2017年12月27日水曜日

岬のオルゴール館

 いつのことだったか、今ではよく覚えていない。ずいぶん昔のことだ。夢だったのか現実の出来事だったのかさえわからない。
 その頃、ひとりで日本海に面した淋しい海岸を歩いていた。季節は初夏で、風も弱い穏やかな日だった。仕事もしてなかった頃で、なんとなく海の絵が描きたくなって、スケッチブックとパステルを入れたバックを持って電車に乗り、この海岸へやってきた。
 近くに砂浜があり、後ろの松林のところに錆びついたベンチがあったので、そこに座って絵を描きはじめた。二、三時間も描いているうちに、疲れて眠くなってきた。ベンチに寝ころんでウトウトしていたときだった。どこからか風に流されて花のいい匂いがした。
「近くに花畑があるのだろうか」
 起き上がって周りを見渡した。前方は海だし、後ろには広い松林があるだけである。その匂いは松林の中から流れてくるみたいだった。細い小道を見つけたので歩いて行った。道は曲がりくねってどこまでも続いていた。松の木の間から海がときどき見えた。
 しばらく歩いて行くと、小道の向こうが明るくなってきた。松林を出ると、一面に黄色いスイセンの花が咲いていた。まるで花畑だ。すぐ傍は岬だった。 
「あれっ、岬の先端に建物が建っている。洋館だ」
 その建物は岩場の上にぽつんと建っていた。周りに柵があり、中を覗くと小さな庭があった。その庭にも花が咲いていた。門が開いていたので中へ入ってみた。洋館の一階のひとつの窓が開いている。ガラスは割れていた。
「空き家だろうか」
 窓の所へ行って中を覗き込むと、昔のオルゴールがたくさん置いてあった。古いテーブルやソファーなどもあり、みんな古ぼけて埃をかぶっていた。
「どうせ誰も住んでいないのだろう。入ってみるか」
 玄関の扉を押してみた。ギーイという音がして扉が動いた。鍵は掛かっていなかった。中へ入るとずいぶん暗かった。そのときどこからかオルゴールの音が聴こえてきた。
「誰かいるのかな」
 あとで分かったのだが、扉を開けると自動でオルゴールが鳴る仕掛けだった。
 部屋のまわりにはオルゴールがぎっしり置かれている。ドイツ製の2メートルもある大きなものやイタリア製、フランス製、アメリカ製、ロシア製などのオルゴールもあった。
 ドイツ製のオルゴールの蓋をあけて聴いてみることにした。ハンドルを回すと流れてきたのはドイツの民謡だった。
 曲名は知らなかった。どうしたわけか聴いているうちに何度も睡魔に襲われた。それでソファーに腰かけて聴くことにした。やがて眠ってしまった。しばらくしてから目を開けてみると、いままで薄暗くガランとしていた部屋の中がとても明るい。埃をかぶっていたオルゴールがつやつや光って音を鳴らしている。窓の外を見ると驚いた。
 見えるのは海ではない。古いドイツの町並みだった。町の後ろに高い山が見える。岩山で頂上は雪をかぶっている。
「あ、ここは昔のドイツの町だ。時代は18世紀頃かな。レンガ造りの家が立ち並び、道には馬車が走っていたり、地味なドレスを着た婦人たちが歩いている。珈琲店や酒場もある。
 広場では、グリムの「ハーメルンの笛吹き男」の衣装を身に着けた人物が通行人の前で笛を吹いている。そばでアコーディオン弾きが伴奏をしている。ロマンチック街道の中世都市がそこにあるみたいだった。
「ちょっと町を歩いてみるか」
 部屋を出ると、石畳の道を歩いて行った。
 商店街らしくいろんな店があった。家具屋、衣服屋、帽子屋、靴屋、パン屋、酒屋、時計屋、オルゴールの店もあったので覗いてみた。大小さまざまなオルゴールが並んでいた。そのとなりにヴァイオリン工房があり、職人たちが働いていた。ちょうど出来たばかりのヴァイオリンにニスを塗っている職人がいた。ニスの匂いもなんだか心地よい。声を掛けたが、何も答えてくれない。私の姿が見えないのだろうか。
 見ているうちに、町並みをスケッチしたくなった。スケッチブックとパステルを取り出して描いてみた。12色しか持って来なかったのを後悔した。もっとたくさんの色でこの町を描いてみたかった。
 もうすぐ仕上がると思ったとき、周囲がぼんやりした。気がつくと、薄暗いオルゴール館のソファーの上で眠っていた。窓の外は前のように海だった。オルゴールはゼンマイが緩んで音楽は終わっていた。
「不思議な夢だった」
 ドイツ製のオルゴールのとなりにはイタリア製のオルゴールがあった。こちらは箱型の小型のものだった。ネジを巻き蓋を開けてみると、古いイタリアのカンツォーネが流れてきた。聴いているうちにまた眠気をもようして、ウトウトしながらソファーの上で眠ってしまった。
 気がつくと、窓の外はとても明るかった。太陽の光が眩しく照りつけていた。ぼんやりしながら部屋の中を観ると、昔のフィレンツェの町の下宿屋の中だった。窓の外は運河だった。ゴンドラが行き来していた。下宿屋の窓から洗濯物が見えたり、歌を歌っている人もいた。どこからかマンドリンの音色が聴こえてきた。
「二階からだ」
 ドアを開けて階段を登って行った。廊下の突き当りの部屋から聴こえてくる。ドアは開いていた。その部屋の中に人がいた。
 その人はあごヒゲを生やした音楽家らしい男だった。マンドリンを弾きながら五線紙に曲を書いていた。出来た箇所を何度もためしに弾いていた。部屋の床には、書き損じた五線紙があちこちに散らばっていた。
 声をかけてみたが、男は返事をしなかった。やはり私の姿が見えないらしい。
 となりの部屋にオルゴールがあり、奥さんらしい女性が子供にオルゴールを聴かせていた。オルゴールが止まると同時に、周囲がぼんやりした。
 目が覚めてそれも夢だと分かった。部屋の中はもとのように薄暗いオルゴール館の中だった。
 イタリアのオルゴールのとなりには、フランス製の豪華なオルゴールが置かれていた。
デザインがいいので驚いた。さっそくネジを巻いて聴いてみた。フランスの古い民謡だった。そのうち再び睡魔に襲われて、すぐにウトウト眠ってしまった。
 目を覚ましてみると、フランスの金持ちの屋敷だった。ルイ16世の複製画が壁に飾ってある。部屋の中に人がいる。若い女性が椅子に腰かけている。モデルなのだ。その向こうで若い画家が大きな板のキャンバスに絵を描いている。周りからオルゴールの音が聴こえてくる。モデルも暇なもんだから流れてくる音楽を聴いているのだ。絵はクラシックな画風だが、なかなか上手いものだ。
 窓の外は庭園だった。日が照っていて暖かい日だ。庭師が木の剪定(せんてい)をしている。東屋には羽帽子をかぶった二人の女性が腰かけて紅茶を飲んでいる。
 絵の制作はもうすぐ終わるらしい。画家は最後の仕上げをしている。
 眺めながら、私もそんなアトリエの様子をパステルでスケッチした。やがてオルゴールの音が止まった。同時に周囲がぼんやりした。気がつくと薄暗いオルゴール館のソファーで眠っていた。
 次に聴いたのはアメリカ製のオルゴールだった。ラベルに「レジーナ社1890年」と記載されている。
 ディスク・オルゴールで、十枚の大きな金属板で出来た円盤が入っており、好みの円盤を選んでセットすると音楽が聴ける。当時はジューク・ボックスとして使われたオルゴールである。
 ネジを巻いてボタンを押した。軽快なアメリカ民謡が流れた。
周囲がぼんやりした。また音楽を聴いてるうちにウトウト眠ってしまった。
 目が覚めると、そこはアメリカ西部の酒場だった。賑やかでカウボーイたちが酒を飲んでいた。テーブルのあちこちでトランプをやっている男たちがいる。酒場の隅にオルゴールが置かれ、ときどき主人が音楽を流した。
 客席の奥にステージがあった。厚化粧した金髪の女性歌手が現れて、カントリーミュージックを歌っている。カウボーイの帽子をかぶり、ワインレッドのミニドレスはずいぶん派手である。
 誰が入れてくれたのかテーブルの上にお酒が置いてあった。喉が渇いていたのでグイーッと飲んでしまったが、ずいぶん強い酒だったので、すぐに酔っぱらってその場で寝込んでしまった。
 目が覚めると、やはりオルゴール館のソファーで眠っていた。
「やれやれ、どれも不思議な夢ばかりだ」
 アメリカ製のオルゴールのとなりには、ロシア製のオルゴールがあった。こちらは珍しいペーパー式のオルゴールだった。紙に細かい穴が開いており、それを木箱の中に入れて、ハンドルを回すと音楽が流れる仕組みだ。手回し式の小型のものから人間の背丈くらいあるゼンマイで動く大型のものまであった。大型のものを聴いてみた。ネジを巻きボタンを押すとペーパーが動き出して、音が鳴り始めた。音色もいい。
 音楽が流れると周囲がぼんやりしてまた眠ってしまった。
 目が覚めると、そこは 冬のロシアのある屋敷だった。暖炉に火が着いている。ロシア正教会の鐘の音が家の中まで聴こえてくる。
 窓の外を見ると、一台のトロイカが走ってきた。駅馬車だった。私もその駅馬車に乗りたくなった。部屋を出ると、玄関の戸を開けてみたが、あまりの寒さに部屋へ引き返した。
「オーバーはないかな」
 洋服ダンスがそばにあり、中に毛皮のオーバーと毛皮の帽子が入っていた。
「ちょっと借りよう」
 それを着て駅馬車の方へ走っていった。駅馬車はまだ止まっていた。私を乗せると動き出した。駅馬車は走って行った。
 町を抜けると広大な雪の原野を走って行く。空は灰色の雲に覆われて、雪道は硬く凍りついていた。やがて雪が降り始めた。そして見る間に猛吹雪になった。
 あまりの寒さに途中で馬は凍死した。御者も意識がない。馬車はすっかり雪に埋もれてしまった。私も寒さのために死んだようになっていた。
 ふと目が覚めた。そこはロシアの農家だった。私はベッドの中で眠っていた。助けられたのだ。
 となりの部屋からオルゴールの音色が聴こえてきた。そっとベッドを出てドアを開けてみると、この家の住人たちが夕食を済ませて、居間でお茶を飲みながら聴いていた。
オルゴールの曲は、ロシア民謡だった。
「なんて曲だったかな。ああ、黒い瞳だ」
 ロシアの民謡は哀愁があるのでいいなと思った。音楽が終わると周囲がぼんやりした。
 目が覚めると、オルゴール館のソファーに寝ていた。古ぼけたロシアのオルゴールは鳴りやんでいた。なんにも変わらない部屋の中だった。窓の外は海が広がっていた。
「今日はこの洋館の中で不思議な体験をいくつもした。さあ、そろそろ帰ろう。夕日が海の向こうへ沈んでいく」
 その洋館をあとにするとき、パステルで簡単にその洋館をスケッチした。

 長い年月が経った。あの洋館のことが気になって、その年の秋にもう一度その岬へ出かけて行ったが、岬にはどこにでもあるような淋しい灯台がぽつんと建っているだけだった。
 あの洋館はどこかへ消えたのだろうか。やっぱりあれは夢だったのか。でもスケッチブックには、あの洋館のオルゴールを聴きながら観た夢の記録がしっかりとスケッチされていた。あんな不思議な夢をもう一度見たいものだ。












(未発表童話です)





