2015年9月1日火曜日

がんばれブルドーザー

 重機工場の空き地に、老いぼれてリタイアしたブルドーザーたちがのんびりと余生を送っていました。みんな数年後には解体されてばらばらになるのです。
「お前たちはほんとうによく働いてくれた。この町がりっぱになったのもお前たちの仕事のおかげだ」
 工場の親方が、退職の日にみんなに感謝状を渡しながらいいました。
 そういえばこの町は、むかし高いビルも、りっぱなマンションも、きれいな公園もなかったのです。それがいまでは、見違えるようなすばらしい町に変わりました。
ブルドーザーたちは、仲間のショベルカーやクレーン車、ダンプカーたちと毎日汗を流して働いた日のことを思い出しました。
 だけどもう自分たちは、昔のように働くことはないと思っていました。車体の塗装は剥げ落ちてネジは緩んで錆びついています。エンジンもいまでは、まったくかかりません。たとえ動くことが出来ても、旧式のブルではとても今の新型の若い重機たちと一緒に働くことは出来ないと思っていました。
 ところがある日のことでした。工場の親方が息を切らせて走ってきました。
「みんな非常事態だ。お前たちの力をもう一度貸してもらう」
 それは東北地方で大きな地震があって、津波でたくさんの町が破壊されて、復興に重機がたくさん必要だということでした。
リタイアしたブルたちは、その話をきいてみんな飛び起きました。
「よしきた、みんなで現場へ駆けつけよう」
 すぐにブルたちは整備されることになりました。錆びついて使えなくなった部品はすべて取り換えられ、エンジンも整備されて、何年ぶりかに勢いよく動き出しました。
 数日後、何年も乗ったことがないトレーラーに載せられて、みんな東北へ向けて運ばれて行きました。やがて現場に到着しました。
 そこはいままで見たこともない酷い状態でした。瓦礫の中のある場所に降ろされて、エンジンがかけられました。さっそく作業の開始です。遠くの方では自衛隊の新型の重機たちもたくさん派遣されて忙しく働いていました。リタイヤしたブルたちも頑張らなければいけません。
 こんなに広範囲に破壊された町の瓦礫を片付けるには、ずいぶん時間がかかります。山のすぐそばまで、自動車や壊れた家屋、漁船やレジャーボートなどが無造作に横たわっていました。重機たちはみんなエンジンをフル回転させて、さっそく瓦礫の除去作業を開始しました。周囲には、むかし一緒に働いた仲間の重機たちもたくさん来ていました。
「おやっ、あのクレーン車は、むかしおれたちと一緒に働いたやつだ」
 一台のブルが、そばへ近よって行きました。
「やあ、あんたも来てたのか、ひさしぶりだな」
「おう、なつかしいな、何年ぶりになるかな」
 そのクレーン車は、長年、木工所で材木の積み下ろし作業をしていて、退職後はいつも腰痛に悩んでいましたが、非常事態だというのでこの仕事に参加したそうです。
向こうの方にも、顔見知りの重機たちがたくさん働いていました。
見覚えのある一台のショベルカーがいました。この重機は、貧血症のために朝はエンジンのかかりが悪く、運転手さんをいつも困らせていましたが、今回の非常事態を聞いてやっぱり参加したそうです。みんなずいぶん年取っていますが、瓦礫の除去作業に懸命です。
「この作業は、当分続くだろう。もと通りになるまで数年はかかるな」
 作業員たちは一日の仕事が終わると、みんな疲れたといって宿舎に帰って行きます。重機たちも、すっからかんになったタンクに燃料を入れてもらってぐっすり眠ります。
 翌朝から、また作業の開始です。最初の一年間は、なかなか思うように瓦礫の処理は進みませんでしたが、二年後くらいからは、大きなものはすべて取り除けることができました。でもまだ土地の整備はできていません。ブルたちは、一面デコボコになっている地面を以前のようなきれいな状態にする作業に励んでいました。
 リタイアしたブルたちは、三年間ここで作業に従事していましたが、親方がもう限界だなということで、送り返されることになりました。
出発する前の日に、若い重機たちに向かって、
「おれたちはこれで引き上げるけど、これからは君たちで頑張ってくれ、よろしくたのむよ」
とお別れをいいました。そして翌日、リタイアしたブルたちは東北を去りました。
 帰ってきた年取ったブルドーザーたちは、以前のように空き地で、解体される日を静かに待っていました。
 次の年は寒さの厳しい冬でした。毎日寒い日が続きました。リタイヤしたブルたちは、みんなからだをくっつけて眠り込んでいました。ある朝のことでした。工場の親方が、前のようにあわてた様子で走ってきました。
「みんな、お前たちにまたやってもらいたい仕事がある。きのう関東で記録的大雪が降ってみんな困っている。すぐに出かける準備をしてくれ」
 寒い季節なので、ほとんどのブルがなかなかエンジンがかかりませんでしたが、新しいバッテリーに取り換えてもらったりして、どうにか動くことができました。
そして再びトレーラーに載せられて走っていきました。国道は除雪が追いつかず、なかなか目的地に着きませんでした。
関東のある県では、雪のために国道がすべて通れなくなっていました。ようやく目的地に着いて、みんなさっそく作業を開始しました。
国道には雪に埋もれて動けなっている自動車がたくさんいたので、雪を全部取り除けていきました。
渋滞しているトラックや、トレーラーたちがブルたちに声をかけてきます。
「たのむよ。早く雪を取り除いてくれ。スーパーに商品を届けないと、みんな生活に困ってしまうんだ」
 郵便配達の自動車も、
「速達がたくさんあるから、急いで除雪してくれ」
 大型のタンクローリーも、
「今日中に灯油をもっていかないと町中の人が寒さでみんな凍えてしまうよ」
 みんな除雪が終わるのをじっとまっています。年取ったブルたちは、汗をかきかき作業を続け、だんだんと雪も取り除かれて行きました。 でも、国道にはまだたくさん雪が残っていました。作業しているうちに、疲労のためにエンジンが止まってしまうブルもいて、みんな心配しながら見守っていました。
 そのとき、現場監督のうれしそうな声が聞こえました。
「向こうから自衛隊の除雪車がやって来るぞ」
 見ると、勢いよく進んでくる自衛隊の若い元気な新型の除雪車たちが見えました。
「よかった、向こうの国道はすっかり通れるようになってるぞ」
 年取ったブルたちも、また元気を出して作業を続けました。
 その日、重機たちの大活躍で、国道はぶじに通れるようになりました。
作業を終えたブルたちは、みんなほっとしたようすで、空き地へ帰ってきました。だけど退職した後も、次々に出番がやってくるので、のんびり余生を送っている暇がないなとみんな思いました。
ブルたちはみんな相当くたびれていますが、根がまじめで働き者なので、これからも出番があればいつでも出かけていく心の用意はいつも出来ています。





(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)


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