声でいった。
「あの男はたびたび図書館や書店で出会っている。いつも電気工学や機械工学の本を借りていた。最近はAI関係の本を捜していた」
 私たちはその二人の人物がこの人形館の住人であることを知った。二人ともテレビのニュースで公開されている不審な人物とよく似ていると思った。背の高さも歩き方もそっくりなのだ。
 二人は玄関の鍵をはずして家の中へ入った。それっきり出てこなかった。私たちは林の中にしばらく身を潜めていたが、やがて帰ることにした。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

               (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月19日金曜日

(連載推理小説) 軽井沢人形館事件

           

          2

木田が話した人形館は、このショー記念館礼拝堂から東へ100メートルくらい離れた国道沿いを流れる矢ケ崎川の向こう岸の林の中に建っている。
 つるや旅館まで引き返してきて、国道を300メートルほど東へ行くと、ショー記念礼拝堂が見えてきた。
ショー記念礼拝堂は、明治時代、カナダの英国国教会の宣教師、アレクサンダー・クロフト・ショーによって建てられたプロテスタント教会である。木造の質素な作りの教会で祭壇には十字架しか掛かっていない。木田は散歩の途中にここへもよくやってきて、一番後ろの長椅子に腰かけて小説のアイデアを考えたり、昼寝をしたりするそうだ。
 ショー記念礼拝堂を出て、国道の傍を流れている矢ケ崎川の橋を渡って人形館のある方へ行ってみた。車がやっと通れるくらいの小道を歩いて行くと、林の中に赤レンガ造りの洋館が建っていた。
「あれがそうか」
 人形館は鉄の柵に囲まれていた。門の留め金が外れていて庭の中へ容易に入ることが出来た。庭は雑草が生い茂り、長い間手入れがされていなかった。小道には車のタイヤのあとが残っており、人の出入りはあるようだ。
 赤レンガの壁には蔦の蔓が伸び放題になっていた。窓はカーテンが降りているが、1階のカーテンの端が少し空いており、部屋の中を覗くことが出来た。薄暗い部屋の中は人形だらけだった。現代の人形が多かったが、中には18世紀から19世紀頃の世界のアンティークな人形もあった。
「ひやあ、すごい趣味だな。よくこんなにたくさん集めたものだ」
 二階の窓にも薄いカーテン越しに人形が山積みされているのがわかった。私たちはこの家にどんな人が住んでいるのかいろいろと想像を膨らませた。もっと意外なものがないか家の周りを捜してみた。
 館のそばに物置があった。鍵がかかっているので何が入れてあるのか分からない。その後ろにゴミ箱が並んでいた。蓋が盛り上がっていたのでゴミがいっぱい入っているのだ。蓋を開けてみた。
「なんだこれは」
 ゴミ箱に入っていたのは、大小様々なプラスチックの破片、ナイロン紐、ネジ、金具、ビス、ワイヤーなどだった。ほかにもいろんな色の油性塗料の空き缶やシンナー、ボロ布などが入っていた。
「オリジナルの人形でも作っているのかな」
「大変な人形マニアだな」
 それに不思議に思うことは小道に残っているタイヤの跡だ。軽自動車のタイヤだと分かる。こんな静まり返った洋館に誰が来るのであろうか。洋館の周囲にほかに別荘はなく、隠れるようにこの家だけが建っているのだ。
 そのときだった。部屋の中で物音がした。何かが倒れる音だった。
「誰かいるのかな」
 人形館には誰も住んでいないと思っていたので二人とも度肝を抜かれたように驚いた。気味が悪いので敷地から外へ出た。
 しばらく林のうしろに隠れて洋館を見ていたが何事もなかった。
 私たちはその日は帰ることにした。もと来た林の小道を歩きながら、自転車で木田の小屋まで帰って行った。
 夕食を取りながら、人形館のことを木田と長い間話し合った。私はその夜も木田の小屋に泊まった。
 深夜のことだ、トイレに行きたくなって目を覚ました。星が綺麗だったので、煙草でも吸いながらしばらく夜空を見ていた。夜はずいぶん寒いのだ。林の葉の隙間から月が輝いている。きれいな星空だった。
 そのとき浅間山麓の方から旧軽井沢の方へ降りてくる車のライトが見えた。こんな遅い時間に何の用事で降りてくるのだろう。林道は照明も少なく、夜道はずいぶん暗いのでライトの光がよくわかる。小屋へ戻ろうとしたとき、そばの林の木の枝が動いた。
「何だろう」
 驚いてじっと真っ暗な林の中を見ていると、それは木の枝に止まっていたフクロウが隣の木の枝に飛び移っただけだった。木田が話した人形ロボットのことが頭から離れずにいたからもしやと思ったのだ。小屋に戻ると木田はよく眠っていた。私は昨日の人形館のことが気になってなかなか眠りにつけなかった。
 翌朝、山田が浅間山麓へ行かないかといった。
「浅間山麓にも別荘がたくさんあるから案内しよう」
 午後から、自分の車に乗って二人で出かけて行った。白糸ハイランドウエイをしばらく走りながら、途中で浅間山麓の方へ登って行った。別荘地は上り坂が多くて、自転車や徒歩ではいけない。木田もほとんど行ったことがないといった。
 運転しながら昨夜、浅間山麓から降りてくる車のことを話したら、木田も週末に必ず車が降りてくるのを見たと答えた。いったいあの車はどこへ行くのだろうか。ふと疑問を感じた。
 浅間山は軽井沢のどこからでも山頂が見渡せる。標高2568mの成層火山で、ときどき噴煙を出している。山麓の上り坂を上がりながら、別荘のある道を走って行った。
 来た道をしっかり覚えておかないと、迷子になってしまう。まるで迷路だ。ある角を曲がったときだ。山田が「あっ」と呟いた。
「見ろよ、あの家」
 山田が指さした方を見ると左手の林の中に二階建ての赤レンガ造りの別荘があった。鉄柵には蔦がこびりついている。ただの別荘ならいいのだが、よく見ると驚いた。人形館とそっくりな家なのだ。同じ建設業者が建てたものだとわかった。
「調べてみよう」
 家の前に車を止めて、別荘の中へ入って行った。その場所にはタイヤのあとがたくさん残っていた。
 柵の扉は空いていた。敷地の中に入ると、家の様子を調べることにした。雑草が生い茂り、ずいぶん荒れ果てた庭だった。表札もなかった。ただ立ち入り禁止の札が張ってあった。
 窓のカーテンは閉まっていた。同じ所に物置があり、その後ろにゴミ箱が並んでいた。
 何が入っているのか確かめてみた。ゴミ箱の中には、切断した鋼、ネジ、使用済みの基盤、抵抗、ダイオード、電気コード、コンデンサー、乾電池などがぎっしり入っていた。
「ほとんどが電気部品だな」
「ああ、何を作っているんだろう」
 物置には鍵が掛かっており、開けることが出来なかった。誰もいないのか庭はひっそりとしていた。私たちは住人が帰って来ないうちに引き上げことにした。
 帰りは案の定道に迷ってしまった。何度も同じ道に出たり、迷路のような別荘地を走り回った。夕方ようやく小屋へ帰ることが出来た。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

