2018年7月25日水曜日

恐怖の島

 ある科学者が、孤島にひとりで住んでいた。八年も世間から遠ざかって、AIロボットの研究と制作に取り組んでいた。毎日研究室に閉じこもって、これまでいろんなロボットを作った。
 あまり忙しいので、食事も洗濯も掃除も出来なかった。
 そんな訳で、一台ロボットを作った。AIを取り入れた奥さんロボットだった。
「仕事をしてる間、このロボットが家事を全部やってくれるだろう」
 科学者が思ったとおり、ロボットは毎日よく働いた。
 昼になると、ちゃんと昼食が用意されているし、夕食もしっかり出来ていた。
 でも不満なこともあった。味がよくないのだ。みそ汁なんかすこしも美味くなかった。漬物もずいぶん辛かった。奥さんロボットは電気しか食べないので、本当の味は出せないのだった。
「仕方がないな」
 科学者は文句も言えなかった。
 だけど、日に日に味は悪くなる一方だった。たびたび小言をいううちに、奥さんロボットはとうとう怒りだした。しまいにまずい物ばかりを食べさせるようになった。
「部品に不良品があったのかな。設計図どおりに作ったのに」
 そんなある日、ロボットが家からいなくなった。
「どこへ行ったのだろう」
 ボート小屋へ行ってみたが、ボートは中にしまってある。
「島のどこかにいるはずだ」
 島の中をあちこち調べたが、ロボットは見つからなかった。
 ある日、研究室で仕事をしていたとき、窓ガラスに奥さんロボットの姿が見えた。中を覗いていた。
「帰ってきたんだ。どこへいってたのだろう」
 奥さんロボットは、前のように働きはじめたが、研究室へよくやってくるようになった。研究室の器具や部品に興味があるみたいだ。
 それからだった。恐怖を感じるようになったのは。
 夜眠っていると、台所から何かを研いでいる音が聞こえてきたり、研究室の明かりがついていたり、カチン、カチンと何かをセットする機械音が聞こえてきたり、奇妙なことがたびたび起きた。
 科学者は、命の危険を感じはじめた。仕事どころではない。早くこの島から逃げないといけない。
 まだ夜が明けきらない翌朝、ボート小屋へ行ってみたが、ボートは船外機が壊されていてエンジンがかからない。
「ロボットが壊したんだ」
 家に戻った。研究室の窓に明かりがついている。
 窓辺へ行って中を覗いてみた。
「なんてことだ」
 研究室で奥さんロボットがエアーガンを手に持っている。そばのパソコン画面には3Dプリンターで制作したエアーガンの画像が写っている。
「自作したんだ。困った。あんな強力なエアーガンだったら、殺傷力は十分にある」
  命を狙われる前に、どこかへ隠れないといけない。
 そのとき思いついた。
 この島には洞窟があるのだ。島の裏側の沼地のそばだ。しばらくその洞窟に隠れることにした。林道を歩いて洞窟へ向かった。
 夜、真っ暗な洞窟の中で眠っていると、草を踏む音がしたので目が覚めた。
 洞窟の外に誰かいる。懐中電灯を洞窟の中へ向けて照らしている。
「ロボットだ」
 音を立てないようにじっとしていた。光は向こうへ行った。
 翌日も、洞窟の中にいた。午前中と午後に、ロボットがやってきて洞窟の中を覗いて行った。
 ロボットがいなくなってから、ふと思いついた。
「そうだ、バッテリーが切れたらロボットは動けなくなる。10日前に充電したから、明日中に切れるはずだ。発電機を止めてしまえばもうロボットは動けなくなる」
 発電機は家のとなりの小屋にある。
 夜になってから洞窟を出ると、家へ向かった。途中、林の中でライトの光を何度も見た。
 家に帰ってくると、庭のそばの発電機の小屋に行った。いつも鍵は掛かっていない。小屋の中へ入ると、配線を切ってしまった。
「これでもう電気は使えない」
 小屋を出ると、洞窟へ引き返した。
 翌朝、雨が降っていた。
「家に戻ってみよう」
 雨の中、林道を歩いて行った。沼のそばを通ったとき、木のうしろから黒く尖ったものが見えた。銃口だった。
 急いでその場から離れた。そのとき足が滑って沼の淵へ転げ落ちた。身体の半分が沼の中へ引き込まれた。両手で必死に草につかまった。
 木のうしろから奥さんロボットが現れた。
 近づいてきて、エアーガンの銃口を、科学者の方へ突き付けた。
「もうだめだ」
 どしゃぶりの雨は降り続いている。
 ロボットは引き金に指を入れた。
 そのときだった。ロボットの動きが遅くなった。奇跡が起きた。電池が切れたのだ。
 ロボットはその場に突っ立ったまま動かなくなった。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)




