2016年11月5日土曜日

紅茶とレモンとケーキ

 ある朝、紅茶とレモンがこんな話をしていました。
「今日は、友だちがやってくる日だ。甘い匂いをぷんぷんさせて、お皿の上にどっかりとのるのさ」
「イチゴなんかを頭にのせて、すました顔してやってくる」
「大人も子供も、そいつにゃ、目がないんだ。すぐにぱくつくんだから」
「飼い犬だって、よだれをたらしてそいつを観てる」
 となりの部屋では、この家の主人がお話を作っています。今書いてるお話は、「お菓子の国の大工さん」。
 お話を書き終えたら、ケーキ屋さんへ行くのです。週に一度、お話が出来たら必ずケーキを食べるのです。
「いまどこまで書けてるのかなあ」
 紅茶とレモンはお話が読みたくて仕方がありません。
 午後になってから、主人はお話を書き終えてケーキ屋さんへ行きました。そしてイチゴのケーキを買ってくると、紅茶を沸かし、レモンを入れてパソコンの画面を観ながらケーキを食べるのです。
 紅茶とレモンとケーキは、食べられる前に、お話を読まなければいけません。
 お腹の中は退屈なので、面白い話が必要なのです。それに、朝、お腹に入ったトーストやハムエッグたちにもお話の続きを話してやらないといけないからです。
 主人は、気になるところを何度も直しながら読んでいきました。みんなもパソコンの画面をじっと観ています。
「先週書いてたお話よりも面白い」とか「登場人物がユニーク」だとか小声が聞えてきます。
 やがて夕方になり、お話は無事に出来上がりました。
 紅茶もレモンもケーキもすっかり読んでしまい、満足しながらお腹の中へ入って行きました。




(未発表童話です)



2016年10月26日水曜日

金儲けをする井戸

 砂漠の真ん中にオアシスがあって、ひとつの井戸がありました。
その井戸には、いつも冷たい水が溢れていて、ラクダに乗った商人が飲んでいきました。
 あるとき井戸はこんなことを考えました。
「みんないつもタダで水を飲んでいくけど、一度もお金をくれたことがない。それはまったくけしからんことだ」
井戸は、それからは、(お水いっぱい1000円)と書いた立札を立てておきました。
 立札を見た商人たちは困りました。
「いやあ、これからはお金を取られるのか」
つぶやきながら、みんな仕方なくお金を払っていきました。
 あるとき、一台のジープが砂煙をあげて猛スピ-ドでやってきました。ジープにはアルカイダのメンバーが乗っていました。みんな立札なんかぜんぜん無視して、ガブガブと水を飲んでいました。
「飲み終わったら、お金を入れてください」
井戸がいうと、みんな凄い目付きで睨みながら、
「何だと、金を払えだと」
といって機関銃をつきつけました。
井戸は震えあがりました。
「結構です。お金はいりません。好きなだけ飲んでいってください」
井戸は商売するのは楽ではないとそのとき実感しました。
 ある日、よろよろのラクダを連れた坊さんがやってきました。喉がからからだったので、さっそく井戸の水を飲もうとしました。
「お金を払って下さい」
井戸がいうと、坊さんは、
「金なんかないよ。かわりにこのラクダをやるよ」
よろよろのラクダをもらっても仕方がないので、
「いらないよ」
「じゃあ、このアラーのお守りをあげるよ。わしの寿命はもう長くないから、困ったときに願い事すればかなうから」
そういって、坊さんは水を飲んでしまうと、どこかへ歩いて行きました。
 ある日、井戸は、昼寝をしながら、「水だけじゃなくて、よく冷えたビールが地下から出て来たら、もっと金儲けができるなあ」と夢を見ていました。
 目が覚めると、井戸の底からぷんぷんといい匂いがしてきました。
「ありゃ、ビールの匂いだ。それによく冷えている、願い事がかなったのかな」
 それからも、夢の中で、野菜ジュース、青汁、オレンジジュース、リンゴジュース、コーラ、カルピス、アイスコーヒーなんかも空想していると、地下からそれらの飲み物が出てきました。
 その噂は、すぐに砂漠中に広がりました。
 毎日のように、商人たちや旅人がやってきて、いろんな飲料水が出てくる不思議な井戸を訪れました。ときどき盗賊やアルカイダのメンバーなどもやってくることもありましたが、その井戸は大変なお金持ちになりました。
 ある日、井戸は人間になって、町のお祭りに行きたいと願いました。
すると、とっくに商人になって、ラクダに乗って歩いていました。
 町へやってくると、たくさん酒場があり、10軒ほどハシゴをしました。
「次はどこへ行こうかな。そうだ、ベリーダンスを観に行こう」
 そういって、賑やかなベリーダンスのお店に入りました。
 おへそが見えるキラキラ輝いたおしゃれな衣装を身に着けたダンサーの踊りを観ながら、井戸は大変ご機嫌でした。
 帰ってきてからも、井戸はたびたび人間になって、町に出かけるようになりました。





(未発表童話です)



