2018年11月16日金曜日

袋を背負った男

 町へサーカスがやってきて興行をやりました。町の人は珍しいので喜んで観に出かけました。でも最近は昔と比べるとどこの町でも客の入りが悪いのです。
 団長は困った様子で、
「いかんな。もっとお客が喜ぶような芸をやらないと採算が取れない」
 その日の夕方のこと、サーカスが終わったあと、見知らぬ男が団長の部屋の戸をノックしました。
「だれだい、お入り」
 部屋に入ってきたのは、背中に袋を背負った男でした。
「こちらでお売りしたいものがあるんですが」
「何を売りたいんだね、別に買う気はないが」
 男は続けた。
「このサーカスには芸人さんは何人いますか」
「13人だが」
「動物は何頭ですか」
「クマ3頭、ライオン2頭、ヒョウ1頭、馬4頭、象2頭だ」
「ありがとうございます」
「それがなんだね」
 団長はめんどくさそうにいった。
「じつは薬をお売りしたくてまいりました。この袋に入っている薬を飲めば、芸人なら体力が2倍以上、動物ならば3倍以上増強するのです」
「ははあーん、薬屋か。そんな薬など聞いたことがない」
「でもこの薬は本当によく効くのです。試しに飲んでみますか」
 団長はそんな薬があるわけがないとしばらく疑っていましたが、男がしつこく勧めるので飲んでみることにしたのです。
「じゃあ、試しに飲んでみよう」 
  男はポケットから粉薬と握力計を取り出しました。
「薬を飲む前に、これを握って下さい」
「どれ」
 団長は握力計を握ってみました。針が真ん中で止まりました。
「では、これを飲んでからもう一度握って下さい」
 団長はコップに水を入れると、薬と一緒に飲みました。そして握力計を握ってみました。
 すると、驚いたことに針が最大値を示して止まりました。
「いや、驚いた。信じられん」
「どうですか、申し上げたとおりでしょう。1袋で2倍、2袋で4倍に増強します。2週間は効果があります」
「わかった、使ってみよう。値段はいくらだ」
「はい、20袋で1万円」
「高いな、そんな高いものは買えん」
「ぜんぜん高くはありません。これからの稼ぎのことを考えたら、タダみたいなものですよ」
「でももう少し安くならないか」
「お売りする値段と数量は社の方で決まっておりますが、はじめてということなので、じゃ、初回分だけ9000円。これ以上はまけられません」
「そうかい、じゃあ。とりあえず前金半分だけを払うよ。残りは効果をみてからだ」
「承知しました。じゃあ前金を」
 話が決まると、団長は粉薬を25袋買いました。芸人と動物たちに飲ませる分でした。
「では2週間後に、またお邪魔させていただきます」
 男はそういって帰って行きました。
 翌日、団長はゆうべ男から買った薬をサーカスの芸人たちと動物たちに飲ませました。
