2019年12月30日月曜日

絵と詩 観客ひとり


(オリジナルイラスト)


冬の寒い日、
町へやってきたギター弾きが
公園のベンチに座っていると、
犬が一匹近寄ってきた。
人の姿は見えない。
「今日も稼ぎなしか」
でもせっかく来てくれた
ただひとりの観客のために
静かにギターを弾きはじめた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)






2019年12月21日土曜日

クリスマスの重労働

「いやあ、今夜も寒いな。雪が降りそうだ」
 そういっているのは、町の教会の塔にぶら下がっている鐘です。ずいぶん古い教会で鐘も相当に古かったのです。
 もうすぐクリスマスなので町の商店街にはクリスマスツリーがキラキラと輝いています。でも昔と比べたら営業している店はほんのわずかです。
「町の風景もずいぶん変わったな。昔はいろんな商店がたくさん並んでいたのに、いまじゃ、ゴーストタウンだ」
 鐘がいうようにこの町の商店街は人通りが少ないのでした。
 深夜のことです。冷たい風が吹いていました。
 ギーーイ、教会の扉を誰かが開ける音がしました。
 眠っていた鐘は目を覚ましました。
「こんな夜中に誰だろう」
 扉を開けて入ってきたのは、二人のホームレスでした。あまりに外が寒いので黙って入ってきたのです。
「よかった。今夜はここで泊まろう」
「ずいぶん静かだな」
 二人は小声で話しています。
「せっかくこの町で仕事をみつけようと思っていたのにどこの店も閉店だ」
「これじゃ、正月に餅も食えないな」
 二人のお腹がグーとなりました。しーんと静まり返った教会の中は別世界です。ステンドグラスがとてもきれいで、まるでお城のようです。
「何か食べるものないかな」
「あるわけないさ。泊まれるだけでありがたいよ」
 いいながら二人は長椅子に座ってただぼんやりしていました。
 二人がウトウトしていたとき、うしろからポンポンと誰かが肩を叩きました。
「あなたたちはここで何をしてるのですか」
 うしろに立っていたのは白髪頭の神父さんでした。
「申し訳ありません。外があまりに寒いので中へ入らせてもらいました」
 神父さんに怒られると思ったのですが、
「そうでしたか、お腹が減っていますね。待っててください」
 そういって神父さんは隣りの部屋へ行くと、食パンと赤ワインを持ってきてくれました。
「これを召し上がりなさい。温まりますよ」
 二人は喜んで食べました。
「ありがとうございます。感謝します」
 神父さんはにっこり笑いながら、
「どうですか、食事を差し上げたのですから、私の願いを聞いてくれますか」
「どんなことでしょう。わたしたちに出来ることならなんでもしますよ」
 神父さんはうなずきながら、
「この教会はずいぶん古くて、あちこちガタがきています。床はギーギー鳴るし、壁も剥がれてずいぶん汚れています」
「そうですか、じゃあ修理をしますよ」
「お願いします。大工道具は倉庫にあります。クリスマスが来る前に直したいのです」
 さっそく二人は作業をはじめました。
 ギーギー鳴る床と壁の張り替えをやりました。
 作業が終わったのは明け方でした。
「神父さん、修理がおわりました」
「ご苦労さまでした。それじゃ、祭壇の床もお願いします」
「まだ傷んだところがあるんですか」
「はい、ずいぶん古い教会ですから」
 二人は作業が終わってほっとしたのですが、また神父さんに頼まれたのでやることにしたのです。
 カタン、ガタン、トントントントン、二人は汗を流しながら働きました。
 夕方、作業はおわりました。
「ありがとうございます。音がしなくなりました。お腹が減ったでしょう」
 神父さんはまたワインと食パンを持ってきてくれました。
 二人はすぐにたいらげました。
「神父さん、作業も終わったので、これでおじゃまします」
 ところが神父さんは、
「まだやってもらうことがあります。ステンドグラスを磨いてください。何年も磨いてないのでほこりがたまっています」
 二人はだんだん疲れてきたのですが、食べ物をもらったので仕方なくやることにしました。
 ゴシゴシ、ゴシゴシ、ガラスを磨きながら、二人は小声ではなしました。
「ワインと食パンもらっただけで、ずいぶんこき使われるな」
「これだったら、ビルの窓ふきのバイトの方が賃金がいいな」
「クリスマスまであと何日だっけ」
「あと二日だ」
「じゃあ、辛抱してがんばるか」 
 二日後、クリスマスイヴになりました。
 二人が教会から出て行こうとしたとき、神父さんがやってきました。
「忘れていました。塔の鐘のサビを落としてください。いい音がしません。ロープも取り換えてください」
「え、まだやらないといけないんですか」
「作業をしてくれたら、ワインと食パンのほかにハムも付けてあげますよ」
 せっかく教会から出て行こうと思っていた二人は、がっかりしました。
「やれやれ、とんだ教会へきてしまったな」
 二人はぶつぶつ文句をいいながら作業をはじめました。
 夕方、作業が終わると、神父さんがやってきて、
「これが最後です」
といって、教会の外のモミの木にクリスマスツリーを飾らせられました。
 二人はくたくたになって作業をやりました。
 クリスマスがやってきました。
 すっかり教会の中はきれいになりました。塔の上の鐘もぴかぴかに磨かれてごきげんです。
「さあ、信者さんを呼びましょう」
 神父さんは、取り換えられた新しいロープを握って、カランコロンと町中に響くように鐘を鳴らしました。
 鐘の音は、重労働ですっかり疲れてこの町から出て行く、二人のホームレスの耳にも聴こえてきました。


(オリジナルイラスト)


(未発表童話)





2019年12月10日火曜日

絵と詩 羽の生えたケーキ


(オリジナルイラスト)


村のケーキさんは忙しい。
もうすぐメリークリスマス
朝からケーキ作りに追われて
寝る暇もない。

村のあちこちから注文が殺到。
ひとりで作っているのでああ忙しい。
ところで雪は大丈夫か。
去年は大雪でずいぶん苦労した。

そこで思いついたのがケーキに羽をつけこと。
ラジコン式の羽だからどこへでも配達できる。
大雪が降っても困らない。 
出来たケーキが次々に空へ飛んでいく。
ぷんぷん甘い匂いをさせて。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





 

2019年11月30日土曜日

絵と詩 ある村の結婚式


(オリジナルイラスト)


日曜日の朝、村の教会で結婚式が行われた。
教会の鐘がカランコロンと響く中
若いカップルが、みんなに祝福されて
新婚旅行へ出かける。
この村では気球に乗って、
空の旅行をするのが習慣だ。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年11月19日火曜日

創作昔話 山小屋の悪夢

 むかし、ある村に、変わったお百姓がおった。まだ若いのに畑にも出ないで、家の中でぼんやり一日を過ごしていた。
 仕事をしないから暮らしは貧しかったが、まったく平気だった。
 そんなある日、お百姓は旅へ出ることにした。
「山を越えて、あちこちの村へいってみよう。何か面白いことがあるだろう」
 旅支度をして、さっそく出かけていった。
 山を五つ超えたとき、夕方になった。
「どこかに家はないかな」
 みると林のそばに山小屋があった。木こりの家らしい。
 お百姓は今夜泊めてもらうことにした。
「だれかいませんか。旅のものです」
 すると、小屋の戸が開いて、白髪あたまのばあさんが出てきた。
「どこからきなさった。さあ、中へお入り。じいさんは用があって今夜は帰らん」
 親切なおばあさんで、シイタケやキノコの入った山菜なべをごちそうしてくれて、部屋もかしてくれた。
 深夜、眠っていたとき、となりの部屋から物音が聞こえた。明かりがついているので、おばあさんが仕事をしているらしい。
 寝床を出てそっとふすまを開けてみた。
「わっ!」
 思わず声を出してしまうところだった。そこにいたのは人間の身体くらいある大蜘蛛だった。
「へっ、へっ、へっ、ひさしぶりに肉が食える。毎日山菜ばかりでは身体がもたん」
 ひとり言をいいながら大蜘蛛は二本の足で、器用に包丁を研いでいた。
「早く逃げないと食べられる」
 だけど部屋には窓もないのでどこからも逃げられない。
「用で出かけたじいさんが頼りだ。早く帰ってこないかな」
 思いながら寝ずにふとんのそばでじっと座っていた。
 明け方近くになり、となりの部屋の明かりが消えた。
「大蜘蛛は眠ったのかな」
 ふすまの戸を開けてのぞいてみた。誰もいなかった。
「いまのうちに家から逃げよう」
 玄関へいくとき、天井から糸が垂れてきて黒い影が現れ、影はすぐにお百姓の上に覆いかぶさった。
「ぎゃ、たすけてくれ」
 お百姓の声が家中に響いた。しばらく何かと格闘していたが、やがて静かになった。
 昼頃、となりの山小屋に住んでいる木こりがやってきた。
「すまんが水を一杯もらえんか」
 おばあさんが小屋から出てきた。
「ああ、どうぞ。いつもいろんなものをもうてすまんです」
 木こりはぐいっと水を飲みながら、
「どうじゃった、この前もってきたシイタケとキノコの味は」
 おばあさんは困った様子をしながら、
「おいしかったけど、食べるとなんかへんな幻覚をみるようじゃ」
「へえ、そうかいな」
「ゆうべ旅の人が泊まったんじゃが、なんか様子がおかしんで、いま部屋で寝ていなさる」
「そりゃ、たいへんなことしたな。これからはよく調べてからもってくるわな」
 部屋で寝ていたお百姓は、その日一日幻覚に悩まされたが、次の日には元気になって、山小屋から出て行った。