2016年10月15日土曜日

クモの巣館

 忘年会が終わってすっかり酔っ払って歩いていた会社員が、信号待ちをしていたタクシーを拾いました。
「南町3丁目までお願いします」
すぐにうしろのドアが開いて、会社員を乗せてタクシーは走り出しました。
会社員はすぐにウトウトと眠り込んでしまいました。
 ごとんごとんー。
その音で眼が覚めました。
「なんだ。道路工事でもやってんのか、ずいぶんでこぼこ道だなあ。家まではきれいな道ばかりのはずなのに」
思いながら、ふと窓ガラスに目を向けました。
「あれ、おかしいな。真っ暗闇だ」
よく見ると、どこかの山道を走っているみたいです。月が少し出ていたので、うっすらと外の様子がわかりました。酔いも覚めてしまい、ふと運転席を見たとき、驚いてしまいました。
人が乗っていないのです。不思議です。運転手がいないのに、ハンドルだけが勝手に動いているのです。
「い、いったいこのタクシーは何んだ。まてよ、まさか。俺は夢を見てんじゃないだろうか」
そう思ってほっぺたをつねってみましたが、痛かったので夢ではないとわかりました。
 やがて眼の前に、明かりが見えました。こんな山の中に家があるのです。近づいて行くとそれは一軒の古びた洋館でした。ホラー映画に出てくるような不気味な館なのです。
 門を通って中庭へ入り、玄関の前でタクシーは止まりました。運転手がいないので、料金をソファーの上に置いて降りました。
「幽霊屋敷かな。困ったなあ。どうしよう」
考えていると、玄関のドアがギーと音を立てて自然に開きました。
ぞっとしましたが、会社員は今夜はここに泊めてもらおうと思いました。中に入ってみると、部屋の中は真っ暗で何も見えません。
 ふと、綿毛のようなものが顔にひっつきました。驚いてライターを取り出して火を着けてみるとびっくりしました。
「部屋中、蜘蛛の巣だらけだー!」
叫んでしばらくしたとき、部屋の奥で、キラリと何かが光りました。会社員は驚いて玄関から逃げようとしましたが、ドアには鍵が掛けられていて開きません。そのうち片方の足が蜘蛛の糸に絡んで歩けなくなりました。凄い粘着質の糸でなかな取れないのです。
 慌てていると、その光がゆっくりとこちらへ近づいてきました。
会社員は、はじめその光が何なのか分かりませんでしたが、ライターの火をもう一度着けたとき、その正体がわかりました。それは体長2・5メートルほどもある大蜘蛛の目だったのです。
「助けてくれー!」
会社員は、ライターの火で絡まった片足の糸をなんとか取り除いてしまうと、そばの地下室へ降りる階段の方へ走って行きました。その後を追って大蜘蛛がゆっくりと近づいてきました。
 ライターの火をたよりに、階段を降りて行くと、暗闇の向こうでも、また何かが光りました。
「まさか」と思ったとき、そばの蜘蛛の糸が身体に巻き付いて、まったく身動きがとれなくなりました。
 階段の上からはさっきの大蜘蛛がゆっくりと降りてきます。口ばしを小刻みに動かしながら、蜘蛛の巣にかかった獲物のすぐそばへやってきました。
 そして、動けなくなった獲物の身体をしっかりと6本の足で掴むと大きな口を開けました。鋭い牙がきらりと光りました。
「ああー、もうダメだ。食われるー!」
暗闇の中で、会社員の悲鳴は次第に聞こえなくなりました。・・・ 

 翌日の晩のことです。一組の礼装をした西洋人の夫婦が、ハンドルだけが勝手に動いている運転手のいないタクシーに乗って、この館から出て行きました。タクシーは町のオペラ館に向かっていました。
 タクシーの後部座席では、夫婦のこんな会話が聞こえてきます。
「昨夜はいい獲物だったね。大蜘蛛に変身したのがよかった。これからも同じ手でいこう」
 夫人も、
「そうね、コウモリや狼なんかに化けて、あちこち出歩くのもめんどくさいからそれがいいわ。でも、この国の男性の血は、トランシルヴァニアの男性より美味しくて驚いちゃった」
 亭主も、にこにこ笑いながら、
「わしもたっぷり頂いたよ。さあ、早く行こう、今夜のオペラが楽しみだ」
 タクシーはスピードを上げて走って行きました。 




(未発表童話です)



