ところが、相手の侍は、この土地では指折りの剣の名手。とても、まともに勝てる相手ではなかった。
「なんとか、決闘に勝てる方法はないものか」
侍は、その夜、眠ることも出来ずに考えつづけた。
やがて、決闘の日の前の晩になり、あいかわらず侍が思案していると、どこからか不気味な声が聞こえてきた。
「そう、考え込みなさるな。心配はいりません。あなたの代わりに、わたしが決闘に行ってあげましょう」
その声は、部屋の障子に映った自分の影であった。
「それは、本当かー」
侍が、影に向かって念をおすと、
「まかせておきなさい。かならず、決闘に勝ってみせます。ただしー」
影はそういってから、侍にひとつの条件をつけた。
「決闘には、かならず勝ってみせますが、そのお礼として、あなたの残りの寿命の半分を、わたしにいただきたいと思います」
「おれの残りの寿命の半分をー」
侍は、それを聞いて、一瞬、肝をつぶしたが、しばらく考えてから、
「よしわかった、そなたの条件を聞き入れよう」
その夜、侍は、自分の影と取り引きをしたのだった。
翌朝、侍が目を覚ましたのは、決闘の時刻をすでに過ぎている頃だった。
「しまった。寝過ごしたー」
侍は、急いで着物を身に付けようとしたとき、ふと、昨夜の取り引きのことを思いだした。
「そうだった。いまごろ、決闘の勝負はついている頃だ」
そういってから、侍は、ふと、自分のことを考えてみた。
「おれが、いま生きているってことは、決闘に勝ったって証拠だ。影のやつ、おれの命を救ってくれたんだ」
侍の心は、急に晴れ晴れしい気持ちになった。
これまでの、緊張しきった心をいやすために、侍は町へ行き、居酒屋の中へ入っていった。
店の中では、たくさんのお客たちが、今朝の決闘の話でざわめいていた。
「信じられねえことだ。あんな凄腕の侍が、殺されたんだからな」
「おいらも、その話はけさ仲間から聞いて驚いている」
「でもよ、あいての侍は、どこへ姿をくらましたんだろうな。なんでも、いま役人たちが血眼になって、その侍を探してるってことだぜ」
「え、どうしてだい」
「あたりめえだろ、開始の合図も無視して、うしろから斬りつけて殺ろしてしまったんだからー」
そのはなしを聞いた侍は、すぐに店を飛び出した。そして、呆然とした様子で、自分の家へと帰りはじめた。
侍は、人に顔を見られないように、顔を隠すようにしながら、下を向いて歩かなければならなかった。
やがて、自分の家に帰り着いた侍であったが、侍の帰りをすでに待ち伏せていた、奉行所の役人たちによって、すぐにその場で取り押さえられてしまった。
「殺人」の罪状で、侍が、牢屋に放り込まれてから、十数年がたったある晩のことだった。
月の光に照らされた、牢屋の壁に、侍の影が寂しげに現れたとき、いつかの不気味な声が聞こえてきた。
「あのときの約束は、ちゃんと守りましたので、こんどは、わたしが、お礼を頂きにまいりました」
影はそういうと、すっかり老いて生きる気力を失った侍から、残り半分の寿命を奪い取った。それからすぐに、侍は、牢屋の中でしずかに息を引き取ってしまった。
(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)
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