3
翌日、木田の小屋の中で、私たちは人形館と浅間山麓の洋館の関係についていろいろと議論した。
週末に浅間山麓から降りてくる車は、きっと人形館へ行くのだ。でも何の目的だろう。木田は、それはお前の考えすぎだといったが、私には何か事件のようなものがあるのではないかと疑った。
午後、旧軽井沢の商店街へ行かないかと木田がいった。軽井沢へやってくる観光客は必ずこの商店街で買い物をしていく。ついでに原稿用紙が切れたので行きつけの書店で買いたいといった。私も本が読みたくなったので自転車を二人乗りして出かけた。
最初に書店に行って木田は原稿用紙を買い、私は人口知能に関する本を買った。
書店を出て、旧軽井沢の商店街をぶらぶら散歩した。いろんなお店が並んでいた。レストラン、化粧店、靴屋、洋服店、帽子屋、陶芸店、喫茶店、夏は観光客でごった返すが、まだ4月なので人の数は多くない。
商店街の端に、堀辰雄の小説「美しい村」にも出てくる聖パウロカトリック教会があり、そこに行って少し休憩することにした。
昭和の初め頃には、この教会の周囲はなにもない田舎だったが、今はずいぶんお店も多い。
教会に入って長椅子に腰かけて休んだ。小型のパイプオルガンが後ろに置いてあり、ミサの時に使用するのだ。一度ミサに来てみたいなと木田にいうと、
「次の日曜日に見学に来ようか」といった。
教会を出てから、国道を歩きながら、つるや旅館の方へ歩いて行って、室生犀星記念館とショー記念礼拝堂をもう一度見てから人形館へ行ってみることにした。
途中の林道を歩いていたときだった。黒のTシャツと白いズボン姿の眼鏡を掛けた男が林の中で何か探していた。私たちを見ると、驚いたように矢ケ崎川の方へ歩いて行った。
「何を捜していたんだろう」
木田が言ったが、知らない人物なので私たちは気にせずに通り過ぎた。
そのあとで、木田が、「銭湯に行かないか」といった。小屋では木田が自作した簡易シャワーしか使っていなかったので行くことにした。
久しぶりに入る銭湯は気持ちがよかった。小屋の簡易シャワーとはぜんぜん違う。お風呂から上がって着替え所に座ってテレビを見ていると、バラエティー番組をやっていた。
最近の芸能人はよく知らない。でもなかなか面白い番組だった。番組が終わってから地元のニュースになった。ニュースは最近、県内で起きている盗難事件のことだった。
県内のデパート、ショッピングモールで商品が紛失する事件が話題だった。何者かが店が閉まったあと、店内に忍びこみ商品を盗む事件が多発していた。宝石や貴金属、ブランドの鞄、洋服など高級品が多く、数千万円の被害だといっていた。
警察では1か月前から各デパートとショッピングモールの駐車場に設置された監視カメラに映っている不審な二人の男の映像を公開していた。顔はマスクを付けているので分からないが、両方とも身長が170センチくらいでひとりは眼鏡を掛けている。
「捜査はぜんぜん進んでいないのか。どんな方法でやったのだろう」
私たちはぼんやり考えながら銭湯を出た。
小屋へ帰ってきた頃は日も沈んでいた。いつものように木田に夕食を作ってもらった。メニューはボンカレーだった。疲れていたのでそんなものでも美味しかった。
夜、木田は今年発行される文学サークルの同人誌に載せる原稿を書いていた。今回は100枚のホラー作品だといった。いつもは10枚程度の作品ばかりだが、ずいぶん張り切っている。締め切りは今月末だそうだ。
私は買ってきた「人工知能の未来」という本を読んでみた。将来はこの技術を使ったいろんな商品が出来ると書いてある。
自動車やタクシーは自動運転になるし、掃除もロボットがみんなやってくれる。人工知能は学習によって自分の判断だけでものを考えることも出来る。世の中はさらに便利になるのだ。人工知能を使う知識があれば素人だっていろんなものに応用できるのだ。
読みながらロボットという言葉がやけに気になった。
「人形ロボットを制作し、それに人工知能を取り付けたら犯罪だった可能だな」
そう思ったとき、ふとあの人形館はそれを制作しているのではないかなと思った。
そう考えるといろんな推測が浮かんできた。
そのとき木田が言った。
「コーヒーを入れようか。今夜は原稿の下書きを書き終えたいから」