(オリジナルイラスト)


(未発表作品)





2019年11月9日土曜日

絵と詩 コウモリ人間になって



 
コウモリ傘を持って町を歩いていたら
いつのまにか羽が生えてコウモリ人間になった。
「これは面白い。空を飛んで映画を観に行こう」
裏通りをふわふわ飛びながら映画館のある方へ向かった。
看板が見えた。封切り映画『コウモリ人間の恐怖』
ジュースを飲みながら夕方まで観ていた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年10月30日水曜日

歩く雲

  真夏の暑さで、頭がぼーっとしていたのだ。エアコンのない蒸し風呂のような部屋で昼寝をしてたら、巨大な雲が地面まで足を伸ばして町の中を歩いていた。形はクモそっくりだった。
「どこへいくんだろう」
 窓からじっと見ていたら、雲と目が合った。「まずい」
 雲が家に近づいてきた。大きな身体で家に覆いかぶさった。
 家がガタガタ揺れた。周りは何も見えない。そのまま雲の中へ家ごと吸い込められた。
「大変だ。逃げよう」
 でも地面まで50メートルの高さはある。飛び降りることはできない。
 そのうち雲は歩き出した。山の方へ歩いて行った。
 家が傾斜しているので山を登っているのが分かった。雲の中で揺れながら周りがひんやりしてきた。やがて頂上へやってきた。ドカンと音がして山のてっぺんに家を置いた。
 雲の中から誰か降りてきた。
「コノイエ ドウスルツモリダ」
「ナカヲシラベタイ ナニカアルニ チガイナイ」
 その声は宇宙人だった。
 二人の宇宙人が玄関の戸を開けて入ってきた。おれは押入れの中へ隠れた。
「ダレモイナイミタイダ」
「キタナイ ヘヤダナ。ゴミダラケダ」
 宇宙人たちは、タンスの中を開けたり、机の引き出しを開けたり、何か探している。パソコンを見つけると電源を外して運び出した。
「コレヲ アトデシラベヨウ」
 宇宙人たちは、ほかに何もないのがわかると家から出て行った。
 山のてっぺんに洞穴があり、宇宙人たちが入っていった。おれもあとからついていった。
 洞穴の中にエレベーターがあり、地下はずいぶん深かった。この山の内部は宇宙人たちの秘密基地だった。
 地下にいろんな部屋があり、どれも倉庫だった。町から盗んできた物がたくさん入れてあった。
 廊下の向こうから宇宙人が歩いてきた。
「アシタ ガソリンヲウバイニイコウ。キュウユガオワッタラ イヨイヨキカンダ」
「ナツカシイホシヘ カエレル」
 翌日、雲の宇宙船は町へ行ってタンクローリーを10台くらいうばってきた。
 すぐに宇宙船にガソリンを給油してエンジンをかけた。
「宇宙へ逃げるつもりだな。町へ行ってみんなに知らせよう」
 急いで山を降りてみんなに知らせに行った。でもだれも信じてくれなかった。
 途方に暮れていると、空の上をクモの形をした宇宙船が空の彼方へ飛んで行った。
宇宙船の窓から二人の宇宙人の顔が見えた。
 そのとき目覚まし時計のベルが鳴った。
「変な夢をみたものだ。さあ、バイトへ出かけよう」
  勤めている近くのガソリンスタンドへ歩いて行った。今日は遅番だった。



(オリジナルイラスト)


(未発表童話)





2019年10月20日日曜日

絵と詩 水晶の洞窟





山の別荘地の湖のそばに不思議な洞窟がある。
洞窟の中はすべて水晶で出来ている。
紫、青、緑、赤、オレンジ、黄色の水晶が眩く輝いている。
少女はボートに乗ってよくこの洞窟へやってくる。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年10月9日水曜日

絵と詩 海釣りの風景




今日は日曜日だ。
船着き場でたくさんの釣り人が海釣りを楽しんでいる。
沖にはヨット、天気も最高に良い。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年9月27日金曜日

絵と詩 風船を上げる家




湖のほとりに青い屋根の別荘が建っている。
不思議な別荘で、いつもユニークな風船を上げている。
湖へボートを漕ぎにやってくる少女もそんな風船を見るのが楽しみだ。
今日はお城の形をした風船を上げている。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年9月17日火曜日

絵と詩 丘の上の奇妙な雲




絵を描く道具を背負って、
真夏の丘を登っていたら、
ナマズに似た雲がかかっていた。
熱中症のせいでこんなものを見たのだ。
まるでお化けだ。
食べられそうになったので、
雲がとれるまでじっと立ち止まっていた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)






2019年9月8日日曜日

絵と詩 木の上の戦い




夢の中だった。
不思議な森へ入り込んだ。
カブトムシマシンを動かしていたら、
クワガタマシンがやってきて戦いがはじまった。
マシンを動かしていたのは宇宙人だった。
どちらが勝ったのか目が覚めたのでわからない。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)






2019年8月29日木曜日

絵と詩 アトリエのある家




夏の別荘地を散歩している少女は、
いつもアトリエのある家の前を通る。
庭には出来たばかりの絵が乾かしてある。
立ち止まって鑑賞するのが少女の日課だ。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2019年8月21日水曜日

絵と詩 雲の上のマンドリン演奏会





 不思議な夢を見た。
 雲の上で眠っていたのだ。
 どこからか音楽が聴こえてきた。
 マンドリンアンサンブルの音色だった。
 トレモロの響きがすぐそばで聴こえる。
 なんて楽しい夢だ。
 時間を忘れるくらいじっと聴いていた。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年8月11日日曜日

