島の真ん中に沼があった。ふしぎな沼で、その水を飲むと誰でもすぐに眠気をもようして気持ちよく眠ることができた。
世の中で慌ただしく暮らしていた人がよくこの島を訪れた。みんな不眠症で悩んでいたが、その水を飲んでぐっすりと眠った。
「ああ、この島はユートピアだ」
誰もがそういって帰って行った。
その島の噂を聞いたある学者がその謎が知りたくてひとりこの島へやってきた。木の上に小さな小屋を作って草で覆い、その中からこっそり島へやってくる人たちを観察した。
ある日、丸一年眠れないで悩んでいた人がこの島へやってきた。 沼へ来ると、水を飲み草の上に寝ころんだ。すぐに眠気をもようして眠ってしまった。しばらくは何事も起こらなかった。でもすぐに異変が起きた。
その人の身体が次第にちじんで小人くらいの大きさになり、魚の姿に変わった。魚は勢いをつけて沼の中へ飛び込んだ。しばらく水面を泳いでいたが、やがて水底へ沈んで行った。その人は数日間魚になって沼の中にいたが、ある日、人間の姿に戻り、幸せそうな様子で島から出て行った。
またある日も、やつれた顔をした若い女性がこの島へやってきた。
その女性も沼の水を飲み草の上で眠った。しばらくして女性の身体が次第に小さくなり、小さな花の種になった。種は地中深く潜り、何日かして芽が出た。やがて花が咲いた。成長が早いので学者は驚いた。その人は美しい花になるとまた人間の姿に戻り、笑顔でこの島から出て行った。
学者はノートにそれらの不思議な出来事を記録した。
それからもいろんな人たちがやってきた。ある人は小鳥になり、ある人は昆虫になって草木の中で数日間元気に過ごしぐっすり眠った。そして生き返ったようにこの島から出て行った。
学者は、こんな結論を出した。
この沼の水は、人間を魚や花、小鳥、昆虫に変身させて悩みを解消させるのだ。自然の生物は人間のようにつまらないことで悩むことがなく、一度人間の身体を抜け出してしまえば、心に蓄積された悩みはすべてリセットされる。そしてもとの人間に戻ったときは悩みなどまったく残っていないのだ。こんなことがあるなんて信じられない」
学者は、その不思議な沼の水を瓶に入れて持ち帰ることにした。水を分析すれば科学的にその謎が解明できると思ったからだ。
ところが家に持ち帰ってみると、その水はただの水だった。いくら分析してもただの水だった。
「あの島でしか効果が現れない水なのだろうか」
いまだにその島の謎は解明されていない。
(オリジナルイラスト)
(未発表童話)
0 件のコメント:
コメントを投稿