2016年4月13日水曜日

あの花はどこへ行った

 野原に咲いている花が、みんなお日さまが大好きだとだれもが思っていますが、そんなことはないのです。
小川のほとりに咲いているタンポポの花なんか、一日中、お日さまの日差しが強いので、いつも文句をいっていました。
「やれやれ、きょうもこの日差しだ。もう喉がからからで仕方がない。はやくひと雨ほしいところだ」
近くの木陰では、なかまのスミレの花たちが涼しそうに咲いていました。
「あそこはいいな。おれもあんな場所で咲きたかったな」
強い日差しは、そのあともつづき、タンポポの花たちはみんなぐったりしていました。ときどき友達のモンシロチョウやミツバチがやってきて声をかけてくれます。
「みんな元気がないな。こんなに気持ちのいい日なのに」
「そんなこといったって雨が降らないからどうしようもないよ。もう一週間水を飲んでいないんだから」
暑さでぐったりしているタンポポの花たちは、そんな不平をいっていました。
 ある日、小川の向こうから人がやってきて、タンポポの花を何本か摘み取っていきました。
あるとき、目をさましたタンポポの花は、まわりの景色を見渡しておどろきました。
「ここはどこだろう」
そこはエアコンのよくきいた涼しい部屋の中でした。たんぽぽの花は、花瓶の中に入れられて眠っていたのです。茎の下から冷たい水があがってきて、ものすごく気持ちがいいのです。
「まるで天国だ」
タンポポの花はうれしそうに、きょろきょろと部屋の中を眺めてみました。
部屋の壁には、絵がたくさん飾ってあって、絵描きさんの家のようでした。部屋のすみには、イーゼル、絵の具箱、筆、ペインティングオイル、キャンバスなどが置いてありました。
しばらくすると、となりの部屋からピアノの音が聴こえてきました。
この家の人は絵描きでしたが、趣味でピアノも弾くのでした。タンポポの花は、毎日絵を眺めたり、ピアノの音を聴いたりしながらこの家で暮らすことになったのです。
 ある日、仲間のモンシロチョウとミツバチが、ピアノの音を聴きつけて、この家の開いた窓から部屋の中へ入ってきました。
花瓶に入れられたタンポポの花を見つけるとすぐに声をかけました。
「やあ、こんな所にいたのかい。みんな君のことを心配していたよ」
「そう、でもここはまるで天国だよ」
「じゃあ、みんなにそのことを話しておくからね」
モンシロチョウとミツバチはしばらくこの部屋に居ましたが、やがて帰って行きました。そして、その後もときどきこの家にやってくるようになりました。
タンポポの花がいうように、ここは日差しの強い原っぱとくらべて、ほんとうに居心地がいいのでした。
 夕方になると、いつも花瓶に冷たい水を入れてもらえるので、ぐったりすることもありません。
毎日午前中に、この家の人はこの部屋へ入ってきて絵を描きました。花の絵を好んで描きました。いま製作中の絵は、友達の娘さんにプレゼントする絵でした。
 絵を描き終わって午後になると、決まってピアノを弾きました。そのピアノの曲は、いつも楽しい空想をかきたててくれました。
「月の光」という曲を聴いたとき、ほんとうに原っぱで毎晩見ているような、美しい月の情景が心の中に見えてきました。キラキラと明るい月の光が野原や小川の水面にふりそそぎ、本当に幻想的な世界が感じられるのです。
「水の戯れ」という曲を聴いたときも、小川の淵をゆったりと流れている水の様子や、流れの早い場所で岩にぶつかりながら、勢いよく流れている水の様子などもよく描かれていました。
 ある日、そんな情景をこの絵描きさんは、大きなキャンバスで描き始めたのです。はじめに木炭でデッサンをすると、色を塗りつけていきました。それは美しい月夜を描いた絵でした。
 静かな野原には、透きとおった小川が流れ、そのほとりには、タンポポの花やスミレの花などが丹念に描かれました。絵描きさんは、花瓶に入れてあるタンポポの花を見ながら描いていきました。
 製作はひと月くらいかかりました。ようやく絵が完成しました。でも、タンポポの花はしだいにしおれていきました。
「ああ、おれの寿命もこれでおしまいか」
タンポポの花は、やせ細っていきましたが、絵の中には美しい花として描かれているのです。
 ある日、いつものモンシロチョウとミツバチが遊びにやってきました。でも、花瓶にはタンポポの花はいませんでした。
 けれども、部屋のすみに立ててあるイーゼルの上のキャンバスには、月の光を浴びて気持ち良く眠っているタンポポの花が美しく描かれていました。




(未発表童話です)



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