短編小説 泳ぐ手

 その不思議な事件はある港町で起きた。事件を起こした人物は今姿を消している。どこにいるのかわからない。死んでしまったのかもしれない。事件はある静かな夜に起きた。       その夜、海辺の町の海岸局がSOSの信号を受信した。北15マイルの海域を航行中の貨物船からだった。
SOS 救助を求む。船底に強い衝撃、沈没の恐れあり。現在位置は、北緯35度58分、東経135度42分」
 無電を受信した海岸局は、直ちに海上保安庁に連絡し、巡視船が出動してその海域を捜索した。数時間後、乗組員2名が浮き輪にしがみついているところを発見された。
 ひとりは意識を失っており、もうひとりは重症だが話すことが出来た。
 海上保安本部で事情聴取が行われた。
 救助された乗組員の話によると、当日の深夜、暗い海中から巨大なものが現れて船を海中に沈めたと話した。
「信じられん、いったい何だろう」
 救助された乗組員は、そのときの状況を詳しく話したが、潜水艦などではなく巨大な生き物だと確信を持って話した。走っている船の船底をつまんで沈めたといった。
「姿は見ていません。どんな生き物かわかりません」
 意識が戻ったもう一人の乗組員に聞いても同じ答えだった。
 数日後、沈められた船が海底で発見された。3千トンの小型貨物船で、船体にほとんど損傷はなく、そのままの状態で沈んでいた。
「わからない。なんの目的でこんなことをしたのだ」
 2週間後、新たな事件が起きた。今度は、陸地から離れていない湾の中だった。停泊中の貨物船が沈められたのだ。深夜0時頃、外に出ていた民家の人が気づいた。
「不思議な光景でした。船が勝手に海の中へ沈んでいきました」
 翌日、沈んだ船は引き上げられたが、船に損傷はなかった。乗組員の多くは脱出できたが、数名は溺死した。
 大がかりな捜査が開始されたが、この怪事件も解明されず迷宮入りとなった。この海を航行する船はみんな恐怖に怯えていた。
 それからひと月後、沖合12マイルの海域を航行中のフェリーが夜、船底に異常を感じた。
 ゴツンという大きな音がして、船が一時的に海の中へ引っ張られだのだ。
 船長は船客の安全のために、船員に指示を出して救命ボートの準備をさせた。
 だが、その異常事態は一度だけで大事には至らなかった。後の調査ではフェリーは1万5千トンの大型船で沈めるには大き過ぎるためだったと結論づけられた。
 そのニュースはマスコミにも取り上げられ、テレビやラジオなどでさかんに報道された。
海の専門家が集まって、いろいろと議論したが、原因は分からずみんな頭を抱える始末だった。
 これらの事件が起きる一年前のことである。ひとりの科学者がこの海辺の町に引っ越してきた。二階建ての木造の家を借りて住んでいた。
いつも窓のカーテンを閉めて何かの研究をしていた。道で人に出会ってもあいさつもしない変人で、近所の人は誰もその家に近づかなかった。
 科学者は、数か月前から片手に包帯を巻き、研究をすることもなく毎日テレビのニュースばかりを観ていた。
 科学者はそれまである研究の完成を急いでいた。その研究は彼のライフワークで10年近くもそれに没頭していた。
 薬品製造会社の研究室で働いていたとき、面白半分に薬品をいろいろ調合し、自分の部屋のコーヒーの木に水に混ぜで与えていたとき、成長が早いことに気づいた。それに出来た豆も3倍以上に育った。そしてさらに薬品を改良すると10倍以上になった。
 科学者は生物を巨大化させる薬品の開発に夢中だった。
 科学者は実験場所を移すことにした。都会では思うように実験が出来ないからだった。科学者は薬品製造会社も辞めてしまった。
「人に見られない場所に引っ越そう。静かな海辺の町がいいだろう」
 ある日、実験器具を車に運んで家を引っ越して行った。
 新しい家でさっそく薬品の実験を続けた。はじめはすべて植物を使った実験だった。だが植物を巨大化できるのなら魚や動物も可能ではないかと科学者は考えた。
ある日、水槽に魚を入れて短時間で巨大化させる実験に取り掛かった。確信はあった。手元にノートを置いて実験を記録していった。
ところが意外なことが起きた。それはまったく不注意なことだったのだ。
 興奮していたので水槽の中へ、薬品をスポイドで数滴入れようとしたとき、手が震えて薬品の入った瓶を片手にこぼしてしまったのだ。
「まずい!」
 そう叫んだときは遅かった。手が急激に大きくなった。すぐに手は身体の半分くらいになり、このままだと手を支えきれない。とっさに危険な考えが浮かんだ。
「手を切り落とそう。それしか方法がない」
 実験室の棚に電動ノコギリがあったので、コードをコンセントに差し込んで激痛をこらえながら手首を切り落とした。血が部屋中に飛び散った。あまりの激痛とショックのため意識を失いかけたが、タオルを巻いて手首をきつく縛った。
 実験室の中は血の海となり、科学者はもがき苦しみながら床に横たわっていた。
 しかし科学者は奇跡的に命を救われたのである。電話がかかってきたからだった。
 その電話は保険会社からの契約更新のことだったが、科学者の苦し気な声を聞き、担当者が救急車を手配してくれたのだ。
 救急車がすぐにやってきて科学者は病院に担ぎこまれた。すぐに手術が施され一命をとりとめた。だが数日間は、激痛に苦しんだ。安静になってから医者に手を切り落とした理由を聞かれたが、科学者は何も話さなかった。
 2週間ほど入院したが、ケガが回復するとさっそく家に帰ってきた。実験室は酷い状態だった。実験器具は散らばり、床には血の跡がたくさん残っていた。
 科学者は実験室を元通りに整えると、一番の心配事を考えた。
 切り落とした手を捜さなければいけない。でもどこへ行ったのだろう。家中を捜したが見つからなかった。窓が割れており、庭にもたくさんの血の跡が残っていた。
「勝手に窓から出て行ったのだ」
 庭の草のあちこちに血痕が見つかった。血痕は海岸の方まで続いていた。
 科学者は海岸を一日中探しまわったが、いなくなった手は見つからなかった。
 巨大になった手は、海の中を泳いでいるに違いない。理性も感情を持たない生き物だから、どんな大惨事を引き起こすか分からない。
科学者は翌日も海辺に出て捜し回った。
 そんなある日のこと、テレビで貨物船沈没のニュースが次々に入ってきたのである。
「間違いない。やったのは手の仕業だ」
 科学者は、事件の様子から巨大化した手の大きさを調べてみた。
誤って手に掛けた薬品の量と濃度から生物が何倍に巨大化したのかもう一度計算してみた。頭の中ではおおよそわかっていたが、500倍という答えが出たので改めて驚いた。 
「やっぱりそうか。想像していた以上に大きい」
 科学者はなすすべがなかった。
「被害が広がらないうちに、このことを公表しようか」
 そんなことも考えた。だが、まだ確証がないのだ。
 科学者は少し待つことにした。
「警察に知らせるのは、もう少し待とう」
 だが科学者は毎日落ち着かなかった。逃げた巨大な手は海のどこかに隠れているのである。これからまたどんな事件を引き起こすか分からないのだ。科学者は、毎日車に乗って、巨大化した手を捜しに海岸をあちこち見て回った。
 そんなある日、この海辺の町からあまり離れていない村で、ひとりの漁師が砂浜で網の手入れをしていたとき、海の上に巨大な物が浮かんでいるのを発見した。
クジラかなと思ったが、体色は白い色で、クジラにしては形が変だ。しばらくその場所に浮かんでいたが、やがて海の中へ潜って行った。
漁師は駐在所へ行ってそのことを届けた。でも巡査は信じられない顔で、簡単な調書を取っただけだった。
 しかしその後、沖に出ていた漁船がその白い巨大なものを再び発見したという通報が頻繁に入るようになり、警察と海上保安庁はボートと巡視船を出して捜索をはじめたのである。
警察は村民に安全のため、海に出るときは十分に注意するように呼び掛けを行った。
それから数週間後のことである。
科学者がテレビを見ていると、新たな驚くようなニュースが流れてきた。
それはこの海辺の町の海岸線のそばを走る高速道路に深夜、巨大な手が横切ったという事件だった。これまですべて海の中での出来事だったが、陸でも起きたのである。
数日後には、海辺の町から2キロ離れた山のトンネルの中に、白い巨大な手が歩いているのを通りかかった自動車が目撃した。まるで大蜘蛛のような歩き方で、山の中へ姿を消したと話した。
それからは次々に新たな情報が届けられた。
深夜、海岸線を通っている鉄道線路の上を白い巨大な手が歩いているのを電車の運転手が発見した。急いで急停車したので大事には至らなかったが、乗客の多くが、岸壁を駆け降りて海の中へ姿を消した巨大な手を目撃した。
警察と海上保安庁は、全町民に安全を呼び掛けると同時にこの町を徘徊している巨大な手の行方を必死になって追っていた。
科学者は覚悟を決めた。
「警察にすべてのことを話そう」
翌日、科学者は匿名で警察に電話して一部始終を話した。
警察ははじめまったく信じなかったが、科学者の真剣な話しぶりに了解したようだ。
 数日後、本格的に対策本部が立ち上がった。
 科学者は住み慣れた家を出ることにした。ここに留まっていることはできないのだ。科学者は逮捕されることを恐れた。
「どこか遠くの町へ隠れよう。その間に、巨大化させた手を元のように小さくする研究をしよう。今の私にはそれをすることだけだ」
 科学者は、引っ越しの作業をはじめた。実験器具と家財道具をすべて車に積み込んだ。出て行く前日の夜だった。想像も出来ないような恐ろしい出来事が起きたのである。
科学者が深夜、寝室で眠っていたとき、庭の方からギシギシと不気味な音がして家が大きく揺れたのである。床が揺れて、部屋の物はすべて落ちた。
「地震だ!」
 飛び起きて揺れが収まるのを待っていたが、どうも様子がおかしいのだ。
 驚いて窓の外を見ると顔色が変わり、恐怖に襲われた。巨大な白い手が家を抑え込んでいたのだ。すぐに窓ガラスが割れて部屋の中に中指が入ってきた。
「うわあ!」
 科学者は部屋の中を逃げ回った。巨大な中指は部屋中をはい回り家具や机を壊した。みるまに部屋の中はグチャグチャに壊れてしまった。ベッドから毛布と布団が床に落ちた。科学者は逃げながら、ふと思いついた。
「そうだ、怪物もろとも燃やしてしまえ」
 科学者はライターに火を付けると、その火で毛布を燃やした。火はすぐに燃え広がった。中指は火を避けて外へ逃げようとしたが、散らばった家具に挟まって指が抜けないらしい。
その隙を見て科学者は玄関へ行って外へ出た。瞬く間に火は部屋中に燃え広がり、覆いかぶさった手は悲鳴を上げながら家と共に燃えていった。科学者も酷いやけどをおった。
あたりは火の海だった、近所の人がその様子に気づいて消防車を呼んだ。すぐに消防車が駆けつけて消火作業をはじめた。
1時間ほどで火は消えた。
焼け残った家の上には真っ黒になった巨大な手がだらりと覆いかぶさっていた。
だが科学者の姿はどこにもなかった。ガレージのシャッターが開いており、中は空っぽだった。科学者は車でどこかへ消えたのだ。
翌日、黒焦げになった巨大な手は、クレーンで山へ運ばれて、山の空き地の穴に埋められた。
町は平静さを取り戻した。もう恐怖に怯えることはないからだ。
だがー。
ひと月が過ぎたある真夜中だった。山の上で地響きのような大きな音がした。その音で目を覚ました住民が山へ見に行ったが、周りは暗くて何も確認できなかった。
この山を越えた所に広い湖があった。あるときそこで事件が起きた。湖で釣りをしていたボートが沈んだのである。釣り人はなんとか泳いで岸辺に辿り着いて助かった。
「黒い巨大な物が水の中に見えたと思ったら、ボートを沈めた」と話した。
 再び町は騒然となった。
湖に生息する怪物はその後もたびたび目撃された。警察は、ボートとドローンを飛ばして広い湖を徹底的に調べた。
ある嵐の夜のことだった。湖のほとりに建つ別荘に住んでいる人から通報があった。
「猛烈な風雨の中を黒い巨大な手が湖から這い出てきて、森の中へ消えた」
 通報を聞いて警察が出動した。大人数で山の中を捜し回ったが、怪物の行方は分からなかった。嵐が収まったある日、湖の奥の洞窟に何かが潜んでいるという知らせがあった。 
 警察がその場所へ行くと、湖の洞窟の岩場に大蛇がとぐろを巻くように巨大な手がうずくまっていた。警察はダイナマイトを使って爆破したが、巨大な手は死ななかった。
 なんという怪物だろう。まったく不死身なのだ。警察はどうすることも出来なかった。
 そんなある日、警察署に小包が届いた。行方不明になっていた科学者からだった。
―私が開発したこの薬品を使ってください。巨大化したものを元のように小さくする薬品ですーと書かれてあった。
 いたずらではないにかと鑑識官たちは疑ったが、これを使うしかないので現場へ運んだ。
 ドローンに薬品を詰めて洞窟の中で爆発させた。しばらくすると煙の中から人間の手ほどの焼け焦げた黒い小さな手が洞窟の岩のそばの水の上を泳いでいた。薬品が効いたのだ。焼け焦げた黒い小さな手はガラスの容器に入れられてすぐに鑑識へ運ばれた。恐怖は去った。
 町は再び平静さを取り戻した。

