「おまえは、いったいだれだ。なんて名前だ」
ところが、何もいおうとしないので、腹が立ったたこ八は、ぐいっとそのたこのからだをつかんでやった。それが、たこ八にとっては大きな失敗だった。
いきおいよく、そのたこといっしょにつりあげられて、硬いコンクリートのうえにたたきつけられた。そして、すぐにクーラーボックスの中へ入れられてしまった。
狭苦しいクーラーボックスの中で、たこ八がぶるぶると震えていると、クーラーのふたがとつぜん開いて、ほかのたこが入ってきた。たこ八は、ぽーんとジャンプをすると、まんまとそとへ出ることに成功した。そして、大急ぎでその場から逃げていった。
ところが、あわてていたたこ八は、海とは反対の方向へ逃げていったのだ。
たこ八がやって来た所は、ある漁師さんの家の中庭だった。
けれども、その家にはかい猫がいて、たこ八は、またまた逃げださなければならなくなった。
たこ八は、すぐにかい猫に見つかって、さんざん追いかけまわされたあげく、爪でからだをあちこちかきむしられて、命からがら、どうにかその家から出て行くことが出来た。
「おれは、このさき、どんなひどい目に会うかわかんないな。海はどっちなんだい」
たこ八が、アスファルトの道を歩きながら、そんなひとりごとをいっていたとき、むこうからとてつもなくでっかい車が走ってきた。
「ゴーーー、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーッ!」
それは、超大型のトレーラーで、猛スピードをあげて、たこ八のほうへむかってきた。おどろいたたこ八は、大急ぎで、よこの草むらの中へ飛び込んだ。もしも、あんな大きなトレーラーにひかれたら、いまごろたこ八は、たこ八せんべいになっていたかもしれないのだ。
草むらの中で、たこ八が、しばらくがたがた震えていたときだった。
空の上から、大きな手がのびてきたかと思うと、その手でぐいっと捕らえられてしまった。
たこ八が、おどろいて目をあけてみると、そこには髪の毛がぼさぼさで、ひげをぼうぼうに生やした、変な匂いのする、汚い服を着たおっさんが立っていた。
たこ八は、乞食のおっさんに捕まってしまったのだ。
乞食のおっさんは、にやにや笑いながら、
「きょうは、ついてるのおー、さっそく飯にしようかのおー」
といいながら、うれしそうに歩きはじめた。
乞食のおっさんは、陸橋の下の自分のすみ家へやって来ると、さっそく火鉢に火を起こしはじめた。
そして、火力が出てくると、その上にあみをおいて、たこ八を乗せたのだ。
「あっ、ちちちちちちちちちちちちちちちーーーーーーーーーーっ!」
たこ八は、あまりの熱さに、あみの上から飛びはねた。十メートル以上は飛びはねたと思う。
たこ八が空の上で、あわてふためいていると、一羽のからすがまいおりてきた。そして、たこ八のからだをしっかりとつかむと、松林のほうへ飛んでいった。
たこ八は、こんどはからすに捕まってしまったのだ。でも、焼きだこになるよりはましだった。
からすは、たこ八をつれて、自分のすみかへむかいはじめた。
しばらくしてから、こんどは、一羽のトンビがからすめがけて飛んできた。
おどろいたからすは、たこ八を、おもわず下へ落としてしまった。
くるくるとまわりながら、たこ八が落ちた所は、海の見える旅館の池の中だった。
池の中で、たこ八がぼんやりしていると、飼われていたコイたちがやってきた。
「おまえ、宇宙人か。どこの星からやってきたんだ」
コイたちは、めずらしそうにたこ八を見ていった。
「違う、おれは、海からやってきたんだ」
たこ八が、コイたちに、これまでのいきさつをはなしてやると、みんな気の毒に思い、なんとか、たこ八を海へ帰してやろうと思った。
そのとき、むこうの家の方から、ピシャン、ピシャンという水の音が聞こえてきた。
「あれっ、ひょっとして、むこうは海かな?」
たこ八は、池の中から飛び出ると、いそいで、水の音のする方へ歩いていった。
すると、白いけむりがたちこめた中に、なつかしいともだちのすがたが、ぼんやりと見えた。
たこ八は、おおよろこびで、みんなのいる方へかけていくと、水の中へ飛び込んだ。
「あちちちちちちちちちちちちちちちちちーーーーーーーーーーっ!」
ところが、たこ八は、あわてて外へ飛び出した。たこ八が入ったのは、旅館の露天風呂だった。たこ八は、もうすこしで湯でだこになるところだった。
そして、湯ぶねに入っていたのは、この旅館にとまりに来ていた、頭のはげた老人会のじいさんたちだった。じいさんたちは、ずいぶんお酒を飲んでいたから、たこが湯ぶねに入ってきても、さしておどろきもしなかった。
たこ八は、じいさんたちに捕まらないように、急いでその場から逃げようとしたとき、露天風呂の岩づたいに、一匹のかにが歩いているのに気がついた。
「やあっ、かに君、きみは、海からきたのかい」
たこ八の声をきいて、かには、「そうだよ、いまから海へ帰ろうとおもってね」
かには、よくこの露天風呂へやってきては、自分のからだの汚れを落としていくのだった。
たこ八が、岩づたいに、かにのあとを追ってついて行くと、やがてむこうの方に、なつかしい青い海が見えてきた。
「やった、海だ。ほんものの安全な海だ」
たこ八は、目がしらを、あつくさせながら、思わずそうさけんだ。
近づいていくと、潮のにおいがしてきた。耳をすますと、波の音も聞こえてくる。
たこ八は、かに君になんどもお礼をいった。
「かに君、どうもありがとう。きみのおかげで、おれの寿命もまだまだ伸びそうだ」
たこ八は、そういうと、波が打ち寄せている岩場へと走っていった。そして、にこにこ笑いながら海の中へ入っていった。
(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)
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