2018年6月23日土曜日

夢を見る灯台

 岬の岩の上で、灯台は昼寝をしていました。
 ある日、それは真夏の午後のことでした。
 水平線の向こうに大きな雲が現れました。その雲は時間がたつうちにますます大きくなって巨大なタコの形になりました。
「すごい、あんなタコ見たことがない」
 灯台は目をパチクリさせて眺めていました。
 それからです。凄いことが起きたのは。
 タコの足がこちらに向かってグイーンと伸びて来たのです。
「たいへんだ」
  伸びて来たタコの足は、灯台の身体に巻き付きました。
「うわあ、海の中へ引き込まれる」
 灯台は、柵につかまっておもいっきり踏ん張りました。
 でも、タコの足の力は強くてグイグイ引っ張るので、土台がグラグラと動きました。
「困った。台から外れる」
 そのうち、海も荒れはじめたのです。
 積乱雲の中ではギラギラ雷が光っています。突風も吹いて、波がたちはじめました。
雲の中から吹いてくる冷たい風と一緒に、ほかの足も伸びてきました。
 灯台は身体が見えないくらいグルグルに巻かれてしまったのです。
 足を伝って、ビリビリと雷の電気も流れてきました。
「こりゃ、だめだ。もう限界だ」
 それでも灯台は汗びっしょりかいて頑張っていました。
 空を飛んでいた、海鳥たちがそれを眺めていました。
「何やってんだ」
 海鳥たちは知っていたのです。灯台がまた夢を見ているのを。
 海は静かでなんの変りもなかったからです。
  またある日のこと、午後になってから海の上にイカの形をした雲が浮かんで、だんだん大きくなっていきました。
 みるまに巨大なイカになりました。
「まただ」
 灯台は、心配になりました。イカの足が伸びて来たらどうしよう。
でも、足は伸びてこないで、イカの口から墨が飛んできたのです。
 だからたまりません。灯台の身体は真っ黒になってしまいました。
「これじゃ、炭焼き小屋の煙突だ」
 目にも墨が入ったので、灯台は痛くて目をパチクリさせました。
 夕方になって、灯台はすっかり目が覚めました。
「凄い夢だった。でも、明日はどんな怖い夢を見るのかな」
 水平線の向こうへ夕日が沈んでいくのを眺めながら、灯台は心配そうに明かりを灯しました。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)




2018年6月11日月曜日

旅に出た岩

 変電所のうしろに岩山があって、岩たちが山の向こうをのんびり眺めていました。
「毎日暇だなあ。どこかへ出かけたいな」
「ああ、岩なんかに生まれるんじゃなかった」
「カラスが羨ましいよ。どこへでも飛んで行けるから」
 岩たちの話を聞いてカラスがやってきました。
「おれより電気の方がいいぞ。送電線を伝ってあっという間に日本中を旅できるから」
「送電線の中なんかに潜り込めないからダメさ。それに電気みたいに軽くないし」
「羽が生えてたらよかったな」
「ああ、どこへでも飛んで行けるからな」
 ある日、岩山のてっぺんの岩がぼんやり空を見上げていたときいいことを思いつきました。
「どうだい、鉄塔の送電線を引っ張ってきて身体に巻きつけて、ゴムパチンコみたいにビューンと飛び出したら」
「面白そうだ。やってみよう。あの山を越えていけるな」
 さっそく朝早く、だれも歩いていない時間に、岩山の一番高い所にいる岩が、おもいっきり鉄塔の方へ腕を伸ばしました。そして鉄塔の送電線を掴むと、下にいる岩のところへ引っ張ってきました。
「誰が最初に飛びたつんだ」
「おれが行くよ」
 岩のひとつがうれしそうにいいました。
「じゃあ、お前の身体に巻きつけるよ」
 みんなでゴムのように伸びた送電線を巻きつけました。
「いいか、手をはなすぞ」
 手をはなした瞬間に、物凄いスピードで岩は送電線といっしょに空に舞い上がり、向こうの山めがけて飛んで行きました。勢いがあったので、すぐに山を越えました。
「今度はおれがいくよ」
 そうやって次々に岩は、空を飛んで行きました。
 山の向こうは広い海でした。
 岩たちは海の中へドボーンと入って行きました。
「冷たいけど、いい景色だ」
 はじめて見る魚や海藻をつけた岩たちと楽しい話をしました。
 そのあとからも、岩山の岩たちが次々に海の中へ入ってきました。魚や海の生き物は珍しいお客にみんな驚いてばかりいました。
 ある日、海の上から小型の潜水艇が潜ってきました。 海洋地質調査をしている研究員が乗っていました。みんな所々に見かけない岩が転がっていたので驚きました。
「削ってもってかえろう」
 研究員たちは岩を採取して研究所で調査することにしたのです。
 またあるときは、外国の潜水艦がやってきて、密かにこの海域のメタンハイドレートの採取を行っていました。「燃える氷」と呼ばれるメタンガスを含んだ氷の塊がこの海底にたくさん埋まっていたからです。将来、この氷の塊は、新しい資源としてこの国で利用されるでしょう。
 そんな光景を、毎日目にしながら岩たちは、何年も海の中で暮らしていましたが、やがて故郷へ帰ろうと思いはじめました。すでに20年が経っていました。
 あるとき、海の中でゴトゴトと音が聞こえ、泡が頻繁に上がってきました。この海の底には海底火山があり、マグマが海水にふれて水蒸気爆発を起こしていたのです。
「しめた、噴火といっしょに海から出られる」
 岩たちは、日に日に大きくなっていくその音に耳を傾けていました。
 ある日のことです。海の中で物凄い噴火が起こり、噴石と一緒に岩たちは海の中から空に向かって飛び出しました。
 飛び出した岩たちは、久しぶりに岩山へ戻ってきました。みんなの身体には海藻がたくさんついていました。そして海の暮らしのことを仲間の岩たちに詳しく話してあげました。


(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)