 すると、その日からテントの中では、これまでにない大変な賑わいになりました。
 いままでひとりの男をぶら下げてブランコを漕いでいた芸人が、二人をぶらさげて曲芸をやりました。重量上げの芸人も、2頭のクマを軽々と持ち上げました。
 ライオンとヒョウの火の輪くぐりでは 3頭が2メートル以上の高さまでジャンプして見事にくぐり抜けました。曲馬芸では馬の走るスピードがものすごく速く、その上でピエロが縄跳びで三重飛びをして観客をびっくりさせました。
 ですからサーカスは毎日大盛況で、その噂を聞いてとなり町からもお客がたくさんやってくるようになり、売り上げも相当に伸びました。
 懐が温かくなった団長は、仕事が終わると、芸人を連れて町のあちこちへ飲みに出かけました。
「やっぱり、あの男の薬は効果があった。こんなことだったら、もっとたくさん買えばよかった。でもやっぱり1万円は高すぎる」
 2週間後のある夜、団長の部屋へ袋を担いだ男が入ってきました。
「どうでしたか、薬の効果は」
「いや、驚いた。あんなに効くとは思わなかった」
「では、残りのお金をいただきましょう」
 団長はお金を払ったあと、
「どうだね、もう少し安い値段で薬を売ってくれないか。そしたらもっとたくさん買うから」
「いえ、お売りする値段と数量は社の方で決まっておりますから」
「そんなこといわないで売ってくれ」
「いえ、駄目です」
「どうしても駄目かな」
「はい、いくらいわれてもです」
「そうかい、そんなら仕方がない」
 団長は誰かを呼ぶように手を叩きました。
 となりの部屋から筋肉隆々の大男の団員が出てきて、男を縛り上げました。
「何をするんですか」
「どうだい。売る気になったか」
 男は苦しそうに、
「やめてください。いくらいわれてもお売りすることはできません」
 団長は男の袋を取り上げました。
「この中にたくさん薬が入っているんだな。ケガをしたくなかったら、安い値段で全部売ってくれ」
「駄目です」
「そうかい、じゃあ、仕方がない。タダでいただくよ」 
 団長は袋の紐をほどこうとしました。
「待ってください。その袋を開けてはいけません」
「そういわれるとますます開けたくなるもんだ」
 団長は紐をほどいて、袋を開けました。
 すると、大変なことが起きたのです。それは一瞬の出来事でした。
 団長も大男も袋の中に吸い込まれたのです。いえ、それだけではありません。サーカスのテントも、芸人も、動物も檻もすべてです。
 気がつくと、その場所はなにもない空き地の中で、男がただひとり立っていました。
「ああ、あれほどいったのに」
 男は、残念そうな顔をしながら、袋の紐を結んでどこかへ立ち去って行きました。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年11月10日土曜日

