2015年9月15日火曜日

指輪ものがたり

  むかし、ライン川のほとりに、美しいお城が建っていました。そのお城には、両親を早く亡くした王女がひとり、召使たちといっしょに、しずかに暮していました。
 王女は、花のように美しく、心はそれにもまして美しかったのですが、からだが弱いうえに、たいへん孤独でした。いつも自分だけの世界の中で、暮らしていたのです。
 ある夏の夜のことでした。
王女が、いつものように、部屋の窓辺に腰かけて、月の光に照らされた、川の沖のほうを眺めていたときです。
遠い夜空の向こうから、流れ星がひとつ、この土地のうえを、しずかに通り過ぎていきました。流れ星は、美しい光を放ちながら、やがて消えていきましたが、その星のかけらが、ゆらゆらと、この土地の方へ落ちてきました。
 王女は、いっしんに、その星のかけらを見つめていましたが、星のかけらが、川の沖の方へ落ちてしまうと、さみしそうな様子でつぶやきました。
「あの流れ星のかけらは、いまごろ、川の中で、何をしているのでしょう。魚たちは、みんな、その美しい輝きを見て、ためいきをついているのでしょう」
 王女も、自分も魚になって、その美しい輝きを、いつまでも見ていたいと、心の中で思いました。やがて、王女は、ベッドに入りました。
けれども、さっきの流れ星のかけらのことが、頭から離れずに、なかなか眠りにつけませんでした。
 そんな王女も、やがて、眠りについた頃、お城から遠く離れた、ある漁師の村のある家に、王女と同じ夢を見ていた、ひとりの若い漁師がいました。
若い漁師は、さっきの流れ星のかけらを、あした朝早く、船にのって、探しにいくことに決めていました。
「あの星のかけらを見つけて、お金に換えることが出来たら、自分の暮らしは、もっとよくなるだろう」
若い漁師は、朝がやってくると、さっそく船を出して、川の沖へ出かけていきました。そして、その日一日中、川の中を捜しまわって、ようやく星のかけらを見つけました。でも、その星のかけらは、とても小さくて、わずかに、金貨ほどの大きさでした。
けれども、その輝きは、世の中の、どんな宝石よりも美しいものでした。
若い漁師は、星のかけらを、たいせつに袋にしまうと、家にもって帰ることにしました。船を漕ぎながら、やがて、川のほとりに建つ、美しいお城のところまでやってきたときです。
 若い漁師は、お城の窓辺に腰かけている、王女の姿を見つけました。
「なんて、美しい人だろう。あんな人と一度でもいいから、話ができたら、どんなに幸せなことだろう」
若い漁師は、じぶんの身分のことも考えないで、そんなことを思いました。
家に帰ってきてからも、漁師は、今日見た王女のことが、頭から離れませんでした。
その夜、若い漁師は、苦労して見つけてきた、星のかけらの美しさに見入っていたとき、ふと、こんなことを考えました。
「この星のかけらで、指輪を作ってみよう。そして、その指輪を王女さまに差し上げよう。きっと王女さまは、大喜びになり、私を友達にして下さるだろう」
 その夜、若い漁師は、一晩中かけて、指輪を作りました。
つぎの日の夜、若い漁師は、指輪を持って、王女のいるお城へ船で出かけていきました。
月の光で、明るく輝いている、川の上を船で漕いでいくと、やがて王女のいるお城が見えてきました。そのお城の塔のひとつの窓に、明かりが灯っていて、王女の姿が見えました。
 若い漁師は、塔のすぐ下までやってくると、開いてる窓にむかって、しずかにつぶやきました。
「王女さま、どうかおどろかないでください。あなたに、差し上げたいものがあって、ここへまいりました」
 王女は、その声に気付くと、すぐに塔の下を見ました。そこには、船が一艘浮かんでいて、その船のうえに、見知らぬ若い漁師が立っていたのです。
 王女は、漁師の話し方が、まじめで謙虚であったので、耳をかたむけようと思いました。
若い漁師は、王女に、三日前の夜に見た、流れ星の話と、その星のかけらを使って指輪を作り、ここへ持って来たことをはなしました。
王女は、漁師のはなしをきいているうちに、すっかり、顔つきも明るくなってきました。