2017年12月12日火曜日

スズメになった人

 朝、寝ぼけまなこでアパートの窓から外の景色を眺めていたら、電線の上にスズメが一羽止まっていた。別に不思議なことではない。でもよーく観て驚いた。顔が人間なのだ。それにどうしたわけか二日酔いみたいな顔をしている。
 嘴がなくて、人間の口だし、目もそうだ。顔だけ羽毛も生えていない。でもきょろきょろと顔がよく動く。見た目はスズメに違いない。
「夢でも観てるのかな」
洗面所へ行き顔を洗った。戻ってきてからまた外を観た。スズメはいなかった。どこかへ飛んで行ったのだ。
 それからしばらくして異変に気づいた。鼻がずいぶん高くなっている。ちょっと手で触ってみた。ものすごく硬い。それに先が尖っている。もう一度洗面所へ行き、顔を観た。「スズメの顔だ!」
 その日一日、どこへも出かけずにじっと家の中にいた。外に出られるはずがない。
「困ったな。どうしよう。この顔じゃ買い物にも行けないし、散歩にも行けない」
 昼になっても同じことを考えていた。これはすべて夢なのだ。悪夢だ。もう一度寝たら夢から覚めるかもしれない。そう思って昼寝をはじめたがぜんぜん寝つかれない。いろんな心配事が浮かんできた。
「もし夢でなく現実だったら。もしいまだれかやってきたらどうしよう」
 あいにく友だちも少ないのでその心配はない。でも郵便配達員が書留や小包を持って来たらどうしよう。
 考えながらやがて夜になった。お腹なんかぜんぜん空かないので、じっとベットの上で寝ころんでいた。
「あのスズメを観たせいで、とんだことになった。でも、あのスズメの顔はどこかで見たことがある。ーあ、そうだ、俺の顔だ。でもどこへ飛んで行ったのかな」
いろいろ考えているうちに、だんだん眠くなってきた。
「奇跡を待つしかない。朝になったら結果が分かるだろう」
 でもそれから一週間の間、おれの顔はそのままだった。どこへも行けないので部屋の中に閉じこもっているしかなかった。
「ああ、いつまでこんな悪夢がつづくのだろう」
 一週間が経ったある朝のことだった。 
 ずいぶん寝たせいか気分が良い。そのときだった。すぐに気づいた。高くなってた鼻が視界から消えている。もしかしてー。と思って洗面所へ行った。
「あっ、もとどおりの顔になっている」
 その朝は、人生の中で一番嬉しい日だった。すぐにアパートを出ると近所を歩き回った。通行人に出会ってもだれも変な目で俺を見る人はいない。公園へ行ったり、ついでにコンビニで買い物したりして帰ってきた。
 その夜は久しぶりにぐっすりと眠れそうに思った。だけど、そうはいかなかった。何回も変な夢で起こされたからだ。
 最初の日に観た夢はこんなだった。俺はスズメになってどこかの町の空の上を飛んでいた。仲間のスズメも一緒になってそばを飛んでいる。でも、みんな知らん顔してあちこちを飛んでいる。空を飛ぶスピードには驚いた。時速は100キロくらい。羽もよく動くし、少しも疲れを感じない。
 俺は池のある公園の方へ飛んで行った。周りは松林で、日曜日なのかたくさんの人が散歩していた。池のほとりで釣りをしている人や親子連れがベンチに座ってアイスクリームやアイスキャンデーを食べていた。
 池の向こう岸にアイスクリームの屋台が出ていたので、そちらの方へ飛んで行くと、屋台の屋根のうえに止まった。暑い日だったのでアイスクリームが食べたくなった。
 観ると屋台のテーブルの上にアイスクリームの汁がこぼれていた。おじさんがアイスクリームを作っている隙を狙って、さ-っとテーブルに降りてチュッチュとすすった。
「ああ、冷たくてうまい」
食べ終わってからまた空へ舞い上がった。
 公園の松林の中へ入ると、とても涼しくて松の木の枝に止まって休んだ。木の幹にカブト虫が一匹いて樹液を吸っていた。松林の小道を人が歩いていたりみんな楽しそうだった。松林の中を飛びながら、やがて公園を出て、国道の上を飛んで行った。国道にはたくさん車が走っていた。太陽がギラギラ照って暑いので、ときどきアパートやマンシュンのベランダに降りて日陰で休んだ。
 国道のそばにお米屋があった。お米屋の店の中にお米が落ちている。
「あれも食べちゃうか」
 お腹も空いていたので、さっそくそちらへ飛んで行った。
お店の中で、主人がお米を積んでいた。その隙に床に落ちてるお米をつんつん食べて行った。ときどきお米を担いでいる主人に踏まれそうになったけど、全部食べてお店から出て行った。
 二日目に観た夢はこんなだった。その日も太陽がギラギラ照りつける暑い日だった。
 俺は、踏切の信号機の上に暇そうに止まっていた。しばらくしてから信号機が鳴り、電車が向こうから走ってきた。四両編成の電車だった。お客はずいぶん少なかった。ひとり若い女性が本を読んでいた。横顔が魅力的な女性だったので、俺は電車のあとを追いかけて行った。
 すぐに追いついて、ガラス越しに女性の顔を覗き込んだ。テレビドラマによく出ている女優とそっくりな女性だった。でも名前が思い出せなかった。読んでいた本は「鏡の国のアリス」だった。活字の間に、よく知られた挿絵が載っていたから分かった。
 電車はスピードをさらに上げて行く。だんだん疲れて来た。でも、女性のことが気になって、猛烈に羽を動かして飛び続けた。そのときだった。向こうから折り返しの電車が走って来た。でも女性のことばかりに夢中になっていたのでぜんぜん気がつかなかった。
「あーっ!」
 そのあとはどうなったのか知らない。でも、こうして生きているのでうまく電車をさけたのだ。そのあとの記憶はない。
 三日目に観たのはこんな夢だった。俺は陸橋の階段の手すりの上に止まっていた。天気は曇りだった。その日はずいぶん蒸し暑い日だった。
 陸橋の下にテントやダンボールの小屋があちこちに建っていた。向こうから奇妙な男がやってきた。服はぼろぼろで、髪の毛はボサボサだった。
「乞食だ」
 その男の両肩にはカラスが止まっていた。ずいぶん慣れているらしくぜんぜん人間を恐れていない。男は歩きながらゴミ箱を探していた。男がそばまでやって来たとき、その匂いで気分が悪くなってきた。何か月も風呂に入っていないのですごい悪臭だった。
「おれは清潔だった。川でいつも羽と体を洗っているから」
 ゴミ箱を見つけると、中から賞味期限の切れた弁当を見つけて、大喜びしながら向こうの方へ歩いて行った。
 あとをつけて行くと、公園の屋根付きのベンチに座って、カラスに分け前をやりながら食事をしていた。食べ終わると、どこで拾ったのか、しけもくをスパスパ吸っていた。こんな近くで乞食を観たのははじめてだった。
 その公園の離れたベンチにも失業中の30才くらいの男が座っていて、スマホで仮想通貨のチャートを羨ましそうに観ていた。
「ああ、俺もお金があれば、ビットコイン買うのになあ。現在、1ビットコインが200万円だ。今年のはじめ10万円だったから、20倍の値上がりだ。あのとき1ビットコイン買っとけば、安いアパートが借りれたな。たぶん5年後くらいには1000万円まで価格が上がるな。0.01ビットコインいまからでも買っておこうかな。そうしないと人口知能のおかげで、これからますます人間の仕事になくなって、無収入で暮らさなければならなくなるから」
 四日目に観たのはこんな夢だった。
 この日も暑かった。俺は町の川の上を飛んでいた。ときどき手漕ぎボートが下の方に見えた。川幅がだんだん広くなり、やがて行く手に海が見えて来た。近くに広い砂浜があって、海水浴客がたくさんいた。浜茶屋のところでみんなアイスクリームを食べたり、ジュースを飲んでいた。砂浜ではビキニ姿の若い女性が肌を焼いていたり、ビーチバレーをやっていた。子供たちは楽しそうにスイカ割りをしていた。
 海の向こうにテトラポットが見えたので、そちらへ飛んで行った。海は穏やかだった。海の上にくらげが浮かんでいた。すぐ向こうの方に小島が見えた。
「行ってみるか」
 小島に向かって飛んで行った。太陽が眩しくて目を開けていられなかった。汗もたらたら出てくる。小島までの距離はわずかだと思ったけどかなり遠い。だんだんくたびれてきた。
 ようやく小島の砂浜に辿り着いた。林の中から小鳥の声が聴こえてきた。観ると林の中に小さな家が建っている。窓が開いているので人が住んでいるのだ。
 家には小さな庭があって、きれいな花が咲いていた。そのとき家の中から楽器の音が聴こえてきた。弦を上手にはじいて、きれいな音色だった。
「マンドリンか」
 町の公園でも何度か聴いたことある。秋になると、町で路上コンサートがあるので、よく電線に止まって聴いていた。
 林の中を飛んでいる小鳥たちも毎日マンドリンの演奏を聴いているので、みんなの鳴き声がとても美しい。夕方までその島で遊んで、日が沈まないうちに、また海を渡って帰って行った。
 五日目はこんな夢を観た。
 俺は町はずれにある精神病院の中庭の松の木の枝に止まっていた。
木の上から病院の窓を眺めていると、昨日、強制入院させられたひとりの元気そうなお婆さんが、窓の外を眺めていた。
 とても機嫌がいいのか、部屋の中をいったり来たり、にこにこと落ち着きなく歩いていた。俺は窓のところへ飛んで行ってそのお婆さんの様子を眺めていると、丁度昼ごはんになり、お婆さんは俺を見つけると、パンをひとかけら手に持って、窓を開けてくれた。そしておれのすぐそばにパンのかけらを置いてくれた。少しジャムがついていたので、食べるととてもうまかった。
「明日もくれるかな」
 そう思いながら、その日は帰っていった。
 翌日の昼に、俺はまた病院へ行った。窓のところにお婆さんの姿があった。でもなんだか様子が変だ。落ち着きがないのは昨日と同じだけど、凄い目つきで大声を張り上げて機嫌が悪いらしい。同室の患者たちにケンカをふっかけているみたいだった。
「昨日とはずいぶん違うな。これじゃ、パンはくれないかも」
 そう思ったけど、窓のところへとりあえず行ってみた。
でも当たっていた。お婆さんは俺を見つけると、内側からガラスをばんばん叩いて、俺を地面に突き落とそうとしているみたいだった。
「こりゃ、ほんとの病気だ」
あとで分かったけど、そのお婆さんは躁病患者だった。
 六日目に観たのはこんな夢だった。
 となり町の市立図書館の近くに、大きな池のある公園があった。夕方になって、みんな家に帰って行った。夜になってから、白髪頭のおじさんが、カップ酒を買ってきてベンチに座ってひとりで飲んでいた。家でもずいぶん飲んでいたのか、しまいにベンチに寝ころんで眠ってしまった。
 カップ酒にはまだお酒が残っていたので、自分も飲みたくなった。枝からそっと降りて来て、眠っているおじさんに気づかれないように、容器の上に止まった。ぷんぷんお酒のいい匂いがするので、首を伸ばして飲むことにした。お酒は半分も残っているので、首を伸ばしたら届きそうだった。ところが不運にも足を踏み外してカップの中にぼちゃんと落ちてしまった。お酒で身体はびしょびしょに濡れるし、凄いアルコールの匂いで、すっかり酔っぱらってしまった。瓶の口は狭くて容易に飛び立てない。
「困ったどうしよう」
 一時間もお酒に浸かっていると、おじさんが目を覚ました。
 目覚めにカップのお酒を飲もうとしたとき、スズメが入っているので、びっくりして瓶を地面に落した。お酒と一緒に外へ出ることができたので、フラフラしながら空へ舞い上がった。でも気分がすごく悪かった。
 七日目の夢は昨夜の夢の続きだった。 
 明け方、二日酔いで町へ戻ると、三階建てのアパートの前の電線にどうにか止まった。まだフラフラしていたので、電線から落ちないように頑張った。
 朝になって、仲間のスズメたちの声で目が覚めた。
「やれ、今日も暑くなりそうだ」
 考えてると、二階のアパートの窓からひとりの男がこっちを観ている。起きたばかりで寝ぼけまなこだ。
「アパートの中はクーラーがよく効いて涼しいだろうな。俺も一度でいいから人間の生活がしてみたいなあ」
 ぼんやり考えていたら、電線から足をすべられせてしまった。きっと地面に落ちたのだ。そのあとの記憶はまったくない。ー
 俺がそんな奇妙なスズメになった夢を観たのは一週間だったけど、自分の知らない人間のいろんな生活が見みれて、なんだかためになったような気がする。でもあのスズメはいったいどこへ行ってしまったのだろうか。












(未発表童話です)