               (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月15日月曜日

(連載推理小説)軽井沢人形館事件

        
            1
   
 晩春のある日、こんな手紙が送られてきた。
「軽井沢に別荘を持ってから遊びにこないか」
 手紙をくれたのは、遠い昔の知人からだった。いまの会社に入って四年ほど同じ課で仕事をしていたが、気まぐれな性格のために翌年の春に辞めてしまった。生まれは長野県で、その後は連絡もなくどこにいるのか分からなかった。
「軽井沢に住んでいたのか、でも別荘を持っているなんてすごいな。じゃあ行ってみるか」
 三年前の夏にも軽井沢へ遊びにいったことがあるのでだいたい道はわかっていた。次の金曜日に行くと返事を出した。会社はいまコロナ感染症の影響で休業中なのでちょうどよかった。
 当日の朝、前橋の自分のアパートを車で出発して関越自動車道に乗り、藤岡ジャンクションから上信越道に入って、一路軽井沢碓氷インターに向かった。前橋から軽井沢まで約1時間半で行ける。
 軽井沢碓氷インターを降りてから国道92号を走って、旧軽井沢にあるという知人の別荘へ向かった。軽井沢の町は車も多く、人で賑やかだが、別荘地へ入ると周囲は静かで樅や落葉松の林が群がっている自然の中に、たくさんの別荘が建っている。いつ来てもこの辺の別荘はりっぱな建物ばかりだ。
 夏になると、東京や神奈川から避暑客がたくさんやってくるが、まだ四月の軽井沢は寒く歩いている人も少ない。
 手紙には別荘の場所を記した地図が入っており、それを頼りに走っていった。でも、なかなか知人の別荘が見つからなかった。
 別荘地に入り込んでしまうと、どこをみても別荘だらけで迷って困る。同じところを何回もまわっているうちに、とうとう迷子になってしまった。しばらくしてゴミ捨て場の近くで、見覚えのある男がこちらを見て手を振っていた。
「あれは木田だ」
 そばまで行くとやっぱりそうだった。
「よくきてくれたな。ひさしぶりだ。待っていたんだ」
 車を降りた私を見て木田はいった。
「お前も元気そうじゃないか、何年ぶりかな。ずーっとここで暮らしているのか」
「そうなんだ。三年前に別荘を建てたんだ。さっそく案内しよう」
 木田を車に乗せると、狭い林道を走って行った。しばらく行くと林の中に小さな空き地があり、みすぼらしい小屋が建っていた。
「あれがそうか」
 がっかりしたが、やっぱりそうだった。
「まあ、ゆっくり泊まって行ってくれ」
 木田にいわれて小屋まで歩いて行った。
 わずか6畳ほどのほったて小屋で、電気もなく、水道も来てない不便な小屋だった。夜はランプを灯し、水は小屋の後ろを流れている川で洗濯をしたり、飲み水はろ過器を使って飲むそうだ。
「驚いただろう。僕にとってここはいい住み家なんだ」
 昔から神経が普通の人とどこか違っていたが、本人は実に満足している様子だ。多分、軽井沢の中で一番みすぼらしい別荘だろう。
 木田は日常の暮らしのことをいろいろと話してくれた。
 彼の毎日の日課は、朝から夕方まで小説を書くこと。書いた小説は、長野県の自分たちの文学サークルの同人誌に発表しており、最近はホラー小説の執筆に励んでいるそうだ。
 電気が来てないから、パソコンもワープロも使えず、手書きで小説を書いている。スマホも携帯も持っていない。
 週に一度軽井沢の町へ買い物に出かける。そのついでに軽井沢図書館で本を借りてくるのだそうだ。
 バイクも持っていないのでいつも自転車で出かける。小説が書けないときは、旧軽井沢の商店街をぶらついたり、林道を散歩している。
「まあ、ゆっくり泊って行ってくれ。明日、軽井沢の文学館などを紹介しよう。お前は休みの日は何をしているんだ」
「おれは前橋のマンドリンクラブに入って6年になる。秋には定期演奏会があるので、いま発表曲の練習中だ」
「へえ、音楽か。それはいいな。楽器が弾けたら楽しいだろうな」
 夕方になった。夕食を食べることにした。
食事といっても、ほとんどがカップ麺ばかりだ。
 軽井沢町は標高が940メートルで、夏は過ごしやすいが、冬はマイナス10℃くらいまで下がることがあるので、冬は林の中で薪を捜してきてそれをストーブに入れて使っているとのことだ。
 山田は会社を辞めてから、この小屋を建てるまで、ホテルの清掃のアルバイトでなんとか生活していたが今は無職だといった。
 小説はずーっと書き続けているが、一度も文学賞を取ったことがない。けれども本人は賞にはまったく無関心で、ただ面白い小説が書けさえすれば満足なのだ。
 林の中にぽつんと建つ木田の小屋に泊った翌朝、簡単な朝食をごちそうになって、自分の車でさっそく文学館を見学しに行った。
 最初に行ったのは追分にある堀辰雄文学記念館だった。開館時間は午前9時からで、まだ入場者は数人だけだった。記念館の中には堀辰雄の代表作「風立ちぬ」、「美しい村」、「幼年時代」、「菜穂子」などの初版の小説や自筆原稿、創作ノート、愛用したペーパーナイフ、万年筆などが展示されていた。
 意外にも同時代に活躍した詩人、立原道造の処女詩集「萱草に寄す」の初版本があった。楽譜くらいの大きさの薄っぺらな詩集だった。
 また昭和初期の頃の軽井沢の別荘の写真などもあり興味をそそられた。敷地の真ん中に小さな建物が建っていた。それは書庫で、堀辰雄の蔵書がたくさん入っていた。
 別館には堀辰雄が散歩のときに使っていた杖やベレー帽なども展示されていた。
 堀辰雄記念館を出てから、軽井沢図書館にも行った。思っていたよりも小さな図書館だった。 
「本を借りていくよ」
 木田は書棚へ行くと、「ドイツ怪奇短編小説集」「イギリス幻想小説集」「世界ホラー傑作短編集」などを借りた。木田は返却遅れの常習犯だったので、貸し出しの職員が嫌そうな顔をしていた。
 昼になったので、近くのレストランに行って日替わりランチを食べた。食べ終わってコーヒーを飲んでいたとき、木田が変に真面目な顔になって奇妙なことをいい出した。
「実は不思議な洋館があるんだ。館の中は人形ばかり置いてあって気味が悪いんだ」
 木田は話を続けた。
「ひと月前のことだ。室生犀星記念館のそばの林道を散歩していたとき、林の中で何か動いたんだ。山猿かと思ったけどそうじゃなかった。軽井沢には山猿がたくさんいるからね。でもそこにいたのはロボットみたいな人間なんだ。それも女性だ。茶色いロングヘアーの髪で、腕なんかずいぶん白かった。後ろ姿だけで顔はよくわからない。すぐに林の奥に姿を消したんだ」
「ロボットみたいな人間?。本当にそうか」
「動き方だ。なにかギクシャクした、あれは人形ロボットの動き方だった」
 木田の不思議な話を聞いて、私はとても興味をそそられた。
「それだけじゃないんだ」
 木田はさらに話を続けた。
 木田の話によると、その記念館の近くに軽井沢ショー記念礼拝堂が建っている。人形館はその礼拝堂の前を通る国道133号線の傍を流れる矢ケ崎川の向かいの林の中にあるのだ。木田はショー記念礼拝堂にもやってきて、一番後の長椅子に座って昼寝をすることがあるといった。
ある日の夕方、いつものように礼拝堂の中で昼寝をしていると、誰かが窓から覗いているような気がした。驚いて横の窓を見ると、ガラス越しに以前林の中で見た茶色の髪の女性だった。無表情でまるロボットのような顔で中を覗いていた。慌てて外へ出てみたが、そこにはもう女性の姿はなかった。林の中に消えたのだ。
 木田の話を聞いて、私はすぐにでも人形館へ行きたくなった。
「じゃあ、今からいってみよう」
 レストランを出ると、私たちは一先ず、木田の小屋に戻って車を置いて、自転車を二人乗りして人形館のある場所へ行くことにした。
 旧軽井沢は浅間山麓と違って、平坦な道ばかりなので木田はいつも自転車で散歩をしているのだ。
 国道を南へ走って行くと、つるや旅館があった。すぐ傍に小さな林道が通っていた。自転車を降りて歩いていくと、「室生犀星記念館」と書かれた表札が立っており、100坪くらいの広さの日本庭園があった。その奥に平屋建ての和風の家が見えた。記念館は入場無料でだれでも自由に出入り出来る。
「犀星は静かな所にこんな家を建てたのだな。ここだったらよく小説が書けただろう」
 室生犀星記念館を出てから、次は人形館へ行く途中にあるショー記念礼拝堂を見に行った。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

(オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2021年11月4日木曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)


 広い、広い瓦礫の原。土砂の山、死体、煉瓦の塊。巨大な塵塚と化した町。すべてはまだ青味がかった明け方の霧につつまれている。ただ背景をなしている岩山だけが、のぼってくる陽の光をうけて金色にそまりはじめている。この町へやってきた軍隊によって小説の主人公は助け出される。夢幻都市ペルレの街は完全に崩壊したのだ。招待主のパテラは謎の死を遂げ、とうとう彼の口から何の目的でここへ連れてこられたのかわからないままとなった。この夢の国の支配者パテラは、人間社会の裏面と「この世の終わり」を旧友に見せたかったのかも知れない。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第3部 第5章 結び)

(ボールペン、色鉛筆 水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2021年10月31日日曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)

 数限りない沢山の動物がどこからやってきたのか、それは謎だった。動物たちが町の本当の支配者だったし、また眼でみる限り彼らもそう思っていた。私がベッドに横たわると、まるで大都市にいるかのように、往来の足音やひずめの音がいつまでも聞こえてきた。らくだや野生のロバが街じゅうをかっぽしていて、それらをからかうのは危険だった。何よりも不気味なのは、動物の蔓延とともにはじまったある謎めいた事態の推移であって、それは、絶えまなく、ますます急速に進み、夢の国の完全な没落の原因になった。種々様々の素材でできた建物、多年にわたり集められた物件、この国の支配者がお金をつぎこんだすべてのものが、絶滅の運命に捧げられた。どこの壁にも亀裂が現われ、木材は腐り、鉄はさびつき、ガラスはくもり、その他さまざまな素材が崩れおちた。
 夢の国はますます腐敗し没落していった。殺人、集団自殺、強盗、流血騒ぎが日常的に起こり、街は汚物と廃物で溢れ、「この世の終わり」のときがやってきた。小説の主人公はこの夢の国からを出ることも出来ずにじっと耐えるしかなかった。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第3部 第3章 地獄)