絵と詩 読書




 誰が本を読んでいるのかなと思ったら
 それは木だった。
 何百年も生きるから
 たくさん読めるな。

(色鉛筆、パステル、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2018年10月29日月曜日

いろんな実がなる木

 植物学者で発明家のK、M氏は、長年の研究の末、いろんな実がなる木を作った。それは果物だけではない、野菜もできるのだ。
「ああ、この木が一本あれば毎日の生活に困らない」
 家の中で育てれば一年中収穫できる。
 半年後には、短期間で成長させる肥料も完成させた。
「今年の学会に発表しようかな」
 K、M氏は満足そうにつぶやいた。
 ある日友人の魚類学者で発明家のH、Y氏がやってきた。
「とうとう出来たんですね」
「ああ、でも味の方はわからない」
「じゃあ、一緒に食べましょう」
 二人は食べた。
「美味い。成功ですよ」
「よかった、長年の苦労が実った」 
 友人は祝福して帰って行った。でも、H、Y氏は心の中はそわそわと落ち着きがなかった。
 家に帰るとすぐに研究室に入った。研究室の中には大きな水槽がいくつも置かれていた。
「さあ、おれも早く完成させよう」 
 H、Y氏が研究しているは、水槽の中でどんな魚でも育てることが出来るものだった。いや、魚だけではない。タコやイカなどの軟体動物も育てることが出来るのだ。方法は簡単だった。卵を入れてさえ置けばいいのである。でも短期間で成長させる薬の開発はまだだった。
「ああ、K、M氏が完成させた肥料の秘密が知りたい」
 ある日いいことを思いついた。
「そうだ、明日はK、M氏の誕生日だ。ウオッカを飲みながら誕生日を祝ってやろう。酔いつぶれて眠ったあと、研究室に忍び込んで実験ノートを覗いて観よう」
 翌日、電話を入れてからK、M氏の家に行った。
「ありがとう。研究が忙しくて誕生日のことなんかすっかり忘れていたよ」
 その夜はポーカーをしながら一緒に酒を飲んだ。カードをめくりながら会話は研究のことに移っていった。
「先生の肥料はずいぶん効果があるんですね」
「いや、まだ完成品とはいえない。でもあの肥料のおかげで3倍~5倍は早く収穫できるようになった」
 話しながらK、M氏はあくびをはじめた。実はウオッカに睡眠薬を入れておいたのだ。
 K、M氏がすっかり眠ってしまうと、H、Y氏は、研究室に入り実験ノートを探した。ようやく見つかると、重要な部分を書き写した。
「ああ、これで肥料の成分がわかる。これをヒントにして作ろう」
 朝になり、H、Y氏は帰って行った。
 何も知らないK、M氏は二日酔いの頭でいつもの研究をはじめた。
 1ヶ月後、短期間で成長させる薬を完成させたH、Y氏は、さっそく試すことにした。いくつもの水槽の中に薬品を入れていった。
「ああ、明日の朝には効果が現れるはずだ。楽しみだ」
 思った通りだった。翌朝水槽の中を観ると、卵がかえって10センチくらいの魚が泳いでいる。ほかの水槽を観ても同じだった。
 ある日、K、M氏から電話があった。
「H、Yくんか。いま学会の研究発表会場にいるんだが、今度の研究がどうやら最優秀研究として学会誌に掲載されるそうだ。長年の研究の成果が認められるわけだ。完成論文はあとから作って送るよ。学会が終わったら、四、五日こちらで遊んでくるよ」
「ほんとうですか、それはおめでとおございます」
 H、Y氏は口ではそんなことをいったが、本心は先を越されてガッカリだった。
「ああ、間に合わなかった。せっかくの研究が」
 ところが、それから五日たった夕方のことだった。K、M氏からまた電話があった。ずいぶん慌てたような声だった。
「すぐに来てくれ」
 駆けつけてみると、理由がすぐに分かった。
 K、M氏の家の屋根から巨大な木が突き抜けて立っており、窓をやぶって枝が外へ伸びている。枝には人間ほどの大きさの果実や野菜がぶら下がっていた。
「留守の間に、急激に成長したんだ。これじゃ完成論文を提出できない」
 それを聞いて、H、Y氏も思い出したように慌てて家に帰って行った。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年10月15日月曜日