2017年11月30日木曜日

生き返った男

 その男は世の中でさんざん悪いことをしたあげく、とうとう殺人を犯し、裁判で死刑の判決を受け、あすの朝、刑が執行されるのをひとり淋しく拘置所の中で待っていた。
「これでおれもこの世から永久におさらばか」
 男は、開き直った顔をしながら心の中でつぶやいた。だが時間がたつうちに、この世から去っていくのがだんだん惜しくなってきた。
 男はまだ若いのであった。できるならもう少しこの世にいて、人の役立つことをしたいと思いはじめた。
 振り返れば、この男の人生はまったくひどいものだった。子供の頃から、盗み、ひったくり、万引き、喧嘩を繰り返し、大人になってからも博打、詐欺、恐喝、傷害で五回も刑務所に入れられた。そして昨年、やくざ同志の抗争の際、相手の組員をふたり刺し殺し、とうとう殺人を犯してしまったのだ。
 男は自分の人生を振り返りながら、その荒れた自分の過去について、最後の拘置所生活の中で深く反省する機会を得た。そして今度生まれてくるときは、まともな人間になって生まれてきたいと願ったのである。
 翌朝になった。拘置所のドアが開かれ、看守に連れられて男は処刑場のある裏庭へ歩いて行った。待機室に入ると、死刑執行官のほかにひとりの神父が待っていた。神父は男のそばへやってくると、
「何か言い残すことはありませんか」
と尋ねた。
 男は囁くような声で、
「もしも生まれ変わることが出来るなら、人の役に立つような人間になりたいです」
と答えた。男の最後の言葉だった。
 やがて男は、死刑執行官に連れられて、裏庭の真ん中に設置された絞首台へ歩いて行った。そして十三段ある絞首台の階段をゆっくりと登って行った。
 絞首台の上に辿り着くと、顔に白いずきんが被せられ、太めのロープが首に巻きつけられた。男は目を固く閉じて、自分の心臓の音だけをじっと聞いていた。
 数秒後、数人の死刑執行官によってボタンが押されると、すぐに足元の板がはずれ、男は一瞬宙に浮いたようになったが、すぐさま地面に向かって落下していった。
 男はロープに吊るされたまま、しばらくもがき苦しんでいたが、やがて意識が混濁し、絶命するまでのわずかな時間、幻覚が何度か現れはじめた。その幻覚は夢に似たようなもので、断片的なものばかりであったが、やがてその幻覚も消滅し意識が無くなった。
 だが数分後、不思議なことが起こった。途絶えていた意識がしだいにはっきりしてきたのである。男が意識を取り戻したとき、何者かによって、きつく巻かれたロープが徐々に緩みはじめた。男はまったく理解できないことに驚いていたが、これまでの極度の緊張感と疲労のせいで、いつの間にかまた意識をなくしてしまった。
 男が、その不思議な出来事によって意識を取り戻し、やがて完全に目覚めたのは、それから数日後のことであった。
 男は太陽の光がさんさんと降り注ぐ、ある町の公園の近くにあるこじんまりした一軒の家の庭の芝生の上で眠っていた。庭には、バラやツツジやチューリップの花が美しく咲いていた。
 男は不思議な光景に、しばらく馬鹿のように口を開けて眺めていたが、そのとき垣根の向こうから誰かが忍び足でこの家に入って来る足音に気づいた。
 男はすぐに身がまえた。長年養われた感で、その相手が悪い人間であることを見抜いたのである。すぐに侵入者を睨みつけると、ドスのきいた鋭い声で吠え叫んだ。
「うううー、わん、わん、わん、わん、わん、わん、わん、わん!」
 侵入者は、その番犬の目つきの鋭さに恐れをなし、まったく手出しも出来ずにすぐに退散しなければならなかった。
 その吠え声を聞きつけて、家の中から老人夫婦がやって来た。この老人夫婦は、若い頃にひとり息子を交通事故で亡くし、これまで少ない年金だけでなんとか暮らしていた。それにこの地区は、空き巣がよく入るので、近所の人たちはみんな番犬を飼っていた。けれども、番犬を飼うお金の余裕のない老人夫婦は、買い物や散歩で家を空けるとき、いつも空き巣の被害におびえていた。
 ところが、数日前、一匹のやせ衰えた野良犬が、お腹をすかせて庭の芝生の上に体を横たえていたのを見つけてかわいそうに思い、家で飼うことにしたのである。顔つきは見るからに獰猛そうで、近寄りにくい感じがしたが、反面、素直で気がやさしそうに思えた。
 老人夫婦は、これは天からの授かりものだと信じ、貧しい暮らしの中でこの犬と一緒に暮らした。
 介護のかいもあって、野良犬は体力を取り戻し、番犬としてこの家で働くことになった。そして、この家にやってくる人たちの誰もが、この番犬の忠実さと頑強さに驚いたのである。
 野良犬も、自分の仕事に生きがいを感じながら、毎日この年老いた夫婦を空き巣の被害から守るために働き続けたのである。









(未発表童話です)





2017年11月21日火曜日

楽器が好きなこども

 楽器が大好きなこどもがいました。
ハーモニカやリコーダーはもちろんのこと、キーボードやギターもじょうずに演奏することができました。
 ある日、町にマーチングバンドがやってきました。
楽員たちは、真っ赤な制服と帽子をかぶり、ピカピカの楽器を持っていました。
 バトンを持った楽長を先頭に、ジョン・フィリップ・スーザの「ワシントン・ポスト・マーチ」や「キング・コットン・マーチ」を演奏しながら歩いていました。
 男の子もランドセルの中からリコーダーを取り出してあとからをついて行きました。
大通りを歩いてから、次は繁華街を通り、大きな公園のそばまでやってきました。
「みんなどこまで行くのかな」
男の子はぼんやり考えながら歩いていました。
 やがて大きな鉄橋が見えてきました。そのうちに空からぽつり、ぽつりと雨が降ってきました。
「みんな、鉄橋の下で休憩だ」
 楽長の指示で、みんな鉄橋の下へ大急ぎで走って行きました。
雨はまたたくまに、どしゃぶりになりました。
 鉄橋の下で雨宿りをしながら、男の子は楽員たちに話しかけました。
「おじさんたちは、どこまで行くの」
「知らないなあ。行先は楽長だけが知っているよ。世界一周するかも知れないな」
「じゃあ、どこまでも一緒について行くから」
「ああ、いいよ。ついてきなよ」
話をしていると、やがて雨は上がりました。
「では、出発ー!」
 楽長の合図で、マーチングバンドはまた演奏しながら歩きだしました。
 川沿いの道を歩いていると、陽が射している雲の切れ間から、きれいな虹が見えました。
 不思議なことに、虹の橋の先っぽが、川のそばまでたれていました。
「今度はあの虹の橋を渡って行こう。それから雲の上を歩いて行くんだ」
 バトンを振っている楽長のあとを追って、マーチングバンドはついて行きました。男の子も一緒について行きました。
 やがてマーチングバンドは虹の橋を渡りはじめました。
しばらくのあいだ、空からは楽しい演奏が聴こえてきましたが、やがてみんな雲に隠れて見えなくなってしまいました。











(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)
 




2017年11月11日土曜日

雲の上の魔法使いのお城

 退職して暇をもてあましていた男の人が、自分の家の庭に塔を建てました。
「高い所からの眺めはきっとすばらしいだろう」
 レンガを買ってきて毎日積んでいきました。
 ひと月で、塔の高さは十メートルになりました。てっぺんに登って町を眺めました。
「よく見える。でも海がまだ見えない」
 さらにレンガを積みたして三か月後に、三十メートルの高さになりました。
「まだ、まだ、よく見えない」
 毎日レンガを積みながら、数年が経ちました。
塔の高さは、数百メートルになり、曇りの日には雲の底に付くくらいになりました。
 あるとき驚きました。海の沖の離島に巨大な塔が建っていました。その塔も毎日高くなっていました。
「誰が建てているのかな」
望遠鏡で眺めてみました。
「あれえ、あいつだ」
塔を建てていたのは、昔、同じ会社で働いていた同僚でした。海が好きで、退職したら島で暮らしたいといつも言っていました。
 島の木を切って丸太を組んで積あげていました。
 ある低い雲が垂れ下がる日でした。雲がすっかり塔を包んで見えるのは雲ばかりでした。
「いやあ、何も見えない」
 思っていると、雲の向こうから声が聞えてきました。
「おーい、いまからそっちへ行くからな」
「えーっ、ひょっとしてお前か」
「そうだ。おれだ」
 雲の上を歩いてきたのは、島に住んでいる昔の同僚でした。向こうも望遠鏡で毎日こちらを観ていたのです。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「いやあ、何年ぶりかな」
 二人は、雲のベンチに腰かけて昔話に花を咲かせました。
 しばらくして、雲の隙間に大きな建物が見えました。
「お城だ」
「誰が住んでいるのかな」
「行ってみるか」
「行ってみよう」
 雲の上をテクテク歩いてお城の門までやってきました。
 門をくぐり、玄関のところへきました。
 扉を叩くと、中から鍵を開ける音がしました。
 ギィーーーーーーーーーーー。
 扉が開いて出てきたのは、80歳くらいのお婆さんでした。
「あんたら、どこからやって来なさった。なにか用かね」
「りっぱなお城なんで、ちょっと中を拝見させていただきたい」
「見も知らぬ人を中へ入れるのは気に入らんが、まあ、少しだけならいいじゃろ」
 男たちは、お城の中へ入れてもらいました。
 広い居間に通されて、ソファーに腰かけていると、お婆さんがワインを持ってきてくれました。
「年代物のいいワインですがな。どうぞ召し上がれ」
 ちょっと生臭い味でしたが、全部飲んでしまいました。
 ところがワインを飲んだあと、男たちは眠ってしまったのです。
 気がつくと、お城の暗い倉庫の中の鳥籠にいました。
「たいへんだ、カラスに姿が変わっている」
「これからどうしよう」
 考えていると、すぐ隣に置かれた鳥籠の中から、
「どうか助けて下さい」 
 覗いてみると、中に小鳥がいました。
「私は、魔法使いのお婆さんの魔法で小鳥にされました。魔法をとくにはお城の中庭に植えてあるオリーブの実を食べなければいけません」
「それじゃ、もってきてあげよう」
 男たちは、なんとか隙をねらってここから抜け出そうと思いました。
 夕方になり、黒マントと黒い帽子を被ったお婆さんが餌を持って入ってきました。
「さあ、お食べ。たっぷり栄養を取るんだ。お前たちの血でおいしいワインを作るから」
 鳥籠の扉が開いたとたんに、カラスはさっと逃げました。お婆さんは慌てて追いかけてきましたが、見失ってしまいました。
「ちくしょう、あとでかならず捕まえてやるから」
 お城の中庭へ飛んで行くと、オリーブの木がありました。実を食べてみると、不思議です。身体がずんずん大きくなって人間の姿に戻りました。
「よかった、魔法がとけたんだ」
「じゃあ、あの小鳥にも食べさせてあげよう」
  朝になり、お婆さんが小鳥に餌をやりに倉庫へやってきました。餌をやっている隙に男たちは中へ忍び込みました。
 お婆さんが出て行くと、オリーブの実を小鳥にやりました。
するとどうでしょう。小さな小鳥が、みるみる大きくなって、美しい女性に変わりました。
「ありがとうございます。私はとなりの国の王女です。旅の途中、このお城に泊まったとき、お婆さんに閉じ込められました」
「そうでしたか、じゃあ、一緒にここから逃げましょう」
 王女から、もう一口オリーブの実を食べるように言われました。
 食べてみると、不思議なことに、顔の皺はなくなり、髪の毛もふさふさ生えて、20代の若者になりました。
「いやあ、驚いた。こんなに若返ったら、あんなお婆さんなんかすぐに退治できるな」
「じゃあ、夕食を持って来たらやっつけよう」
 夕方になり、お婆さんが倉庫へやってくると、二人がかりで飛びかかりました。お婆さんは慌てて倉庫の中を逃げ回りましたが、すぐに捕まって縄でぐるぐる巻きにされました。
「頼むよ。どうか見逃してくれえ。何でもやるから」
 魔法使いのお婆さんはずいぶん資産家でしたから、あちこちから盗んできた金、銀、プラチナ、宝石のほかにも、最近はじめた株式やFX、ビット・コイン(仮想通貨)の取引きで儲けた大量のお金を持っていました。
「じゃあ、資産の半分をいただくよ」
そういって、金庫室から宝物を貰ってきました。
宝物を入れた袋を担いで、三人はお城から出て行きました。
 しばらくすると、魔法の箒に乗ったお婆さんが、物凄い剣幕で追いかけてきました。
「まてえー!、いまいましい奴らだ。絶対に捕まえて、もう一度閉じ込めてやるから」
 雲の向こうに男たちが登ってきた塔が見えました。塔のところまでやってくると、三人は梯子を降りました。降りるときに、塔のてっぺんに蓋をして、しっかり鍵を掛けました。
 あとからお婆さんがやってきましたが、蓋がしめてあるので梯子で降りることが出来ませんでした。お婆さんは諦めてお城へ帰って行きました。
 家に戻ってきた三人は、貰ってきた宝物を山分けしました。
「おれは、この宝物を売ったお金で大型のクルーザーを買うよ」
「私は、マンションを買うわ」
「おれは世界旅行をするよ」
 そういってみんな別れました。