(オリジナルイラスト)


(未発表作品)






2019年7月30日火曜日

絵と詩 夏の海の風景




夏の海にはいろんな色彩のヨット
風がないのでみんないまは停泊中。
スイカとジュースを味わいながら
のんびり海を見ています。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年7月20日土曜日

絵と詩 雲の上のコーラス




山の別荘へ避暑にやってきた少女は
散歩の途中、空から歌声が聴こえてくるのに気づいた。
見上げると雲の上で女性コーラスが歌っていた。むかし一緒に歌っていた友達だった。
みんな自分を呼んでいるようで
懐かしそうにじっと聴いていた。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年7月10日水曜日

短編小説 幽霊島に不時着

 休日にハンググライダーで海の上を飛んでいた。空を飛んでいると仕事の疲れも取れて気分が最高にいい。
 その日は風もなくさわやかな青空だった。午後から天気が崩れるといっていたので、早めに帰宅するつもりだった。
でも、いつも気になっていた8キロほど離れた小島へ行くことにした。島を一周する時間は十分にあるのだ。燃料も残っている。
 まもなく島が見えてきた。周囲が1キロメートルほどの小さな島で樹木が生い茂っていた。小高い丘の中腹に三階建ての古びた家があった。壁は黒ずんで所々板が剥がれ、まるで幽霊屋敷だ。
「近くに寄って見てみよう」
 高度を下げて、島のすれすれをしばらく飛んでいた。家が気になっていたので、何度も家の周囲を飛んでいた。
「あれ、二階の窓が開いた。誰か住んでいるのかな」
 空き家だと思っていたので、高度を下げてしっかりと確認することにした。
 30分ほど夢中になって家を観ていたので空が曇ってきたのに気づかなかった。
 そのとき突風にあおられて、機体がグラッと揺れた。
「まずい、」
 慌てたせいで、機体を立て直すことが出来ずにそのまま高度が下がり、近くの樹木の中へ突っ込んでしまった。ガシャッ。大きな音がして樹木に宙ぶらりんになった。
「困った。帰れなくなった」
 ベルトを外して、樹木から降りた。
「何とか、機体を地上へ降ろせないかな」
 機体を降ろせさえすれば、なんとか飛ばせるのだ。島の南側は砂浜だった。 
 草の中に突っ立ってしばらく呆然としていた。目の前に屋敷が建っていた。木造のずいぶん古い家だった、
「仕方がない。今夜はこの家に泊めてもらおう」
 雑草が生い茂っている敷地の中へ入っていった。門は開いていた。時計を見ると午後3時だった。夜になるまではまだ時間がある。
 玄関に行ってドアを叩いてみた。誰も出てこない。
「鍵は掛かっているのかな」
 ドアを押すとスーと開いた。
 家の中へ入ってみた。暗くて室内の様子がよくわからない。ぼんやりしていたとき、二階で物音がした。気になったので階段を登って行った。
 二階の廊下を歩いていたとき、すぐそばの部屋のドアが開いた。白い腕が伸びてきて、鈍器のようなもので頭を殴られた。そのまま気を失ってしまった。
 長い時間気絶していたが、目が覚めるとベッドの上で眠っていた。殴られたせいで頭がひどく痛かった。
 ベッドから起きて部屋のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていた。窓も鍵が掛かっている。この部屋は3階だった。窓から庭の様子がよくわかる。雨が降っており風も吹いていた。遠くの方にかすかに陸地が見えた。
「おれを殴った奴は誰だろう。この家の住人かな。でもどうやってこの部屋から抜け出そう」
 やがて夜になった。部屋には照明がなく真っ暗だった。お腹が空いていたが食べるものがない。
 その夜は寝るしかなかった。
 朝になった。窓の外を見ると、雨はもう上がっていた。海の様子もよくわかる。
「カチッ」
 部屋のドアの鍵をはずす音がした。
「だれだ」
 ドアが開いて、全身包帯を巻いたミイラ男が立っていた。恐怖を感じたので窓の方へ逃げた。そのときだった。ミイラ男のうしろから眼鏡をかけた50歳くらいの白髪の男が入ってきた。この家の持ち主だろうか。男はベットのそばの椅子に腰を下ろすと、パイプを取り出して、火を着けて話しはじめた。
「驚いたかね。いつも君が操縦するハンググライダーを見ていた。こんなところへやってくるとは思わなかった」
「あんたは誰だ。どうしておれをこんな所に閉じ込めたんだ」
 男はパイプをくゆらせながら、
「この島の秘密を知られたくないからだよ」
「秘密。どんな」
「それは教えられない。しばらくこの島にいてもらう。食事は毎日運んであげるよ」
 男はそういってミイラ男と一緒に部屋から出て行った。
「なんてことだ。とんでもない所へやってきたものだ」
 どこへも行けず、ただ部屋の中へいるしかなかった。
 それから数日して男がやってきた。
「この前は失礼したね。まだ名前もいってなかった」
 男は名前を名乗ってから話しはじめた。
「実は君に協力してもらいたんだ」
「協力?何をだい」
「私の趣味の手伝いを頼みたいんだ」
「どんな趣味」
「この島で幽霊屋敷の施設を作っているんだ」
「幽霊屋敷の施設?」
「つまりお化け屋敷さ」
 男は数年前からその作業をしており、完成したら陸からお客を呼ぶそうだ。ミイラ男はロボットでほかにも怪奇小説に登場する怪物をたくさん作っているらしい。
「へえ、それは面白そうだ」
「施設はもうじき完成する。出来たら見せてあげよう」
 男の話を聞きながら、なんだか興味が湧いてきた。そんな施設が見られるのなら協力してよいと思った、
「じゃあ、やってみるか。何をするんだい」
「君に頼みたいのは、陸へ行って空からビラを撒いてもらうことなんだ。幽霊屋敷の宣伝をしてもらいたいんだ」
「ビラ撒きか」
「頼むよ」
「わかった協力するよ」
 変わった趣味を持ったその男の手伝いをすることになった。話がまとまるとようやく部屋を出ることを許された。男はいつも地下室へ行って作業をしている。作業場を見学したいといったが、いまはダメだといわれた。仕方なく島の中を散歩したり、木に引っかかっているハンググライダーを降ろして、砂浜へ引っ張っていって整備したり、部屋でぶらぶらしていた。島の中を散歩しているときよくミイラ男に出くわした。自分を見張っているようで嫌な気分がした。
 眼鏡を掛けた男は毎日やってきた。そして作業の進み具合を楽しそうに話した。
 現在は、ロンドン塔の拷問室を真似て作った施設を地下室に建設中だといっていた。
 見学したいといったが、やっぱり断られた。
 でもそんな施設を本当に作っているのかどうか疑わしい。何か別の企みがあるのかもしれない。
 この島へやって来て1週間ほどして変なことに気づいた。窓から見える陸地の位置がおかしいのだ。いつもより西に見えたり、また元の位置に戻ったりするのだ。
「変だな。陸地が動くはずがない」
 ある夜のこと、変な音を聞いて目が覚めた。ベッドの下から大きな機械の音がするのだ。いや、屋敷の地下深くからだ。昼間は聞こえないが、夜になると聞こえてくる。ずいぶん大きな音だ。
「確かめたいな」
  毎日食事は朝と昼と夕方にミイラ男が運んで来る。翌日、昼食を持ってきたミイラ男が部屋を出て行ったあとをつけてみることにした。
 三階の階段から一階まで降りて行くと、ミイラ男は広間の大きな鏡の前に立った。ロウソク台を動かすと鏡が右側に移動し中に通路があった。ミイラ男は通路を歩いて行った。
「秘密の入口だ」
 鏡が閉じないうちに、あとから中へ入り通路を歩いて行った。通路は下へ傾斜し、奥へ行くにしたがって機械の音が大きくなってきた。やがて木造の壁から鉄製の壁に変わってきた。
「工場があるのかな」
 通路はいくつかに分かれていた。それぞれ部屋があるのだ。右側の通路を歩いていくとドアがあった。鍵はかかっていなかった。ドアを開けてみた。
「これはー」
 広い工場の中でたくさんのロボットが働いていた。海中から採取した大きなアイスクリームの形をした細長い棒状のものを鉄製の棚に載せていた。鉄製の棚にはぎっしりそれらが積まれていた。見たことがある。
「あれは、メタンハイドレートだ。メタンガスが凍った資源エネルギーだ。そうかこの島で日本の領海内で採取しているんだ。目的はこれか」
 工場の中はずいぶん寒かった。メタンハイドレートが溶けないように中を冷やしているのだ、
 ドアを閉めて、次の部屋へ行ってみた。ドアを開けてみた。
 そこは機関室だった。大きなエンジンが動いていた。プロペラシャフトが海の中に突き出ており、巨大なスクリューがゆっくり回っていた。機関室の周りの壁は所々ガラス張りで海の様子がよく見えた。
「そうか、この島は人口の動く島なんだ。ああ、あの男はこの国のメタンハイドレートを持っていくのが仕事なんだ。この海の採取が終わったら別の場所へ行くのだ。そのときはおれを始末してハンググライダーを偵察機として使うつもりだ」
 隣の部屋も覗いてみた。海中へもぐる潜水艇が何隻も置いてあった。
「これで海中を調べているんだ」
 すぐに部屋に戻ることにした。見つかったらまた部屋に監禁されてしまう。
 部屋に戻ってこの島から逃げ出すことを考えた。ハンググライダーは砂浜に置いてある。木の枝や草をかけて隠してある。燃料はまだ残っている。
「明日の早朝に逃げ出そう」
 夕食を食べてから眼鏡の男がやってきた。
「昼過ぎにこの部屋へ来てみたが、君はいなかった。どこへ行ってたんだ」
 男は疑わしそうな目つきでいった。
「ハンググライダーにまだ燃料があるかどうか見に行ってたんだ」
「そんな心配はいらない。飛行機を飛ばすくらいの燃料はたっぷりあるよ」 
「いつからビラを撒くのかい」
「もうすぐだ。あと10日ほどで、すべての施設は完成する。そしたらビラ撒きを頼むよ」
 眼鏡の男はそういって出て行った。
「施設が完成したらといったが、メタンハイドレートの採取が終わったら、どこかへ姿をくらますのだ。そのときはまたおれを監禁するつもりだ。さあ、逃げ出そう」
 朝がやってきた。ミイラ男が朝食を持ってくるのは8時半と決まっていた。その前に砂浜から飛び立とう。
 部屋を出て砂浜へ向かった。ハンググライダーはちゃんと木の枝と草を掛けて隠してあった。
 急いでエンジンを掛けた。周り中にエンジンの音が鳴り響いた。
 機体を持ち上げて、ベルトを身体に掛けた。準備はOKだ。
 砂浜を掛けていった。風がないのでなかなか離陸が出来なかった。ふと、林を見たとき、ミイラ男が音を聞きつけてこちらへ向かって走ってきた。
「まずい、早く離陸しよう」
 ミイラ男がすぐそばまで走って来たとき、身体が浮き上がった。助かったのだ。機体がどんどん上昇していく。ミイラ男はがっかりしたように空を見上げていた。
 無事に陸地へ戻ってきた。すぐに海上保安庁へ島のことを通報したが、はじめはぜんぜん信じてもらえなかった。翌日、やっと巡視船が出動して捜索を開始したが、島はどこかへ消えてしまっていた。


