2024年5月9日木曜日

(連載推理小説)猟奇館事件

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  一週間経ってから、高島教諭は休みの日に、もう一度山の洋館へ自転車で行ってみた。農道を登っていくと、山の上から軽自動車が一台降りて来た。軽自動車には集落のこの前出会った男子生徒の母親が運転していた。
「先生、今日もお散歩ですか。今から町へ買い物に行くんですよ」
 主婦は車を止めて笑って言った。
「ああ、先日はどうも、実はお聞きしたいことがあります」
「何ですか」
「最近この農道を灰色の車が通りませんか」
 主婦はそれを聞いて、
「そういえば、何度か通っていくのを見かけます。その車がどうかしたんですか」
 高島教諭はその問いには答えなかった。
「いや、別に。どうもありがとうございます。町までは遠いので大変でしょう」
「ええ、でも車がありますから助かります。それにしても最近は、となり町では物騒な事件ばかりですね。女子高生が殺害されたり、埋められたり」
 高島教諭は主婦から話を聞くと、礼を言って洋館の方へ走って行った。
 洋館に着くと庭へ入ってみた。今日は車は置かれていない。
 玄関へ行って呼び鈴を鳴らしてみた。しばらく待ったが誰も出てこなかった。そのとき、二階の雨戸が少し動き、中から誰かが庭の方を見ている目があった。高島教諭はそれには気づかずに、そっと玄関のドアノブを回してみた。驚いた。鍵が掛かっていなかった。ドアを開けると声をかけてみた。何の返事もなかった。その時、傍で物音が聞こえたと思ったら、頭に激痛が走った。誰かに鈍器のようなもので殴られたのだ。その場で高島教諭は倒れ込んでしまった。
 気が付いたのはずいぶん後だった。長い時間気を失っていた。目を覚ました時、周りの様子を見て驚いた。そこは地下室のようだった。窓がなく暗かった。
「誰なんだ。こんな所へ閉じ込めるなんて、まるで囚人だ」
 部屋の中は薬品の匂いと動物の血の匂いが漂っていた。壁と床のあちこちに血の跡があり、まるで解体場のようだ。部屋の隅には血がこびりついたゴミ箱が置いてあり、その傍に鋭い刃物が幾つも立て掛けてあった。
 部屋のあちこちにカーテンが掛かっていた。カーテンの後ろに何か隠してあるのだ。起き上がってカーテンの傍へ行って外してみた。
「これはー」
 カーテンの後ろには数えきれないくらいの剥製の置物があった。その数に驚いた。小動物から大きな動物まであり、まるで動物博物館だ。知っている動物だけでも、野鼠、リス、モグラ、狐、狸、テン、アナグマ、ムササビ、コウモリ、イノシシ、ニホンザル、シカ、ツキノワグマ、鳥類では、カラス、山鳩、キジ、トンビ、鷹、カモ、みみずく、フクロウなどすべて剥製なのだ。部屋の奥にもカーテンがあった。そのカーテンを外したとき、恐怖で腰が抜けた。それは人間の剥製だった。それらは三体の若い女性だった。どちらも生前身に着けていたと思われる服を着ていた。
 高島教諭は、すぐにその人間の剥製が新聞の写真で見た行方不明の二人の女子生徒と郵便局の女性職員であることが分かった。
「やっぱりそうだったのか。この洋館で作ったものだ。それじゃ、この家の彫刻家の仕業か」
 しばらくして二階から足音が聞こえてきた。
 その足音はドアの前で止まった。鍵を外す音が聞こえてドアが開き、薄暗い部屋に光が差し込んだ。
 懐中電灯の光がまぶしくて、相手の顔がよく分からない。その人物は呟いた。 
「誰だか知らんが、人の住居に無断で入るとは無礼な奴だな」
 高島教諭は、殴られた頭を摩りながら、
「無断で館の中へ入ったのは悪かった。でもこんな所に閉じ込めるなんて酷いじゃないか」
 懐中電灯を持った人物は、ライトの光を高島教諭の顔に照らし続けたまま話を続けた。
「何の用でここへ来た。わしに何の用事だ」  
 高島教諭は、顔がよく分からないその相手に事情を話した。
「私はこの町の高校で美術を教えている教師だ。あなたが彫刻家で、この洋館で作品を制作している噂を聞いた」
 懐中電灯を照らし続けるその相手は、それを聞いて少し様子が変わった。
「美術の先生。それは驚いた。まさか彫刻でも教えているのかね」