(ボールペン、色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2021年10月26日火曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン


                             

 ペルレは、不可抗力の眠り病に冒された。眠り病はアルヒーフで突然起こり、そこから町と国へ広がっていった。誰一人としてその伝染病にはさからえなかった。まだ活力があると自慢にしていた人も、知らぬ間にどこかで病原菌にとりつかれていた。眠り病の伝染的な性質は、すぐさま認識されたが、しかしどの医者にも治療手段が見つからなかった。家にいられる人はすべて、できるかぎり家にいて、街で疫病に襲われないようにした。たいていの場合、強い疲労感が最初の徴候だったが、そのあと患者は一種痙攣性のあくびに襲われた。眼に砂がはいったように思い、瞼が重くなり、考えごとがすべてもうろうとしてきて、そのときちょうど立っていた場所でそのままぐったり座り込んでしまった。

 小説の主人公は、ペルレの街が次第に崩壊していく有様を日々体験していくが、なぜ自分がこの夢の国へ招待されたのか、招待主のクラウス・パテラを探しながら憂鬱な毎日を送る。病身の妻は疲れ果ててある日息を引きとる。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第3部 第3章 地獄)

(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2021年10月22日金曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン


(オリジナルイラスト)

 夜、ペルレの町の裏通りを通って歩いてゆくのは一つの苦行であった。研ぎすまされた感覚の持主にとっては、恐ろしい深淵がいくつもその顔をのぞかせていた。格子のはまった窓や地下室の通気孔からは、あらゆる音色の歎き声やうめき声が聞こえてきた。半開きになった扉の向こう側でおし殺した溜息が聞こえたりして、思わず絞殺とか犯罪とかを考えずにはいられないようなこともあった。 私が不安にみちた足どりで家路をさして歩いてゆくと、千通りもの、いや一万通りもの嘲りの声が私のあとをついてくるのだった。門道はあんぐりと口をあけて、まるで道をいそぐ人をのみこもうとでもするかのように、その姿をみつめていた。不安にかりたてられて、私はこれまでになんども、家にかえる途中でカフェーへ逃げ込んだことがあった。家内はそのあいだ、可哀想にただひとり家でこわがっていたのだ。

 夢の国にやってきた主人公は、このぺルレの町の住民がすべて変わり者の一団であることに驚愕した。なかでもましなのは、極度に繊細な感受性を備えた人々、収集狂、読書狂くらいで、一般の民衆は、見事な飲んだくれ、ヒステリー患者、ヒコポンデリー症、降神術者、向こう見ずな乱暴者、年老いた冒険家、奇術師、曲芸師、政治亡命者、外国で追われている殺人者、贋金作り、泥棒などで占められていた。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第2部 第3章 日常生活より)

(ボールペン、色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2021年10月17日日曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)

 私は靄のヴェールのなかに、巨大な果て知れぬ壁のあるのを見つけたのである。まったく突然、それも出しぬけに、それは私の眼の前に浮かんできたのだった。誰かが明かりを手にし、われわれの先にたってひどく大きな、真黒い穴をめがけて歩いていった。それが夢の国の門なのだった。近づいてゆくにつれて、私ははじめてその途方もない大きさに気づいた。われわれはトンネルのなかに入ってゆき、できるだけ案内人の身近によりそってゆくようにした。
 しかしこのとき、ある奇妙な出来事が起こった。まったく未知の、ある恐ろしい感情が、一つの打撃のように、私におそいかかってきたのである。それは後頭部から始まって、脊髄にそって走ってゆき、私の息はつまり、心臓の鼓動はとまった。途方にくれて、私は家内はどうかしらとあたりを見まわしたのだが、その彼女自身も顔面蒼白となり、面差に死の不安を反映させながら、声をふるわせて囁いたのだった。
「もう二度と、ここから出られないのね」
 しかし、はやくもまたさわやかな大波のような力に元気づけられて、私はだまって彼女に腕をかしてやった。

 小説の主人公は病身の妻を連れて、夢の国へやってきた。長旅の果てに辿り着いたところは中央アジアの荒涼とした土地だった。二人は靄の中に夢の国の門を見つけたのだ。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第1部 第2章 旅より)

(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2021年10月10日日曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)


 当時私が住んでいたミュンヘンでのことだったが、ある霧のかかった十一月の午後のこと、ひとりの見知らぬ人物が私を訪ねてやって来た。
「お入りください!」
 その訪問客は薄暗い明かりの中で見わけのつけられたかぎりでは、十人並みの外見をそなえた男で、気ぜわしげに自己紹介をして言った。
「フランツ・ガウチュと申します。半時間ほどあなたとお話できますでしょうか」
「どんなご用件でしょうか?」
「私がお話申し上げますのは私個人のことではありません。あなたは恐らくお忘れではございましょうか。その方のほうではまだよくあなたのことを覚えておられる。このお方はヨーロッパ的な観念では前代未聞の富を所有しておられる。私が申しておりますのは、あなたの昔の学校友達だったクラウス・パテラのことなのでございます。ある奇妙な偶然から、パテラは恐らくこの世でもっとも大きな財産を手にいれられました。あなたのかつてのお友達はそこである理想の実現にとりつかれたわけですが、それにはともかく物質的な手段がまあ無尽蔵にある、という前提がなくてはなりません。つまりひとつの夢の国が建設されねばならなかったのです。まず三千平方キロメートルという手頃な土地が求められました。この国土の三分の一はしたたかの山地でございますが、残りは平地と丘陵地帯になっております。大きな森と、一つずつある湖と川とが、この小さな国を区分し、また活気づけております。いまこの夢の国は六万五千の住民を数えております」
 見知らぬ紳士はちょっと間をおいて、お茶を一口すすった。

