ある日、ひとりの会社員が、そのホテルに泊まりました。
「都会と違って、なんて静かなところだろう」
会社員はお風呂に入り、晩御飯を食べると早めに寝ました。
夜半が過ぎた頃、ホテルの廊下をぞろぞろと人が歩く音で目が覚めました。
「おかしいな。このホテルにはおれひとりしか泊まってないのに」
会社員は不思議に思いながらも、また眠ってしまいました。
明け方近くになった頃です。エレベーターがさかんに動いている音で目が覚めました。
「こんな時間に誰なんだ」
会社員は、ベッドから抜け出すと、部屋の鍵穴から、そっと廊下の様子を眺めてみました。
「ひえー!」
会社員は思わず悲鳴をあげました。
ホテルの廊下を歩いていたのは、タオルと石鹸を持った作業服姿の男たちでした。
みんな顔が妙に青ざめて、なんだか寂しそうなのです。
会社員は、このホテルに向かう途中、山の大きな吊り橋を渡ったことを思い出しました。
受付の従業員から聞いた話によると、昔、その吊り橋を作る工事のとき、事故が起きてたくさんの作業員が亡くなったということでした。
作業員たちは仕事が終わると、よくこのホテルのお風呂に入りに来たそうです。
朝になり、会社員は朝食も食べずに、すぐにこのホテルから出て行きました。昨夜のことがよほど怖かったのでしょう。
その後も、このホテルには、何人かのお客がやってきましたが、やっぱりみんな夜になると、お風呂へ入りに来る作業服姿の男たちを見ました。
そんなことがたびたび繰り返されていくうちに、お客がすっかり来なくなり、いつのまにかこのホテルは取り壊されたということです。
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