 








(未発表童話です)





2017年10月31日火曜日

たいくつな仏像

 山のお寺に、古い大きくてりっぱな仏像が置かれていました。あまり奥深い山だったので、いつしか忘れられて、誰も拝みに来る人はいませんでした。
「ああ、たいくつだ。だれかやってこないかなあ」
 あるとき猿がやってきました。
「仏像さま。高い所からの眺めはどうですか」
「山ばかりで何も見えやせん」
 仏像は、身体を前後左右に動かしました。
「ああ、身体が凝ってしかたがない。いつも同じ姿勢でいるからなあ」
「それじゃあ、身体をほぐしてあげましょう」
  猿に肩や腕や足や腰をほぐしてもらいながら、仏像は満足そうです。
「ああ、気持ちがいい。まるで極楽じゃ」
 それがやみつきになって、週に一度は猿に身体をほぐしてもらっていました。
 ある日のことです。山道を誰か登ってきました。お寺へやってきたのは、村のお百姓さんたちでした。
 仏像は、いつものように寝そべって、猿に身体をほぐしてもらっていましたが、足音が聞えてきたので急いで身体を起こしました。あまり慌てていたので背筋を思いっきり伸ばして正座をしました。 
「ああ、これが三百年も昔に作られた仏像さまか。なんて礼儀正しい仏像さまだ」
「町へ持って行ったらみんな驚くな」
「そんじゃあ、近いうちに町へ移すことにしよう」
 お百姓さんたちが帰ったあと仏像は、
「嬉しいことじゃ、町のお寺へ行けるとなれば参拝者も多いだろう。もうたいくつすることもない」
 その年のうちに仏像は、町の大きなお寺に移されることになりました。
お寺の広いお堂に置かれた仏像は、満足そうな様子でいつも正座をして座っていました。
 このお寺には、山と違って毎日たくさんの人がやって来るので仏像はいつもニコニコ顔です。
「よかった。仏像に生まれた甲斐がある」
 だけど、いつも正座をしてるので足がだんだん痛くなってきました。
「ああ、このまま何百年、何千年もこうやって正座をしてるのもたいへんだ」
 夜になると仏像は、だれもいない静まり返ったお堂の中で、思いっきり足を伸ばしました。
「ああ、あちこちピリピリしてる。きょうも疲れた。猿がいてくれたらほぐしてくれるのになあ」
 仏像は、山のお寺のことを懐かしそうに考えていました。









(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)





2017年10月19日木曜日

気の弱い殺し屋 

 江戸の町に殺しを業務とする店があった。表向きの商売は研ぎ屋であった。
 ある日、殺しの仕事が入り、だれが引き受けるか親方の家にみんな集まった。
「明日の晩、越後屋のバカ息子を斬る。太郎兵衛、おぬしに任せる」
「あっしがですかい。きのうこちらへ来たばかりです」
「初仕事だ。がんばってみい」
「刀が研いでありません」
「今夜のうちに研げる」
「まだ人を斬ったことがありません」
「だから、お前にまかすのだ」
「場所がよく分かりません」
「いまから確認してこい」
「向かってきたらどうしましょう」
「そのときは頭を使って対処しろ」
 問答が続いたあと、とうとう行くことになった。
 翌日の晩、親方が太郎兵衛の帰りをじっと待っていると、越後屋の主人が尋ねてきた。
「ごめん。尋ねるが。息子に斬れない刀を売りつけたのはお前とこの店員か」
「え、売りつけた?」
「そうだ。研ぎ方が下手くそで、ぜんぜん斬れんといっている」
 主人が帰ってから太郎兵衛が戻ってきた。
「親方、すいません。越後屋の息子が2メートルもある大男だなんて聞いてなかったもので、頭を使って逃げてきました」









(未発表童話です)




2017年10月9日月曜日

カニの床屋さんの失敗

 竜宮城の竜王さまが、ある日、家来のタコにいいました。
「明日の夜、竜宮にお客がみえるから、床屋を呼んできてくれんか。何年も切っとらん頭をさっぱりさせたい」
「はい、竜王さまかしこまりました」
 タコは、さっそく浜へ行きました。
浜につくと、(カニの床屋)と書かれたたくさんのお店がありました。
 タコは一軒、一軒お店をまわって、用件をいいました。
「はい、承知しました。ではさっそくまいります」
 タコに案内されて、カニの床屋さんたちは、みんな竜宮城へ行きました。
「いやあ、来てくれたか。ごくろう、ごくろう。ではさっそくチョッキン、チョッキンをたのむよ」
 竜王さまは鏡の前にふかぶかと腰かけました。
「では、さっそくはじめます」
 カニの床屋さんたちは、頭の上によじ登ると、チョッキン、チョッキンと軽快な音をたてて散髪をはじめました。
 だけど、竜王さまの頭はカニたちの何十倍もありますから、髪を切るのもずいぶん時間がかかります。
 夕方になって、その日は半分だけ仕事が終わりました。
「みんなごくろうだったな。残りの分は明日にまわすことにして、今夜は竜宮でゆっくりくつろいでくれ」
 日が沈んでから、カニの床屋さんたちは竜宮城の夕食会に招待されました。
深海のめずらしい魚料理を食べたり、きれいな女中さんにお酌をしてもらって、ずいぶんお酒も飲みました。その夜はみんなぐでんぐでんに酔っぱらって、口からプクプク泡を吐きながら、すぐに眠ってしまいました。
 朝になって、みんな仕事の続きをはじめました。
 ところが、昨夜のお酒がまだ残っているようで、チョッキン、チョッキンの音も軽快ではありません。中にはウトウトと居眠りしているカニもいて、なかなか仕事もはかどりません。
 そんなことなど知らない竜王さまは、昼寝をしながら楽しそうに待っていました。
 夕方になって、家来のタコがやってきました。
「竜王さま、お客さまがお見えになりました」
 目を覚ました竜王さまは、
「そうか、お通ししてくれ」
といって、鏡に写った自分の顔を観ました。
「なんじゃあ!この頭はー!」 
 竜王さまは本当に驚いてしまいました。
頭髪のところどころがまだら模様になっていて、長さも滅茶苦茶で、まるでトラの毛皮のようです。
 竜王さまは、タコを呼び寄せると、すぐにカツラを持ってくるように命じました。こんな頭ではとてもお客さんに会うわけにはいきません。
 翌朝、カニの床屋さんたちは、しょんぼりした顔で浜へ帰ってきました。みんな床屋の看板を取り外すと店を閉めました。竜王さまから床屋の営業許可を永久に取り消されてしまったからです。
 カニたちは別の仕事を探しましたが、床屋さんほどぴったりの仕事はなかったので、どんな仕事についても長続きせず、今でも浜をぶらぶらしているのです。










(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)





2017年9月27日水曜日

猫になった男

 いつも昼までねむっていた男の人が、ある日、家の屋根の上で目が覚めました。
「ニャーオ、よくねむった、あれ?」
へんな声がでたので、びっくりして立ち上がりました。
「猫だ。猫に変身してる」
 それからは猫の生活がはじまったのです。すごく身軽になって、高い所までジャンプが出来るので、普段いけないような場所にも行けました。家々の屋根を歩き回って、お腹が減けば、家に忍び込んで夕飯のサンマや刺身なんかをごちそうになりました。また、トラックの荷台に乗って、この町の動物園に行って、飼育係から魚をもらったりしました。
 食べ物はゴミ箱の中にもたくさんあるので、人間のように働かなくてもいいので安心でした。でも、ライバルはたくさんいました。近所で一番ケンカの強いボス猫にばったり出会って何度か絡まれたことがありました。 
 ある日、物置の屋根の上で昼寝をしていると、カラスが飛んできて、こんなことを教えてくれました。
「となり町にサーカスが来てるから観に行ったらどうだい」
「サーカスか、じゃあ、いってみようかな」
 走ってきた軽トラックの荷台に飛び乗って、となり町に行くと、公園のすぐ近くの原っぱに大きなテントが立っていました。テントの中は賑やかで団員たちがいろんな演技を観客たちに披露していました。
 空中ブランコを観たり、動物の曲芸を観たり、その日は楽しい時間を過ごしました。
 サーカスが終わって、檻のそばを歩いていたときクマに話しかけられました。
「お前もサーカスに入らないか」
「なんにも芸ができないからだめさ」
 断ったけど、興味があったので、翌朝、動物たちの練習を観に行きました。
動物たちは玉乗りをしたり、輪潜りをしたり、綱渡りなどをしていました。綱渡りが面白そうだったので、一緒に渡ってみました。
 観ていた団長さんが、
「猫の綱渡りは受けそうだ。訓練させよう」
 すぐに決まって毎日訓練をやらされました。
練習が終わると、夕飯もたっぷりくれました。
 そんなわけで、このサーカスで働くことになったのです。
日本中のあちこちの町へ行って、たくさん興行をやりました。
「来週はどこへ行くのかな」
動物たちはみんな楽しそうです。
 ある港町で興行をやっていたとき、港の方から船の汽笛が聞えてきました。行ってみると、世界を周っている客船が入港していました。
 船着き場に行って、客船のデッキの上を眺めていると、青い目をしたペルシャ猫が「こっちへこいよ」と呼んでいます。
 梯子を登ってデッキへ上がって行くと、ペルシャ猫がにこにこしながら、
「どうだい、君も一緒に世界を周ってみないかい」
「面白そうだな、じゃあ、行ってみようかな」
 サーカスのみんなには迷惑をかけますが、猫は翌朝、客船に乗って港から出て行きました。人間ではないので、船賃もパスポートもいらないので大助かりです。
 船は西周りの航海を続けました。フィリピンや東南アジアの国々を周って、インドにも行きました。出港して二、三日は船酔いで気分が悪くなり、部屋でじっと寝ていましたが、それが過ぎると船室から出て、デッキの上を歩き回りました。海の景色はきれいでしたが、ものすごく暑いので、いつも日陰で寝そべっていました。
 長い航海が終わって、入港したのはペルシャ(イラン)の国でした。ペルシャ猫とご主人に連れられて向かったのは広大な砂漠がまじかに見える大邸宅でした。まるで宮殿のような建物でした。
「いやあ、きっとご主人は大金持ちだな」
 猫が思ってたとおり石油王でしたから、想像できないくらいの資産を持っていました。
 屋敷は広くて、部屋の数は50ほどもあり、召使も15人くらいいました。部屋の中はクーラーがよく冷えてとても快適です。部屋には金製の置き物、りっぱな絵画、彫刻などあり、美しい刺繍を施した見事な絨毯がひかれた長い廊下をいつもペルシャ猫と散歩しました。夕食も豪華で、人間が食べる料理よりも贅沢でとても美味しいのです。
 ご主人は、毎晩のように宴会を開きました。町から芸人を呼び寄せて、手品や綱渡り、火の棒を飲み込む芸や踊りなど観て楽しんでいました。猫になった男も、床に寝ころんで楽しそうに観ていました。
  ある日、屋敷のベランダで寝そべっていると、砂漠の向こうから旅芸人の一座がトラックに乗ってやってきました。
 ご主人は、さっそく旅芸人たちを屋敷へ呼びました。
「見てのとおりの小さな旅一座ですが、素晴らしい見世物はたくさんありますよ。今夜、お屋敷でお見せいたしましょう」
 その日の夕方のことでした。猫が夕食を済ませて廊下を歩いてると、廊下の向こうから座長とアブドーラ・ザ・ブッチャ-みたいな二人の大男がひそひそ話をしながら歩いてきました。
「いいな、この屋敷の宝もいただきだ」
「手筈は整ってますよ」
 この旅芸人たちは、砂漠のいろんな所で盗みをしている泥棒芸人でした。
今夜大広間で見世物をやっている最中に、座員の中の数人が金庫室に入ってお金を盗むのです。
 夜になりました。この一座の一番の見世物は、美しいダンサーたちの踊りでした。キラキラと輝く色とりどりの見事な衣装を身に着けたダンサーたちが妖艶なベリーダンスを披露するのです。大広間に集まった屋敷の人たちはみんなその踊りに釘づけになって観ていました。
 その様子を確認すると、座長が目で二人の男に合図をしました。
男たちは、屋敷のあちこちの部屋に忍び込んで、お金や高価な品物を盗んでいきました。
 猫は男たちの様子が変なので、あとをついて行き、じっとその様子を見ていました。
「みんなに知らせよう」
 猫は大声で、ニャーオ、ニャーオと鳴きはじめたのです。男たちは驚いて、猫を捕まえようと追いかけてきました。
 猫は屋敷を出て、砂漠の中を逃げて行きました。でもしばらく大男のひとりがいつまでもあとを追いかけてきました。
 やがて追っ手をくらまして帰ろうとしましたが、遠くまで逃げて来たので、帰り道が分からなくなりました。それにずいぶん走ったので喉もカラカラでした。
「いつまでもこんなところにいたら、朝になって日が昇ったら焼け死んでしまう」
 夜遅くになってから、丘の上にオアシスを見つけました。ヤシの木のそばに井戸がありました。
「よかった、あの井戸の水を飲もう」
 井戸の中を覗き込むと、水が上の方まで溢れていました。水をたくさん飲んでしまうと、ようやく元気が出てきました。でも頭はぼんやりしていました。
 ふと、水の中に宝石が沈んでいるのに気づきました。それから猫の顔が人間の顔に変わっていることにも気づいたのです。
「不思議な井戸だ。人間に戻れてる」
 あまり宝石が美しかったので、両腕を水の中へ入れて取り出そうとしたとき、足がぐらついて井戸の中へ落ちてしまいました。
 水は勢いよく下の方へ引いていき、そのまま身体も沈んでいきました。
あとから考えると、単なる星だったのですが、疲労でそんな風に見えたのです。
 気がつくと、人間の姿に戻った男の人は、自分の家のお風呂の湯船の中でウトウトしていました。
 お風呂の窓ガラスの外には、砂漠で見ていたようなきれいな星がキラキラと空に輝いていました。














