(オリジナルイラスト)
当時私が住んでいたミュンヘンでのことだったが、ある霧のかかった十一月の午後のこと、ひとりの見知らぬ人物が私を訪ねてやって来た。
「お入りください!」
その訪問客は薄暗い明かりの中で見わけのつけられたかぎりでは、十人並みの外見をそなえた男で、気ぜわしげに自己紹介をして言った。
「フランツ・ガウチュと申します。半時間ほどあなたとお話できますでしょうか」
「どんなご用件でしょうか?」
「私がお話申し上げますのは私個人のことではありません。あなたは恐らくお忘れではございましょうか。その方のほうではまだよくあなたのことを覚えておられる。このお方はヨーロッパ的な観念では前代未聞の富を所有しておられる。私が申しておりますのは、あなたの昔の学校友達だったクラウス・パテラのことなのでございます。ある奇妙な偶然から、パテラは恐らくこの世でもっとも大きな財産を手にいれられました。あなたのかつてのお友達はそこである理想の実現にとりつかれたわけですが、それにはともかく物質的な手段がまあ無尽蔵にある、という前提がなくてはなりません。つまりひとつの夢の国が建設されねばならなかったのです。まず三千平方キロメートルという手頃な土地が求められました。この国土の三分の一はしたたかの山地でございますが、残りは平地と丘陵地帯になっております。大きな森と、一つずつある湖と川とが、この小さな国を区分し、また活気づけております。いまこの夢の国は六万五千の住民を数えております」
見知らぬ紳士はちょっと間をおいて、お茶を一口すすった。
見知らぬの訪問者からの招待を受けて、小説の主人公は夢の国へ出かける。そこはミュンヘンから遠く離れた中央アジアの辺境の地だった。
(白水社 アルフレート・クビーン「裏面」第1章 訪問より)
(ボールペン・水彩画 縦25㎝×横18㎝)
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