2018年7月9日月曜日

謎の宇宙船

 いつも家の中に閉じこもっている男がいた。家の中で何をやっているのか近所の人はぜんぜん知らなかった。
「どうやって生活費を稼いでいるのだろう」
「株式やFXでもやってるのかな」
「それともいまはやりの仮想通貨かな」
 どこにも出かけないので、近所の人はいろいろと推測をはじめた。
「食事はどうしているのだろう。まさか水だけで暮らしているわけがないし」
「洗濯物も干したことがない」
 そんな男だったが、月に一度家を出るときがあった。それも深夜だった。
隣の家の人は、いつも気になっていたので、突き止めることにした。
 ある深夜、エンジンをかける音で目が覚めた。
「よおーし、あとをつけてみよう」
 明日は仕事が休みなので都合がいい。
 国道を走って、その男の車のあとを追った。
 町を抜けて、田舎道を走っていった。しばらく走っていたとき山の向こうでピカッと何か光った。男の車は、その光に向かって走って行った。
 山道に差し掛かった。カーブを曲がってたとき、男の車を見失った。
 引き返してみると、林の中に車がやっと通れるくらいの細い道があった。
「この道を走っていたんだ」
 あとを追いかけることにした。しばらく走っていくと男の車を見つけた。木のそばに停めてある。
 男はいなかった。歩いて行ったのだ。
 車を離れた場所に停めて男のあとを追った。
真っ暗な林道を歩いていくと、林の中に明かりが点いているみすぼらしい小屋が建っていた。
 窓ガラスに男の姿がカーテン越しに映っている。誰かと話しているみたいだ。
そっと窓に近づいて、様子をうかがった。
 ぼろ小屋で、隙間だらけだったので声が聞えてきた。
「スパイ3号。ロボットは手に入りそうか」
「はい、来週の日曜日に工場から盗んできます。最新式のAIロボットです。日曜日の深夜に、変電所がある町はずれの空き地に来てください」
「わかった。最新のロボットとは有り難い。この星の人口知能の開発がどこまで進んでいるのか把握しておく必要がある」
「ええ、ほんの六十年前の地球では、幼稚なコンピータ程度の技術でしたが、最近はAIの技術は凄いですから」
「そうだ。将来、この星がわれわれと肩を並べるかもしれない。もし争いになった場合に備えて、今のうちに科学技術の進み具合を調べておく必要がある」
「では、帰って準備に取り掛かります。引き続き最新の情報も入手しておきます。最近のユーチューブの動画は非常に参考になります。人口知能と検索すればすぐにたくさんの動画が観れます。ビッグデータの動画も増えています。100年前のわれわれの星が体験したAIの世界がこの星でも広がるでしょう」
 二人の宇宙人はこんなやり取りをしていた。
「そうか、あの男は宇宙人のスパイだったんだ。地球の安全のためになんとかしなければいけない」
 そう思いながら、すぐに帰ることにした。
 日曜日がやってきた。宇宙船がAIロボットを受け取りに来る日だった。
 夜になると思ったとおり男は、深夜、車で家から出て行った。さっそくあとを追ってみた。
 男の車は、町はずれの変電所の近くの空き地に止まった。周りは畑でずいぶん薄暗い。
 少し離れた林の中に隠れて、宇宙船がやって来るのをじっと待った。
 しばらくすると、空から黄色い光を出して宇宙船が降りて来た。宇宙船は空に浮かんだ状態で、底面の扉が開き、中から宇宙人を乗せて、ゆっくり階段が降りて来た。
 待っていた男が、車のトランクを開けて、中から数台のAIロボットを出した。
 宇宙人たちは、ロボットを受け取ると、すぐに積み込み作業をはじめた。
 その様子を持ってきたビデオカメラですべて撮影した。
「よおーし、この映像をすぐに政府に送ろう」
 そう思ったとき、宇宙人のひとりが、林の方をちらっと見た。
「見つかったかな」
 でも、大丈夫だった。すぐにその場を離れて車に乗って家に帰った。
 翌日、撮影した映像と宇宙人たちの会話を記録したメモを添えて、メールで政府に送った。



