小川のほとりに、みかんの木がたっていました。
みかんの木の葉っぱのうえで、さなぎがすやすやとねむっていました。
ある日、ねがえりをうったひょうしに、さなぎは枝からしたへ落ちてしまいました。
けれど、けがもなくて目をさましました。
「ぼくは、いったい、どこへ落ちたんだ」
まわりを見ると、りゆうがわかりました。
さなぎが落ちたところは、クッションがよくきいたくもの巣のうえでした。
けがはしませんでしたが、糸がからだにまきついて、みうごきができません。
「わあ、たいへんだ、早く逃げないとー」
そういったとき、巣のほうから、おなかをすかせたくもがやってきました。
「こりゃあ、おおきなえものだぞ。一しゅうかんぶんの食料になるな」
くもは、にこにこしながら、さなぎに飛びかかろうとしました。
すると、さなぎが、悲しい声でいいました
「くもさん、どうかぼくを食べないでください。まだ、おとなにもならないで、このまま死んでしまうのはとてもたえられません。どうか、おとなになるまでまってください」
さなぎが、あまり悲しそうにいうので、くもはそのねがいを聞いてやることにしたのです。
「わかったよ。でも、おとなになったら、かならずここへ来るんだぞ。やくそくだぞ」
そういって、さなぎを殺さずに逃がしてやりました。
ひと月が過ぎました。
小川のほとりにも梅雨のきせつがやって来ました。
みかんの木のしたの草のなかで、くもがからだをふるわせて雨がやむのをじっとまっていました。
ある朝、くもが目をさますとおどろきました。
小川の水があふれて、くものいる葉っぱのすぐしたまで、水がきていました。
「わあ、たいへんだ。早く逃げないとー」
くもは、いそいで、葉っぱのうえへよじのぼりました。
けれど、水はどんどんふえていき、くもはとうとう水にのみこまれてしまいました。
流れのはやい、小川の水にもまれながら、くもはだんだんと気力を失いかけていきました。
そのとき、小川のまんなかに、岩のつきでたところがありました。
くもは、むがむちゅうで、その岩にしがみつきました。
そしてしばらく、岩のうえで、からだをふるわせていました。
けれど、雨はいっこうにやまず、水かさも、あいかわらずふえつづけていました。
くもは、疲れとさむさのために、いつのまにか、うとうとと眠りこんでしまいました。
長いじかんが、すぎました。
だれかのはなし声で、くもは、ふと目をさましました。
でも、まわりを見わたしても、だれのすがたもありません。
雨はやんでいますが、あいかわらず、川の流れは速く、水がはげしいいきおいで岩にぶつかっていました。
そのとき、また声が聞こえてきました。
「くもさん、ぼくのからだに、つかまってください」
その声は、空のうえから聞こえてきました。
くもがおどろいて、見上げると、おひさまの光で明るくなりはじめた空のうえで、一羽のアゲハチョウが、げんきよくはばたいていました。
すがたは、だれなのか、わかりませんでしたが、その声はどこかで聞いたことがありました。
「もしかして、おまえは、おれがむかし逃がしてやった、あのさなぎくんかい」
アゲハチョウは、それをきて、げんきよくうなずきました。
「はい、そうですよ。あのときは、どうもありがとうございました。こんどは、ぼくが、あなたをたすけるばんです。でも、ぼくは、これからも長生きしたいと思っていますから、どうか、ぼくを食べないでくださいね」
くもは、それをきくと、にっこりとうなずきました。
そして、アゲハチョウに、岩のうえから向こうの川岸へつれていってもらいました。
(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)
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