2019年8月29日木曜日

絵と詩 アトリエのある家




夏の別荘地を散歩している少女は、
いつもアトリエのある家の前を通る。
庭には出来たばかりの絵が乾かしてある。
立ち止まって鑑賞するのが少女の日課だ。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年8月21日水曜日

絵と詩 雲の上のマンドリン演奏会





 不思議な夢を見た。
 雲の上で眠っていたのだ。
 どこからか音楽が聴こえてきた。
 マンドリンアンサンブルの音色だった。
 トレモロの響きがすぐそばで聴こえる。
 なんて楽しい夢だ。
 時間を忘れるくらいじっと聴いていた。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年8月11日日曜日

短編小説 泳ぐ手

 その不思議な事件はある港町で起きた。事件を起こした人物は今姿を消している。どこにいるのかわからない。死んでしまったのかもしれない。事件はある静かな夜に起きた。       その夜、海辺の町の海岸局がSOSの信号を受信した。北15マイルの海域を航行中の貨物船からだった。
SOS 救助を求む。船底に強い衝撃、沈没の恐れあり。現在位置は、北緯35度58分、東経135度42分」
 無電を受信した海岸局は、直ちに海上保安庁に連絡し、巡視船が出動してその海域を捜索した。数時間後、乗組員2名が浮き輪にしがみついているところを発見された。
 ひとりは意識を失っており、もうひとりは重症だが話すことが出来た。
 海上保安本部で事情聴取が行われた。
 救助された乗組員の話によると、当日の深夜、暗い海中から巨大なものが現れて船を海中に沈めたと話した。
「信じられん、いったい何だろう」
 救助された乗組員は、そのときの状況を詳しく話したが、潜水艦などではなく巨大な生き物だと確信を持って話した。走っている船の船底をつまんで沈めたといった。
「姿は見ていません。どんな生き物かわかりません」
 意識が戻ったもう一人の乗組員に聞いても同じ答えだった。
 数日後、沈められた船が海底で発見された。3千トンの小型貨物船で、船体にほとんど損傷はなく、そのままの状態で沈んでいた。
「わからない。なんの目的でこんなことをしたのだ」
 2週間後、新たな事件が起きた。今度は、陸地から離れていない湾の中だった。停泊中の貨物船が沈められたのだ。深夜0時頃、外に出ていた民家の人が気づいた。
「不思議な光景でした。船が勝手に海の中へ沈んでいきました」
 翌日、沈んだ船は引き上げられたが、船に損傷はなかった。乗組員の多くは脱出できたが、数名は溺死した。
 大がかりな捜査が開始されたが、この怪事件も解明されず迷宮入りとなった。この海を航行する船はみんな恐怖に怯えていた。
 それからひと月後、沖合12マイルの海域を航行中のフェリーが夜、船底に異常を感じた。
 ゴツンという大きな音がして、船が一時的に海の中へ引っ張られだのだ。
 船長は船客の安全のために、船員に指示を出して救命ボートの準備をさせた。
 だが、その異常事態は一度だけで大事には至らなかった。後の調査ではフェリーは1万5千トンの大型船で沈めるには大き過ぎるためだったと結論づけられた。
 そのニュースはマスコミにも取り上げられ、テレビやラジオなどでさかんに報道された。
海の専門家が集まって、いろいろと議論したが、原因は分からずみんな頭を抱える始末だった。
 これらの事件が起きる一年前のことである。ひとりの科学者がこの海辺の町に引っ越してきた。二階建ての木造の家を借りて住んでいた。
いつも窓のカーテンを閉めて何かの研究をしていた。道で人に出会ってもあいさつもしない変人で、近所の人は誰もその家に近づかなかった。
 科学者は、数か月前から片手に包帯を巻き、研究をすることもなく毎日テレビのニュースばかりを観ていた。
 科学者はそれまである研究の完成を急いでいた。その研究は彼のライフワークで10年近くもそれに没頭していた。
 薬品製造会社の研究室で働いていたとき、面白半分に薬品をいろいろ調合し、自分の部屋のコーヒーの木に水に混ぜで与えていたとき、成長が早いことに気づいた。それに出来た豆も3倍以上に育った。そしてさらに薬品を改良すると10倍以上になった。
 科学者は生物を巨大化させる薬品の開発に夢中だった。
 科学者は実験場所を移すことにした。都会では思うように実験が出来ないからだった。科学者は薬品製造会社も辞めてしまった。
「人に見られない場所に引っ越そう。静かな海辺の町がいいだろう」
 ある日、実験器具を車に運んで家を引っ越して行った。
