2021年9月20日月曜日

短編小説 歯車 芥川龍之介

 

(オリジナルイラスト)


 僕は芝の枯れた砂土手に沿い、別荘の多い小みちを曲ることにした。この小みちの右側にはやはり高い松の中に二階のある木造の西洋家屋が一軒白じらと立っている筈だった。(僕の親友はこの家のことを「春のいる家」と称していた)が、この家の前へ通りかかると、そこにはコンクリイトの土台の上にバス・タッブが一つあるだけだった。火事――僕はすぐにこう考え、そちらを見ないように歩いて行った。すると自転車に乗った男が一人まっすぐに向うから近づき出した。彼は焦茶いろの鳥打ち帽をかぶり、妙にじっと目を据えたまま、ハンドルの上へ身をかがめていた。僕はふと彼の顔に姉の夫の顔を感じ、彼の目の前へ来ないうちに横の小みちへはいることにした。しかしこの小みちのまん中にも腐った鼠もぐらもちの死骸が一つ腹を上にして転がっていた。
 何ものかの僕を狙っていることは一足毎に僕を不安にし出した。そこへ半透明な歯車も一つずつ僕の視野を遮さえぎり出した。僕はいよいよ最後の時の近づいたことを恐れながら、くびすじをまっ直にして歩いて行った。歯車は数の殖えるのにつれ、だんだん急にまわりはじめた。同時に又右の松林はひっそりと枝をかわしたまま、丁度細かい切子ガラスを透かして見るようになりはじめた。僕は動悸の高まるのを感じ、何度も道ばたに立ち止まろうとした。けれども誰かに押されるように立ち止まることさえ容易ではなかった。……

 昭和2年(芥川の死の年)に発表された「歯車」には、片頭痛の症状が繰り返し述べられている。激しい痛みの前兆段階に現れる視覚的なもの、例えば白や黒の形を成していない閃光が視覚を妨害するものであったり、妨害が色とりどりの光によるものであったり、まぶしいジグザグの線によるものであったりする(歯車)。患者の中には、まるで厚いガラスかスモークのかかったガラスを通して見ているかのような、チラチラ光る、ぼやけた、曇った視界を訴える者もいれば、場合によっては視野狭窄や片側視野欠損を訴える者さえいる。
 短編小説「歯車」においても頭痛の前に必ず「歯車」の症状が出現する。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年9月6日月曜日

絵と詩 四角い卵 サキ短編集より

 

(オリジナルイラスト)

 第一次世界大戦中の西部戦線での物語。ある酒場で出会ったフランス軍の兵士とイギリス軍の兵士が話をしている。フランス軍の兵士は「卵は転がって割れてしまうので不便だが、私は四角い卵を産む雌鶏を創意工夫によって作り上げ、叔母と二人で養鶏場を営み、大きな利益をあげている。ところが戦争によって私は兵隊に取られ、叔母がひとりで商売を続けているが、私には分け前をくれず利益を独り占めにしている。私は訴訟を起こし、弁護士費用を集めているが、貸してくれる人がいない。どうか少しのお金でいいから貸してくれないか」とイギリス軍の兵士に頼み込む。面白い話にイギリス軍の兵士ははじめは引き込まれてしまうが、ラストは「こいつは詐欺師だ」と直感し、うまく逃げてしまう。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年8月28日土曜日

絵と詩 花火と夜釣り

 

(オリジナルイラスト)


今年の夏ももう終わり。
海辺では恒例の花火大会が行われた。
すごい爆音とともに次々に打ち上げられる花火は
暗い夜の海も昼間のように明るくする。
夜釣りを楽しむ人たちも
海の中の魚たちもみんな花火の美しさに驚いている。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)



2021年8月22日日曜日

絵と詩 風鈴と西瓜

 

(オリジナルイラスト)


今日も暑い日だ。
部屋で絵を描いていると
スイカが食べたくなってきた。
庭ではセミの声が賑やかだ。
風が吹いてきた。
こんな日には少しの風でもありがたい。
風鈴の心地よい音を聴きながらスイカを食べた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年8月18日水曜日

絵と詩 美しい村 堀辰雄

 

(オリジナルイラスト)


 西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概閉ざされています。その閉ざされているのをいいことにして、それにすこし山の上の方だと誰ひとりそこいらを通りすぎるものもないので、僕は気に入った恰好の別荘があるのを見つけると、構わずその庭園の中へはいって行って、そこのヴェランダに腰を下ろし、煙草などをふかしながら、ぼんやり二三時間考えごとをしたりします。
 たとえば、木の皮葺(かわぶき)のバンガロオ、雑草のおい茂げった庭、藤棚(その花がいま丁度見事に咲いています)のあるヴェランダ、そこから一帯に見下ろせる樅や落葉松の林、その林の向うに見えるアルプスの山々、そういったものを背景にして、一篇の小説を構想したりなんかしているんです。なかなか好い気持です。
 ただ、すこしぼんやりしていると、まだ生れたての小さな蚋(ぶよ)が僕の足を襲ったり、毛虫が僕の帽子に落ちて来たりするので閉口です。しかし、そういうものも僕には自然の僕に対する敵意のようなものとしては考えられません。むしろ自然が僕に対してうるさいほどの好意を持っているような気さえします。
 僕の足もとになど、よく小さな葉っぱが海苔巻きのように巻かれたまま落ちていますが、そのなかには芋虫の幼虫が包まれているんだと思うと、ちょっとぞっとします。けれども、こんな海苔巻のようなものが夏になると、あの透明な翅(はね)をした蛾になるのかと想像すると、なんだか可愛らしい気もしないことはありません。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年8月12日木曜日

絵と詩 コヘレトの言葉 太陽の下、新しいものは何ひとつない。

 

(オリジナルイラスト)


太陽の下、人は労苦するが、
すべての労苦も何になろう。
かつてあったことは、これからもあり、
かつて起こったことは、これからも起こる。

神は人間をまっすぐに造られたが、
人間は複雑な考え方をしたがる。

私の心は知恵と知識を深く見極めたが、熱心に求めて知ったことは、結局、知恵も知識も狂気であり愚かであるに過ぎないということだ。
知恵が深まれば悩みも深まり、知識が増せば痛みも増す。
見よ、どれも空しく
風を追うようなことだった。
太陽の下に、益となるものは何もない。

私は知った。
人間にとって最も幸福なことは
喜び楽しんで一生を送ることだ。
さあ、喜んであなたのパンを食べ、
気持ちよくあなたの酒を飲むがよい。
何によらず手をつけたことは熱心にするがよい。
いつかは行かなければならない陰府(よみ)には
仕事も企ても、知恵も知識も、もうないのだ。

神を畏れる(おそれる)人は、畏れるからこそ幸福になり
悪人は神を畏れないから、長生きできず
影のようなもので、決して幸福にはなれない。

すべてに耳を傾けて得た結論。
「神を畏れ、その戒めを守れ。」
これこそ、人間のすべて。

(旧約聖書 コヘレトの言葉より)




2021年8月7日土曜日

絵と詩 理髪店

 

(オリジナルイラスト)


月に一度は理髪店へ行く。
夏はエアコンが効いて涼し、髭剃り中の昼寝も最高だ。
耳掃除もしてくれし、肩もほぐしてくれる。
家の中と比べたら別世界。
最後に「何かつけますか」と必ず聞かれるから
「ヘアークリームをお願いします」
と答える。
プーンといい匂いがして店を出て行く。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)