南の遠い海のなかで、魚たちがみんな仲良く泳いでいました。
ある日、網を引いた船がやってきて、魚たちを釣り上げていきました。
「 ぼくたちは、どこへ連れていかれるのだろう」
魚たちは、船の冷凍室に入れられて、みんなしくしくと泣いていました。
やがてある港についたとき、魚たちは市場でより分けられました。
大きな魚はお寿司屋さんが買っていきました。小さな魚は缶詰工場へいきました。
缶詰工場へついた魚たちはバラバラにされ、味付けされて缶のなかにいれられました。
「ああ、なんて狭苦しい場所なんだ、息もできやしない」
バラバラにされた魚たちは、音もしない缶詰のなかでじっとしていました。
何日かして、缶詰になった魚たちは、町のスーパーへ連れていかれました。
みんな棚の上に並べられて、退屈そうにしながら、南の海のことを考えたりしました。
「もう一度帰りたいな。こんなところはまっぴらだよ」
でも、缶詰の棚には、いろんな海からやってきた魚の缶詰たちのほかにも、山や畑、川、湖からやってきた果物や、野菜、豆、川魚などの友だちがたくさん出来ました。
スーパーが閉まり、夜になると、みんな自分たちのことを互いにいいあいました。
南国で育ったパパイア、パイナップル、マンゴーの話、山の渓流で育ったイワナやヤマメの話、凍てついた北の寒い海で育ったカニの話など面白くて珍しいものばかりでした。
またペルーやブラジルで育ったコーヒー豆や、ロシアやノルウエーで育ったサーモンたちの話も聞きました。
ある日のこと、ひとりのお客さんが魚の缶詰をたくさん買っていきました。
缶詰は袋に入れられて、スーパーから出て行きました。
何日かして、夕食の時間になり。缶詰が開けられました。
「わあ、ここはいったい、どこなんだ」
缶詰のなかの魚は驚きました。でも、耳をすますと、波の音が聴こえてきます。それに懐かしい海の匂いもしました。
「わあ、ぼくが暮らしてた海だ」
缶詰を買った人は船員さんでした。
船員さんは、食事が終わると、台所でお皿を洗いました。お皿の表面には魚の油が残っていました。油は水と一緒に、船の外へ出ていきました。
油は、やがて海の上に浮かび上がりました。
しばらくすると、なかまの魚たちがたくさん集まってきました。
「やあ、ひさしぶりだね。どこへ行ってたんだ」
みんな油を取り囲んで尋ねました。
「遠いところさ」
「これからどうやって暮らすの」
「波にゆられてのんびりとね」
油になった魚はそう答えると、自分の旅の思い出をみんなに話してあげました。
(自費出版童話集「本屋をはじめた森のくまさん」所収)
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