(未発表童話です)





2017年9月16日土曜日

天国への長い階段

 天寿をまっとうして、天国の長い階段を登って行くふたりのおじいさんがいました。
「やれやれ、天国はずいぶん遠いところにあるんだな」
「ああ、向こうは雲ばかりで、何も見えない」
「どおれ、あの階段のところで一休みしよう」
 ふたりのおじいさんは、その場所へやってくると階段の上に腰を下ろしました。
「ずいぶん登ってきたな。わしらが暮らしていた家がずいぶん小さく見える」
「よくあんな小さな家で長い間暮らしてきたもんだ。きっと天国には、大きくてりっぱな家がたくさんあるに違いない」
「お茶でも飲むか」
「ああ、飲もう」
 持ってきた水筒を取り出して、コップにそそぎました。
「でも、なんだなあ。天国へ行くのにこんな長い階段を登らされるなんて夢にも思っていなかったな」
「そうだなあ、エレベーターかエスカレーターで簡単に行けると思ってたのになあ」
「こんなことだったら、体力のある若い時に死んだ方がよかったな」
「ああ、ジョギングしながらでも登れたなあ」
 一休みがすんでから、またおじいさんたちは階段を登っていきました。
 しばらくしたとき、雲の下から気球が登ってきました。
「ゴンドラの中に人が乗ってるな」
「どこかで見たことがある人だな」
「思い出した。毎日、町内のドブ掃除や草刈りをひとりでやってた人だ」
「そうだったな、誰もやらない善いことを長年やってた人はああして楽に天国へ行けるんだな」
「わしなんか、いつもさぼっていたからなあ」
 すると、あとから別の気球が登ってきました。
「あれは誰だろう」
「ああ、あの人はアフリカへ行って医療の仕事をしていた人だ。エボラ出血熱の治療をしてたくさん現地の人たちを救った人だ」
「おれたちには絶対できないことだなあ」
「世の中で人の役立つことや、何かに貢献した人は、気球で天国まで連れて行ってもらえるんだ。うらやましいな」
「おれたちなんかただ長生きしたってだけだからなあ」
いいながらおじいさんたちは、また階段を登っていきました。だけど天国の門はぜんぜん見えません。
 しばらく行ったとき、階段のあちこちに空き缶と空のパックが捨ててありました。
「誰だい、こんなところにゴミを捨てたやつは」
「罰があたるな、どおれ拾って行こう」
 おじいさんたちが、ゴミを拾っていたとき、下の方から空っぽの気球が登ってきました。
「あれ、ゴンドラには誰も乗ってないぞ」
「おれたちが乗ってもいいのかな」
「ゴミを持って登るのも大変だから、いいさ」
「じゃあ、乗って行こう」
 おじいさんたちはゴンドラに乗ると、階段の上をふわふわと登って行きました。
 
 こちらは雲の上にある天国です。
 水晶のように透き通った御殿の窓から神さまが、おじいさんたちの様子を、さっきからじっとご覧になっていらっしゃいました。
 ふたりが空き缶と空のパックをちゃんと拾うかどうかを。もし拾わなかったら、いつまでも階段を登らせようと思っていたのです。もし空に投げ捨ててしまったら、そのまま地獄へ突き落そうとさえ考えていました。
 でも、階段のゴミをきれいに拾ったのを確認すると、満足そうなお顔をなさりながら、気球が天国へ登って来るのを楽しそうに待っていました。
  







 (未発表童話です) 





2017年9月6日水曜日

何でも作ってくれる工場

 何でも作ってくれる便利な工場がありました。世界中からいろんな注文が入ってきます。
 アラスカからこんな注文がありました。
「食べられる自動車を作ってくれ」
 寒いところなので、チョコレートの自動車はたいへん便利です。
もし大吹雪にあったら、自動車を食べて助けを待つことができるからです。
 山に住んでる人たちからもこんな注文が入ってきました。
「食べられるログハウスを作ってくれ」
山崩れやがけ崩れが起きて山から降りられなくなったとき、家を食べて待つそうです。
 アフリカからは、こんな注文がありました。
「太陽電池を使った冷蔵庫、洗濯機、クーラー、川を渡るカヌーに取り付ける太陽電池式船外機、自動車、耕運機」など。
 マサイ族からは牛を売るので、太陽電池で動く家畜用のトラックを作ってくれと注文もありました。
 ヨーロッパからは、子どもたちのおやつにもなる、
「黒と白のキャンディで作ったオセロゲーム」、「果物や野菜で作った子ども用の楽器」、「飴の野球ボール」、「黒パンで出来たグローブ」、「サトウキビで作ったバット」など様々です。
 クリスマスシーズンになると、こんな注文が殺到します。
「チョコレート、キャンディ、ドロップスで作ったクリスマスツリー」、「スポンジケーキで出来たサンタクロース人形」、「子どもが飲めるノンアルコールシャンパン」など。
 最近では、人口知能ロボットを利用したこんな注文が多くなっています。
「本を読んでくれるロボット」、「似顔絵を描いてくれるロボット」、「手品も見せてくれるロボット」、「宿題をやってくれるロボット」、「子守りをしてくれるロボット」、「危険を知らせてくれるロボット」(フライデーみたいな)など。
 このほかにもいろんな機能を備えたロボットの注文が多くなっています。










(未発表童話です)





2017年8月26日土曜日

電気が流れる黒板

 ネットゲームばかりに夢中になって、ちっとも勉強しない子供がいる学校がありました。
 先生たちは相談して、工場から特注の黒板を取り寄せました。
「この黒板を使えば、クラスの成績は上がるだろう」
 新しく取り付けられた黒板の前で、さっそく授業がはじまりました。
算数の問題が出されて、子どもたちが順番に黒板の前に立って問題を解きました。
 正解だと何も起こらないのですが、間違えてると50ボルトの電流が流れます。
 子供たちはビリビリが怖いので、それからは先生の授業を真面目に聞くようになりました。
 親からも子供たちの成績が上がったので、みんな喜んでいました。
 ところが困ったことが起きました。
 社会科の授業中、先生が歴史年号を書き間違えて100ボルトの電流が流れました。
「いやあ、驚いた」
 またあるときは、国語の授業中、啄木の名前を琢木と書き間違えた先生も100ボルトの電流が流れました。
 頻繁にそんなことが起こるので、先生たちも命がけで授業をしなければならなくなりました。
 工場に問い合わせてみると、
「黒板にはAI(人口知能)が取り付けてあるので、絶対に間違わないようにして下さい」
と言われました。
 どんな小さなミスでも見つけて電気を流すので、先生たちもビクビクしながら、
「前に使ってた黒板の方がよかったなあ」
とみんな後悔していました。


 




(未発表童話です)