「入れてくれよ。おれもこの本を読んでしまいたい。ところであの人形館のことだけど」
私は木田に入れてもらったコーヒーを飲みながら自分の推理を話した。
木田はそれは面白い推理だと賛同してくれた。
「じゃあ、次の日曜日にカトリック教会のミサへ見学に行った帰り、もう一度人形館の周辺を調べてみよう」
木田も賛成してくれた。
日曜日になった。数日間雨の日が続き、どこへも行けなかったが、今朝は空はよく晴れて散歩にはもってこいの天気だった。自転車を二人乗りしてカトリック教会へ出かけて行った。
教会のミサは9時にはじまる。教会の中は信者でいっぱいだった。私たちはじゃまにならないように一番後ろの席に座った。讃美歌のときにパイプオルガンも演奏された。豪華なミサで驚いた。軽井沢で聴いたはじめての音楽だった。
ミサが終わると、私たちはショー記念礼拝堂の方へ向かって行った。途中でこの前、眼鏡の男がいた場所を調べることにした。
林の中は草がぼうぼうに生えており、男が何を捜していたのか、しばらく二人で草をかき分け注意深く捜したが、まったく成果がなかった。あきらめようとしたときだった。木田が何かを見つけた。
「捜していたのはこれじゃないか」
木田の手に細い棒状のものが握られていた。
「電気を測るテスターのリード棒だ。男はこれを捜していたんだ」
「何に使っていたのかな」
「おれの考えでは昨日捜していた男は、この林の中で人形ロボットの動作テストをしていたんだ。それも誰もいないときに」
「じゃ、おれがたびたび見た人形ロボットもあの男がテストをしていたのかな」
「多分そうだろう。人形館はロボット工房さ。とにかく人形館へ行ってもっと詳しく調べてみよう」
私たちは人形館へ歩いて行った。館に着くと雨が降ったせいで、自動車のタイヤの跡がたくさん残っていた。昨日は土曜日だ。この前深夜に車を見たのも土曜日だった。私は浅間山麓にある同じ作りの洋館と人形館の関係についてもいろいろと考察してみた。
館の敷地に入ると、今日は窓のカーテンがきっちり閉まって中の様子は分からなかった。
家のうしろへ行ってみた。ゴミ箱の中は処分したのかあまり入っていなかった。でもペンキの付いたぼろ布や使い古しの筆が捨ててあった。それよりも物置に目がいった。車のタイヤの跡が物置まで続いていたのだ。この物置はガレージなのだ。中に車が入っているのは間違いない。
そのとき、反対側の林道から人が歩いてくる姿が見えた。私たちは柵を飛び越えて林の中へ隠れた。
歩いてきたのは二人の人物だった。二人は家の敷地へ入ってきた。一人はこの前、林の中を捜していた眼鏡の男だった。もう一人はーと思ったとき木田が驚いたように、
「あいつは!」
木田は小声でいった。
「あの男はたびたび図書館や書店で出会っている。いつも電気工学や機械工学の本を借りていた。最近はAI関係の本を捜していた」
私たちはその二人の人物がこの人形館の住人であることを知った。二人ともテレビのニュースで公開されている不審な人物とよく似ていると思った。背の高さも歩き方もそっくりなのだ。
二人は玄関の鍵をはずして家の中へ入った。それっきり出てこなかった。私たちは林の中にしばらく身を潜めていたが、やがて帰ることにした。(続く)
そのとき、反対側の林道から人が歩いてくる姿が見えた。私たちは柵を飛び越えて林の中へ隠れた。
歩いてきたのは二人の人物だった。二人は家の敷地へ入ってきた。一人はこの前、林の中を捜していた眼鏡の男だった。もう一人はーと思ったとき木田が驚いたように、
「あいつは!」
木田は小声でいった。
「あの男はたびたび図書館や書店で出会っている。いつも電気工学や機械工学の本を借りていた。最近はAI関係の本を捜していた」
私たちはその二人の人物がこの人形館の住人であることを知った。二人ともテレビのニュースで公開されている不審な人物とよく似ていると思った。背の高さも歩き方もそっくりなのだ。
二人は玄関の鍵をはずして家の中へ入った。それっきり出てこなかった。私たちは林の中にしばらく身を潜めていたが、やがて帰ることにした。(続く)
(オリジナル推理小説 未発表作)
(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)
0 件のコメント:
コメントを投稿