                                                        (オリジナルイラスト)



(未発表童話です)





2018年6月23日土曜日

夢を見る灯台

 岬の岩の上で、灯台は昼寝をしていました。
 ある日、それは真夏の午後のことでした。
 水平線の向こうに大きな雲が現れました。その雲は時間がたつうちにますます大きくなって巨大なタコの形になりました。
「すごい、あんなタコ見たことがない」
 灯台は目をパチクリさせて眺めていました。
 それからです。凄いことが起きたのは。
 タコの足がこちらに向かってグイーンと伸びて来たのです。
「たいへんだ」
  伸びて来たタコの足は、灯台の身体に巻き付きました。
「うわあ、海の中へ引き込まれる」
 灯台は、柵につかまっておもいっきり踏ん張りました。
 でも、タコの足の力は強くてグイグイ引っ張るので、土台がグラグラと動きました。
「困った。台から外れる」
 そのうち、海も荒れはじめたのです。
 積乱雲の中ではギラギラ雷が光っています。突風も吹いて、波がたちはじめました。
雲の中から吹いてくる冷たい風と一緒に、ほかの足も伸びてきました。
 灯台は身体が見えないくらいグルグルに巻かれてしまったのです。
 足を伝って、ビリビリと雷の電気も流れてきました。
「こりゃ、だめだ。もう限界だ」
 それでも灯台は汗びっしょりかいて頑張っていました。
 空を飛んでいた、海鳥たちがそれを眺めていました。
「何やってんだ」
 海鳥たちは知っていたのです。灯台がまた夢を見ているのを。
 海は静かでなんの変りもなかったからです。
  またある日のこと、午後になってから海の上にイカの形をした雲が浮かんで、だんだん大きくなっていきました。
 みるまに巨大なイカになりました。
「まただ」
 灯台は、心配になりました。イカの足が伸びて来たらどうしよう。
でも、足は伸びてこないで、イカの口から墨が飛んできたのです。
 だからたまりません。灯台の身体は真っ黒になってしまいました。
「これじゃ、炭焼き小屋の煙突だ」
 目にも墨が入ったので、灯台は痛くて目をパチクリさせました。
 夕方になって、灯台はすっかり目が覚めました。
「凄い夢だった。でも、明日はどんな怖い夢を見るのかな」
 水平線の向こうへ夕日が沈んでいくのを眺めながら、灯台は心配そうに明かりを灯しました。



(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)