 高島教諭は、どうにか相手を落ち着かせることが出来たと思った。しかし彫刻家は、
「美術の教師だかなんだか知らんが、わしの仕事の邪魔をする奴は黙ってはおけん。申し訳ないが、あんたをここから出すわけにはいかない」
 言い終わると、部屋のドアを閉めて鍵をかけ、また階段を登って行った。
 高島教諭は、ガックリとうなだれてしまった。
「困った。何とかここから抜け出す方法を考えないと」
 薄暗い部屋の中にしゃがみこんで高島教諭は思案をめぐらした。
「あの男は異常者だ。私を同じように剥製にするつもりだ」  
 腕時計を見ると午後の6時だった。しばらくしてから階段を誰かが降りてくる音がした。ドアが開くと、背の低い外国人の男がスープを入れた皿を持ってきた。そして床に置くとすぐにドアを閉めて鍵を掛け、また階段を登って行った。
「これが夕食か」
 がっかりしたがお腹も空いていたのですぐに飲んだ。しばらくすると眠気を模様してまた眠ってしまった。
 数日後、高島教諭の高校では大騒ぎになっていた。
「高島先生が今日も学校へ出てきません」
 ほかの教師たちも、みんな不思議な顔をした。教頭も心配して、
「高島教諭は病気かな。でも連絡がないのはおかしい」
 五日が経ったが、高島教諭は行方不明のままだった。学校では職員会議を開いて、警察に届けることにした。
 地元警察ではこれまでの行方不明者の事件が依然解決していないので、県警本部から新たに刑事二人を派遣していた。ひとりはこれまで難事件をいくつも解決した秀英刑事で、もう一人はやる気のある若い刑事だった。二人はこれまでの女子学生と郵便局の女性職員の事件簿を丹念に読み、新たに届けられた高校の美術教諭の失跡届を読んで調査を始めたのである。
 二人の刑事は行方不明になっている美術教諭が勤めている県立高校へ行き、教師や生徒からの聞き込みを行った。調べていくうちにある野球部の男子生徒から次のような話を聞いた。
「高島先生は、山の洋館へ行ったのではないかと思います。その洋館には彫刻家が住んでいて、たびたび訪ねて行ってましたから」
  この情報は有益なものだった。詳しくその男子生徒から聞き込んだ。二人の刑事は翌日山の洋館へ車で出かけた。途中、農家の人に出会ったので、高島教諭のことを聞いてみた。農家の人は、
「本当ですか、県立高校の美術の先生が行方不明なんですか」
と驚いた。農家の人は、山を越えた集落に住んでいる奥さんからよくその先生の話を聞いていたので二人の刑事はその家に行ってみることにした。奥さんは畑で仕事をしていた。
「すみません。警察のものですが、少しお話を聞かせて下さい」
 主婦は何事かと思って刑事の車の傍へやって来た。
「高島先生がどうかしたんですか」
 刑事は行方不明だと話すと、
「あの先生は、自転車でよくここへやってきて洋館のことを尋ねましたよ。何度か訪ねて行ったようです。でもまさか行方不明だなんて驚きました。あの洋館と何か関係があるんですか」
「それはまだ分かりません。最後に出会ったのはいつですか」
「一週間前です」
 主婦は美術教諭から灰色の車のことを尋ねられたと言った。
 刑事たちはそれを聞いて、今回の猟奇事件を美術教諭も調べていたのではないかと推察した。刑事たちは話を聞くと、主婦に礼を言って再び洋館の方へ走って行った。  
 二人の刑事は洋館へ着くと、館の周りを調べはじめた。庭には何もなかった。玄関の戸は閉まっており留守だと分かった。
「捜査令状がないので勝手に調べるわけにはいかないな。しかしこの家には何かありそうだ」
 二人の刑事は洋館の周辺の林の中も調べてみた。林の中は雨が降ったせいでずいぶんぬかるんでいた。ある場所に動物や人の足跡があり、破れたビニール袋の切れ端が散らばっていた。近くの土が掘り起こされており、何かを埋めたような跡があった。
「ビニール袋に指紋や血液などが付着しているかもしれない」
 二人の刑事はビニール袋の切れ端を集めるとハンカチに包んで持ち帰ることにした。町に戻るとホームセンターの傍に喫茶店があった。捜査で喉も乾いていたので店に入ることにした。その喫茶店は高島教諭も入った「樹氷」だった。(つづく)