そして王女もまた、あの夜に、同じように流れ星を見て、あの星のかけらが、どうなったのか知りたかったことを、漁師にはなしました。
二人はその夜、打ちとけて、長い時間はなしをしましたが、夜も遅くなり、漁師は、自分の家へ、帰ることにしました。
「では、王女さま、どうぞ、この指輪をお受け取り下さい」
 帰るとき、若い漁師は、指輪を入れた小さな袋を、王女の両手にむかって投げました。王女は、しっかりと袋を受け取ると、すぐに指輪を取り出してみました。
「まあ、なんて、美しい輝きでしょう」
そういって王女は、その指輪を、すぐに自分の指にはめてみました。そして、しばらくの間、その美しい輝きに、じっと見入っていましたが、やがて、漁師にむかっていいました。
「どうか、あしたの夜も、ここへいらして下さい。そして、今夜のような楽しいおはなしを、またいたしましょう」
 その夜から、王女と若い漁師は、すっかり仲の良い友だちになりました。
 次の日の夜、漁師は船を漕いで、王女のいるお城へいきました。そしてその夜も、王女と長い時間、楽しいお話をしました。
 身体が弱く、孤独だった王女も、漁師のはなしを聞いているうちに、日に日に元気になっていきました。
 若い漁師は、自分の仕事のことや、村のこと、友達のことなどを、お城にやってきては、王女にはなしてあげました。
いままで、ひとりの友だちもなく、寂しい暮らしをしていた王女にとって、それらの話は、どれもこれも新鮮なものばかりでした。
 そんな楽しい日がつづいたある日のこと、この土地に、大きな嵐がやってきました。
 はげしい雨が、数日間降りつづいた後、今度は、ものすごい強風が吹き荒れました。川の水は増水し、波しぶきをあげながら、若い漁師の住んでいる村にも、押し寄せてきました。
 若い漁師は、仕事にも行けずに、家の中で、じっと嵐がおさまるのを待っていました。ところが、嵐はおさまるどころか、もっとひどくなってきたのです。
 やがて、大きな波が、漁師の家の中まで流れこんできました。そして、いっしゅんの内に家を呑み込んでしまいました。若い漁師も、波にさらわれて、行方がわからなくなってしまいました。
数日後、嵐はおさまりました。
 お城の中では、王女が、漁師がここへやって来てくれるのを、じっと待っていました。ところが、いくら待っても、漁師はやって来ませんでした。
 王女は、もしかして、先日の嵐で、漁師が亡くなってしまったのではないかと、心配になりました。王女は、若い漁師がくれた指輪を、毎日のように眺めながら、漁師のことばかりを考えつづけました。
やがて、月日は流れていきました。ある秋の夜のことでした。
眠っていた王女は、どこからともなく、聞こえてくる、ささやき声で、はっと目をさましました。その声は、聞き覚えのある声で、塔の下の、川の方から聞こえてくるのでした。
王女がそっと、窓を開けてみると、川の上に、一艘の美しい船が、浮かんでいて、その船には、あの若い漁師が、ふたりの人魚をつれて立っていました。
「おどろかないで下さい、王女さま。わたしは、あなたに会いたくてここへやって来たのです」
 王女は、夢ではないかと、思いました。
「わたしは、あの嵐の日に、この人魚たちに、救われたのです。でも、わたしは、もうこの世の人間ではありません」
 王女は、そのはなしを聞くと、とても悲しそうな顔をしましたが、漁師の元気な姿を見ると、少し安心しました。
「それでは、これからも、わたしに会いにきてくれますか」
 王女の問いかけに、若い漁師は、にっこりと笑いながらいいました。
「夜空の星が美しく輝く晩には、かならず、ここへまいります。あなたに差し上げた、その指輪のような美しい星の出る夜にです」
 若い漁師は、そういうと、ふたりの人魚たちをつれて、しずかに川の中へ消えていきました。





(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)


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