2017年8月15日火曜日

空飛ぶラーメン屋

 サラリーマンを辞めて退職金で熱気球を買った男の人が、ラーメン屋の屋台をぶら下げて、風船おじさんのように世界の国を周りました。
 太平洋を渡っていたとき、ある無人島にたちよりました。
日本の刑務所を脱獄してこの島へ逃げて来た囚人が、ヤシの葉っぱで作った小屋にひとりで住んでいました。あるとき空の上を飛んでいく熱気球を見つけて手を振りました。
「おーい、一杯食わせてくれ」
日本食を長い間食べていなかった囚人は、空から降りて来たラーメン屋にさっそく作ってもらいました。お金を払ってくれるのか心配でしたが、ちゃんと払ってくれました。
 ハワイのカウアイ島の上空を飛んでいたとき、岬の岩の上で絵を描いていた人に呼び止められました。
「いつもカップラーメンしか食べていないので、一杯たのむよ」
 その人は定年退職してハワイへ移住し、毎週この岬にやって来て海の風景を描いていました。食べ終わると小さな油絵をくれました。屋台の中に油絵を飾って、空の上に登って行きました。
「ラーメンを売るなら、寒い国の方が儲かるな」
そう決めると進路を北よりに向けました。プロペラと舵の付いた熱気球ですからどこへでも自由に飛んで行けるのです。
 やがてやってきたところは、カナダのバンクーバーでした。
空の上は寒いので、革のジャンパーを買うことにしました。
町の公園に降りて、近くの洋服店でバッファローの革ジャンを買ってきました。ついでに燃料も積み込みました。
 公園に戻ってくると、熱気球の周りにたくさん人が集まっていたので商売をはじめました。ラーメンは飛ぶように売れて、また空へ登って行きました。
 ラジオでカナダ全域の天気予報を聞いてからコロンビア山脈を越えて、広大なカナダの平地を横断していきました。
 寒くて飛んでいられないときは、地上に降りてテントを張りました。毎日手製のラーメンばかりでは飽きるので、川で魚を釣って塩焼きにして食べたりしました。サケを食べに川の近くを歩いている熊を何度か見かけたこともありました。すぐに逃げられるように、気球はいつも膨らませた状態にしておきました。
 カナダを横断中は、いろんな町へ降りて屋台を出したので売れ行きは好調でした。
 一週間後にはカナダ東部まで進んで、前方にハドソン湾が見えてきました。広大な湾の上空を飛んでいると、一隻の釣り船が浮かんでいて手を振っていました。
「おーい、ラーメン三杯頼むよ」
いつもお湯は沸かしてあるので、すぐにラーメンを作って、出前用のケースにラーメンを入れてロープで降ろしました。
 食べ終わると、お礼だといってお金と一緒に釣り上げた大きなサーモンをくれました。
 ハドソン湾を通り過ぎていくと、やがて遠方に北大西洋が見えてきました。進路をそのまま東に向けて海の上をどんどん進んで行きました。天気が次第に悪くなり、海はシケて、風が冷たいので絶えずお湯を沸かして飛びました。熱気球はずいぶん揺れました。
 やがてグリーンランドの南端を通過して、アイスランドが見えてきました。この地点は北緯60度付近です。天気は回復しましたが、上空は風が冷たいので、海面から300メートルの高さで飛びました。途中、シャチやクジラの一群を何度も見ました。
 アイスランドの上空を飛んでいたとき、畑で草刈りをしていた農家の人たちが手を振っていました。
「よかった、お腹が空いてたところなんだ」
 原っぱに降りて、さっそくラーメンを作りました。農家の人たちはみんな屋台の前に立って、出来るのをうれしそうに待っていました。
 食べ終わると鶏を三羽くれました。ちょうど鶏の肉が少なくなっていたので助かりました。
 アイスランドを出た頃から頻繁に咳が出て困ったので、少し南へ行くことにしました。数日後、行く手にスコットランドが見えてきました。
「フィンガルの洞窟」で有名なヘブリディーズ諸島のスタファ島に降りて洞窟を探検に行きました。
 観光客が多かったので、洞窟の近くで商売をしました。ここでもよく売れました。
 ここには三日ほどいて、今度はスコットランドを通過して北海に入り、南に進んでオランダに行きました。オランダでも屋台を出しました。農村地帯を南へ向けて飛んでいくと、風車がたくさんあり、チューリップ畑が遠くまで広がっていました。とても美しい眺めだったので持ってきたデジタルカメラで写真をたくさん撮りました。あまり夢中になっていたので、高度が下がりすぎて、何度も風車にぶつかりそうになりました。
 オランダ国境を越えて、次に行ったのはドイツです。ロマンチック街道へ行く標識を見つけたので、そのまま街道の方へ南に飛んでいきました。ロマンチック街道の周囲には美しい中世の街や古城がたくさん見えました。ブドウ畑もたくさん広がっていて、秋になるとおいしいブドウが熟します。所々にワイン工場もありました。広い原っぱがあったのでそこに降りて屋台を出しました。
 農家でラーメンに入れるタマネギ、キャベツ、麺を作る小麦粉を安く売ってもらったり、養豚場と養鶏場へ行って豚肉、鶏肉、卵を買いました。ついでに本場のドイツワインも買ったりしました。
 街道をさらに南に下って行くと南ドイツアルプスが前方に見えてきました。
(白鳥の城)と呼ばれているノイシュバンシュタイン城の中庭に着地して屋台を出しました。山道を登ってきた観光客たちは屋台を見つけると、お腹が空いていたのか喜んで食べてくれました。
 リヒャルト・シュトラウスが「アルプス交響曲」を作曲した山荘がオーストリアとの国境近くにあるということを聞いてそこへも見学に行きました。
 山にはホテルやレストランがたくさん建っていたので、着陸してレストランに入りました。アコーディオン演奏によるヨーデルが軽やかに流れていて、アルプスの少女ハイジみたいな可愛い服を着た金髪の女性がビールを持ってきてくれました。枝豆が欲しいところでしたが、美味しいソーセージが付いていたのでそれを食べてたくさん飲みました。
 ビールでだいぶ酔っ払ったので、その日は高原の原っぱにテントを張って寝ました。
 翌日はヨーロッパ・アルプスを東へ東へ進み、チェコスロバキアに入ってからコースを北よりに向けてポーランドに行き、ワルシャワにあるショパン記念館とキューリー夫人記念館を見学しました。それからベラルーシを抜けて、ロシアの国へ入りました。首都モスクワに向けて東へ飛んでいきました。
 モスクワにやって来ると、都心部にある「赤の広場」に降りて屋台を出しました。すぐに警官がやってきて、三日間留置所に入れられました。ソビエト時代だったらスパイ容疑で逮捕されて、シベリアの収容所に送られて森林の伐採作業をやらされるところでしたが、留置所に入れられたのは短期間ですみました。出るときは熱気球も屋台も返してくれました。留置所から出るとき一緒だった三十代くらいの男が、
「おれにもラーメンを食わしてくれないか」
といったので作ってやりました。
 その男はマクシム・ゴーリキーそっくりな顔をした小説家で、ロシア政府を批判する記事を自分のブログに書いていたので思想犯として取り調べを受けていたのです。これから「留置所の20日間」という本を書くのだといっていました。別れるとき男が出版した本を何冊かくれました。
 モスクワの食料品店でラーメンの材料を買い込み、ついでに燃料も積み込んでロシアの上空を東へ飛んでいきました。モスクワ中央気象台発表の天気予報によると、今月末にロシア北部で寒気が入って来る予想をしていました。1ヶ月予報ではロシア北部以外の地域で晴れ又は曇りの天気が多くなっていました。
「じゃあ、しばらくこのまま北緯55~60度付近を飛んで行こう。寒気が入ってきたら南へ下がろう」
寒い地域では飛ぶようにラーメンが売れるので、しばらくこの緯度を飛んでいきました。
 十日も過ぎると、だんだん寒くなってきて頻繁に咳が出るようになり、北緯45度付近まで南下して、飛行高度も500メートルで飛びました。
 ロシアを横断中は、ところどころの地域に降りて屋台を出しました。観光名所にも降りて、お土産売り場でマトリョーシカ人形を買ったり、レストランで本場のバラライカの演奏を聴いたりしました。
 モンゴルでは、草原で馬に乗っていた遊牧民たちに呼び止められて、草原に着陸して屋台を出しました。もらった羊の肉でスープをとった羊ラーメンも作りました。テントの中に案内されて馬乳酒を飲みながら、馬風琴の演奏を聴いたり、モンゴルの民族舞踊なども見せてもらいました。
 朝青龍によく似た遊牧民の男が、
「おれたちにも日本のラーメンの作り方を教えてくれないか」
といったので教えてあげました。帰るときに羊の肉をたくさんくれました。
 中国に入ると、空気が汚れていて困りました。北京中央気象台と北京大気汚染監視センター発表の情報では、風が弱くてどこの都市でもスモッグで視界が悪いといっていました。
「仕方ないな。どこも視界が悪いのなら、このまま北京へ行ってみるか」
 進路を北京に向けて飛んでいきました。北京にやってくると市街地の川のそばの空き地に着陸して店を出しました。川はずいぶん汚れていて、動物の骨なんかが流れてきたので、仕方なく町の公園まで飛んで行って着地しました。近くには同業者の店舗もたくさんありましたが、日本のラーメンもよく売れました。
 北京にいる間は、「白蛇伝」の京劇を観に行ったり、ロック・コンサートへ行ったりしました。京劇では座席が楽団のすぐそばだったので頻繁に鳴り響く銅鑼(ドラ)の音で耳が痛かったです。
 ロック・コンサートからの帰りでした。街角で映画女優の章子怡(チャン・ツィイー)によく似た女性がサングラスをかけて歩いていたので、何気なくついて行くと、後ろからやって来た男に財布をすられました、幸い、財布の中には小銭しか入ってなかったのでよかったです。
 北京には一週間ほどいて、それから南京へも行って、台湾を抜けて日本へ帰ってきました。韓国へも行く予定でしたが、ラジオで北朝鮮がまたミサイルを発射したニュースが流れたので南のコースを取ったのです。
 日本へ帰ってきてから売り上げを計算しましたが、途中でずいぶん物を買ったり遊んだりしたので、あまり稼ぎになりませんでした。
 次の旅は、かき氷の屋台をぶら下げて、赤道付近の国やインド、アフリカ、南米などを周る予定です。










(未発表童話です)





2017年8月6日日曜日

豚と蚊取りブタ

 夜になって蚊がふえてきたので、蚊取り線香に火を着けました。
「うへえ、またこの匂いだ、たまんないな」
 そんなことをいってるのはブタの陶器です。
焼き物工場にいたときは、人形や置時計と一緒に、居間の棚の上でのんびり暮らせると思っていたのですが大きな間違いでした。お腹の中に蚊取り線香を吊るされて、おまけに火まで着けられて毎晩嫌な匂いを出すのです。
「こんなだったら、豚小屋の方がましだ」
 ある夜、蚊取りブタは煙を出したまま家から出て行きました。
 あぜ道を歩いていると、カエルが田んぼから飛び出してきました。
「どこへいくんだい」
「仲間がいるところさ」
「じゃあ、この道をまっすぐだ」
 歩いていくと養豚場に着きました。たくさんの豚たちが小屋の中でいびきをかいて眠っていました。
 トイレに行きたくて目を覚ました豚が、煙を出して小屋の中をのぞき込んでいるブタを見つけました。
「そんなところで、何やってんだ」
「仲間に入りたいんだ」
 豚は、眠っていたとき蚊に刺されて困っていたのですが、そのブタがそばに来てからはぜんぜん刺されません。
「中に入れてやってもいいけど、明日になったらソーセージやハムになっちまうぞ」
「えー、ほんと」
「ほんとさ、おれはたぶん来週だろうな。みんなよりも太っていて肉も柔らかいので上質のヒレかロースだな」
 蚊取りブタは震えあがりました。
「そんなのなしだ。すぐに帰ろう」
 そういって小屋から逃げて行きました。家にいたら食べられる心配もありません。
 翌日からは、いつものように家の中でのんびりと煙を出していました。










(未発表童話です)





2017年7月28日金曜日

歩きまわる墓石

 とてもポジティブな墓石でした。お墓に来るまでは山の石切り場で、ギーン、ギーンと石を切る機械の音を聞いたり、林の中から聞えてくる小鳥たちのおしゃべりを聞いたり、賑やかな雰囲気が大好きでした。
 ところが、運ばれてきたのは昼間でもさびしいお墓だったのです。
「おれはこんなところは大嫌いだ」
 真夜中に火の玉が出て来て、お墓の中をのんびり飛んでいるときも、墓石は迷惑そうな顔をして、
「うるさいなあ、あっちへ行ってくれ」
と追っ払ったりしました。
 そんな性格だったので、夜になるとお墓から抜け出して町の中を歩きまわりました。
 タクシーの運転手などは、深夜、歩道を歩いている墓石をよく見かけました。新聞配達や牛乳配達の店員も、信号待ちをしていたとき、陸橋の上をテクテク歩いている墓石を何度も見ました。
 その墓石はこの町の公園やコンサートホールへよく出かけました。山の石切り場にいた友だちに会いに行くのです。
「やあ、元気そうだね。ここは賑やかそうだ」
公園の石碑になった石は、
「日曜日になると人がたくさんやってくるんだ。春はお花見、夏は盆踊りと大変賑やかだ」
 コンサートホールへも行って、
「やあ、元気にやってるかい」
 正面入り口の傍の石碑になった石も懐かしそうに、
「このホールの隣の広場でよく野外コンサートをやってるから、ここでいつも聴いてるんだ」
「おれもこんなところで働きたかったなあ」
 ある夏の夜、となり町で花火大会があるというので観に出かけました。距離が離れているので、鉄道線路の傍をテクテク歩いて行きました。
「あれぇ、誰か歩いてるなあ」
 近づいて行くと、どこかで見たことがある人物でした。
「山下清だー」
 裸の大将そっくりな中年のおじさんがリュックサックを背負って歩いているのです。そのおじさんも毎年花火大会を観に出かけるのでした。向こうも気がついて振り返りました。
「ど、どこからやってきたんだ」
「町のお墓からだ」
「こ、これ食べないか」
そういっておにぎりをくれました。
 リュックサックの中には雨傘、スケッチブック、色エンピツのほかに、途中、農家の畑から盗んできたトマトやキュウリも入っていました。
 おじさんと話をしながら歩いて行くと、やがてとなり町に着きました、町の真ん中に大きな川が流れていて、川の向こう岸に花火大会の会場が見えてきました。
 河岸にはたくさん人が集まっていました。
「も、もうすぐ開始だな」
やがて、ドーン、パチ、ドーン、パチとすごい音がして、花火が打ち上げられました。
おじさんと草の上に座って、トマトやキュウリを食べながら見物しました。
 おじさんは、ときどきスケッチブックを取り出して絵を描いたりしました。
 2時間くらい観て帰ることにしました。
おじさんは家に帰ったら、大きな画用紙に水彩絵具で花火の絵を描くのだといっていました。
 お墓へ戻ってきた墓石は、花火大会のことを仲間の墓石たちに話しながら、
「今度はどこの町の花火大会を観に行こうかな」
と楽しそうに考えていました。










              (オリジナルイラスト)


(未発表童話です)