2018年6月11日月曜日

旅に出た岩

 変電所のうしろに岩山があって、岩たちが山の向こうをのんびり眺めていました。
「毎日暇だなあ。どこかへ出かけたいな」
「ああ、岩なんかに生まれるんじゃなかった」
「カラスが羨ましいよ。どこへでも飛んで行けるから」
 岩たちの話を聞いてカラスがやってきました。
「おれより電気の方がいいぞ。送電線を伝ってあっという間に日本中を旅できるから」
「送電線の中なんかに潜り込めないからダメさ。それに電気みたいに軽くないし」
「羽が生えてたらよかったな」
「ああ、どこへでも飛んで行けるからな」
 ある日、岩山のてっぺんの岩がぼんやり空を見上げていたときいいことを思いつきました。
「どうだい、鉄塔の送電線を引っ張ってきて身体に巻きつけて、ゴムパチンコみたいにビューンと飛び出したら」
「面白そうだ。やってみよう。あの山を越えていけるな」
 さっそく朝早く、だれも歩いていない時間に、岩山の一番高い所にいる岩が、おもいっきり鉄塔の方へ腕を伸ばしました。そして鉄塔の送電線を掴むと、下にいる岩のところへ引っ張ってきました。
「誰が最初に飛びたつんだ」
「おれが行くよ」
 岩のひとつがうれしそうにいいました。
「じゃあ、お前の身体に巻きつけるよ」
 みんなでゴムのように伸びた送電線を巻きつけました。
「いいか、手をはなすぞ」
 手をはなした瞬間に、物凄いスピードで岩は送電線といっしょに空に舞い上がり、向こうの山めがけて飛んで行きました。勢いがあったので、すぐに山を越えました。
「今度はおれがいくよ」
 そうやって次々に岩は、空を飛んで行きました。
 山の向こうは広い海でした。
 岩たちは海の中へドボーンと入って行きました。
「冷たいけど、いい景色だ」
 はじめて見る魚や海藻をつけた岩たちと楽しい話をしました。
 そのあとからも、岩山の岩たちが次々に海の中へ入ってきました。魚や海の生き物は珍しいお客にみんな驚いてばかりいました。
 ある日、海の上から小型の潜水艇が潜ってきました。 海洋地質調査をしている研究員が乗っていました。みんな所々に見かけない岩が転がっていたので驚きました。
「削ってもってかえろう」
 研究員たちは岩を採取して研究所で調査することにしたのです。
 またあるときは、外国の潜水艦がやってきて、密かにこの海域のメタンハイドレートの採取を行っていました。「燃える氷」と呼ばれるメタンガスを含んだ氷の塊がこの海底にたくさん埋まっていたからです。将来、この氷の塊は、新しい資源としてこの国で利用されるでしょう。
 そんな光景を、毎日目にしながら岩たちは、何年も海の中で暮らしていましたが、やがて故郷へ帰ろうと思いはじめました。すでに20年が経っていました。
 あるとき、海の中でゴトゴトと音が聞こえ、泡が頻繁に上がってきました。この海の底には海底火山があり、マグマが海水にふれて水蒸気爆発を起こしていたのです。
「しめた、噴火といっしょに海から出られる」
 岩たちは、日に日に大きくなっていくその音に耳を傾けていました。
 ある日のことです。海の中で物凄い噴火が起こり、噴石と一緒に岩たちは海の中から空に向かって飛び出しました。
 飛び出した岩たちは、久しぶりに岩山へ戻ってきました。みんなの身体には海藻がたくさんついていました。そして海の暮らしのことを仲間の岩たちに詳しく話してあげました。


(オリジナルイラスト)



(未発表童話です)





