2026年5月2日土曜日

(連載推理小説)つきまとう不審者

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 数日後、俺は警察署の取り調べ室にいた。だがすぐに警察病院の精神科へと移送された。
体力は落ちていたが、高カロリーの食事を摂るうちに徐々に回復し、会話もできるようになった。
 ある日、医師の問診を受けることになった。
俺は、ある友人との関係、投資のこと、そして数か月前から続く異常な出来事について、できる限り詳しく話した。
何度かの問診の後、医師は診断を告げた。
「あなたには統合失調症の疑いがあります。特に“追跡妄想”の症状が顕著です。誰かに尾行されている、監視されていると感じる症状です。さらに“関係妄想”も強く現れています。周囲の出来事に特別な意味があると感じ、根拠なく自分に関連づける妄想です。ノイローゼでも似た症状は出ますが……」
「統合失調症? 違います! 俺は実際に、サングラスをした“鈴木”という男に追われていたんです。白紙の手紙も届きました!」
 医師は否定するように、冷静に説明を続けた。
「白紙の手紙は、あなた自身が自分宛に送ったものです。郵便局のATMをよく利用していたようですね。その際に投函した可能性があります。ただし、追跡妄想と関係妄想だけで統合失調症と断定はできません。しかし、あなたには“被毒妄想” が見られます。誰かに毒を盛られていると確信する症状です。これはノイローゼでは少ないです」
 俺は何度も否定した。
「パソコンの画面に映っていたサングラスの男は、間違いなく鈴木だった!」
 だが医師はそれも否定した。
「画面に映っていたのは、あなたの背後にあったテレビの映像です。取引に夢中になっていたので消し忘れたのでは?。パソコンの不具合はマウスの電池が切れでは?。」
 医師の言葉を聞くうちに、俺の頭は混乱していった。
 だが、どうしても腑に落ちないことがある。
手紙は自分が書いたとしても、電話をかけたのも俺なのか?
そんなはずはない。通話履歴を調べれば分かるはずだが、俺の固定電話は古く、履歴が残っていない。
 訳も分からぬまま、俺は地元の町の郊外にある精神病院で生活することになった。
薬物治療のおかげで妄想の症状は徐々に薄れていったが、俺の頭の中では、あの事件のことが消えることはなかった。
 ある日、ふとある人物のことが頭に浮かんだ。
それは、俺がよく知る人物――以前勤めていた書店の店長だった。
「まさか……これまでの出来事は、すべて店長が仕組んだことなのではないか? そうだ。書店を辞めるとき、店長は俺の投資資産についてしつこく聞いた。鈴木が水死したことも墓のこともよく知っている。店長は、俺の資産を狙っているんだ」
 その疑念は、やがて確信へと変わっていった。
病院の中は、職員に監視され、まるで監獄だった。週に一度、精神科医の診察がある以外は、ひとりで病室に閉じこもる日々。事件の記憶が頭から離れず、落ち着くことができなかった。
自分が精神病者であることは否定しない。
だが、出前の配達員を殺害したのは、ある人物が仕向けた結果なのだ。
このままでは、すべての責任を俺が負わされてしまう。
「店長に復讐しなければ、俺は報われない」
 二週間後の深夜、俺は病院から抜け出した。数日前から計画していた脱走だった。
病室の窓の鍵を壊し、中庭の塀を乗り越え、冷たい夜道を歩いた。
星も出てない曇り空の夜。店長の家は病院から5キロほど離れた市営住宅のそばにある。
俺は1時間近く歩き、ついにその家の門の前にやって来た。
庭に侵入し、石を拾い、音を消すために持ってきたタオルを巻いて1階の窓ガラスを割った。鍵を開けると家の中へ入った。暗闇の中、寝室を探す。寝室は2階の奥にあった。
寝室のドアを開けると、店長は布団をかぶって眠っていた。
 俺はタオルを固く縛り、店長の首にかけて力を入れて締めた。
店長は息苦しさで目を覚まし、激しく抵抗したが、数分後には息が絶えた。
 その後の記憶は断片的だ。
俺は家を飛び出し、行き先もわからぬまま走っていた。
やがて雨が降り出し、びしょ濡れになりながら歩き続けた。体は冷え、歩くのも限界だった。
 そのとき、前方から車のライトが見えた。
俺はそれをタクシーだと思い込み、止めようと前に飛び出した。だが転倒し、頭を強く打って倒れた。
その後の記憶はまったくない――。(つづく)