(オリジナルイラスト)


(未発表作品)





2019年6月30日日曜日

絵と詩 アイスクリームのお店





夏のある日、山へ絵を描きに行った。
清涼な空気を吸いながら、高原の景色を描くためだった。
花の匂いを嗅ぎながら山道を登っていた。
太陽が眩しくて、喉が渇いてきた
行く手にお店が見えてきた。アイスクリームのお店だった。
「あそこで少し休んでいこう。ついでにお店の絵も描いていこう」

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)






2019年6月20日木曜日

絵と詩 水槽



 
 その家の水槽にはいろんな物が入っている。
 珍しいお客に魚たちはびっくり。
 次はどんな物が入ってくるのか
 みんないつも落ち着かない。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)






2019年6月10日月曜日

記憶がよみがえった男

 目が覚めるとおれは南洋に浮かぶ小さな孤島の砂浜の上で眠っていた。荷物ひとつなく、どうしてこんな島に来たのか分からなかった。
 ズボンのポケットに手帳が入っていて、読んでいるうちに忘れていた記憶が次第によみがえってきた。手帳にはやたらに数式が書いてあり、グラフや図も描いてあった。
「そうか、思い出してきたぞ。おれは瞬間移動装置の開発をしてたんだ。どんな物でも自由に空間を移動できる新装置だ」
 五年前に、この装置の論文を学会に発表して、勤めている自分の会社の実験室でグループを組んで開発をしていたのだ。海外にも実験室を設けて、この装置で移動実験を繰り返していた。会社からは多額の実験費用を貰っていた。もし実用化出来れば、会社にとって大きな利益になる。
 最初は物品による移動実験を何度も実施していた。それに成功すると、動物による実験を開始した。そして最近のことだった。とうとう人間による移動実験に入ったのだ。モルモットは自分自身だった。
「わかったぞ。空間を移動していたとき、何かの手違いでこの島へ送られたのだ」
 手帳を詳細に読んで、忘れていた記憶をすべて思い出した。そして自分が工学技術者であることも分かった。
「でもどうしてこんな知らない孤島へ来たのだろう」
 数日間、考え続けている間にその謎が解けた。
「緯度、経度のダイヤル設定を間違えたんだ。手帳には6月5日14時00分にグアムへ移動。と書いてある。グアムの受信側の装置へ移動するはずだったのが、少しのずれでこの島へ来たのだ。そうだとすれば、この孤島はグアムからそんなに離れていない」
 この孤島から脱出できればグアムへ行き、施設の送信装置を使って再び空間を移動してもとの場所へ帰れるのだ。
「でもどうやってこの島から出ようか」
 方法はただひとつ、船か飛行機を見つけて救い出してもらうしかない。ポケットに煙草とライターが入っていた。
「船を見つけたら手帳を破って紙に火を着けよう」
  食料も水もなく、そんなに長くこんな島にいれるわけもないので、早く船を見つけるしかなかった。まる3日間水平線を眺めていたが、一隻の船も通らなかった。         
 その間、何度も手帳を読み直した。すると手帳の最後のペ-ジに小さな紙がはりつけてあった。
「これは、グアムの実験室の住所だ。電話番号も書いてある。よかった。グアムに着いたら、実験室へ行こう」
  数日後、幸運にも水平線に船が見えた。知らない国の貨物船だった。手帳の空白ページを破って火を着けた。煙をハンカチに包んで、・・・ ーーー ・・・(SOS)と短い煙と長い煙を交互に空へ浮かばせた。
 その煙に気付いたのか、貨物船が島へ近づいてきた。双眼鏡で自分を見つけて救ってくれたのだ。
 それから数日後、グアムの港へ入港し、実験室へ行くことができた。研究員たちはみんな心配していた。
「よく戻ってこれたな。でもよかった」
 ダイヤル設定ミスのことをみんなに話してから、再び移動装置を使って自分の会社の実験室へ帰ることが出来た。



(オリジナルイラスト)


(未発表童話)





2019年5月31日金曜日

絵と詩 忘れてきたもの





 夏の日、ヨットでひとり旅に出た。
 海は穏やかで、風も少し吹いていた。
 港を出てから忘れ物に気づいた。
 長い航海に必要なものだった。
 がっかりしていたとき、陸地からそれは飛んできた。
 白い翼をパタパタさせて、ヨットに向かって飛んできた。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)






2019年5月24日金曜日

絵と詩 高原の幻想





 初夏のある日、少女は高原へ遊びに行った。
 花の匂いが一面に漂っている草の上で休んでいると、
 いつの間にか眠り込んでしまった。
 しばらくして遠くからベルの音が聞こえてきた。
 目を開けると、山のすそのを自転車で誰か走って来る。
 町で見かけた若者だった。
 チラッとこちらを向いて山の向こうへ走って行った。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年5月13日月曜日

クリーニングロボット

 ロボット発明家が、なんでもクリーニングするロボットを作った。このロボットに仕事をさせれば、家も庭も車も倉庫もきれいになった。さっそく使いたいという人がやってきた。
「どうぞ、お貸しします。1日5千円です」
 その人は、来月引っ越しするので、アパートをきれいにしたいのだった。さっそく持ち帰って使ってみた。
 バケツと雑巾、洗剤などを用意して、ロボットのスイッチを押して出て行った。
 ロボットは動き出した。自分で掃除機のスイッチを入れ、最初にゴミを取り除いていった。次は水道の蛇口をひねってバケツに水を入れ、ゴシゴシ壁や床、窓ガラス、天井を洗っていった。
 それが終わるとパソコンが置いてある部屋へ行ってクリーニングをはじめた。しばらくして胸に埋め込まれたランプが当然点灯し、ロボットの行動がおかしくなった。ロボットはパソコンのそばへ行くと目からセンサーを出し、しばらくじっと身動きもしなかった。それが終わると再びクリーニングをはじめた。
 夕方になりクリーニングは終わった。住人が帰って来て部屋がとてもきれいになっていたので驚いた。
「すごいロボットだ。また借りよう」
 ある日のこと、またロボットを借りたいという人がやってきた。 
 その人はマンションの住人だった。10年も住んでいたので部屋はずいぶん汚れていた。ゴミもだいぶ溜まっていた。
「じゃあ、頼むよ」
 ロボットのスイッチを入れて部屋を出て行った。
 ロボットはさっそくクリーニングをはじめた。最初にゴミを選別してビニール袋の中に入れ、部屋の掃除をはじめた。しばらくしてから胸に埋め込まれたランプが点灯し、またロボットの行動がおかしくなった。
 ロボットは机の上に置いてあるパソコンのそばへ行くと、目からセンサーを出した。しばらくじっとしていたが、それが終わるとまた掃除をはじめた。
 夕方になって住人が帰って来た。部屋がピカピカになっていたのでとても喜んだ。
「思ってたとおりだ。役にたつロボットだな」
 そうやってこのロボットはたくさんの人が借りにやってくるようになった。
 ところが2週間ほどたったある日、発明家の家に苦情の電話が入るようになった。
「おかしいんだ。大切な個人情報が盗まれた形跡がある。ネット銀行やネット投資に使うパスワードやIDが無断で使われているんだ。ロボットに掃除を頼んだすぐあとなのだ」
 発明家はそんなこと知らないと突っぱねていた。
  ロボット発明家は悪人だった。クリーニングロボットを使って住人の家のパソコンから個人情報を集めていたのだ。貸したロボットに仕事をさせながら無線で指示をしていたのだ。
 3か月の間に40件くらいの個人情報が盗まれた。その後発明家は行方をくらました。
 しかし、その発明家はとうとう捕まってしまった。別の町のある探偵事務所にクリーニングの仕事に行ったとき、腕のいい私立探偵がそのロボットの行動に不信感を持ち、その現場を取り押さえたのである。
「最近、個人情報が盗まれる事件が多発しているが、やった犯人はこいつだな」
 ロボットを詳細に調査して、発明家の居場所も突き止めて事件は無事に解決した。