2018年5月28日月曜日

大魔神のいる島

 昨夜、こんな夢を観た。
 軽ヒコーキを飛ばしていた。天気が良かったのでまわりの景色がよく見えた。ところが当然エンジンの調子がおかしくなった。
「中古のヒコーキはやっぱりダメだな」
 しかたがないのでどこかの無人島へ不時着することにした。
前方に砂ばかりの島が見えた。その島へ降りることにした。
 ブーンと高度を下げて島に降りた。ヒコーキは砂の上を滑りながらどうにか止まった。プロペラが曲がってしまったので、あとから修理しなければいけない。
 止まった場所に、巨大な埴輪の像があった。
「どこかで見たことがある像だな。あ、そうだ、大魔神だ」
 思ってると、空模様が怪しくなった。突風が吹いた。
「まさか、像が怒っているのかな」
 やがてすぐに天気が回復して、太陽が出て来た。
「さあ、修理をはじめよう。何日もこんなところにいられない」
 エンジンを調べた。スロットルのワイヤーが緩んでいた。すぐに締め直してその夜は早めに寝た。
 翌朝、曲がったプロペラをハンマーで叩いて直しているときだった。突然地震が起きた。
「ハンマーの音がうるさいのかな」
 もう一度叩いていたとき、また地震起きた。
「やっぱりだ。うるさくて眠れないんだ」
 しかたがないので、プロペラを担いで、島の端へいって修理を続けた。
 音は聞こえるが、さっきよりもましだったので地震は起きなかった。
 丸一日、ハンマーを叩いたので、ずいぶん手がしびれた。でもなんとかもとに戻すことが出来た。
  夕方、釣り竿を持って、浜へ魚を釣りにいった。昨日から何も食べていなかったので、お腹が相当空いていた。二時間くらで10匹ほどアジとキスが釣れた。
 埴輪の像のそばで火を起こして、魚を焼いた。
「もうすぐ焼けるぞ」
 そのとき、像がギシギシと少し動いた。煙が像の周りを取り囲んでいる。
「そうか、煙たいんだな」
 火を消して海水で洗い流した。
 夕食が終わって、その日も早く寝た。
 翌日、エンジンをかけた。大きな音だ。スロットルを回しながらエンジンを温めてから全開にした。機体が少し動いた。
「さあ、飛ぶぞ」
 思ったとき、凄い地震が起きた。空は真っ暗になり、突風が吹き、雷が鳴りだした。
「はやく脱失しよう」
 エンジンをそのまま全開にしながら、やがて機体が砂の上を走りだした。
 うしろを見たときだった。埴輪が立ち上がった。それまで優しい顔をしていた像が変身して大魔神の恐ろしい顔になった。
「祟りだ!」
 捕まらないように、エンジンを吹かして、砂を上を走った。でもなかなか離陸できない。振り返ると、地響きをさせて大魔神が歩いてくる。
 そのうちに、雨は降って来るし、雷は鳴るし、風は強いし、すごい天気になった。
海を見て驚いた。海が高く盛り上がって二つに割れている。もうすぐ大津波がこの島を襲う。
「離陸しろ、離陸しろ」
叫びながら、走り続けた。でもまだ離陸できない。
 後ろから追いかけてきたはずの大魔神が目の前に立っていた。凄い目つきで睨みながら、腰の剣を引き抜いた。
 そのとき奇跡が起きた。
機体が浮いたのだ。大魔神のすぐ頭の上を通り過ぎた。それから急上昇して、雲のすぐ下まで達した。凄い風と雷の中で、機体はずいぶん揺れたけど、無事に水平線の向こうへ飛んで行った。海はしばらく荒れていた。
 まるで特撮映画のような夢だった。



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(未発表童話です)