 見知らぬの訪問者からの招待を受けて、小説の主人公は夢の国へ出かける。そこはミュンヘンから遠く離れた中央アジアの辺境の地だった。

(白水社 アルフレート・クビーン「裏面」第1章 訪問より)

(ボールペン・水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2021年9月30日木曜日

絵と詩 パトカーに追われる

 

(オリジナルイラスト)


新車を買って田舎道を走っていた。
対向車もなく、ついついスピードを出し過ぎて
気づいたら後方から白バイとパトカーのサイレンが聞こえてきた。
昨年、免停でひどい目にあった。
無意識にアクセルを踏み込んでしまった。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年9月20日月曜日

短編小説 歯車 芥川龍之介

 

(オリジナルイラスト)


 僕は芝の枯れた砂土手に沿い、別荘の多い小みちを曲ることにした。この小みちの右側にはやはり高い松の中に二階のある木造の西洋家屋が一軒白じらと立っている筈だった。(僕の親友はこの家のことを「春のいる家」と称していた)が、この家の前へ通りかかると、そこにはコンクリイトの土台の上にバス・タッブが一つあるだけだった。火事――僕はすぐにこう考え、そちらを見ないように歩いて行った。すると自転車に乗った男が一人まっすぐに向うから近づき出した。彼は焦茶いろの鳥打ち帽をかぶり、妙にじっと目を据えたまま、ハンドルの上へ身をかがめていた。僕はふと彼の顔に姉の夫の顔を感じ、彼の目の前へ来ないうちに横の小みちへはいることにした。しかしこの小みちのまん中にも腐った鼠もぐらもちの死骸が一つ腹を上にして転がっていた。
 何ものかの僕を狙っていることは一足毎に僕を不安にし出した。そこへ半透明な歯車も一つずつ僕の視野を遮さえぎり出した。僕はいよいよ最後の時の近づいたことを恐れながら、くびすじをまっ直にして歩いて行った。歯車は数の殖えるのにつれ、だんだん急にまわりはじめた。同時に又右の松林はひっそりと枝をかわしたまま、丁度細かい切子ガラスを透かして見るようになりはじめた。僕は動悸の高まるのを感じ、何度も道ばたに立ち止まろうとした。けれども誰かに押されるように立ち止まることさえ容易ではなかった。……

 昭和2年(芥川の死の年)に発表された「歯車」には、片頭痛の症状が繰り返し述べられている。激しい痛みの前兆段階に現れる視覚的なもの、例えば白や黒の形を成していない閃光が視覚を妨害するものであったり、妨害が色とりどりの光によるものであったり、まぶしいジグザグの線によるものであったりする(歯車)。患者の中には、まるで厚いガラスかスモークのかかったガラスを通して見ているかのような、チラチラ光る、ぼやけた、曇った視界を訴える者もいれば、場合によっては視野狭窄や片側視野欠損を訴える者さえいる。
 短編小説「歯車」においても頭痛の前に必ず「歯車」の症状が出現する。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年9月6日月曜日

絵と詩 四角い卵 サキ短編集より

 

(オリジナルイラスト)

 第一次世界大戦中の西部戦線での物語。ある酒場で出会ったフランス軍の兵士とイギリス軍の兵士が話をしている。フランス軍の兵士は「卵は転がって割れてしまうので不便だが、私は四角い卵を産む雌鶏を創意工夫によって作り上げ、叔母と二人で養鶏場を営み、大きな利益をあげている。ところが戦争によって私は兵隊に取られ、叔母がひとりで商売を続けているが、私には分け前をくれず利益を独り占めにしている。私は訴訟を起こし、弁護士費用を集めているが、貸してくれる人がいない。どうか少しのお金でいいから貸してくれないか」とイギリス軍の兵士に頼み込む。面白い話にイギリス軍の兵士ははじめは引き込まれてしまうが、ラストは「こいつは詐欺師だ」と直感し、うまく逃げてしまう。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年8月28日土曜日

絵と詩 花火と夜釣り

 

(オリジナルイラスト)


今年の夏ももう終わり。
海辺では恒例の花火大会が行われた。
すごい爆音とともに次々に打ち上げられる花火は
暗い夜の海も昼間のように明るくする。
夜釣りを楽しむ人たちも
海の中の魚たちもみんな花火の美しさに驚いている。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年8月22日日曜日

絵と詩 風鈴と西瓜

 

(オリジナルイラスト)


今日も暑い日だ。
部屋で絵を描いていると
スイカが食べたくなってきた。
庭ではセミの声が賑やかだ。
風が吹いてきた。
こんな日には少しの風でもありがたい。
風鈴の心地よい音を聴きながらスイカを食べた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年8月18日水曜日

絵と詩 美しい村 堀辰雄

 

(オリジナルイラスト)


 西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概閉ざされています。その閉ざされているのをいいことにして、それにすこし山の上の方だと誰ひとりそこいらを通りすぎるものもないので、僕は気に入った恰好の別荘があるのを見つけると、構わずその庭園の中へはいって行って、そこのヴェランダに腰を下ろし、煙草などをふかしながら、ぼんやり二三時間考えごとをしたりします。
 たとえば、木の皮葺(かわぶき)のバンガロオ、雑草のおい茂げった庭、藤棚(その花がいま丁度見事に咲いています)のあるヴェランダ、そこから一帯に見下ろせる樅や落葉松の林、その林の向うに見えるアルプスの山々、そういったものを背景にして、一篇の小説を構想したりなんかしているんです。なかなか好い気持です。
 ただ、すこしぼんやりしていると、まだ生れたての小さな蚋(ぶよ)が僕の足を襲ったり、毛虫が僕の帽子に落ちて来たりするので閉口です。しかし、そういうものも僕には自然の僕に対する敵意のようなものとしては考えられません。むしろ自然が僕に対してうるさいほどの好意を持っているような気さえします。
 僕の足もとになど、よく小さな葉っぱが海苔巻きのように巻かれたまま落ちていますが、そのなかには芋虫の幼虫が包まれているんだと思うと、ちょっとぞっとします。けれども、こんな海苔巻のようなものが夏になると、あの透明な翅(はね)をした蛾になるのかと想像すると、なんだか可愛らしい気もしないことはありません。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年8月12日木曜日