 
(オリジナルイラスト)




(未発表童話)




2019年4月30日火曜日

絵と詩 ピアニストの夢




 五月の爽やかな朝、川辺へ散歩に出かけた少女は
 空に浮かんだ白い階段を見つけた。
 階段の頂上には白いピアノが置かれていた。 
 少女はその白いピアノを弾いてみたいと思った。
 少女は駆け出しのピアニストだった。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2019年4月15日月曜日

(短篇小説)動くマネキン人形

 画学生はモデルを探していた。卒業制作に提出する絵を描くためだった。でもモデルを頼むお金がない。
「ああ、だれかモデルになってくれる女性はいないかな」
 ある日、画材店へ絵具を買いに行った帰り、洋服屋の前を通ったときショーウィンドウにマネキン人形が飾ってあった。
 人形はオレンジ色の帽子とピンクのワンピ-スを着ていた。
「こんな素敵な女性だったらきっといい絵が描ける」
 思いながらしばらく見ていた。
 でも人形では仕方がない。それに盗むわけにもいかない。
 家に帰ってから部屋で描きかけの絵を仕上げることにした。砂浜のテラスを描いたつまらない風景画だった。
「もし、このテラスの椅子に女性が座っていたらすばらしい絵になるだろう」
 その夜、ふしぎなことが起きた。眠りについてからしばらくして窓ガラスを誰かが叩く音がした。
「だれだ」
 カーテンを開けてみた。
「あっ」
 ガラスに写っていたのは昼間見た洋服屋のマネキン人形だった。
「どうやってきたんだ。人間じゃあるまいし」
 マネキン人形はじっと部屋の様子を眺めている。
「そうだ、マネキン人形にモデルになってもらおう」
 玄関を開けると、庭から人形が歩いてきた。
「入ってくれ。君をモデルに描きたいんだ」
 マネキン人形は黙ったまま部屋へ入って来た。何も言わないがモデルになることを承知したようだった。
 部屋に入るとキャンバスが載せてあるイーゼルの近くの椅子に座った。
 画学生はすぐに絵を描く準備をはじめた。
 制作中の砂浜のテラスの椅子に、マネキン人形を描き加えることにしたのだ。
 マネキン人形のオレンジ色の帽子とピンクのワンピース姿が、周りの景色とよく合っている。筆もすいすいと進む。制作は一晩中続いた。やがて朝になった。
「また明日の夜に来てくれないか」
 マネキン人形はうなずいて帰って行った。
 次の日の夜に、約束どおりマネキン人形はやってきた。
 画学生はその夜も夢中になって描いていった。
「君のおかげで絵が見違えるように素晴らしいものになっていく」
 朝になり、その日の制作が終わると、マネキン人形は帰って行った。
 画学生は昼間は美術学校に通っているので、制作はいつも夜だった。
 その後数日間、マネキン人形は約束どおりやってきた。椅子に座ってモデルをしてくれた。
「さあ、明日はいよいよ完成だ。仕上がった絵にサインを入れるのが楽しみだ」
 翌日の深夜に絵はついに完成した。想像していたより出来がいいので自分でも驚いた。
「この絵なら、高評価を受けそうだ。いい就職先を紹介してもらえるかもしれない」
 画学生は、卒業してからのことも考えはじめた。
 提出日が近づいてきた。絵は乾いている。画学生は余裕で何度も絵を見直していた。
 ところがある朝、新聞を見て驚いた。こんな記事が書かれてあったのだ。
 ー最近、町の洋服屋からマネキン人形が頻繁に盗まれる事件が発生している。店のガラスが割られ、同じマネキン人形ばかりなくなっている。犯人は人形愛好者だと思われるが、異様な事件なので、現在、警察で捜査中ー
 その新聞記事には盗まれたマネキン人形の写真も載せてあった。
 画学生は驚いた。
「そんなことがあるわけがない。いったい誰だろう」
 不思議なことばかり起きるので画学生は当惑していた。
「でもそれが事実ならマネキン人形をモデルに描いたこの絵を提出するわけにはいかない。表に出たら、事件の犯人にされてしまう」
 せっかく仕上げた絵を修正しなければいけない。マネキン人形を加えた箇所をナイフで削り取るしかない。でも削ってしまえば以前のつまらない風景画になる。でも仕方がない。 
 画学生は削る前に写真を一枚撮った。自分の思い出として残すためだった。それほど画学生はこの絵を気に入っていたのだ。
 提出日がやってきた。画学生は重い足取りで絵を持って学校へ行った。
「こんな絵では、低評価に決まっている」
 画学生は卒業しても売れない画家として生きて行くより仕方がないと思った。
  学校の帰りに公園に立ち寄った。ベンチに座って修正する前の写真を取り出した。マネキン人形のこと、そして夢中になって制作した夜のことなどがぼんやりと浮かんできた。
「ああ、すべては夢だったのか」
 ベンチのそばのゴミ箱に今朝の朝刊が捨ててあった。その新聞にはまだ犯人が捕まっていないあの事件のことが書かれていた。
 
 

(オリジナルイラスト)



(未発表作品)





2019年4月11日木曜日

絵と詩 山のシーソー遊び




 春になって山のてっぺんでは
 クマがシーソーを楽しんでいる。
 冬の間よく眠ったので
 運動不足の解消にちょうどいい。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年3月31日日曜日

山のゆうれいスタンド

 夏のことだった。故郷へ帰省するため車で高速道路を走っていた。ところが途中事故のために通行止めになっていた。
「困った。ラジオで交通情報を聞いておけばよかった」
 しかたがないので、ぜんぜん知らない町の国道へ降りて帰ることにした。カーナビが付けていないので道路地図たよりに走るしかなかった。ほとんど山道ばかりの所だった。道を間違えたりしているうちに、ガソリンが心配になってきた。
「こんな上り坂ばかり走っていたら、あと50キロも走れない」
 時計を見ると、もう夕方の6時を過ぎていた。もうじき日が沈む。それまでにガソリンスタンドを見つけないといけない。でもこんなところにあるだろうか。
 薄暗い峠道を走っていると、周りが墓地ばかりの所へやって来た。火の玉でも飛んできそうだった。行く手にぼんやり明かりが見えた。ガソリンスタンドの看板が見える。
「よかった。あそこで給油しよう」
 スタンドの前までやってきた。ずいぶん古びたスタンドだった。壁は剥がれ、給油機はサビついていた。
「だれも出てこないな」
 しかたがないのでクラクションを鳴らした。
 そのときぞっとした。助手席の窓の外に人が立っている。青白い顔をした浴衣を着た女性だった。
「給油ですね」
 ずいぶん淋し気な声だった。
「レギュラーガソリンを満タンたのむよ」
 女性は給油機をセットして、ガソリンを入れ始めた。
「よかった。これで故郷まで安心して帰れる」
 思っていると、前面のフロントガラスと、後ろのリアガラスに女性の姿が映っていた。雑巾を持ってガラスを拭いている。この女性たちもずいぶん青白い顔をしている。ゴミがあったので捨ててもらった。  
 満タンになったので現金で支払った。
「さあ、出発だ」
 女性たちに見送られて車を走らせた。ふとバックミラーを見たときだった。
女性たちの身体が半分しか見えないのだ。上半身は見えるのだが、下半身がぼやけて見えなかった。
「幽霊だー!」
 気味が悪くなりアクセルを強く踏み込んでその場からすぐに立ち去った。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)






2019年3月18日月曜日

ふしぎな演奏家

 その演奏家はいろんな町に現れた。黒いコートを着て黒い帽子をかぶっていた。だけど楽器らしいものは何一つ持っていなかった。
 あちこちの家の壁に、自分の独奏会のビラを貼り付けて歩いた。ビラを見た人たちはいろいろ噂をした。
「楽器もないのに、どうやって独奏会をやるんだ」
「ポケットにハーモニカを入れているのかな」
「いや、オカリナかもしれない」
「まさか、小型のヴァイオリンかな」
 まだ演奏を聴いたことがない人たちはいろいろ推測した。
 ある日、雨が上がった夜に演奏家の独奏会が公園で開かれた。五十人ほどの観客が集まった。
 でもいくら待っても演奏家の姿が現れない。そのうちに霧が出て来た。公園の中は霧で周囲がまったく見えなくなった。
「いたずらだ。帰ろう」
「そうしよう」
 みんなぶつぶついいながら帰りかけたときだった。霧の中から口笛の音がした。透き通るようないい響きだった。みんなその音に立ち止まった。
「あの演奏家だろうか」
 霧で姿が見えないが、すぐ近くで口笛を吹いているのが分かった。
 曲がおわると、演奏家が口を開いた。
「今夜の独奏会にいらっしゃってどうもありがとうございます。びっくりされましたか。私はもう二十年も昔から口笛でいろんな曲を吹いているのです。いろんな国にも行きました。南米やアフリカのジャングルで吹いたこともあります。そしていろんな国の曲も覚えました。どうかリクエストしてください。どんな曲でも吹いてみせます」
 演奏家がいったので、観客たちは次々にリクエストをした。演歌、歌謡曲、フォークソング、民謡。どれも澄み切った響きで演奏家は吹いてみせた。そのほかにもアフリカの民謡、インドの民謡、東ヨーロッパの民謡、アジアの民謡なども演奏した。
「すばらしい、いままでこんな口笛を聴いたことがない」
 そういってみんなお金を霧の中へ投げ入れた。
 たぶん二時間くらい独奏会は続いた。だれも帰る様子はない。最後の曲を吹き終ったとき、演奏家はいった。
「今夜の独奏会はこれで終わりです、また機会があればお会いしましょう」
 そういってアンコールの曲を吹きはじめた。
 その曲もみんな静かにじっと聴いていた。
 口笛の音はやがて霧の中へ消えて行った。