夜歩く靴(短篇小説)

 新しい靴を購入した。黒革の靴だった。買ったのは、町はずれの小さな靴屋だった。若い主人が作っていて、今では珍しい手作りの靴だった。とても履きよいのでいつもこの靴で外へ出かけた。買ってから一週間は何事もなかった。でも、それから変なことが起きたのだ。
「あれ、泥がついている」
 ある朝、靴底がずいぶん汚れているのですぐに気づいた。
「昨日は雨も降ってなかったし、汚れた道を歩いたこともない」
 考えてもわからなかった。
 気を取り直して、その日はショッピングセンターへ買い物に出かけた。いつも自転車で行くのだ。
 買い物袋を籠に入れて帰ってきた。午後は部屋の掃除をした。夕方になり、夕食を済ませて、その夜は読書をして早めに寝た。
 朝になり、テレビを観ながら朝食を食べていた。
「今日は図書館へ本を借りに行こう」
 準備をして玄関へ行った。
「あれ、また泥んこだ」
 同じことが起きたので、なんだか気味が悪くなってきた。
「誰かが忍び込んで、この靴を履いて行ったのかな。いや、部屋へなんか入れるわけがない」
 二度も同じことが起きたので、突き止めることにした。
 図書館から帰ってきて午後はマンドリンの練習をした。来月、演奏会があるからだ。
 その夜一晩中起きて、玄関の様子をじっと監視した。午前2時頃だった。カチャと玄関のドアの鍵を開ける音がした。すぐに玄関の様子を観にいった。
「あっ、靴がドアを開けて出て行く。まるで幽霊だ」
 すぐに着替えて、あとをつけて行った。
 アパートの階段を降りると、靴は歩道を歩いて行った。月明かりの晩だったので、靴が歩いて行く姿がよく見えた。透明人間が履いてるみたいで、靴の歩き方も自然だった。通行人は誰もいなかった。
 突き当りの信号機の所で、靴は左道へ行った。この道を行くとお寺がある。街灯も少なく、夜道は危なっかしい。靴はお寺の横を通り過ぎると、さらに真っすぐ歩いて行った。その先は空き地で右に曲がるとお墓がある。靴が右へ歩いて行ったので、私もついて行った。ところが角を曲がったとき靴を見失ってしまった。
「どこへ行ったんだ。まさかお墓の中かな」
 舗装がされていないお墓の中へ入ってあちこち探したが、いくら探してもみつからなかった。
 そんな不思議なことが一週間ほど続いた。ある日、靴を買った店へ行った。主人に靴のことを尋ねてみようと思ったからだ。
「えっ、そんなことがあったんですか。信じられません」
 主人も驚いた様子だった。
「最近、毎晩のように出て行くんです。この前なんかお墓へ行きました」
「お墓に、まさか」
 主人は、半年前に亡くなった先代の父親のことを話してくれた。父親はそのお墓に祀られていて、買った靴は先代が最後に作った靴だった。
「雨の日でした。夕方、傘を差して買い物に出かけて行った帰りに車にはねられましてね。犯人はまだ捕まっていません」
「そうでしたか。そうだとしたら、靴が犯人を探しているのかな」
「そんなこと信じられません。でも不思議なことです。父親の魂が靴に乗り移っているみたいですね。まるで幽霊探偵だ」
 帰って来てから、さらに詳しく靴の行動を観察することにした。
 その夜、靴は深夜にまた出て行った。
 すぐにあとをつけて行った。
 靴は、国道の歩道を東の方へ歩いて行った。1キロ先きにコンビニがあり、そのすぐ後ろに古ぼけたアパートがあった。靴はそのアパートの駐車場へ歩いて行くとうろついていた。
「何をしてるんだ」
 靴は一台の車に興味があるみたいだ。でもその夜はそれだけで靴はもと来た道を帰って行った。
 二日後、深夜に靴はまた出て行った。曇りの日だった。
 靴はこの前のアパートの駐車場へ行くと、しばらく一台の乗用車の傍をうろついていたが、やがて、アパートの階段をゆっくり登って行った。
「まさか、ひき逃げ犯人の部屋かな」
 あとから私も階段を登って行った。
 靴は三階の一番奥の部屋の前でしばらくじっとしていたが、幽霊のようにドアを登りはじめた。そして鍵穴から中を覗き込んでいる。
 靴はじっと覗き込んでいたが、やがて階段を降りて帰って行った。私は靴がいなくなってから表札の名前を確認した。
「もしこの部屋の住人が犯人なら警察に知らせよう」
 でも証拠がないのだ。靴が立ち去った後、駐車場のさっきの乗用車を念入りに調べてみた。するとその車の前輪の左のタイヤのあちこちに血痕があった。タイヤホイールの隙間には黒いビニールの切れ端が付いている。それは傘がやぶれて付いたものだ。車体には傘で傷つけたような跡が残っていた。
「きっとこの車ではねたんだ」
 翌日、警察へ通報することにした。たぶん信じてもらえないと思っていたが、警察ではひき逃げ犯人の足取りがまだつかめていなかったので、どんな些細なことでも知りたがっていた。だからアパートの場所と車のナンバーを教えて電話を切った。
 一週間後、新聞にひき逃げ犯人逮捕の記事が載っていた。
「やっぱりそうだったのか。靴のお手柄だな」
 その夜、靴はいつになく軽やかな足取りで出て行った。あとをつけて行くと、あのお墓だった。ひとつの墓石のそばで誰かと話をしていたのだが、小声でよく分からなかった。それが最後だった。靴はそれ以来外出することはなくなった。