絵と詩 コヘレトの言葉 太陽の下、新しいものは何ひとつない。

 

(オリジナルイラスト)


太陽の下、人は労苦するが、
すべての労苦も何になろう。
かつてあったことは、これからもあり、
かつて起こったことは、これからも起こる。

神は人間をまっすぐに造られたが、
人間は複雑な考え方をしたがる。

私の心は知恵と知識を深く見極めたが、熱心に求めて知ったことは、結局、知恵も知識も狂気であり愚かであるに過ぎないということだ。
知恵が深まれば悩みも深まり、知識が増せば痛みも増す。
見よ、どれも空しく
風を追うようなことだった。
太陽の下に、益となるものは何もない。

私は知った。
人間にとって最も幸福なことは
喜び楽しんで一生を送ることだ。
さあ、喜んであなたのパンを食べ、
気持ちよくあなたの酒を飲むがよい。
何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。
いつかは行かなければならない陰府(よみ)には
仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。

神を畏れる(おそれる)人は、畏れるからこそ幸福になり
悪人は神を畏れないから、長生きできず
影のようなもので、決して幸福にはなれない。

すべてに耳を傾けて得た結論。
「神を畏れ、その戒めを守れ。」
これこそ、人間のすべて。

(旧約聖書 コヘレトの言葉より)




2021年8月7日土曜日

絵と詩 理髪店

 

(オリジナルイラスト)


月に一度は理髪店へ行く。
夏はエアコンが効いて涼し、髭剃り中の昼寝も最高だ。
耳掃除もしてくれし、肩もほぐしてくれる。
家の中と比べたら別世界。
最後に「何かつけますか」と必ず聞かれるから
「ヘアークリームをお願いします」
と答える。
プーンといい匂いがして店を出て行く。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年7月30日金曜日

絵と詩 ヨットの見える海テラス

 

(オリジナルイラスト)


夏の海に色とりどりのヨットが
風をうけて走っている。
海テラスにはオレンジ色の帽子とワンピースを着た女性が立っている。
今は夏だから、砂浜にもたくさんの海水浴客がいるのだろう。
眩しい太陽の下でみんな夏の日を楽しんでいる。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年7月26日月曜日

抽象絵画 音楽室

 

(オリジナルイラスト)


 抽象絵画の二作目。観葉植物と楽器など音楽室の雰囲気を表現しました。観葉植物と窓は抽象化されていますが、楽器、譜面台、メトロノームはまだ具象画のままの表現。これからの課題が残されています。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年7月20日火曜日

抽象絵画 音楽を聴く人

 

(オリジナルイラスト)


 はじめて描いた抽象絵画です。昼間、自室でゆったりと音楽を聴いている人を抽象化しました。ピアニッシモ、ピアノの記号があり、静かな弱い音量の曲を聴いています。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年7月10日土曜日

絵と詩 風立ちぬ 序曲 堀辰雄

 

(オリジナルイラスト)


 それらの夏の日々、一面にすすきの生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて私のそばに来ると、それからしばらく私達は肩に手をかけ合ったまま、遥か彼方の、縁だけ茜色を帯びた入道雲のむくむくした塊りに覆われている地平線の方を眺めやっていたものだった。ようやく暮れようとしかけているその地平線から、反対に何物かが生れて来つつあるかのように……

 そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物をかじっていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が伸びたり縮んだりした。それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、私のそばから離さないでいた。お前は私のするがままにさせていた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年6月30日水曜日

絵と詩 嵐の前の風景

 

(オリジナルイラスト)


荒れ模様の空の下
工場の煙突からは真っ黒い煙
吹きつける強風で畑の作物も木も風下へ倒れてしまいそうだ。
帰宅する自転車も風に煽られている。
まだ家まではずいぶん遠い。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年6月20日日曜日

絵と詩 二胡を弾く女性

 

(オリジナルイラスト)


二年前はじめて二胡の演奏を聴きに行った。
ギター、打楽器なども加わっ色彩豊かな演奏だった。
聴きながら昔の中国の山河が心に浮かんできた。
涼しそうな中国の服を着た女性たちが川辺に佇んでいる。
何人かは二胡を持ち、楽しげに弾いている。
その姿が水に美しく映っている。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年6月11日金曜日

絵と詩 彫刻家のアトリエ

 

(オリジナルイラスト)


大きな屋敷の地下室に
そのアトリエはあった。
制作される作品はどれも独創的で
コンクールに出展すれば
誰もが驚き、きっと高い評価をするだろう。
でもいまだかつてその彫刻家の作品を
誰も見たものはいない。
今日も薄暗い地下室からは
彫刻を削る音が聞こえてくる。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年5月30日日曜日

絵と詩 不気味な木

 

(オリジナルイラスト)


森の中に小さな家
誰が住んでいるのかわからない。
家のそばに大きな木
最初は普通の木だったが、
だんだん大きくなり、不気味な木に変わった。
枝がだらりと垂れ下がり、先端が家の屋根まで伸びている。
家の人はどうしているのだろう
いつも悪い夢にうなされているかもしれない。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年5月22日土曜日

絵と詩 新しいねずみ捕り

 

(オリジナルイラスト)