 新しい家でさっそく薬品の実験を続けた。はじめはすべて植物を使った実験だった。だが植物を巨大化できるのなら魚や動物も可能ではないかと科学者は考えた。
ある日、水槽に魚を入れて短時間で巨大化させる実験に取り掛かった。確信はあった。手元にノートを置いて実験を記録していった。
ところが意外なことが起きた。それはまったく不注意なことだったのだ。
 興奮していたので水槽の中へ、薬品をスポイドで数滴入れようとしたとき、手が震えて薬品の入った瓶を片手にこぼしてしまったのだ。
「まずい!」
 そう叫んだときは遅かった。手が急激に大きくなった。すぐに手は身体の半分くらいになり、このままだと手を支えきれない。とっさに危険な考えが浮かんだ。
「手を切り落とそう。それしか方法がない」
 実験室の棚に電動ノコギリがあったので、コードをコンセントに差し込んで激痛をこらえながら手首を切り落とした。血が部屋中に飛び散った。あまりの激痛とショックのため意識を失いかけたが、タオルを巻いて手首をきつく縛った。
 実験室の中は血の海となり、科学者はもがき苦しみながら床に横たわっていた。
 しかし科学者は奇跡的に命を救われたのである。電話がかかってきたからだった。
 その電話は保険会社からの契約更新のことだったが、科学者の苦し気な声を聞き、担当者が救急車を手配してくれたのだ。
 救急車がすぐにやってきて科学者は病院に担ぎこまれた。すぐに手術が施され一命をとりとめた。だが数日間は、激痛に苦しんだ。安静になってから医者に手を切り落とした理由を聞かれたが、科学者は何も話さなかった。
 2週間ほど入院したが、ケガが回復するとさっそく家に帰ってきた。実験室は酷い状態だった。実験器具は散らばり、床には血の跡がたくさん残っていた。
 科学者は実験室を元通りに整えると、一番の心配事を考えた。
 切り落とした手を捜さなければいけない。でもどこへ行ったのだろう。家中を捜したが見つからなかった。窓が割れており、庭にもたくさんの血の跡が残っていた。
「勝手に窓から出て行ったのだ」
 庭の草のあちこちに血痕が見つかった。血痕は海岸の方まで続いていた。
 科学者は海岸を一日中探しまわったが、いなくなった手は見つからなかった。
 巨大になった手は、海の中を泳いでいるに違いない。理性も感情を持たない生き物だから、どんな大惨事を引き起こすか分からない。
科学者は翌日も海辺に出て捜し回った。
 そんなある日のこと、テレビで貨物船沈没のニュースが次々に入ってきたのである。
「間違いない。やったのは手の仕業だ」
 科学者は、事件の様子から巨大化した手の大きさを調べてみた。
誤って手に掛けた薬品の量と濃度から生物が何倍に巨大化したのかもう一度計算してみた。頭の中ではおおよそわかっていたが、500倍という答えが出たので改めて驚いた。 
「やっぱりそうか。想像していた以上に大きい」
 科学者はなすすべがなかった。
「被害が広がらないうちに、このことを公表しようか」
 そんなことも考えた。だが、まだ確証がないのだ。
 科学者は少し待つことにした。
「警察に知らせるのは、もう少し待とう」
 だが科学者は毎日落ち着かなかった。逃げた巨大な手は海のどこかに隠れているのである。これからまたどんな事件を引き起こすか分からないのだ。科学者は、毎日車に乗って、巨大化した手を捜しに海岸をあちこち見て回った。
 そんなある日、この海辺の町からあまり離れていない村で、ひとりの漁師が砂浜で網の手入れをしていたとき、海の上に巨大な物が浮かんでいるのを発見した。
クジラかなと思ったが、体色は白い色で、クジラにしては形が変だ。しばらくその場所に浮かんでいたが、やがて海の中へ潜って行った。
漁師は駐在所へ行ってそのことを届けた。でも巡査は信じられない顔で、簡単な調書を取っただけだった。
 しかしその後、沖に出ていた漁船がその白い巨大なものを再び発見したという通報が頻繁に入るようになり、警察と海上保安庁はボートと巡視船を出して捜索をはじめたのである。
警察は村民に安全のため、海に出るときは十分に注意するように呼び掛けを行った。
それから数週間後のことである。
科学者がテレビを見ていると、新たな驚くようなニュースが流れてきた。
それはこの海辺の町の海岸線のそばを走る高速道路に深夜、巨大な手が横切ったという事件だった。これまですべて海の中での出来事だったが、陸でも起きたのである。
数日後には、海辺の町から2キロ離れた山のトンネルの中に、白い巨大な手が歩いているのを通りかかった自動車が目撃した。まるで大蜘蛛のような歩き方で、山の中へ姿を消したと話した。
それからは次々に新たな情報が届けられた。
