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1週間が過ぎた。車での外出は控えて徒歩で東舞鶴駅前のショッピングセンター(ラポール)へ買い物に出かけた。買い物ついでに店内のレストランでランチを食べた。
客は数人だった。食べていると、となりの二人連れの男たちがこんな話をしていた。
「女布の女性殺害死体遺棄事件で、警察は新たな情報を掴んだらしい。ニュースにはまだ報道されていないが」
「どんな情報だーー」
「事件現場から少し離れた民家に親戚が住んでいるだが、昨日、事件当日のことを覚えていた高齢女性宅に警察が聞き込みにやって来た。事件の日、その高齢女性が犯人らしい男と車を見たと話した。でも高齢女性は酷い認知症で記憶もはなはだ怪しいらしい」
矢原はそれを聞いて、警察は高齢女性と一緒に歩いていた女性にも同じことを聞いているだろうと思った。
数日して新聞に、殺害されて遺棄された女性の身元と、犯人のものと思われる車を目撃した高齢女性の供述が書かれていた。
―舞鶴市女布の栗の林で発見された女性殺害死体遺棄事件を捜査していた西舞鶴警察署は、殺害された女性の身元を特定した。女性は綾部市に住む(行永明美さん)29歳。独身者。ブティック経営だと分かった。事件の4日前から店に来ないので従業員が捜査願いを出していた。行永さんの銀行口座を調べると、数か月前から頻繁に数十万円づつ引き出されており、合計金額350万円が無くなっていた。警察は金銭を目的とした殺人遺棄事件ではないかと現在捜査を続けている。
また警察は、事件現場で犯人らしい人物を目撃した近隣に住む94歳の高齢女性(Sさん)から次のような話を聞いた。その高齢女性は事件が発生した日の夕方、誰にも告げずに散歩に出かけた。このような行動は以前にも度々あった。認知症が酷く供述に信憑性が疑われるが、それによると、高齢女性が自宅から150メートル離れた栗の林の近くを歩いていたとき、一台の灰色の乗用車が隠れるように農作業小屋の後ろに駐車していた。栗の林の中に人がいて何かしていた。何をしていたのか分からない。空を見上げるとカラスが一羽、畑の上をずっと飛んでいたと証言した。
高齢女性の記憶にあいまいな点が多く、警察ではその事実確認を調べている。
警察は、高齢女性を探しに出かけた娘(Fさん69歳)にも話を聞いた。それによると、農道を歩いている母親を見つけて自宅へ連れて帰るとき、簡易郵便局の前でダークブルーの乗用車に出会った。運転していたのは30代くらいの男性で自分たちの前で急停止した。その車は農道の方から走って来たと供述した。
警察は二人の証言から、事件当日、その場所に2台の車が停まっていたことがわかった。 認知症の母親が話したカラスが一羽ずっと飛んでいたというのは何のことか。2台の車のうちの1台は農道の脇に駐車しており、もう一台は農作業小屋のうしろに停まっていた。農道の脇に停めてあった車の色はダークブルー。農作業小屋のうしろに停まっていた車は灰色だった。警察は現在2台の車を詳細に調べている―。
矢原譲吉は、改めて事件現場でドローンを飛ばしていたことを後悔した。
毎日の仕事は憂鬱だった。朝になると、真っ先に新聞を見るのが習慣になった。
「でも、いったい犯人はどんな奴だろう……。犯人さえ捕まれば、事件は解決して、捜査は打ち切られる。警察が俺のところへ来ることもない……」
矢原の心配事は日ごとに増えていった。しかし、警察はその頃、新たな情報を掴んでいた。
事件当日、栗の林の農作業小屋のうしろに停まっていた灰色の車について調べていたのだ。
事件当日の午後7時30分頃(矢原が帰った30分後)、事件現場から西へ800メートル先の舞鶴市城屋へ客を乗せて来たタクシーがいた。客を降ろしてUターンして、再び市道66号を走り、いつもの狭い踏切の前に来た。そのとき前方からスピードを出して走って来た灰色の車がいた。車は急停車し踏切を渡ろうとした。でも遮断機の角に車体をぶつけた。そのときサイドミラーの一部を破損した。運転手が確認するために車から降りて来るかと思ったが、そのまま逃げるように真壁峠の方へ走って行った。あたりは暗かったが、信号機の傍に照明灯がついていたので、その車の運転手の上半身が見えた。30代後半くらいの男で黒い帽子をかぶっていたと話した。車はマツダデミオだった。
警察は、タクシー運転手の話を聞いて、その車は栗の林の農作業小屋に駐車していた車ではないかと疑った。市道66号は道幅が狭く、日頃からそれほど交通量は多くなく、夜はほとんど車は通らない。タクシー運転手の話では、客を送りに来たときは一台も車に出会わなかったといった。警察は、黒い帽子をかぶった人物が死体を埋めてからその車で逃走したのではないかと推理した。さらにその人物は真壁峠を登ってこの地区へやって来たと思われる。峠を下っていくと由良川に出る。由良川沿いの国道を北へ向かえば宮津市へ行く。南側へ向かえば福知山市へ行く。犯行後どちらへ逃げて行ったのかわからないが、おそらくこの地区へやって来るときも同じ道を使ったのだろう。
警察は先ず、その車が残した踏切の遮断機の角でぶつけた傷とサイドミラーの破片を調べることにした。採集した塗料とサイドミラーの破片を詳細に分析すれば、車の製造年月などが特定できる。それと並行して犯人が逃げて行った真壁峠周辺の聞き込みを開始した。
数日間の聞き込み捜査で、由良川側のいくつかの民家を回っていたとき、事件当日の夕方、峠の上り坂で普段見かけない灰色の乗用車がうろついているのを民家の住民が目撃していた。峠道は狭くて路上駐車は出来ない。さらに真壁峠の頂上から少し下った場所に畑があり、事件当日の夕方、畑で農作業をしていた農家の人から次のような重要な話を聞いた。峠道の頂上に灰色の車が停まっていて車の中からこちらの畑を見ていた人がいた。黒い帽子をかぶった男性だった。すぐにエンジンを掛けて城屋の方へ降りて行ったと話した。
警察はその話を聞いて、その人物は車に乗せて来た女性の死体を峠のどこかに埋める場所を探していたのではないかと疑った。しかしよい場所が見つからず、女布までやって来て栗の林の中へ埋めたのではないかと推理した。
1週間して殺害された女性を調べていた警察は、数か月前からこの女性がある男性と交際していることが分かった。その男性は過去に結婚詐欺の前科があり、現在行方をくらましていた。警察は、今回の事件も金銭を目的とした結婚詐欺事件ではないかと疑った。
警察の捜査は続いているが、その後、しばらくの間、女性殺害死体遺棄事件の新たなニュースは流れなかった。目撃者が少ない上に、唯一の証人が重度の認知症なので警察の捜査は難航していた。(つづく)