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矢原譲吉は東舞鶴の七条通りに住んでいる。独り暮らしのアパート生活だ。部屋の壁には、ドローンで撮影した写真がずらりと並び、動画も数多く制作した。空からの視点で捉えた舞鶴市の風景は、どれも見応えがある。
学生時代、舞鶴市に一軒しかない映画館で半年ほどアルバイトをしていたことがある。そこでは宇宙船や航空機のSF映画もよく上映されており、譲吉はスクリーンを眺めながら、
「自分もこんな空撮映像を撮ってみたい」と思うようになった。
それ以来、市内の公園や舞鶴港へ行って、ドローンで映像を撮りためてきた。最近、You Tubeチャンネルを開設して、10本近く動画もアップした。譲吉にとって、ドローンを飛ばすことは唯一の趣味だった。しかし、先日の事件現場を目撃して以来、ドローンを飛ばす勇気も気力も失ってしまった。彼は何よりも、事件に関わることを恐れた。
「あの日、あそこへ行かなければよかった……」
後悔しても時間は戻らない。
譲吉は現在、近所のセルフ式ガソリンスタンドで働いている。アパートから近いので徒歩で通勤している。勤めて七年になる。店は店長と年下の男性二人、そして譲吉の四人で回している。24時間営業のため夜勤もあるが、仕事は比較的単調だ。給油の開閉ボタンを押すほか、オイル交換や冬季のタイヤ交換など、雑務はそれほど多くない。夜九時を過ぎると車の数も減り、あとは店の掃除や使用済みのタオルの洗濯くらいしかやることがない。
事件から10日が過ぎたある日、夜勤に入ると、店長が客と立ち話をしていた。
「西舞鶴で殺人死体遺棄事件があったらしい。現在警察が調べているそうだ」
「舞鶴で殺人事件なんて珍しいな。場所はどこだ?」
「女布のショッピングセンター裏の栗の林の中だ。農家の人が枝を伐採しに来たとき、地面が不自然に盛り上がっているのに気づいたらしい。埋められていたのは若い女性だ」
その会話を耳にして譲吉の心臓は凍りついた。
(思っていたより、早く見つかったのだ……)
個室で作業着に着替え、仕事を始めた。午後7時に店長が帰り、午後9時を過ぎると車の数はぐっと減った。譲吉はひと仕事を終え、レジ横の椅子に腰を下ろした。
夕刊を読んでみたが、まだ事件の記事は載っていなかった。しかしその夜、彼の心は不安に満ちていた。妄想が次々と頭をよぎる。
「警察は今頃、事件現場周辺の聞き込みをしているはずだ。犯人らしい人物がいなかったか。不審な車が停まっていなかったか……」
最も気がかりなのは、ドローンを飛ばしていた自分の姿を誰かに見られているかどうかだ。広い田畑の周囲に民家はあるが、距離がだいぶ離れている。それに夕方で周りは薄暗かった。もうひとつ、簡易郵便局の前で出会った高齢者と女性だ。警察はもう二人にも聞き込みをしているかもしれない。おそらく二人は近隣住民だ。
いろんな妄想に耽けりながら、やがて夜が明け、朝刊がスタンドに届いた。譲吉はすぐに紙面を開いた。仕事どころではなかった。
記事を読んだ譲吉は、ついに恐れていた事態が現実になった。新聞の記事に10日前の事件のことが書かれていたからだ。
8時になって日勤者と交代して、アパートへ帰った。でも少しも落ち着かず、テレビをつけると女布の女性殺害死体遺棄事件のニュースばかりが流れていた。食事をとったが、ほとんど喉を通らなかった。
その日は外出せず、夜勤の疲れもあってすぐに眠りについた。夕方5時、目を覚ますと夕食の準備を始めた。ご飯を炊き、昨日スーパーで買ってきた焼き鳥を温め、インスタントのみそ汁を添えた。
食 事中、テレビをつけると女性殺害死体遺棄事件の続報が流れていた。事件現場の栗の林から150メートル離れた民家の主婦が、テレビ局のリポーターの質問に答えていた。
「10日前でした。夕方6時頃、農道に車が停まっていて誰か知らない人が畑で何かしていました。すぐに家に入ったのであとのことは知りません。停めてあった車の色はダークブルーでした。どの家も夕食の準備中だったので外へ出る人は少なかったと思います」
譲吉は青ざめた。主婦は警察にも同じことを話しているはずだ。人通りのない場所で、ドローンを飛ばしていたのは自分だけだ。警察はすでに、自分と車のことも調べているはずだ。あの高齢女性を連れた女性にも聞き込みをしているだろう。
妄想が次々と頭をよぎる。目撃者たちの証言をもとに、警察が自分のところへやって来る可能性がある。譲吉は犯人ではない。しかしあの日事件現場にいたのは犯人と自分だけだ。もし警察がやって来たらどうするか。そのときは正直に話すだけだ。撮影した映像を見せればいい。
女布の栗の林の遺体発見後1週間して、ガソリンスタンドへ行くと、店長がそばに来て譲吉に言った。
「昼頃、警官が二人やって来た。この店にダークブルーの乗用車が給油に来なかったかしつこく聞いた。もし見かけたら知らせてくれと言った」
店長に言われて、心臓が止まりそうになった。
「ほかに何か聞きましたか……」
「警察は事件の捜査で、舞鶴市のすべてのダークブルーの乗用車を全部調べているといっていた」
店長から話を聞いて、さらに不安が広がった。
譲吉は自分がドローンを趣味にしていることを店長やほかの同僚に話さなかったことは幸いだった。(つづく)