(オリジナルイラスト)





(未発表作)





2018年10月10日水曜日

絵と詩 青空





空が青いってことは
世の中が平和な証拠だ。

(パステル、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2018年9月28日金曜日

不思議なピエロの絵

 ほんとうに不思議な絵でした。世界中にこんな絵はどこにもありません。一輪車に乗ったピエロを描いただけの絵ですが、それがほんとうに不思議なのです。
 この絵ははじめ町の小さな画廊で売られていましたが、あるお客が買い取って、家に飾っていました。ところがどうしたわけか、変なことばかり起こるのです。
  夜眠っていると、台所から、ぼりぼりと何か食べている音が聞こえてきたり、パイプの匂いが漂ってきたり、まったくおかしなことばかりでした。
「気味が悪いな。あの絵のせいだ」
 さっそく物置にしまって、処分しようと思っていました。
 ところが、ある日、絵はなくなっていたのです。だれが持って行ったのかさっぱりわかりません。
 数日後、この絵は別の家に飾ってありました。
「玄関を開けると置いてあったんだ。誰が持ってきたのかわからない。でも、タダで貰えてよかった」
 ところが、ある深夜、この家でも変なことが起きました。居間からテレビの音が聞こえてきたり、ポテトチップを食べている音が聞こえるのです。
「お化けがいるのかな」
 そっと居間へ歩いていくと、音は急にしなくなりました。
「変だなあ」
 この家の人も気味が悪くなって、絵を売りに行くことにしました。でも、ある日、居間へ行くと絵はなくなっていたのです。
 月がきれいな夜のことでした。
 町の電信柱の電線の上を一輪車が走っていました。一輪車の上に一枚の額縁が乗っていました。月の光で絵が見えました。ピエロの絵でした。
 ピエロは額縁を担いで一輪車のペダルを漕ぎ、となり町へ向かっていました。
人や車がいないときは、国道へ降りて走りました。橋を渡って川沿いの道を走っていると、川のそばに一軒の家がありました。明るい部屋の中で、男の人がマンドリンを弾いていました。
「つぎはあの家にやっかいになろう」
 玄関の前へやってくると、チャイムを鳴らしました。
 男の人が出てきました。でも誰もいません。ドアのそばに一枚の絵が置いてありました。
「面白い絵だ。誰が持ってきたのかな」
 変に思いましたが、せっかくなので部屋に飾ることにしました。
 男の人は絵を眺めながら、いつもマンドリンを弾いていました。
 ところがある夜眠っていると、音楽室からトレモロの音が聞こえてきたのです。
「泥棒が入って弾いてるのかな」
 忍び足で音楽室へ行きました。ところが部屋のドアを開けようとしたとき音はしなくなりました。
「やれやれ夢か」
 でもまたある夜も聴こえて来たので、気味が悪くなって絵を手放すことにしたのです。
 男の人の友人に、子供ミュージカルの脚本を書いている作家を知っていたので、その人にあげることにしました。
「不思議な絵だけど、飾ってみないか」
「じゃあ、いただくよ」
 その友人は、書斎の壁に掛けて、いつも眺めていました。絵を見ながらサーカスの話が書きたくなってきました。毎日原稿を書いていました。でも何度も行き詰りました。
「やれやれ、やっぱりサーカスの世界をよく知らないと書けないな」
 半分諦めていると、ある夜、書斎でカサカサと原稿を書いている音が聞こえてきたので目が覚めました。でも、すぐに音はしなくなったのでそのまま眠ってしまいました。
 翌朝、机の上を見ると、サーカスの脚本が出来あがっていました。
「誰が書いたんだ」
 読んでみると、サーカスの世界のことがよく書けています。それにたいへん面白いので、今度の公演で使おうと思いました。
 ところがその作品が出来上がった翌日にピエロの絵はなくなっていたのです。
 ある夜、ピエロの絵が電線の上を走っていると、公園のベンチの上で何か光っていました。
「あ、ハーモニカだ」
 誰かが忘れていったのです。
 欲しくなったので、ベンチに行くとハーモニカをもらってきました。サーカスにいた頃はお客さんの前でずいぶんハーモニカを吹いたものでした。
 月の光を浴びながら、ピエロはハーモニカを吹きながら走りました。
 広い田畑を走り、やがて丘の向こうに砂浜が見えてきました 
 海が見える寂しい浜辺に、白壁の家がありました。電灯がついた部屋に絵がたくさん飾ってありました。その家は絵描きさんの家でした。
 ピエロはそれらの絵に見覚えがありました。
「サーカスの仲間たちだ」
 電線から降りて、アトリエの中を見ました。
「思い出した。おれはこの部屋で描かれたんだ。ずいぶん昔だったな」
 記憶が蘇ってきました。
 ピエロがサーカスの人たちとこの町へやってきたとき、モデルになってほしいというので、このアトリエにみんでやって来て描いてもらったのです。
 サーカスの生活は楽しいものでしたが、その後、サーカスは経営不振で解散し、ピエロも浮浪者になってしまいました。みんなもどこにいったのかわかりません。
 サーカスの絵たちは、アトリエの中でみんな静かに眠っていました。
 窓の鍵はかかっていなかったので、そっと中へ入りました。
 ピエロの絵も、自分が住んでいた家がみつかったので、安心したように眠りました。
 朝がやって来ると、この家の絵描きさんが、部屋に入ってきました。でも、しばらくはピエロの絵に気づかないまま、いつものようにキャンバスに向かって絵を描いていました。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年9月13日木曜日

恐怖の館(短篇小説)

