2026年7月2日木曜日

(連載推理小説)空からの目撃者

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 舞鶴市女布に、大型のショッピングセンターがある。かつては田畑ばかりで民家もまばらだったが、20年前にこの店がオープンして以来、様子は一変した。周囲の民家も増え、広い駐車場には、平日でも多くの車が並んでいる。
 ショッピングセンターの西側は、今も田畑が広がり、林も残っている。北側の50メートル先には京都丹後鉄道宮津線が走り、並行するように市道66号が通っている。この市道を西へ1キロ行くと真壁峠があり、峠を越えると由良川へ出る。
 9月のある夕方、一台の車がその近くの農道脇に停車した。農道には「駐車禁止」の標識が立っていた。運転していた男は、それを知っているのか、周囲を気にしながら落ち着かない様子だった。
 車に乗っていたのは、矢原譲吉という30歳の男。後部座席から黒塗りの機械を取り出すと、畑の方へ歩いていった。それは数日前にネットで購入したドローンで、今日は初飛行だった。
 矢原がドローンに興味を持ったのは2年前。最初に買ったのは、3万円の機体重量100グラム未満のミニドローンだった。しかし操縦が未熟で、すぐに墜落させて壊してしまった。その後も数台買い替え、ようやく安定して飛ばせるようになった。今回購入したのは、8万円の機体重量200グラムのドローン。100グラムを超えるドローンは航空法の対象になり、申請が必要で、彼も許可を得ていた。操縦技術も向上し、今では空撮映像を編集して短編映画を作るのが趣味となっていた。
 最近は、人のいない田舎でなければ飛行を十分楽しめない。とはいえ、どこの道路も駐車禁止で困る。夕方なら人も少なく、問題ないだろうと考えた。今日は風もなく、飛行には絶好の条件だった。
 彼は送信機を片手に、ドローンを畑の小道に置いてスタートボタンを押した。ローターが回り出し、機体を5メートル上昇させて空中停止させた。
「しばらく低空で試してみようか」
 つぶやきながら、機体を20メートルの高さまで上昇させた。
 10分ほど畑の景色を撮影していたとき、西側の100メートル先の栗の林の中で何かが動いた。近くに農作業小屋がある。農家の人だろうと思ってモニター画面を見ていると、様子がおかしい。
 そこにいたのは、黒い帽子をかぶり、黒いジャンパーを着た30代後半くらいの男性。シャベルで穴を掘っている。そばに大きめの布袋が置かれており、何かはみ出ている。
「何をしてるんだ……」
 矢原は高度を下げて様子をうかがったが、気づかれたら大変なので、ドローンを畑の方へ戻した。しかし、さっきの光景が頭から離れなかった。
 それからも15分ほど空撮を続けたが、バッテリーも残り少なくなり、あたりも暗くなってきたので、ドローンを着地させて帰ることにした。車に戻り、ドローンを後部座席に積み込んでエンジンをかけた。運転しながら、さっきの男のことが妙に気になった。
「あの男は何をしていたのだろう。あの袋は、いったい……」
 農道を走って簡易郵便局の前にやって来たとき、二人連れの女性が歩いていた。一人は高齢者だった。突然、その高齢者が転倒して道路側に飛び出した。矢原は慌ててブレーキを踏み、車はすぐに止まった。付き添っていた中年の女性が高齢女性を抱き起こして、「すみません。大丈夫ですーー」
と言った。おそらく親子だろう。
 帰宅後、夕食をとり、風呂に入ってから、今日撮影した映像を観ることにした。録画時間は約30分。栗の林の上空から撮った映像が気になり、早送りで再生した。10分を過ぎたところで、目当ての映像が現れた。
 高度20メートルからの映像なので人物は小さく、木々が邪魔をしてはっきりとは見えない。でも途中で高度を下げて撮影したので状況がわかった。枝の隙間に30代後半くらいの男がスコップで穴を掘っている。ドローンは飛行音がほとんど聞こえない。男も作業に集中しているので上空にドローンがいることに気づいていない。
 男のそばにカーキ色の大きな布袋が置かれている。映像を止めてその部分を切り取った。はじめ小さくてよくわからなかったが、拡大すると、それが何なのかがわかった。布袋からはみ出ているのは女性の白い腕だった。赤いものが付着しているのは血だろうか。肌が異様に白く不気味だった。もしそれが女性の死体だとしたら、死後硬直はまだ始まっておらず、死亡してからそれほど時間は経っていない。この男が殺害したのだろうか。
 矢原譲吉は画像と動画を繰り返し見ながら、事件の状況を推理してみた。
 もしこれが犯罪ならば、映像を警察に届ける必要がある。重要な証拠品だからだ。しかし、すぐに難問にぶつかった。
 それは出来ないのだ。警察は、なぜその場所でドローンを飛ばしていたのか詳しく尋ねるだろう。矢原はその地区の住民ではなく、自宅から30分もかかる東舞鶴から車でやって来た。この場所は駐車禁止区域だ。警察は車をどこに停めたか聞くだろう。矢原は昨年、駐車違反で捕まったことがある。
 いろいろ考えた末、警察への届け出は無理だと考えた。さらに、別の心配事がある。帰るとき高齢女性を連れた女性に目撃されていることだ。農道に自分以外の車は見あたらなかった。もし栗の林の中から遺体が発見されたら、警察はその日の目撃情報を集めるだろう。あの女性にも聞き込みが行われるはずだ。
「簡易郵便局の前で、ダークブルーの乗用車を見かけました。その車は農道から走ってきて、私たちの前で急停車しました。30歳くらいの男性が運転していました」
 そう証言するだろう。
 あれこれ考えた末、矢原譲吉は警察への届け出はやめることにした。(つづく)