(オリジナルイラスト)


(未発表童話)






2019年3月12日火曜日

絵と詩 水に濡れない帆船




 空き瓶に入ったその帆船は海の上を漂っています。
 キャップがしっかり絞めてあるので海水も入りません。
 波に揺られ、残ったお酒の匂いを嗅ぎながら
 いまもどこかの海の上を漂っています。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2019年2月28日木曜日

氷の国のレストラン

 友だちと山へスキーに行ったとき、夢中になり過ぎてひとりで林の中へ入り込んでしまった。斜面が急だったのでスキーはなかなか止まらなかった。一本の太い木にぶつかってようやく止まった。頭を打ったせいかしばらく気絶していた。
 ぼんやりしながら立ち上がって、みんながいる場所まで戻ろうと山道を登って行く途中、林の中に洞窟があるのに気づいた。
 穴の高さは2メートルくらいで、中を覗いてみると奥が明るいのだ。
「ちょっと入ってみるか」
 好奇心もあってスキーを履いたまま入って行った。
 洞窟は奥へ行くほどだんだん広くなっていった。それにどこまで行っても氷の壁だった。
「ずいぶん長い洞窟だ」
 そのまま進んでいくと、甘い匂いが漂って来た。
「果物の匂いだ」
 匂いに誘われてもっと奥へ進んで行った。洞窟の中はシャンデリアを灯したようにずいぶん明るい。奥で何か光っていた。氷で出来たグラスだった。
だれが作ったものだろう。グラスには巨大な果物が入れてある。それは喫茶店だった。そばに「レストラン」と書かれた看板が見えた。
「店に入ってみよう」
 店内には、オレンジジュース、メロンジュース、コーラなど入れた巨大な氷のグラスが並んでいた。氷のお皿にはショートケーキが載せてある。いろんな果物のパフェもある。お腹がすいていたのですぐ近くのイチゴパフェを食べてみた。
「おいしい」
 次はメロンパフェを食べてみた。その次はチョコパフェ、どれも甘くておいしかった。
 洞窟はまだまだどこまでも続いていた。先へ行ってみた。
 道が二つに分かれている場所までやってきた。右側の道からは肉料理の匂いがした。左の道からは魚料理の匂いがした。
 パフェを食べ過ぎて、料理はとても食べられそうになかったが、右側の肉料理の方へ進んで行った。
 しばらくいくと湯気と一緒に肉料理の匂いが漂って来た。ステーキを焼いてる匂いだった。ジューッとソースをかける音がした。奥で足音が聞える。ドシン、ドシンすごく大きな音だ。
「もしかして大男?」
 心配になってきた。引き返した方がよさそうだ。足音はこちらへ近づいて来た。地響きをたてて何人かがやってくるのだ。洞窟の氷の岩がぐらぐら動いた。
「逃げよう」
 引き返そうと思っていると、来た道の方からも足音が聞こえる。やっぱりドシン、ドシンと大きな音だ。仕方がないので、魚料理と書いてある道へ滑って行った。ところが道はしだいに下へ傾斜して、猛スピードで滑り降りて行った。氷の壁に何度も身体をぶつけてようやく平らな道になった。まわりを見て驚いた。
 五人くらいの大男が、巨大なテーブルの上で魚をおろしているのだ。みんな白い帽子をかぶり白い服を着てまるで板前だ。まな板に載ってる魚はクジラほどもあり、包丁なんか長さが10メートルくらいもある。ここは厨房だった。
 テーブルの下に隠れて出口を探した。厨房の奥にゴミ捨て場へ行くドアがあった。半開きになっていたので、あそこから外へ出られる。大男たちは仕事に集中していたので、見つからないようにドアの方へ滑って行った。
 テーブルの上から魚をおろしている包丁の音がシャーッ、シャーッと響いてくる。プーンと刺身のいい匂いもする。
 ようやくドアまでやってくると、大急ぎで外へ出た。そばにドラム缶の化け物のような巨大なゴミ箱がたくさん並んでいた。雪の向こうに林が見えた。
「あの林へ逃げ込もう」
 急いで滑って行った。そのときドアが開いて、大男がゴミ袋を持って出て来た。雪の上を滑って行く小人を見つけて近づいてきた。大股で歩くので、すぐそばまでやってきた。
「助けてくれ」
 大男は小人の背中をつまんで持ち上げた。匂いを嗅いでいる。もしかして食材に使うつもりではないだろうか。大男に食べられては大変だ。ピックの先で思い切り突いてやると、大男は痛くて手を離した。
 ドスーンと雪の上に落ちたけど痛くなかったので、大急ぎで林の中へ逃げ込んだ。
大男は追いかけてきたが、とうとう見失ってしまった。
 命拾いした。さあ、みんなのいるところへ帰ろう。林の中をあちこち回って、ようやくスキー場が見えて来た。
「おおい、どこまで行ってたんだ」
 友だちが向こうの方で呼んでいる。
 帰ってから大男のいる洞窟のことをみんなに話したが誰も信じてくれなかった。 
「きっと気絶したとき変な夢を見たんだ」
 みんなそういって笑っていた。



(オリジナルイラスト)




 (未発表童話)





2019年2月17日日曜日

眠りの島

 その島は遠い南の海にあった。小さな島で林は深かった。いろんな花が咲き、珍しい鳥が美しい声で鳴いていた。
 島の真ん中に沼があった。ふしぎな沼で、その水を飲むと誰でもすぐに眠気をもようして気持ちよく眠ることができた。
 世の中で慌ただしく暮らしていた人がよくこの島を訪れた。みんな不眠症で悩んでいたが、その水を飲んでぐっすりと眠った。
「ああ、この島はユートピアだ」
 誰もがそういって帰って行った。
 その島の噂を聞いたある学者がその謎が知りたくてひとりこの島へやってきた。木の上に小さな小屋を作って草で覆い、その中からこっそり島へやってくる人たちを観察した。
 ある日、丸一年眠れないで悩んでいた人がこの島へやってきた。 沼へ来ると、水を飲み草の上に寝ころんだ。すぐに眠気をもようして眠ってしまった。しばらくは何事も起こらなかった。でもすぐに異変が起きた。
 その人の身体が次第にちじんで小人くらいの大きさになり、魚の姿に変わった。魚は勢いをつけて沼の中へ飛び込んだ。しばらく水面を泳いでいたが、やがて水底へ沈んで行った。その人は数日間魚になって沼の中にいたが、ある日、人間の姿に戻り、幸せそうな様子で島から出て行った。
 またある日も、やつれた顔をした若い女性がこの島へやってきた。
 その女性も沼の水を飲み草の上で眠った。しばらくして女性の身体が次第に小さくなり、小さな花の種になった。種は地中深く潜り、何日かして芽が出た。やがて花が咲いた。成長が早いので学者は驚いた。その人は美しい花になるとまた人間の姿に戻り、笑顔でこの島から出て行った。
 学者はノートにそれらの不思議な出来事を記録した。
 それからもいろんな人たちがやってきた。ある人は小鳥になり、ある人は昆虫になって草木の中で数日間元気に過ごしぐっすり眠った。そして生き返ったようにこの島から出て行った。
 学者は、こんな結論を出した。
 この沼の水は、人間を魚や花、小鳥、昆虫に変身させて悩みを解消させるのだ。自然の生物は人間のようにつまらないことで悩むことがなく、一度人間の身体を抜け出してしまえば、心に蓄積された悩みはすべてリセットされる。そしてもとの人間に戻ったときは悩みなどまったく残っていないのだ。こんなことがあるなんて信じられない」
 学者は、その不思議な沼の水を瓶に入れて持ち帰ることにした。水を分析すれば科学的にその謎が解明できると思ったからだ。
 ところが家に持ち帰ってみると、その水はただの水だった。いくら分析してもただの水だった。
「あの島でしか効果が現れない水なのだろうか」
 いまだにその島の謎は解明されていない。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話)





2019年2月11日月曜日

絵と詩 氷にとじこめられた魚




 その魚はきっと居眠りをしていたのです。
 冬になって水面が凍ったのも知らずに。
 なかまの魚たちはあちこちさがしましたがどこにもいません。
 やがてみんなその魚のことは忘れてしまったのです。
 春になって氷が解けると、魚は目をさましました。
 ああ、よく眠った、たくさん夢も見た、お腹も減った。
 久しぶりになかまに会いに行きました。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2019年1月30日水曜日

