2021年11月19日金曜日

(連載推理小説) 軽井沢人形館事件

           

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木田が話した人形館は、このショー記念館礼拝堂から東へ100メートルくらい離れた国道沿いを流れる矢ケ崎川の向こう岸の林の中に建っている。
 つるや旅館まで引き返してきて、国道を300メートルほど東へ行くと、ショー記念礼拝堂が見えてきた。
ショー記念礼拝堂は、明治時代、カナダの英国国教会の宣教師、アレクサンダー・クロフト・ショーによって建てられたプロテスタント教会である。木造の質素な作りの教会で祭壇には十字架しか掛かっていない。木田は散歩の途中にここへもよくやってきて、一番後ろの長椅子に腰かけて小説のアイデアを考えたり、昼寝をしたりするそうだ。
 ショー記念礼拝堂を出て、国道の傍を流れている矢ケ崎川の橋を渡って人形館のある方へ行ってみた。車がやっと通れるくらいの小道を歩いて行くと、林の中に赤レンガ造りの洋館が建っていた。
「あれがそうか」
 人形館は鉄の柵に囲まれていた。門の留め金が外れていて庭の中へ容易に入ることが出来た。庭は雑草が生い茂り、長い間手入れがされていなかった。小道には車のタイヤのあとが残っており、人の出入りはあるようだ。
 赤レンガの壁には蔦の蔓が伸び放題になっていた。窓はカーテンが降りているが、1階のカーテンの端が少し空いており、部屋の中を覗くことが出来た。薄暗い部屋の中は人形だらけだった。現代の人形が多かったが、中には18世紀から19世紀頃の世界のアンティークな人形もあった。
「ひやあ、すごい趣味だな。よくこんなにたくさん集めたものだ」
 二階の窓にも薄いカーテン越しに人形が山積みされているのがわかった。私たちはこの家にどんな人が住んでいるのかいろいろと想像を膨らませた。もっと意外なものがないか家の周りを捜してみた。
 館のそばに物置があった。鍵がかかっているので何が入れてあるのか分からない。その後ろにゴミ箱が並んでいた。蓋が盛り上がっていたのでゴミがいっぱい入っているのだ。蓋を開けてみた。
「なんだこれは」
 ゴミ箱に入っていたのは、大小様々なプラスチックの破片、ナイロン紐、ネジ、金具、ビス、ワイヤーなどだった。ほかにもいろんな色の油性塗料の空き缶やシンナー、ボロ布などが入っていた。
「オリジナルの人形でも作っているのかな」
「大変な人形マニアだな」
 それに不思議に思うことは小道に残っているタイヤの跡だ。軽自動車のタイヤだと分かる。こんな静まり返った洋館に誰が来るのであろうか。洋館の周囲にほかに別荘はなく、隠れるようにこの家だけが建っているのだ。
 そのときだった。部屋の中で物音がした。何かが倒れる音だった。
「誰かいるのかな」
 人形館には誰も住んでいないと思っていたので二人とも度肝を抜かれたように驚いた。気味が悪いので敷地から外へ出た。
 しばらく林のうしろに隠れて洋館を見ていたが何事もなかった。
 私たちはその日は帰ることにした。もと来た林の小道を歩きながら、自転車で木田の小屋まで帰って行った。
 夕食を取りながら、人形館のことを木田と長い間話し合った。私はその夜も木田の小屋に泊まった。
 深夜のことだ、トイレに行きたくなって目を覚ました。星が綺麗だったので、煙草でも吸いながらしばらく夜空を見ていた。夜はずいぶん寒いのだ。林の葉の隙間から月が輝いている。きれいな星空だった。
 そのとき浅間山麓の方から旧軽井沢の方へ降りてくる車のライトが見えた。こんな遅い時間に何の用事で降りてくるのだろう。林道は照明も少なく、夜道はずいぶん暗いのでライトの光がよくわかる。小屋へ戻ろうとしたとき、そばの林の木の枝が動いた。
「何だろう」
 驚いてじっと真っ暗な林の中を見ていると、それは木の枝に止まっていたフクロウが隣の木の枝に飛び移っただけだった。木田が話した人形ロボットのことが頭から離れずにいたからもしやと思ったのだ。小屋に戻ると木田はよく眠っていた。私は昨日の人形館のことが気になってなかなか眠りにつけなかった。
 翌朝、木田が浅間山麓へ行かないかといった。
「浅間山麓にも別荘がたくさんあるから案内しよう」
 午後から、自分の車に乗って二人で出かけて行った。白糸ハイランドウエイをしばらく走りながら、途中で浅間山麓の方へ登って行った。別荘地は上り坂が多くて、自転車や徒歩ではいけない。木田もほとんど行ったことがないといった。
 運転しながら昨夜、浅間山麓から降りてくる車のことを話したら、木田も週末に必ず車が降りてくるのを見たと答えた。いったいあの車はどこへ行くのだろうか。ふと疑問を感じた。
 浅間山は軽井沢のどこからでも山頂が見渡せる。標高2568mの成層火山で、ときどき噴煙を出している。山麓の上り坂を上がりながら、別荘のある道を走って行った。
 来た道をしっかり覚えておかないと、迷子になってしまう。まるで迷路だ。ある角を曲がったときだ。木田が「あっ」と呟いた。
「見ろよ、あの家」
 木田が指さした方を見ると左手の林の中に二階建ての赤レンガ造りの別荘があった。鉄柵には蔦がこびりついている。ただの別荘ならいいのだが、よく見ると驚いた。人形館とそっくりな家なのだ。同じ建設業者が建てたものだとわかった。
「調べてみよう」
 家の前に車を止めて、別荘の中へ入って行った。その場所にはタイヤのあとがたくさん残っていた。
 柵の扉は空いていた。敷地の中に入ると、家の様子を調べることにした。雑草が生い茂り、ずいぶん荒れ果てた庭だった。表札もなかった。ただ立ち入り禁止の札が張ってあった。
 窓のカーテンは閉まっていた。同じ所に物置があり、その後ろにゴミ箱が並んでいた。
 何が入っているのか確かめてみた。ゴミ箱の中には、切断した鋼、ネジ、使用済みの基盤、抵抗、ダイオード、電気コード、コンデンサー、乾電池などがぎっしり入っていた。
「ほとんどが電気部品だな」
「ああ、何を作っているんだろう」
 物置には鍵が掛かっており、開けることが出来なかった。誰もいないのか庭はひっそりとしていた。私たちは住人が帰って来ないうちに引き上げことにした。
 帰りは案の定道に迷ってしまった。何度も同じ道に出たり、迷路のような別荘地を走り回った。夕方ようやく小屋へ帰ることが出来た。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

               (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




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