 長いトンネルを走っていた。
 車は少なく、スピードを上げて走っていた。
 あるトンネルを走っていたとき、
 出口の方で何か大きな影が動いた。
 すぐにブレーキをかけたが車は止まらない。
 トンネルを出たとき、大きな網を持った巨大な手が見えた。
 確かにそれは本物の手だった。
 バックミラーを見たとき驚愕した。
 制服が見えたのだ。警官の制服だった。
 次のトンネルにもあんなものが出てきたらどうしよう。
 スピードを落として走った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年5月10日月曜日

オリジナル童話 黒い服を着た旅人

 

(オリジナルイラスト)


 町から遠く離れたある村へ、ひとりの旅人がやってきた。
 黒い帽子を被り、黒い服を着て、村の道をとぼとぼと歩いていた。
「あいつは何者だ」
「どこからやって来たんだ」
「ずいぶん汚らしいやつだな」
 村の人たちは口々にいいあった。
 あるとき畑仕事をしていた百姓が、不思議な光景を見た。
 黒い服を着た旅人が、原っぱにカラスやスズメをたくさん集めて話をしているのだ。みんなまるで人間のようにおとなしく聞いていた。
 何を話しているのか分からない。人間の言葉ではなかった。
 それから不思議なことがおきた。
 毎年、収穫時期になると、カラスやスズメが畑を荒らすのに、その年はまったく被害がなかった。百姓たちはみんな不思議に思った。
 不思議なことはそれだけではなかった。
 いつも家の庭に出している残飯がカラスに食い荒らせれて汚れるのだが、それがなくなったのだ。どの家でも同じだった。
「カラスたちは、ああして木の上で、お腹を空かして泣いているのにどうしてだろう」
 村の人たちにはまったく見当がつかなかった。
 その出来事はとなり村でも起きた。
 その村では野良犬や野良猫が残飯をあさって広場はゴミだらけだったが、黒い服を着た旅人がやってきてからは、村はひとつのゴミも落ちてはいなかった。
「どうしてだろう」
 ある晩、村の男が川のほとりで月をみていたとき、近くで話し声を聞いた。
 不思議に思ってそばへいくと、聖書を手にしたあの旅人が、野良犬と野良猫を集めて話をしていたのだ。
「お前たちも神によって作られたのだ。それならばこの美しい世界を汚してはいけない。たとえ動物だといえ、いつも本能のままで生きているのは愚かしいことだ。お前たちも神の言葉にしたがって、少しは自分勝手な行いは慎むべきだ」
 朝になって旅人はどこかへ去ってしまった。
 男は昨夜の出来事を村の人たちに話したが、誰も信じなかった。
 だけど村ではゴミ箱をあさっている動物は見かけなくなった。

(未発表作品)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年4月30日金曜日

絵と詩 岩山の独房

 

(オリジナルイラスト)


春になって近くの山へ登山に出かけた。
重いリュックを背負って岩山を登っていたとき、
山の頂上からエンジン音が聞こえてきた。
見上げると銀色の宇宙船が着陸していた。
中から二人の宇宙人が出てきて辺りを見回していた。
すぐに俺に気づいて傍へ降りてくると
催涙スプレーをふりかけた。
俺は意識を失って目が覚めたときは岩山の独房に監禁されていた。
登ってきたこの岩山は宇宙人の秘密基地だった。
鉄格子は頑丈でとても逃げられない。
死ぬまでこの中で暮らせというのか。
ある日鉄の扉が開いた。
二人の宇宙人は俺を釈放してくれた。
地球での仕事が終わったのだろう。
すごいエンジン音がすると
宇宙船は大空の中へ消えて行った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年4月20日火曜日

オリジナル童話 モアの鉄船


(オリジナルイラスト)


 ある日、畑で農作業をしていたノアは、空から神の声を聞いた。
「すべての動物と作物を箱船に積み込みなさい。やがてこの地上は大洪水にみまわれる」
 日頃から熱心に神を信じていたノアは神の言いつけに素直に従って、何か月もかかって大きな箱船を作りはじめた。
 近所の人はそれを見ながら、
「ノアは頭がおかしくなった」
といっていつも笑っていた。
 ノアの家の隣にモアという金貸しがいた。
 モアもはじめは皆んなと同じように笑って見ていたが、なんだか心配になってきた。
「もしも本当に大洪水が起きたら、大切な自分の財産を失ってしまう」
 モアは神など信じていなかったが、この村では一番のお金持ちで欲の深い人間だった。
 ある日、船大工を呼んで、大きな鉄の船を作るように頼んだ。鉄の船だったら丈夫で、重い金貨や貴金属をたくさん積めるからだ。
 翌日からモアの家からは溶接の音や鉄板を打ち付ける音が聞こえてきた。
 ノアもモアもいつ来るかわからない大洪水に備えて作業を急いだ。
 やがてその恐ろしい兆候が現れた。
 強風が何日も吹き、雷が鳴りだすと雨になった。
 毎日、雨は降り続き、あちこちの川の水は増水し、やがてあふれ出した。山の木は倒れ、村の畑も家もすべて水に浸ってしまった。
 でもノアとモアは船の中にいて安全だった。
「よかった。神の声は本当だった」
 長雨で増え続ける水は、やがて世界中に広がり海のようになった。人も動物も作物もみんな水に溺れてしまった。
「水が引くまで船の中にいよう」
 ところがノアはあることに気がついた。モアの船が見当たらないのだ。
「どうしたのかな」
 その頃、モアは眠っていた。でも息が苦しくて目が覚めた。
 モアの船は水中にいて、重い金貨や貴金属を積み過ぎたせいで、潜水艦のように水の中をゆらゆら漂っていた。
「困った。これじゃ浮き上がれない。酸欠で死んでしまう」
 でもどうすることも出来なかった。モアの重い鉄船は山の岩の間に挟まって身動きが取れなくなった。
「だれか助けてくれ」
モアはひたすら水の中で叫び続けた。
 そんなことなど知らないノアの箱船は、ただ一艘だけ水の上を漂っていた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)

(未発表作品)
 


2021年4月10日土曜日

絵と詩 モルグ街の殺人 エドガー・A・ポー

 