(短篇小説)病室のアトリエ

 売れない画家がいた。いつも街角に立って水彩画を描いていた。画家の絵はずいぶん絵具が薄く塗られていた。理由は簡単だった。貧乏で絵具が買えないからだった。通行人にその絵を売ってわずかなお金を稼いでいた。
 ある日、道路脇でレストランの絵を描いていたとき、走って来た自動車にはねられそうになった。空腹でふらふらしていたからだ。倒れたとき頭を打ってそのままま意識を失ってしまった。
 画家が意識を取り戻したのは、どこか知らない田舎の病院のベッドの中だった。
「しばらくここで静養することだ。絵を描くことは自由だ」
 医者からそういわれて、理由がわからないまま数日間過ごした。
 理由が分かったのはすぐあとだった。深夜、眠っていたとき、となりの病室から悲鳴が聞えてきたからだ。
 看護師が走って来る音がして、病室の扉が開き物音はしなくなった。
 その数日後も別の病室から笑い声がしたり悲鳴が聞えたり、壁をドンドン叩く音で目が覚めた。看護師がそのたびに病室へ入って行った。
「ここは精神病院だ。でも、どうしてこんなところへ入れられたのだろう」
 翌日、医者の問診があった。問診を受けながらここへ連れてこられた理由を尋ねてみた。
 医者は話してくれた。
「ここへ来る前、意識を失って倒れていた君を通行人が見つけて、救急車で病院へ担ぎ込まれたのだ。そのときは軽い脳振とうだったが、ある夜から行動がおかしいので、ここへ連れてこられた」
 でも医者は何の病気なのかいくら尋ねても教えてくれなかった。しかたなく病気が治るまで、この病院で暮らすことになった。
 病院からは一歩も外へ出ることは許されなかったので、毎日絵を描いていた。食事が毎日3食出るのがありがたかった。入浴も週に2、3回あった。
 描くものはたくさんあった。日課で草むしりをしている患者を描いたり、中庭をただ行ったり来たりしている患者や、石のように草の上にじっと座り込んだまま一日中空想に耽っている患者も描いた。
 ある日、スケッチブックを開けたとき驚いた。知らない絵が描いてあるのだ。ずいぶん早描きの無機的な絵で、どこか田舎の田畑を描いた風景だった。
「こんな絵は描いた覚えはない。誰だろう」
 患者たちをいろいろ観察したが、絵を趣味にしているような患者は誰もいなかった。ひとりピアノを弾いていたという女性患者がいたが、絵を描く趣味は持っていなかった。
 それと気になったのはスリッパがひどく汚れていることだ。小さな木の葉が中に入っていた。奇妙なことなので一日中考え込んでいた。
 この病院に来てから2週間が経ってから、外の風景が無性に描きたくなったので医者に相談した。医者は自分の病気がまだ治っていないのでためらっていたが、看護師同伴ならいいことになった。看護師は40歳くらいの男性と30才くらいの女性だった。
 ある日、午後の2時間だけ外で写生することを許された。この病院の周囲は木立が多かった。木立の間に林道があり、歩いて行くと広い田畑に出た。すぐ近くに小川が流れていた。その景色を見て不思議に思った。
「どこかで見たことがある景色だ。そうだー」
 すぐにスケッチブックを開けてみた。誰かが描いた絵とそっくりだった。描かれた場所も同じだった。空に月が描かれてあるのでこのスケッチは夜に描かれたものだ。あのときも気になっていたが、筆使いがどこか似ているのだ。後ろにいた二人の看護師は画家の当惑した様子を見ながら何か考えているようだった。
 画家は不思議なことに驚いていたが、せっかく外で絵を描くことを許されたので、限られた時間の間にたくさんスケッチした。
 スケッチが終わって病院へ戻るとき、塀の内と外に大きな木が立っているのに気づいた。身軽な人間なら病院から逃げ出そうと思えば、あの木に登って枝伝いに塀を超えられるのだ。
 病室に戻ると、医者にすぐ呼ばれた。診察室へ行くと医者からこんな質問をされた。
「外の景色はどうだった。たくさん絵が描けただろう」
「ええ、病院の中と比べたら、描きたいものがいろいろありました」
「何か変わったことはなかったかね」
「変わったこと」
 変な質問をされたので、びっくりしたが、前から気になっていたことを話すことにした。
「実は、外へ出て驚いたんです」
 医者にスケッチを見せた。
「この絵とこの絵は構図が同じでしょう。夜と昼の違いだけです。それに筆使いもよく似ています」
 医者は絵を観ながら納得したようにいった。
「同じ人物が描いた絵だね」
「え、同じ人物ー」
「君が描いた絵なんだ」
 突然そんなことをいわれたので、しばらく言葉が出なかった。 
「じゃあ、教えてあげよう」
 医者は話した。
「君は夢遊病者なんだ」
「えっ、夢遊病者?」
 医者は全部話してくれた。
「脳振とうを起こして前の病院に担ぎ込まれた後、ある深夜から君が病院の廊下を歩き回っている姿を職員が何度も目撃した。問いただしても変な回答ばかりするのだ。でも翌日目を覚ますと何も覚えていない。おそらく頭を打ったとき昔の病気が再発したと思われる。この病院には精神科がないので、この病院に連れて来られらのだ」
 画家は突然、そんなことを言われたのでしばらく声も出なかった。
「その病気は治るんですか」
「治ります。この病院で心のケアと薬物投与を続けていれば」
 医者は、画家の病室だけドアに鍵がなく、窓には鉄格子もなく、鍵も掛けられていなかったことや、病院から木の枝伝いに塀を越えられることも知っていた。すべて自分の病気の症状を見るためだった。
 医者の話が終わって病室に戻ってからも、医者からいわれた病気のことでしばらくは落ち着かなかった。
 その夜いろいろ過去のことが浮かんできた。学生の頃のことだった。すっかり忘れていたが、いまの病気の症状と関係があったのだ。
「そういえば、部屋の中でこんなことがたびたびあった」
 夜眠ってから、朝起きると、冷蔵庫の中に入れておいた物がなくなっていたのだ。夕べのおかずの残り物や、コンビニで買って来たアイスクリームやジュースなどである。部屋にいるのは自分だけなので、誰も冷蔵庫を開けるわけがないのだ。
「やっぱり病気になる前から、そんな症状があったのだ」
 そんなことを思い出してからというもの、スケッチブックを毎日確かめるのが日課になった。
 病院での生活はあいかわらず退屈だったので、晴れの日は庭に出て患者たちをスケッチした。雨の日は中庭に咲いている花を取ってきてそれを見ながら静物画を描いた。白色と茶色、青色はよく使うのですぐに足りなくなって看護師に買ってきてもらったりした。
 それから2か月が経った。あれ以来、病院の外を描いた風景画はなくなったが、病室のベッド、机、椅子、廊下などを描いた絵はあった。眠っている間に勝手に歩き回って描いたものだ。でも全然記憶がないのだ。薬の効果だろう、日を追うごとにスケッチブックには、無機的な早描きの絵は無くなっていった。
 3ヶ月後、症状がぜんぜん出なくなったので、この病院を退院することになった。医者から退院してからも、しばらくは薬の服用は続けるようにといわれた。
 病院を出たのは数日後だった。町へ戻ってぼろアパートへ帰った。またいつものように絵描きの仕事がはじまった。絵を描きながら、もしあの病院で治療せずにいたら、きっと空腹のために、窃盗や万引きを無意識に繰り返していたかもしれないのだ。逮捕されても自分にはまったく身に覚えがないので、苦悩に満ちた人生を送ったかも知れない。今の生活はあいかわらず貧しいが、昔からの病気が治って本当によかったと思っている。


 
(オリジナルイラスト)



(未発表作)





2019年1月16日水曜日

虹の糸

 貧しい男がいた。山の原っぱでひとりで暮らしていた。
 ある日、雨が降ったあと外へ出てみると、虹のはしらが家の庭まで伸びていた。
「ふしぎなことだ。どうしてだろう」
 よく見ると虹のはしらの一か所から細い糸が伸びている。
「そうだ、あの糸でセーターを作ろう」
 裁縫などしたことがなかったが、なんとか自分なりに作ってみた。
 その服は水色で着心地が良くて美しくとても軽かった。
 ある日男は村へ買い物に出かけた。
 村の人々は、いつも薄汚いよれよれの服を着ていた男をみて驚いた。
「どこであんなおしゃれな服を手に入れたんだ」
「どこかで盗んできたのかな」
 村の人は口々に言いあった。
 ある日、男が赤色の服を着て村へ行くと、洋服屋のおかみさんがそれを見つけて、
「なんて鮮やかな赤色のセーターだ。あんな素敵な色をした糸を手に入れたい」
 おかみさんは男を呼び止めて尋ねた。男は、
「じゃあ、少し分けてあげよう。明日山へ来てくれ」
 翌日、おかみさんは山の家に行った。
 男は物置にしまってある糸をおかみさんに安く売ってやった。
でも、男はどこから仕入れたのかいわなかった。
 村へ帰って来たおかみさんはさっそくその糸で服を作りはじめた。
 出来上がると、店に並べて売ることにした。
 思った通り服はよく売れた。売り上げも伸びた。
 ある日、お客からこんなことを聞いた。
「あの服を着ると、身体が軽くなってふわふわ浮くのだ。ふしぎな服だ」
 その噂はあちこちに広まり、となり村からもつぎつぎにお客がくるようになった。
 とくに肥った人や病人にはよく売れた。普段、身体が重くて出不精だった人も出歩くようになった。山へハイキングに出かける人もいた。病人たちもその服を着てよく外出した。
 だからこの村ではだれでもその服を着ていた。だけど子供だけは着れなかった。
 身体が軽いものだから空へ浮かんでしまうからだ。
 でも、子供たちは考えた。ランドセルに石を詰め込んで学校へ行った。遊びに行くときもランドセルを背負って行った。だから村の子供たちもみんな着るようになった。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話)





2019年1月10日木曜日

絵と詩 マフラーをした街灯



 
 いやあ、寒い
 今日も冷たい北風が吹いているのです。
 公園の街灯は身体をふるわせています。
 明かりを灯す夜までは
 暖かいマフラーをつけて寒さをしのぎます。

(色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)