2018年5月9日水曜日

博士の作った薬

 町はずれの一軒家。長年勤めた病院を退職した医学博士が薬を作っていた。若い頃に完成するはずだったが、本業が忙しくて研究に没頭出来なかった。
「作り方はノートにすべて書き込んである。あとは薬を調合すればよい」
押し入れの中には、薬の入った容器がたくさんしまってあった。
「薬は特別なものではない、ただ分量を間違えると目的の薬が出来ない」
 ある日、さっそく部屋で作り始めた。午前10時に開始して、夕方4時に出来上がった。
「よし、さっそく試してみよう」
 液状の薬をスプーンに移して、一気に飲んだ。
「ぐわー!」
 あまりの激痛に博士は床に倒れ込んだ。意識を失ったのは午後4時30分で、目が覚めたのは翌日の12時だった。
 ピンポーンー 玄関のチャイムが鳴った。
 ドアを開けると、警官が二人立っていた。
「お聞きしたいことがあります。同行をお願いします」
 パトカーに乗せられて、警察署へ行った。取調室に入れられて調書を取られた。
「昨日はどこにおられましたか」
「家にいました」
「今日は」
「昼まで寝てました」
 博士は何のことかわからなかった。取り調べの刑事は続けた。
「昨日の夕方あなたを現場で見た人がいます」
「現場?」
「建設中のビルの屋上です。昨日の午後5時頃です」
 博士はどうしてそんな所に行ったのかまったく記憶になかった。
「作業人がそこで倒れていました」
「死んだのですか」
「いえ、生きています。でもまだ意識がありません」
 刑事は別の話に移った。
「昨日の午後6時30分頃、山の別荘のベランダで人が倒れていました。別荘の庭から逃げていくあなたを見かけた人がいます」
「知りません、そんな山へ私がどうして出かけるのかわかりません」
「そうですね、車に乗ってきた形跡もありません」
「その人は死んだのですか」
「いえ、生きています。でもまだ意識がありません」
 刑事はまた別の事を尋ねた。
「今朝6時頃、農家の畑で人が倒れていました。トマト畑が荒らされ、あなたがそばの林の中へ逃げていくところを見た人がいます」
「その人は死んだのですか」
「生きています。でも意識がありません」
 博士はまったく身に覚えがないことを知らされて、驚いてばかりいた。昼になり昼食を食べてからも取り調べは続いた。
「今朝9時頃です」
「まだあるのですか」
「これが最後です」
「山の洞窟のそばで、人が倒れていました。山菜取りをしていた人です.。洞窟から出て来たあなたを見た人がいます」
「その人は死んだのですか」
「いいえ、死んではいません。でもいまだに意識がありません」
 博士はなにがなんだかわからなくなってきた。
「この4つの犯行について、どうしてあなたがそこにいたのか教えてもらいたいのです。しかも黒いマント姿でー」
「そんなこといわれても私にはまったく身に覚えがありません」
「では、しばらく署にいてもらいます」
 夕食を食べ終わってから、留置場の中で博士は自分が何に変身したのかじっと考え込んでいた。
「どうやら人間に変わったのではないな。あの薬は夢の中に頻繁に現れる生き物に変身する薬なんだ。いったい何に変わったのだろう。でも、人間を襲うとは想定外だった」
 そう思っていると、身体がなんだかおかしい。動悸が激しくなり、気分が悪くなって博士は床に倒れ込んだ。
「ああ・・・」
 もがき苦しんでいるうちに、身体がちじんで黒いものに変身し、空中に浮かんだ。コウモリだった。
「そうか。若い頃、ホラー映画を見過ぎたせいで、こんなものに変身してしまったんだ」
 コウモリに変身した博士は、留置場の鉄格子の間を通り抜けると、町はずれの方へ飛んで行った。
「ああ、助かった。でも、もとに戻れるかどうか心配だ。早く帰って薬を作ろう」
 コウモリ変身した博士は心配そうに、夕暮れの空を急いで自分の家に向かって飛んでいった。









(未発表童話です)