深夜、海岸線を通っている鉄道線路の上を白い巨大な手が歩いているのを電車の運転手が発見した。急いで急停車したので大事には至らなかったが、乗客の多くが、岸壁を駆け降りて海の中へ姿を消した巨大な手を目撃した。
警察と海上保安庁は、全町民に安全を呼び掛けると同時にこの町を徘徊している巨大な手の行方を必死になって追っていた。
科学者は覚悟を決めた。
「警察にすべてのことを話そう」
翌日、科学者は匿名で警察に電話して一部始終を話した。
警察ははじめまったく信じなかったが、科学者の真剣な話しぶりに了解したようだ。
 数日後、本格的に対策本部が立ち上がった。
 科学者は住み慣れた家を出ることにした。ここに留まっていることはできないのだ。科学者は逮捕されることを恐れた。
「どこか遠くの町へ隠れよう。その間に、巨大化させた手を元のように小さくする研究をしよう。今の私にはそれをすることだけだ」
 科学者は、引っ越しの作業をはじめた。実験器具と家財道具をすべて車に積み込んだ。出て行く前日の夜だった。想像も出来ないような恐ろしい出来事が起きたのである。
科学者が深夜、寝室で眠っていたとき、庭の方からギシギシと不気味な音がして家が大きく揺れたのである。床が揺れて、部屋の物はすべて落ちた。
「地震だ!」
 飛び起きて揺れが収まるのを待っていたが、どうも様子がおかしいのだ。
 驚いて窓の外を見ると顔色が変わり、恐怖に襲われた。巨大な白い手が家を抑え込んでいたのだ。すぐに窓ガラスが割れて部屋の中に中指が入ってきた。
「うわあ!」
 科学者は部屋の中を逃げ回った。巨大な中指は部屋中をはい回り家具や机を壊した。みるまに部屋の中はグチャグチャに壊れてしまった。ベッドから毛布と布団が床に落ちた。科学者は逃げながら、ふと思いついた。
「そうだ、怪物もろとも燃やしてしまえ」
 科学者はライターに火を付けると、その火で毛布を燃やした。火はすぐに燃え広がった。中指は火を避けて外へ逃げようとしたが、散らばった家具に挟まって指が抜けないらしい。
その隙を見て科学者は玄関へ行って外へ出た。瞬く間に火は部屋中に燃え広がり、覆いかぶさった手は悲鳴を上げながら家と共に燃えていった。科学者も酷いやけどをおった。
あたりは火の海だった、近所の人がその様子に気づいて消防車を呼んだ。すぐに消防車が駆けつけて消火作業をはじめた。
1時間ほどで火は消えた。
焼け残った家の上には真っ黒になった巨大な手がだらりと覆いかぶさっていた。
だが科学者の姿はどこにもなかった。ガレージのシャッターが開いており、中は空っぽだった。科学者は車でどこかへ消えたのだ。
翌日、黒焦げになった巨大な手は、クレーンで山へ運ばれて、山の空き地の穴に埋められた。
町は平静さを取り戻した。もう恐怖に怯えることはないからだ。
だがー。
ひと月が過ぎたある真夜中だった。山の上で地響きのような大きな音がした。その音で目を覚ました住民が山へ見に行ったが、周りは暗くて何も確認できなかった。
この山を越えた所に広い湖があった。あるときそこで事件が起きた。湖で釣りをしていたボートが沈んだのである。釣り人はなんとか泳いで岸辺に辿り着いて助かった。
「黒い巨大な物が水の中に見えたと思ったら、ボートを沈めた」と話した。
 再び町は騒然となった。
湖に生息する怪物はその後もたびたび目撃された。警察は、ボートとドローンを飛ばして広い湖を徹底的に調べた。
ある嵐の夜のことだった。湖のほとりに建つ別荘に住んでいる人から通報があった。
「猛烈な風雨の中を黒い巨大な手が湖から這い出てきて、森の中へ消えた」
 通報を聞いて警察が出動した。大人数で山の中を捜し回ったが、怪物の行方は分からなかった。嵐が収まったある日、湖の奥の洞窟に何かが潜んでいるという知らせがあった。 
 警察がその場所へ行くと、湖の洞窟の岩場に大蛇がとぐろを巻くように巨大な手がうずくまっていた。警察はダイナマイトを使って爆破したが、巨大な手は死ななかった。
 なんという怪物だろう。まったく不死身なのだ。警察はどうすることも出来なかった。
 そんなある日、警察署に小包が届いた。行方不明になっていた科学者からだった。
―私が開発したこの薬品を使ってください。巨大化したものを元のように小さくする薬品ですーと書かれてあった。
 いたずらではないにかと鑑識官たちは疑ったが、これを使うしかないので現場へ運んだ。
 ドローンに薬品を詰めて洞窟の中で爆発させた。しばらくすると煙の中から人間の手ほどの焼け焦げた黒い小さな手が洞窟の岩のそばの水の上を泳いでいた。薬品が効いたのだ。焼け焦げた黒い小さな手はガラスの容器に入れられてすぐに鑑識へ運ばれた。恐怖は去った。
 町は再び平静さを取り戻した。

(オリジナルイラスト)


(未発表作品)