2017年7月19日水曜日

水晶の洞窟

 どこか知らないとても高い岩山に、水晶で出来た洞窟がありました。その洞窟の水晶は青や紫や緑、赤色をしていてほんとうにきれいでした。満月の夜になると月の光が洞窟の中へ差し込み、キラキラと美しく輝いていました。
 一番奥の暗い場所にいた紫色の水晶は、外の様子を観たことがなく、それどころか太陽の光も月の光も知らなかったのです。
「ああ、この場所はいつも暗くて寒いのだ。一度は外の清涼な空気を吸いたいものだ」
 ある夏のこと、すっかり日が沈んでから、一匹のアゲハチョウが迷子になってこの洞窟の中へ入ってきました。
 アゲハチョウは疲れた様子で、洞窟の中をひらひらと飛んでいましたが、やがて洞窟の奥の紫色の水晶のそばに止まりました。
「やあ、どこから飛んで来たんだ」
「迷ったんだ。この洞窟の近くに小さな花畑があるのだけどわからなくなってしまった」
 水晶は、どこへでも自由に飛んで行ける蝶をうらやましいと思いました。
「おれもいろんな場所へ飛んでいきたいな」
 思っていると、ふしぎなことが起きました。それは水晶の精の仕業でした。身体がふわふわするのです。気がつくと紫色のアゲハチョウに変わっていました。
「驚いた。こんなことがあるなんて」
「一緒に来ないか」
 二匹のアゲハチョウは洞窟から出て行きました。
季節は夏ですが、夜の山はひんやりと寒いのです。
 岩山のところどころに小さな花畑がありました。
「こんな高い所にも花が咲いているんだな」
「もっと下へ行こう」
 森が見えてくると、山の渓流が流れているところまでやってきました。すぐ近くに滝がありました。すごい水しぶきをあげています。
 見たこともない景色に紫色のアゲハチョウはうっとりと眺めていました。
「もっと下まで行ってみよう」
 二匹のアゲハチョウは川を下って行きました。暗い森を抜けるとやがて谷が見えてきました。
 その谷の下に村がありました。まわりは田んぼになっています。
 村にやってきました。田んぼのそばの小川までやってきたときです。田んぼの上をキラキラと何か光って飛んでいました。それはたくさんのホタルでした。
 アゲハチョウを見つけて、一匹のホタルが近づいてきました。
「君たちはどこからやってきた」
「山からさ」
 昼にしか見かけないアゲハチョウを見てホタルは驚きました。
「おれたちについてきなよ」
 ホタルたちのあとをついて行くと、近くの森に入って行きました。沼があり、みんなその上を楽しそうに飛んでいました。
「森のむこうには何があるだろう」
 ホタルたちと別れて森から出て行きました。森を抜けると原っぱがありました。原っぱの真ん中に分校が建っていました。教室の一つの窓から月の光を受けて何かキラキラと光っています。校庭の中へ入って行くと、その光の方へ飛んで行きました。
「わあ、水晶だ」
 その部屋は理科室で、フラスコやビーカーが置いてある棚の上に、いろんな色をした水晶の入った標本箱が置いてありました。
 標本箱の中で水晶たちが何か話しています。
「岩山の水晶たちはいまごろ何をしてるかな」
「おれたちのことはもう忘れてしまったかな」
「山は涼しいだろうなあ」
「また帰ってみたいなあ」 
 アゲハチョウには、そんなことを話をしているように思えました。
やがて、二匹のアゲハチョウは帰ることにしました。森を抜けて高い岩山の方へ飛んでいきました。









(未発表童話です)




2017年7月9日日曜日

かかしの水浴び

 夏のひざしがとてもまぶしい日のこと、田んぼの中に突っ立っていたかかしのところへ、山からさるがやってきました。
「かかしの旦那、きょうも暑くって仕方がありませんね。どうですか、川へ水浴びに行きませんか」
 かかしは自分の汚れた着物を見ながら、
「そりゃいい、あんたにおぶっていってもらおうかな。ついでに着物も洗うことにしよう」
「それじゃ、行きましょう」
 さるに背負ってもらって川へ行きました。
川へやって来ると、さっそく飛び込みました。水の中は冷たくてとっても気持ちがいいのです。
 かかしは長い間着物を洗ったことがなかったので、さるにゴシゴシ洗ってもらいました。
 田んぼへ戻ってくると、かかしはさっぱりしたようすで同じ場所に立ちました。さるも山へ帰っていきました。
 しばらくしてから、かかしは気がつきました。
「しまった、かさを忘れてきた」
 こんなひざしの強い日に、かさをかぶっていないと日射病になってしまいます。
 そのときです。農家から飼い猫がやってきました。
 飼い猫は、かかしを見てへんな顔をしました。
「かさをどうされました」
「川へ水浴びにいって忘れてきたんじゃ」
「それじゃあ、取りにいってあげましょう。これからフナを取りにいくところなんです」
「たのむよ」
 夕方になってから、飼い猫はかさを持ってきてくれました。






(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)





2017年6月30日金曜日

ヤドカリの大冒険

 ヤドカリたちが浜の岩の上で日光浴をしていました。
「ああ、いい天気だなあ。こんな日はエサ探しはやめてのんびり昼寝だ」
 みんな日傘をさして寝そべっていました。
 一匹のヤドカリはこんなことを考えていました。
「眠っているなんてもったいない。むこうの原っぱへ遊びに行こう」
そういって、みんながいる岩から離れて砂の上を歩いていきました。
 やがて、草が生えている所までやってきました。
「道が原っぱの方まで続いているぞ、行ってみよう」
 しばらく歩いていくと、草の中から声が聞えてきました。
「見かけない顔だな。どこからやってきたんだ」
声をかけたのは一匹のカタツムリでした。
「おれは、海からやってきたんだ」
「どおりで、はじめて見るやつだと思った。きっと先祖は同じさ。これからどこへいくんだ」
「いや、暇なもんで、散歩がてらにやってきたんだ」
そんな話をしていると、木の上からミーン、ミーン、ミーンとセミが鳴きはじめました。
「ああ、また喧しくなる。セミたちのおかげで耳が遠くなって困っているのに」
 そのときでした。木の上からカブトムシが飛んできて切り株の上に着地しました。でも着地が下手くそで、切り株に頭を強く打ってしばらく気絶していました。
「大丈夫かい」
その声を聞いて、カブトムシは意識を取り戻しました。
「いや、失礼。へまなところを見られてしまった」
カブトムシはにこにこ笑いながら、いろいろ話しかけてきました。
「そうなのかい、木の樹液はそんなに美味しいのかい」
「そうだよ、少し飲んでいくか」
「ああ、少しいただこう」
 カブトムシは木の幹を登っていくと樹液が出ているところへいき、バケツに樹液を入れて降りてきました。
「たっぷり飲んだらいいよ」
「うひぇ、苦くて飲めないよ」
「口に合わないかい、うまいのになあ」
「もっと甘いのがいいなあ」
「じゃあ、向こうの林の奥にハチの巣があるから、その蜜を飲んだらいいよ。でも、ミツバチ飛行隊に見つからないようにな」
「ああ、わかった」
 ヤドカリは、カブトムシとカタツムリと別れてから、さっそくハチの巣へ向かいました。
 歩いて行くと、林の奥から、ほんのり甘い匂いが漂ってきました。
「いやあ、いい匂いだ。たまんないな」
そう思っていると、空の上からブーン、ブーンと大きな羽音をさせて、ミツバチ飛行隊が飛んできました。
 ヤドカリを見つけると、すぐに急降下してきてマイクロフォンで怒鳴っています。
「こら!、お前、どこからやって来た。ここはおれたちの縄張りだ。これ以上中へ入ったら毒針の機銃掃射するでえ、早くあっちへ行け-!」
 すぐ向こうには美味しいハチ蜜があるのですが、大ケガをしてはなんにもならないので仕方なく退散することにしました。
 また歩いていたとき、そばの枯葉がこそこそ動いて一匹のヘルメットを被ったアリが出てきました。
「おおい、助けてくれや」
 そのアリは、誰かに追われているようで、息を切らせていました。
「それなら、殻の中へ隠れたらいいよ」
 アリは喜んで、すたすたと殻の中にもぐりこみました。
 そのあとから、すぐに5、6匹のこん棒とピストルを携えたアリがやってきました。
みんなきょろきょろあたりを見渡して何かをさがしているようでしたが、やがて、どこかへ行ってしまいました。
「おい、出て来てもいいよ。もう行ってしまったよ」
「いやあ、助かった、ありがとう」
 そのアリは、この土地に駐屯している歩兵部隊の兵隊アリで、軍隊が嫌で逃げて来たのです。そのアリは憲兵アリと警察アリに追われていたのです。
 そのアリから軍隊生活のことをいろいろ聞きました。
 規則が非常に厳しくて、外出も自由に出来ず、銃の手入れが悪いとか、ゲートルの巻き方が悪いとか、敬礼の仕方が悪いとかいって、ぽかぽか頭を殴られるのです。
 上官の命令は絶対で、戦争にでもなったら嫌でも敵のアリを殺さなければいけないのです。
 そのアリは、入隊前はアリ運送会社のトラック運転手でしたが、派遣社員のため低賃金で生活が苦しく、おまけに長時間労働を強いるブラック企業だったのです。残業代もくれない日があり、それだったら安定した給料と退職金がもらえる軍隊に入隊したのです。でも、ここでもずいぶん苦労しました。
 兵隊の仲間にはいろんなアリがいて、美術学校を出た芸術家肌のアリなんか、とても戦場へなんか行って戦えないのですが、戦況が悪くなって召集令状が来て、いやいや兵隊になったのです。召集なんて本当にめちゃくちゃです。ほかにも音楽学校やデザイン学校の学生アリも同じように召集されて酷い目にあいました。
 「こんな組織には二度と入りたくない」とみんないっていました。
 そのアリと仲良くなって、この林の向こうにある小川へ行くことにしました。
 小川のほとりの草むらにはきれいな花がたくさん咲いていて、ぷんぷんと心地良い匂いをさせていました。水の中を覗くと鯉やフナが泳いでいました。そんなのどかな光景をのんびり見ていたときです。突然、すごいことが起きました。
 地面が大きく揺れて、小川の水がジャブン、ジャブンと大きく揺れました。しばらくしてから今度は、
 グラグラグラグラ、ドドドドドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
 ・・・・・・・ドドドドドドンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
と大きな音がして大地震が起きたのです。
 小川の水が溢れて、ヤドカリとアリのそばまで水が押し寄せてきました。
「わあ、流されるー!」
 木の枝が流れてきたので、それに必死にしがみつきました。川の流れは速く、どんどん後ろからも枯葉や木の枝が流れてきます。
 川の中央に岩があったので、それによじ登って流れが落ち着くのを待ちました。周りの景色はひどいもので、あちこちの大木が倒れて、道も地割れが出来ています。
「川の水が引くまで、ここでなんとか頑張ろう」
「そうしよう。でもあちこち酷い景色だ。復旧するのにはずいぶん時間がかかりそうだ」
 夜になっても、水はまだ引かないままです。二匹ともずぶぬれだったので、時間がたつにつれて寒くなってきました。
真水をたくさん飲んだヤドカリは気分がよくないのか青い顔をしてぐったりしています。
「風邪をひいたらたいへんだ。この枯葉にくるまりな」
「ありがとう」
ヤドカリは枯葉にくるまると、やがて眠りにつきました。
 二匹はそうやって朝を待ちました。でもヤドカリは気分が悪いうえにすっかり風邪をひいてしまって熱も出ました。
 朝になってから、どこからか大きな声が聞えてきました。
「おおーい、大丈夫かー!いまから助けにいくからなあー!」
 その声に驚いて飛び起きると、向こう岸にアリのレスキュー隊がいました。
「ありがとうー!、すぐに来てくれー」
 兵隊アリが叫ぶと、救命ボートに乗ったアリのレスキュー隊が近づいてきました。ようやく二匹のところへやって来て助けてくれました。
 ヤドカリは、3日ほどアリのレスキュー隊の病院で手当てを受けてから浜へ帰っていきました。勿論、友だちのヤドカリたちに自分の大冒険の話をしてあげました。
 兵隊アリの方は、レスキュー隊の仕事のかっこ良さに感動したのか、すぐにレスキュー隊に入隊して、いまでは楽しくこの隊で働いているそうです。








(未発表童話です)