2018年4月26日木曜日

桃源郷へ行ける酒

 退職した男の人が、毎日暇だったのでダイコンでも作ろうかと借家の庭を耕していると、コツンと音がした。
「木箱みたいな音だな。どれ」
 掘り出してみると、古い木箱が埋まっていた。
「何が入っているのかな」
取り出して、蓋を開けてみた。
牛乳瓶の容器の中に白い液体が入っており、メモ書きが添えてあった。
読んでみて驚いた。「桃源郷」へ行ける酒と書かれてあった。
「桃源郷?。ユートピアみたいなところだったかな」
 興味があったので、コップに入れてグイッと飲んでみた。
すぐにめまいがして、そのまま眠ってしまった。
 気がつくと、プンプンと花のいい匂いがして、そばで蝶々がたくさん飛んでいた。空は雲ひとつない青空で、太陽がポカポカと照っていた。
 どこからか声が聞こえてきた。女性の声だった。周りを見渡すと、小川のそばで、白い中国の服を着た女性たちが何か話していた。何を言ってるのかわからないが、ひとりひとりの顔に見覚えがある。
「だれだったかなあ、でもよく似てるな」
 思っていると、馬のひづめの音がした。馬には楽師らしい爺さんが乗っていた。肩に胡弓みたいな楽器をぶら下げていた。
 そばまでやって来たとき、
「どこに住んでおられる」
と爺さんは聞いた。
「いえ、気がついたらここで眠っていたんです。ここがどこなのかもわかりません」
「そうか、新参の人だな」
 爺さんはいろいろ教えてくれた。この世界は自分が希望するとおりのものが現れるという。例えば、女性ならば好みの女性ばかりと出会う。果物も自分の好きなものばかりが木になっており、川にも好きな魚ばかりが泳いでいる。住む家も、風景もその人好みのもので満たされている。いままで暮らしていた俗界とはまったく違う世界なのだ。だから嫌な人間も嫌な習慣も規則もないのだ。仕事だってしたくなければしなくていいし、時間に追われることもない。爺さんの話ではこの世界では死というものも希望しなければ永久にやってこない。だから死ぬ心配すらない。
 爺さんに頼んで、楽器を弾いてもらった。ヴァイオリンのように柔らかい音色だったので、自分も弾いてみたくなった。
 演奏を聴き終って爺さんとわかれてから、川のそばの道を山に向かって歩いて行った。不思議なことに、どこまで行っても川のほとりに若い女性がいるのだ。
 道の向こうに何か落ちていた。
「あっ、胡弓だ」
 さっき爺さんがいったように、この世界では自分が希望するものが叶うのだ。
 胡弓を弾いてみた。練習もしてないのにきれいな音が出た。女性たちが耳を傾けて聴いている。中には鼻歌まじりに歌う者もいた。
 弾きながら歩いていくと、果物の木がたくさん植えてあった。ナシ、オレンジ、ミカン、ブドウ、イチジク、桃、サクランボ。ぜんぶ好きな果物だったのでもぎ取って食べた。美味かった。
 川のそばの林道を登って行くと、小屋が建っていた。人が住んでいるみたいだ。
小屋の戸をノックした。
 小屋から40才くらいの男が出て来た。その男は、小屋の中で水墨画を描いていた。
「どこからやってきた」
「川下からだ、歩いてきた」
 男は、山の上に行っていつも絵を描くのだそうだ。
「この山は霧がよく出る。いつもその風景を描いている。山の向こうへは誰もいったことがないが、たいへん美しい所だといわれている」
「へえ、一度行ってみたいな。絵は独学ですか」
「いや、山に住んでる日本画の先生に教えてもらった」
「その人はいまもいるんですか」
「ああ、あの山を三つ越えた山小屋にひとりで住んでいる。いまも元気で暮らしている」
 男に教えてもらって、一度会ってみたいと思った。できれば水墨画を習いたいと思った。
 小屋をあとにすると、さっそく日本画の先生に会いに山を登って行った。ところがすぐに霧が出て来た。帰ろうにも道が分からなくなった。
「困った。霧が晴れるまで野宿だな」
野宿する場所を探していたとき、足を滑らせて谷底へ落ちそうになった。落ちるかと思ったが、身体がふわふわと霧の中に浮かんだ。
「不思議だ、これだったら霧の中を浮かびながら登って行けば楽に山を越えられる」
 そう思って霧の中を歩いて行った。
 やがて三つの山を越えると、山の上に小屋が見えてきた。庭で誰かが絵を描いていた。
「あの人が日本画の先生か」
横山大観によく似た人だった。
 近づいていくと、小屋のすぐそばまでやってきた。
日本画の先生は、地面に板を置いて、そのうえに和紙を広げ、墨をたっぷり含ませた筆で描いていた。
 しばらく垣根のところでのぞき見していたら、
「どこからやってきた」
男の人に気づいて、向こうから声をかけてきた。
