どこへ行ってもよそ者で、ともだちの一人もできませんでした。
ある日、道ばたでハーモニカをひろいました。
「こどものころをおもいだすなあ」
旅人は、ひろってふいてみました。
「いい音だ。旅のなかまにしよう」
野原の道を歩きながら、旅人はハーモニカをふいて歩きました。
まずしい村にやってきました。
川沿いに家があり、小さなこどもたちと母親がくらしていました。
母親は病気で、家の中はすっかり暗くなっていました。
「そうだ。楽しい曲をふいてあげよう」
旅人は、家の外で陽気で楽しい曲をふきはじめました。
すると、こどもたちがその音をきいて、窓から顔をだしました。
みんなハーモニカをきいているうちに、だんだんと愉快で楽しい気分になり、こどもらしい顔つきになってきました。
旅人はまた歩きはじめました。
ある町へやってきました。仕事をなくして肩をおとしてふさぎこんでいる労働者がいました。
旅人は元気づけたいと思い、またハーモニカをふきました。
労働者は、こどものときにきいたことがある曲なのでだんだんと元気がでてきました。
「よおし、またがんばって仕事をみつけにいこう」
ハーモニカをききおわると、となりの村のほうへ元気に走っていきました。
旅人はまた歩きはじめました。
次の町へやってくると、刑務所から出てきたばかりの男が、おなかをすかせて公園のベンチにこしかけていました。
「どこかで食べ物をぬすまないと飢え死にしてしまう。そうだ、あの食料店で万引きしよう」
男が、店の方へ歩きだしたとき、ハーモニカの音がきこえてきました。
すると、公園の中にいたこどもたちがみんなさわぎだしました。
男は、こどもたちが見ている前でぬすみをするのはみっともないことだと思いました。
「やっぱり、まじめに働こう」
そういって、公園からでていきました。
旅人はその町をあとにすると、きれいな小川の流れているしずかな村をとおりかかりました。
川のむこうに病院がありました。
死期のせまった人たちが入っている病院でした。どの人もあとわずかな日々をさびしく過ごしていました。この世にのこされた時間はもうわずかなのでした。
みんなこの世から立ち去る前に、なにか美しいものをみて旅立ちたいと思っていました。
そのとき、川のむこうからやさしいハーモニカの音がきこえてきました。
「ああ、なんてきよらかな音色だ。この世の最後に、こんなうつくしい音楽がきけるなんて」
みんなそういって、いつまでもやさしいハーモニカの音をきいていました。
その旅人が、いまどこへ出かけているのかだれも知りません。
でもそのハーモニカのやさしい音色は、きっとだれの心にもいい思い出として残るのでしょう。
(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)
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