2017年6月20日火曜日

仙女と村の男

 今は昔、山の淋しい谷間の滝に、ひとりの仙女が暮らしていた。
いつも透きとおった滝の水に打たれて、その美貌を保っていた。この滝の水をあびると、誰でも美しくなれる魔法の水だったのだ。
 ある日、この滝へひとりのやもめ暮らしの村の男がやってきた。ちょうどその時、仙女は水浴びに夢中だった。
「ありゃ、なんて美しい仙女じゃ、おらの嫁っこになってはくれないかな」
 村の男は、すっかり仙女に魅了されてしまったのだ。
 ある日村の男は、両手におみやげをたくさん持って、この谷間の滝へやってきた。仙女への貢ぎ物を持ってきたのだ。
 ところが、滝の所へやってくると、見知らぬひとりのばあさんが、岩の上で大きな口を開けてぐーぐーと昼寝をしていた。 村の男は、早くばあさんがどこかへ行ってくれないかと、林の中で辛抱強く待っていたが、いくら待ってもだめだった。
 翌日、気をいれなおしてまた村の男がやってきた。すると、この前の仙女が、いつものように滝の水に打たれて体を清めていた。村の男は、仙女のほうへ近づいていった。
「美しい仙女さま。どうかおらの嫁っこになってはくれねえか」
 村の男の姿を見て仙女は一瞬驚いたが、男が持ってきた貢ぎ物を見ると、にわかに顔つきが変わった。
「ええ、いいですよ。こんなわたしでもよかったら、どうぞ、あなたのお嫁さんにしてください」
 村の男が、それを聞いて喜んだのはいうまでもなかった。けれど、仙女は男にひとつ条件をつけた。それは、一日に一度、かならずこの滝の水を、桶(おけ)いっぱいくんでくることだった。
「それくらいのことだったら、ちゃんとまもりますわい」
村の男は、軽く返事をすると、仙女を連れて自分の村へ帰って行った。
 村へ着くと、みんな美しい仙女を見て驚きざわめいた。
「あんた、どえらい別嬪(べっぴん)さん見つけてきたの」
そういって、みんなうらやましそうに男にいった。
 ひと月がたち、ふた月がたった。美しいお嫁さんと一緒に暮している村の男は、毎日が幸せそのものだった。毎朝、仕事へ出かけていったついでに、約束どおり谷間の滝へ行って、桶に水をいっぱい入れて持って帰った。
 ところが、ある日のこと、風邪をこじらせた男は仕事へいくことが出来なくなった。しかたなく部屋で眠っていると、どこから上がりこんだのか、ひとりの皺(しわ)だらけのばあさんが部屋の真ん中に座っていた。
「あんた、だれだい。なんでおらの家にいるんだ」
 すると、ばあさんはあきれた様子で、
「何いってんだい。わたしゃ、あんたの嫁だねえか」
 それを聞いて男は、ふと、あの滝で出会ったばあさんのことを思い出した。
「そんじゃ、あんときのばあさんはあんただったのかい」
「うんだ。あんたが、貢ぎ物をたくさんくれて、わたしを嫁さんにしたいっていったくせに何いうとんの。さあ、早よう、風邪さなおして水さ持ってきてくだされや」
 男はそれを聞くと、風邪のことなんかすっかり忘れて、あわてて谷間の滝へ出かけていった。







(つるが児童文学会「がるつ第25号」所収)




2017年6月7日水曜日

空飛ぶじゅうたんに乗って

 ゆうべこんな楽しい夢を観た。
空飛ぶバイクや空飛ぶ自動車を作っている工場へ行って、
「空飛ぶじゅうたんを作ってくれないか」と頼んだら、
「いいよ、作ってあげよう」といってくれた。
値段が高いので、ローンを組んで買うことにした。
 3ヶ月ほどで出来た。じゅうたんの下にプロペラが6つ付いていて、コンピユーター制御で動く。さっそく乗ってみた。
行先を登録してボタンを押すと、プロペラが勢いよく回転し、ふんわりと空中に浮かんだ。それからグーンと上昇した。
「いやあ、すごい。すべて完全自動運転だ」
飛びながら周囲を見下ろすと、道路やビル、マンション、アパート、デパート、公園、橋などがよく見える。
低空飛行で国道の上を飛んでいると、ケンタッキーフライドチキンのお店があったので、着陸場所をこのお店に変更して着地した。6ピースポテトパックとコーラを買ってまたじゅうたんに乗り上昇した。
「山のてっぺんに行って食べようかな」
着陸場所を山に変更して山へ向かった。
 ときどき前方から、空飛ぶバイクや空飛ぶ自動車が飛んできた。みんな今からデパートやスーパーへ買い物に行くのだ。
空飛ぶじゅうたんは珍しいので、みんなじろじろとこっちを観てる。
 町を過ぎてから、田んぼ道の上を飛びながら山へ向かった。
 山には、木の実がたくさんなっていたので、もぎ取って山の上で食べることにした。
やがて頂上が見えて来た。着地して下を見降ろした。
「いやあ、爽快な眺めだ」
感動しながら、食事をはじめた。
 そのとき後ろの林の中の草がごそごそと動いた。
 草から出てきたのは、手のひらくらいの大きさの人間そっくりな小人だった。
「やあ、小人くんを見るのははじめてだ。どうだい、いっしょに食べないか」
「ありがとう。じゃあ、いただくよ」
 食事をしながら、小人くんからいろんな話を聞いた。小人くんの話によると、この山の洞窟の中に小人の国があるので来てみないかということだった。
 小人の国は、科学技術が非常に進んでいて、住民の半分は人口知能ロボットだそうだ。この小人くんの奥さんもロボットだといった。
 食事が終ってから、さっそく小人くんに案内されて洞窟の中へ入って行った。あまり広くない洞窟なので、頭をぶつけないように歩いて行った。洞窟は先へ行くほど狭くなっていたので、四つん這いで進んで行った。
 しばらく行くと、真っ暗だった洞窟の奥が少しずつ明るくなってきた。窮屈で身体が岩に挟まりそうになりながらさらに進むと、洞窟の外が見えてきた。
 カメが甲羅から頭を出すように外を覗き込んでみた。
「うわ、すごいー、未来都市だ!」
 子どもの頃に観たテレビアニメのような街が広がっているのだ。雲を突き抜けているものすごく高いビル、目には見えない透明な道路を走るたくさんの空飛ぶ自動車。大規模なコンサート・ホール、オペラ劇場、広大な敷地の公園の中には500メートル以上も吹き上がる巨大な噴水など壮観だ。
「あなたが住んでいる巨人国とはぜんぜん違う街でしょう」
「うん、いままで観たことがない街だ」
 小人くんに話を聞くと、この山の中にはこの街以外にもたくさんの街があるそうで、全部トンネルでつながっているそうだ。
 小人くんは、ほかにも信じられないようなことをいろいろ教えてくれた。
 先ず、この小人の国の住民の平均寿命は200歳で、中には300歳くらいの人もいる。結婚はたいへん自由で、何歳で結婚しても誰からも文句をいわれない。
 人口知能ロボットと結婚する人も多く、100歳の男性が20歳の女性と結婚する人もいるし、反対に100歳の女性が20歳の男性と結婚することもある。ほとんどの人は平気で手をつないで歩いているけど、人目を気にする人も中にはいるようで、そんな人たちは、イスラムの女性が外出するときに身につける目だけ出してるチャードルみたいな服を着ている。色は黒ではなく、みんな明るいカラフルな色だ。
 生活費は国から全額支給されるので経済的にも困らない。余暇の設備も実に充実している。医療は人口知能ロボットのお医者さんに診てもらうので、すぐに病気を見つけてすぐに治療してくれる。医療費も無料だそうだ。
 子どもたちの教育は自宅でネットで学ぶ。先生は人工知能ロボットで、教え方もたいへん上手い。ネットで友だち申請すると1ヶ月で100~200人くらい出来る。お互いにモニター画面を観ながら、趣味の話や遊びの話をする。一日のほとんどの時間は自宅にいるそうで、気の合った友だちが出来ると、打ち合わせをしてから空飛ぶ自転車に乗って遊びに行くそうだ。
 生活のほとんどのことは人口知能ロボットがやってくれるので便利だといっている。でも、感性や感覚を扱う能力は人間の方がはるかに優れているので、芸能、音楽、美術、映画など、創造性を発揮する仕事は人間が担当している。
 料理もロボットがするが、やっぱり人間が作った料理店の方が流行っているとのことだ。ロボットの作る料理もおいしいが、電気しか食べていないので、本当のおいしい料理の味は出せないといっている。
 政治と法律についても凄いと思った。この小人の国には人間の政治家と法律家、そして人口知能ロボットの政治家と法律家が半分づついて仕事をしている。コンピュータが常に政治と法律を監視しているので、汚職もなければ税金の無駄遣いをするものもいない。住民はすべて同じ階層で平等に暮らしているから富裕層(特権階級)なども存在しない。裁判所も間違った判決を下すこともない。
 いま世界中の巨人国で深刻な問題になっている格差社会も、この小人の国にはまったく存在しないのである。
 あと一つ素晴らしいと思ったのは、この国の住民たちの生き方で、ひとりひとりが自分のペ-スで生きてることだ。巨人国のように「みんな一緒で」のような全体主義的な生き方がなく、ひとりひとりが自分だけの人生を楽しみながら送ることができるのだ。
「私が住んでる巨人国も、将来はこんな街になっていたらいいなあ」
 そう思いながら洞窟から出ることにした。小人の国の街は外からしか観察出来なかったけど、それでもおおいに満足して洞窟から出た。洞窟から出るのにずいぶん苦労したけど、外に出てから小人くんが空飛ぶじゅうたんに乗ってみたいといったので、1時間ほど近くを飛んで別れた。
 家に帰ろうと思ったとき、山で雷が鳴りだした。急いでじゅうたんに乗って飛んで行ったが、途中で稲妻がじゅうたんに命中して、真っ逆さまに地面に向かって落ちて行った。もうだめだと思って目を閉じたとき、ごつんという音で目が覚めた。目を開けてみると自分の部屋のベットの下だった。みんな夢だったのだ。
「ああ、だけどいい夢だったなあ。でも早くあんな素晴らしい未来世界がやって来たらいいなあ。いまのような安月給の暮らしじゃ、この先心配でやっていけないから」
 外では、夢の中と同じように雷が鳴り激しく雨が降っていた。









(未発表童話です)




2017年5月26日金曜日

ガソリンくれよ

 ケンさんは、タンクローリーの運転手です。毎日、港の製油所から町のガソリンスタンドへ石油をとどけにいくのが仕事です。
けれど、山をひとつ越えた、いっけんのスタンドへ行くのは好きではありませんでした。
「あのスタンドへ行く峠の廃車場には、車たちのゆうれいが出るそうだ」
なかまの運転手たちから、そんなはなしを聞いていたからです。
「困ったな。今日はおれが、あのスタンドへ行かなくちゃいけないんだ」
ケンさんは気がおもくなりました。
 さて、今日の仕事もあと1ヶ所でおわりです。タンクの中へ石油をいっぱい入れると出かけていきました。
 町を通り過ぎて、やがて峠道にさしかかりました。あたりはすっかり暗くなり、ライトをつけて走りました。
「ああ、たのむから今日は出ないでくれよ」
そういいながら、坂道をのぼっていくと、前方に廃車場が見えてきました。
壊れたバスや、サビだらけのダンプカー、タイヤが取れた乗用車などが山のように積まれています。
 ケンさんはアクセルをふかしながらスピードをあげて走りました。峠道は舗装がされていないので、タイヤがくぼみにはまるたびにタンクの中の石油が、ドボーン、ドボーンと不気味な音をたてます。
 しばらくすると、どんより曇った空から、ぽたり、ぽたりと雨がふってきました。
そのときです。気味の悪い声があちこちから聞えてきました。
「ガソリンくれよ・・・」
「おれには軽油をくれよ・・・」
「何年も飲んでないんだから、はやくくれよ・・・」
(やっぱり出たー。車たちのゆうれいだ)
 ケンさんは、おもいっきりアクセルを踏み込むともうスピードで走り出しました。うしろからは、ひっきりなしに車たちの声が聞こえてきます。
 そのうち、雨が激しくなってゴロゴロと雷も鳴り出しました。
ケンさんはむがむちゅうで突っ走りました。
「たのむから、ガソリンくれよ・・・」
「おれには軽油をくれよ・・・」
「何年も飲んでないんだからさ・・・」
やがて、廃車場をぶじに通り過ぎたケンさんは、スピードを上げたまま峠の下り坂をおりていきました。
 向こうの方に、ガソリンスタンドの明かりが見えました。
「よかったー、たすかった」
 ぶじにガソリンスタンドにたどりつくと、さっきのことを従業員にはなしました。
「たいへんでしたね。噂はほんとうだったんですね」
そういって、タンクからガソリンを移し替えようとしたとき、従業員はがっかりした顔でいいました。
「やっぱり廃車場の車たちにガソリンを飲まれてますよ。ごらんなさい」
「なんだって、そんなはずないよ」
 ケンさんが、タンクをみるとおどろきました。タンクのキャップがはずれていたのです。
 ケンさんは、製油所を出るとき、ゆうれいのことばかりが気になって、しっかりとキャップを閉めてなかったのです。 

 
    




(つるが児童文学会「がるつ第29号」所収)