「お噂を聞いたもので、絵を習いたくてまいりました」
 日本画の先生は筆を置くと、
「そうか、じゃあ、教えてやろう」
 すんなりと弟子にしてもらった。十日ほどやっかいになって十枚ほど水墨画を描いた。手ほどきを受けたので、みるみる上手くなった。
 日本画の先生からは、こんな話も聞いた。
「わしが俗界にいた頃は満足した絵が描けなかった。静かな山へ行ったり、ずいぶん田舎へも行ったが、やっぱり人間界は煩わしいところじゃ。ほんとうに静かでよく絵が描けるのはやはりここしかない」
 ある晴れた日、先生は遠くに見える山を指さしていった。
「あの山のてっぺんにはりっぱな御殿がある。だれが訪ねてもいいのだ。その御殿から見渡せる風景はまことに美しい。その御殿には、広い浴槽がある。酒が湧いてる温泉じゃ。一日中浸かっても飽きない」
男の人はその話を聞いて、霧が出た日にその御殿へ行くことにした。
 ある霧深い日に、男の人はふわふわと霧の中を登って行った。御殿がある山へ出かけていったのだ。
 何時間もかかってやがて山の上の御殿にやってきた。
「なるほどりっぱな御殿だ。入ってみよう」
 門をくぐって、玄関の扉を開けた。長い廊下があり奥の方へ歩いて行った。壁はすべて金箔で見事な装飾がしてあった。男の人が見惚れていると、廊下の奥から酒の匂いが漂ってきた。
「ああ、日本画の先生がいったように浴槽があるんだな」
男の人はうれしそうに歩いて行った。
 湯けむりの奥に天然の温泉が見えた。だれもいない。酒の匂いがプンプンしている。男の人は湯船に浸かって身体を伸ばした。
「ああ、天国だ。山のてっぺんにこんな場所があるとは知らなかった」
 しばらくしてから驚いた。天井の湯けむりがすーっと消えたかと思うと青空が見えた。まわりに桃の木の林が見えた。よく熟した実が落ちてきそうだった。それだけではない。白い衣装を身に着けた女性たちがこちらを覗き込んでいる。女性たちは桃の実をもぎ取りながら籠に入れ、いくつかを男の人の方へ落としてくれた。桃の実はポチャンと湯船に落ちた。
「どんな味だろう」
 食べてみた。
「すごく美味しい」
 そのとき不思議なことが起きた。背中がむずむずして羽が生えたのだ。羽は自然に動き出した。そして青空に向かって飛び上がった。急激に上昇したので、くらっとめまいがしたが、下を見ると、広大な桃の木の林が広がっていた。
「すごい!」
 どこまでも続く桃の木の林。山並みも美しい。女性たちの背中にも羽が生えており、あちこちを飛んでいる。気分がものすごくいい。そのとき、男の人が住んでいる俗界のことがふと頭に浮かんできた。
 男の人が暮らす俗界は、宇宙の法則ですべてが動いている。これに逆らうことは誰も出来ない。しかしそれが俗界をつまらなくしている。わずかな時間でいいのである。自然に従わない生き方が出来たとき人間は解放され自由になれるのだ。この世界では、なにもかもが法則に従わないように出来ている。だから驚きがあり、喜びを感じるのだ。時間も存在しないから、年を取ることもなく死ぬこともない。常識という観念がないのである。
 そんなことを思いながら、あちこちを見て回った。少しも疲れを感じない。桃の木の林の向こうには大きな湖が広がっていた。水はよく澄んでいて美しい。水の中だって自由に泳げる。魚とも一緒になって泳ぐ。息も苦しくない。お腹が減れば林の果物を食べる。一日中飛んでいたが、夜がやってこない。当たり前だ。ここには自然の法則も時間も存在しないのだ。いつも太陽がかがやく世界なのだ。
 少しの間、昼寝をした。夢は楽しい夢ばかりだった。やがて目覚めた。
 桃の木の下に日本画の先生が座っていた。
「どうじゃ、楽しいところじゃろ」
「ええ、まるで天国です」
 先生はこの桃源郷に住んでいる仙人で、昔はよく俗界へも行ったことがあるそうだ。
「実はな、わしはあんたがここへやって来るのを密かに予期していた」
 先生は、男の人が住んでいる借家に以前暮らしていたのだ。
「あの酒を見つけたあんたは、運のいい人だ」
 先生は借家を出るとき、この桃源郷へ来れる温泉の酒を牛乳瓶に入れて埋めておいたのだ。
「もし、この世界が気に入ったのであれば、俗界に帰ってからこの酒を飲むとよい。俗界とこの世界を自由に行き来することができる」
また先生は、
「この世界は人間の心の中に存在するので、あちこち旅をしてわざわざ探し回る必要もない」
ともいった。
 そういって先生は、酒の入っている小瓶をくれた。
先生の声は次第に消えて行った。気がつくと男の人は、自分の借家の畳の上で眠っていた。そばには酒の入った小瓶が転がっていた。








(未発表童話です)