 今年の夏はずいぶん暑かった。冷房ばかりの生活では身体を悪くするので、山へキャンプに行った。山なら平地よりも涼しくて、夜もぐっすり眠れそうだから。
 ある日、キャンプ道具一式を車に積み込んでさっそく出かけた。途中、コンビニで食料品を買い、山めざして走っていた。町を抜け、田舎道を走り、やがて山道に差しかかった。
 天気予報では数日間は晴れを予想していた。でも山だから雷雨があるかもしれない。
 山の渓流のそばで車を止めた。家を出てから3時間ぐらい走った。
「昼食にしよう」
 渓流の水でお湯を沸かして、コーヒーを入れた。コンビニで買ってきたサンドイッチを食べた。地図によると、このまま北へ行くと、山を越えたところに山の湖がある。今夜はそこでキャンプをすることにした。昼食が終わってからまた山を登って行った。しばらく空は晴れていたが、しだいに雲が多くなってきた。2時間くらいすると、積乱雲がぽかぽかと浮かんできた。
「雷雨になるかもしれない。天気が悪くならないうちに、山を越えよう」
 山道はだんだん細くなり、勾配もきつくなってきた。空を見ると雷が光っている。
「山の上だから心配だな」
 そのうちに、真っ黒い雲から雨が降り出した。雨はすぐに激しくなった。山道の木の下で何度も休みながら、雨を避けた。そのとき凄い音がした。近くで落雷があったのだ。心配しながら進んで行くと驚いた。雷に当たった樹木が倒れて道を塞いでいる。
「困った。大きな木だ。あんな木は移動させられない。そうだ。さっき別の道があったな」
 引き返して道を探した。しばらく行くと、やっと車が一台通れそうな小道があった。
「この道を行ってみよう。北の方へ行けば、何とか山を降りられるかもしれない」
 まわりが暗いのでライトをつけて走った。そのうち樹木も草地も少なくなり、岩だらけの道になった。厚い雲は取れないまま、雷もまだ鳴っている。
 山道から見えるまわりの風景は恐ろしい。谷底が真下に見え、雨のために緑の林はかすんでいる。車がどうにか一台通れるくらいの崖の細い道を走りながら、下り坂にならないか期待して走った。視界が悪いので何度もひやりとした。そのとき前方に建物が見えた。雷の光で家の窓ガラスが何度も光った。
「人家だ」
 岩の上に建つお城のような館だった。不気味でビクッとしたが、雨が止むまでしばらくあの館で休ませてもらおうと思った。強い風と雨を受けながら細い道を走って行った。
 やがて、館の門へやって来た。鉄製の柵はずいぶん錆びついていて、門の扉も開いたままだった。空き家のようだ。
「まるでお化け屋敷だな」
 車を中庭に止めて、館の玄関へ歩いて行った。玄関の扉には鍵が掛かっていたが、ぼろぼろに錆びついていて、衝撃を与えるとすぐに外れた。扉を開けて中へ入った、真っ暗な室内は居間だった。蜘蛛の糸が天井や壁、テーブルや椅子にたくさん掛かっていた。
「幽霊が出てきそうだ。でもよかった今夜はここに泊まろう」
 ロウソク台があり、ぼろぼろになったロウソクに火を着けた。居間の中が明るくなった。窓のそばへ行くと、そとは雷がまだ鳴っている。雷光で谷底の景色がよく見えた。車のところへ戻って寝布団と食料を持ってきた。
「食事を取ろう、お腹がぺこぺこだ」
 暖炉があったので、薪に火を着けてお湯を沸かした。食事をしながら居間の様子を詳細に観察した。壁には花の絵がやたらに飾ってあった。絵はどれも煤けていたが、描かれたときは色彩豊かな絵だったに違いない。いったいどんな人が住んでいたのだろう。
 食事が終ってから、館の中を調べることにした。石の階段を登って行った。窓が二つくらいしかなく、ずいぶん暗い館だった。驚いたことに二階の廊下の壁に掛かっている絵画も花の絵ばかりだった。南国に咲く花がずいぶん多かった。
 ひとつ、ひとつの部屋に入ると、やはり花の絵が掛かっている。ある部屋に、自画像らしい一枚の中年の女性の絵が掛かっていた。この館の持ち主だろうか。窓のそばに本棚があり、花に関する専門書や図鑑がたくさん入っていた。
「ずいぶん花が好きな住人だな」
めずらしい本ばかりなので少しの間、本を眺めていた。
 二階から降りてくると、館の台所と倉庫を調べてみた。倉庫には花の栽培に使う、鉢や花の種、スコップ、剪定バサミ、水差し、除草剤などが置いてあった。倉庫の奥は酒蔵だった。ワインや洋酒の棚があり、ワインを数本もらってきた。