(オリジナルイラスト)


 パリのモルグ街のアパートの4階で起こった不思議な密室事件で、二人暮らしの母娘が惨殺されたのである。娘は首を絞められ暖炉の煙突に逆立ち状態で詰め込まれていた。母親は裏庭で見つかり、首をかき切られて胴から頭が取れかかっていた。部屋の中はひどく荒らされていたが、金品はそのままだった。部屋の出入り口には鍵がかかっており、窓も閉まっていた。また多数の証言者が、事件のあった時刻に犯人と思しき二人の人物の声を聞いていて、一方の声は「こら!」とフランス語であったが、もう一方の甲高い声については、ある者はスペイン語、ある者はイタリア語、ある者はフランス語だったと違う証言をする。しかし犯人の一人は意外な生き物だった。

(エドガー・アラン・ポー「モルグ街の殺人」より)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年3月30日火曜日

絵と詩 黄金虫 エドガー・A・ポー

 

(オリジナルイラスト)


 難破船の残骸から宝物の在りかを示す紙切れ(羊皮紙)と黄金の黄金虫を見つけた主人公は、ある日、黒人の召使と旧友と一緒に宝探しに出かける。紙切れの文字は暗号化されており、それを解読してみると、宝物は近くの島にあり、大きな(ユリノキ)の枝の先端に髑髏が釘で打ち付けてあるので、その左目の中へ黄金虫を紐で降ろして、その降ろした地点からさらに15メートル先の場所を掘ると宝物が埋めてあるとのことだ。
 三人が穴を掘ってみるとそのとおり宝物が入った木箱が出てきた。中にはたくさんの金貨や貴金属が入っていた。
(エドガー・アラン・ポー 短編小説「黄金虫」より) 

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年3月21日日曜日

絵と詩「信号」ガルシン作

 

(オリジナルイラスト)


 帝政ロシア時代、戦争から帰ってきた主人公のセミョーンは、鉄道線路番の仕事にありつき、妻と二人の子供と一緒に暮らします。隣の番小屋にはヴァシーリイという陰気で、社会に対して不満ばかり口にしている男が働いていました。二人はよく土手の上で出会っては世間話をしました。
 あるときヴァシーリイは上司の不当性を訴えるためにモスクワへ直訴に出かけますが、直訴は失敗に終わり、怒り狂ったヴァシーリイは列車の転覆事故を計画します。
 ある日、ヴァシーリイがハンマーで鉄道のレールを取り外している現場を見つけたセミョーンは、大急ぎでレールを修復します。しかし遠くからは列車が近づいてきます。セミョーンは自分の手首をナイフで切り、流れる血でハンカチを染めて赤旗を作り、必死に列車を止めます。(短編小説「信号」フセーヴォロド・ガルシン作)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年3月9日火曜日

絵と詩 メールストロムの旋渦

 

(オリジナルイラスト)


 船はまったく水につかっていましたが、そのあいだ私はずっと息をこらえて螺釘にしがみついていました。それがもう辛抱できなくなると、手はなおもはなさずに、膝をついて体を上げ、首を水の上へ出しました。やがて私どもの小さな船は、ちょうど犬が水から出てきたときにするように、ぶるぶるっと一ふるいして、海水をいくらか振いおとしました。それから私は、気が遠くなっていたのを取りなおして、意識をはっきりさせてどうしたらいいか考えようとしていたときに、誰かが自分の腕をつかむのを感じました。それは兄だったのです。兄が波にさらわれたものと思いこんでいたものですから、私の心は喜びで跳びたちました、――が次の瞬間、この喜びはたちまち一変して恐怖となりました、――兄が私の耳もとに口をよせて一こと、『モスケー・ストロムだ!』と叫んだからです。
 そのときの私の心持がどんなものだったかは、誰にも決してわかりますまい。私はまるで猛烈なおこりの発作におそわれたように、頭のてっぺんから足の爪先まで、がたがた震えました。私には兄がその一ことで言おうとしたことが十分よくわかりました、兄が私に知らせようとしたことがよくわかりました。船にいま吹きつけている風のために、私たちはストロムの渦巻の方へ押し流されることになっているのです、そしてもうどんなことも私たちを救うことができないのです!

    (エドガー・アラン・ポー「メールストロムの旋渦」佐々木直次郎訳より)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年2月28日日曜日

絵と詩 小説 フランケンシュタイン3

 

(オリジナルイラスト)


 わたしは、宿の廊下をしばらく行ったり来たりしながら、敵が身を潜めていそうな物陰を端から調べてまわりました。そのときでした。甲高い悲鳴が聞こえたのです。血も凍るような悲鳴でした。エリザベスがいる部屋からでした。わたしはエリザベスのいる部屋に駆け込みました。
 エリザベスは放り投げられたような格好で、ベッドに横になっていました。息絶え、ぴくりとも動かない姿で。首を垂れ、蒼ざめて苦し気な顔は半ば髪の毛に隠れていました。
(メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」)より

(ボールペン・水彩画 縦25㎝×横18㎝)



2021年2月21日日曜日

絵と詩 小説 フランケンシュタイン2

 

(オリジナルイラスト)


 わたしはスコットランドの北の高地をさらに北上し、オークニー諸島のなかでも本土からいちばん遠い島を仕事場にしました。島には全部で三軒の、見るからにみすぼらしい小屋しかなく、そのうちの一軒が空いていましたから、そこを借りることにしました。
 ある日の夕方、実験室で座っていたときのことです。はっとして耳をそばだてたのは、海岸のすぐ近くで櫂が水をかく音がしたからです。小屋の近くに誰かが上陸しようとしているようでした。
 数分後、小屋の扉が軋みをあげました。誰かがそっと開けようとしているのです。まもなく廊下を歩いてくる足音がして、部屋のドアを開き、恐れていたとおり、あの悪魔が姿を現しました。
 (メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」より)

(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)