ケンさんは、タンクローリーの運転手です。毎日、港の製油所から町のガソリンスタンドへ石油をとどけにいくのが仕事です。
けれど、山をひとつ越えた、いっけんのスタンドへ行くのは好きではありませんでした。
「あのスタンドへ行く峠の廃車場には、車たちのゆうれいが出るそうだ」
なかまの運転手たちから、そんなはなしを聞いていたからです。
「困ったな。今日はおれが、あのスタンドへ行かなくちゃいけないんだ」
ケンさんは気がおもくなりました。
さて、今日の仕事もあと1ヶ所でおわりです。タンクの中へ石油をいっぱい入れると出かけていきました。
町を通り過ぎて、やがて峠道にさしかかりました。あたりはすっかり暗くなり、ライトをつけて走りました。
「ああ、たのむから今日は出ないでくれよ」
そういいながら、坂道をのぼっていくと、前方に廃車場が見えてきました。
壊れたバスや、サビだらけのダンプカー、タイヤが取れた乗用車などが山のように積まれています。
ケンさんはアクセルをふかしながらスピードをあげて走りました。峠道は舗装がされていないので、タイヤがくぼみにはまるたびにタンクの中の石油が、ドボーン、ドボーンと不気味な音をたてます。
しばらくすると、どんより曇った空から、ぽたり、ぽたりと雨がふってきました。
そのときです。気味の悪い声があちこちから聞えてきました。
「ガソリンくれよ・・・」
「おれには軽油をくれよ・・・」
「何年も飲んでないんだから、はやくくれよ・・・」
(やっぱり出たー。車たちのゆうれいだ)
ケンさんは、おもいっきりアクセルを踏み込むともうスピードで走り出しました。うしろからは、ひっきりなしに車たちの声が聞こえてきます。
そのうち、雨が激しくなってゴロゴロと雷も鳴り出しました。
ケンさんはむがむちゅうで突っ走りました。
「たのむから、ガソリンくれよ・・・」
「おれには軽油をくれよ・・・」
「何年も飲んでないんだからさ・・・」
やがて、廃車場をぶじに通り過ぎたケンさんは、スピードを上げたまま峠の下り坂をおりていきました。
向こうの方に、ガソリンスタンドの明かりが見えました。
「よかったー、たすかった」
ぶじにガソリンスタンドにたどりつくと、さっきのことを従業員にはなしました。
「たいへんでしたね。噂はほんとうだったんですね」
そういって、タンクからガソリンを移し替えようとしたとき、従業員はがっかりした顔でいいました。
「やっぱり廃車場の車たちにガソリンを飲まれてますよ。ごらんなさい」
「なんだって、そんなはずないよ」
ケンさんが、タンクをみるとおどろきました。タンクのキャップがはずれていたのです。
ケンさんは、製油所を出るとき、ゆうれいのことばかりが気になって、しっかりとキャップを閉めてなかったのです。
(つるが児童文学会「がるつ第29号」所収)
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