 食事が終ってから、翌朝、ここを出てどうやって山を降りようかといろいろと思案した。明日もこんな雷雨にあったら大変なので、家に帰った方がよいと判断した。でも登ってきた山道はちゃんと通れるだろうか。雨が凄かったので心配だった。
 あれこれ考えているうちに午後11時になっていた。雷の音はもう聞こえないが、まだ雨が降り続いている。
「そろそろ寝ようか」
居間のソファーに寝ころんでロウソクの火を消した。
 寝入ってからしばらくは何事も起こらなかったが、そのあとから奇妙な夢で起こされた。どこかからカサカサと音がして居間の中を何かが浮遊しているのだ。真っ暗なので何がいるのか分からない。目を覚ますと居間の中は何も変わっていなかった。
「変な夢だ」
 やがてまた眠りについた。今度は両足に何か巻き付いた。海藻のような柔らかいもので、ぴったりと絡みついている。目を開けようとしたが、どうしたわけか目が開かない。それどころか身体が動かないのだ。金縛りにあったような感じだった。
 やがて、両腕にも柔らかいものが巻き付いた。部屋中に花の匂いが充満している。花の温室にいるみたいだ。
 そのうちにそれらが全身に巻き付いて、身体が宙に浮かんでいるような感じがした。やっとの思いで目を開けてみるとびっくりした。階段の上を登っているのだ。
 壁に掛かっている絵画から花の蔓や枝が外に伸びてきて、つぎつぎに身体に巻き付き、運んで行くのだ。恐ろしくて声も出ない。
「ああ、どうしたらいいんだ」
 やがて二階の廊下を移動しながら、いちばん奥の肖像画が飾ってある部屋の前まで運ばれた。部屋のドアが開き、肖像画の人物の背景に描かれている花の蔓と枝が外に伸びてきて身体に巻き付いた。そのときだった。スーッと身体が絵画の中に吸い込まれた。吸い込まれた拍子にクラッとめまいがした。
 絵の中は暖かい南米の知らないジャングルの庭園の中だった。庭にはハイビスカス、プルメリア、ランタナなどたくさんの南国の花が咲いていた。だけどそれらの花はどこか変で、人間のように大きく息をしているみたいだ。そばに二階建ての木造の家があった。玄関へ行ってチャイムを鳴らしたが、留守のようで誰も出てこない。
 ドアを開けてみた。家の中にも花がたくさん飾ってある。もう一度声をかけてみたが、誰も出てこないのでしかたなく廊下を歩いて行った。二階へ上がる階段があり登って行った。中央の部屋の扉が半開きになっていた。そばへ行って覗いてみた。
「あっ」
 ひとりの中年の女性が窓辺の椅子に腰かけている。後ろ向きなので顔が分からない。そばに大きな鏡があり、女性は手にパレットと絵筆を持っている。すぐ横にはキャンバスが立ててあり、絵具箱、ペインティング・オイル、うすめ液などが置かれたテーブルがあった。部屋の周りには、たくさんの花を生けた花瓶が置かれていた。この部屋はアトリエで、女性は自画像を描いていたのだ。絵はほとんど完成している。
「この家は別荘かな」
 後ろから女性に声をかけてみたが振り向かない。死んだように動かない。窓辺に行って顔を見た。肖像画の女性だとすぐに分かった。眼は開いていたが、首には何かによって絞められた跡が残っていた。
 そのとき、後ろから冷たいものに巻き付かれた。花瓶に生けてある花の蔓や枝だった。身体に次々に巻き付いてくる。きっとこの女性も花によって殺されたのだ。
 部屋の中を逃げ回ったが、蔓や枝が追いかけてきて両足にも巻き付いた。窓の方へ行って飛び降りようかと窓を開けた。足を折るかもしれないが、殺されるよりましだった。蔓や枝はどんどん伸びてくる。やがて全身に巻き付いた。首が苦しい。喘ぎながらやがてだんだんと意識が遠くなっていった。
 しばらくして不思議なことがおこった。身体が妙に肌寒い。目を開けるとまわりの様子がまったく違っていた。岩山の館の二階の開いた窓に顔を出していた。真下に谷底が見えた。昨夜の雷雨のために濃い霧が出ていた。悪夢を観ていたのだ。もう夜が明けようとしていた。
「すぐにこの館を出よう」
 居間へ降りて、すぐに出発の準備をした。車は雨でびしょ濡れだった。荷物を積み込んで館をあとにした。山道は昨夜の強雨のために所々で崖崩れが起きていたが、どうにか通ることができた。登ってきた道を間違えないように山を降りて行った。途中で、後ろの方で山が崩れる音がした。あの館も一緒に崩れ落ちたかもしれない。



(オリジナルイラスト)




(未発表作品)