2016年10月4日火曜日

観覧車とゴンドラ

 遊園地の中で、今日も観覧車がお客さんを乗せてゆっくりと動いていました。何十個もあるゴンドラたちも上に行ったり、下に行ったり楽しそうに動いていました。
 でも、ゴンドラの中には個性があって、高い所が好きなものと嫌いなものがいるのでした。新しく取り換えられた怖がりのゴンドラは頂上へ連れて行かれると、ガタガタと体を震わせたり、真っ青になって声をはりあげたりしていました。
「ああ、おれはゴンドラになる前は、マンホールの蓋だったんだ。古くなって溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、いつもは地面にいたから、高い所は大の苦手だ」
「おれは、船の錨だったんだ。廃船になってゴンドラになったのだが、海の中は平気だけど、高い所は大嫌いだな」
 となりのゴンドラも、
「おれは、野球場の金網だったんだ。サビが酷くなって取り外されて、やっぱり溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、野球を観るのは好きだけど、高い所はダメだな」
 新しく取り換えられたゴンドラたちは、そんなことを呟いていました。でも、遊園地が始まって観覧車が動き出すと、否応なしに上まで連れて行かれるのです。
「新入りさん、怖いのは最初だけだよ。すぐに慣れますよ」
 観覧車はいいますが、上へ上へとあがっていくうちに、あちこちのゴンドラから悲鳴が聞えてきます。ゴンドラの悲鳴だけならいいのですが、ガタガタと体が揺れるものですから、乗っているお客さんたちも怖がって悲鳴をあげたりします。
 遊園地が終わると、観覧車も停止して、夜はゴンドラたちはぐっすりと眠ります。運の悪い怖がりのゴンドラは高い所で夜を明かさなければいけません。一番頂上に停止しているゴンドラなんかは一睡も出来ずに、翌日は睡眠不足で眠そうに動いていました。
「こんなことだったら、もっとほかの職場で働きたかったなあ」
と怖がりのゴンドラたちは後悔していました。
 ある夜のこと、明るいライトに照らされた賑やかな遊園地の向こうの松林の方から、ドーン・ドーンという凄い音がして夜空がぱーっと明るくなりました。それは夏恒例の花火大会で、松林の向こうで花火を打ち上げているのです。低い所からはよく見えないので、ほかのゴンドラたちは、観覧車に「早く上に行ってくれ」と叫んでいました。
 最初、怖がって、いつもは目をつむってばかりいた新入りのゴンドラたちも、しまいには花火をよく見たいのか、背伸びをしながら光っている夜空を見上げていました。
 観覧車の頂上で観る花火は、本当にきれいによく見えました。花火が光っているすぐ下は静かな海でした。海面にも花火が写って、なんともいえない景色なのです。
 翌日は雨が降りました。雨が上がったあとに虹が出ました。虹の橋は海の向こうまで続いていました。水平線の向こうに船が見え、煙を吐きながら走っていました。
 船の錨だったゴンドラは懐かしそうに、
「もっと早く上に行ってくれよ、よく見たいから」
と観覧車を急き立てます。
 船の向こうには夏の雲が広がって、野球場の試合をいつも観戦していた金網だったゴンドラも、夏の雲を思い出しながら、
「もっと早く動いてくれよ、雲が見たいから」
とか叫んでいました。
 そんなことがあって以来、怖がりだったのゴンドラたちも、みんな頂上へ行くことが平気になりました。




(未発表童話です)



2016年9月24日土曜日

温泉へ行くビーナス

 公園の噴水のところに若いビーナスの像が建っていました。建てられた頃は、肌はすべすべで、着ているドレスも真っ白でしたが、長い間、風雨にさらされてずいぶん汚れていたのです。
 月に一度、公園の管理人さんが水道の水で洗ってくれますが、石鹸もシャンプーも使わずに、ブラシでゴシゴシ洗うものですから、あちこち傷もできていたのです。
「ひどいおじさんだわ。わたしを自動車か何かと間違えてやしないかしら。ああ、美しかったあの頃に戻りたいわ」
ビーナスの像は、いつもそんな不平をもらしていました。
 ある年、公園の近くに温泉が出来ました。町の人たちは、よくその温泉へ出かけました。昼間でも駐車場は車が一杯で、施設の中には、自動販売機コーナーや喫茶店もありました。
 ある日、小鳥たちにその話を聞いたビーナスの像は、自分も温泉に行きたくなりました。
「昼間は人が多くて無理だけど、閉店間際だったら十分に行けるわ」
 決めてしまうと、すぐに実行してしまうビーナスだったので、その夜さっそく出かけて行きました。
 温泉へやってくると、塀を登り、中庭を通って、女性専用の露天風呂へ行きました。途中で人に出会ったら、ポーズをとってその場に立っていました。
 白い湯けむりが向こうに見え、そばまでやってきました。人がいなくなるのを待ってから、こっそりと露天風呂に入りました。
 人が入ってくると、すぐに湯船から飛び出て、壁のところでポーズをとって立っていました。
 女性客は、まったく気づかずに、みんなゆっくり湯船に浸かっていました。
 だけど、出かける回数が増えてくるうちに、だんだんとビーナスの行動も大胆になってきたのです。女性客が入りにきても、そのまま平気で湯船に浸かっているのです。
「あら、いつも来てる西洋の女性だわ、でも肌が白くて本当にうらやましいわ」
女性客たちは、みんなビーナスの美しさに見惚れながらそんなことを呟いたりしていました。
 いつも身に着けているいっちょらいの絹のドレスも洗って、乾くまで自動販売機コーナーのソファーに座ってのんびりしていました。ときどき女性客が話しかけてきます。
「お生まれはどちら」とか「この国にはもう長く」とか尋ねてきます。
 ビーナスも調子に乗って、
「フィレンツェから参りました。日本へ来てもう20年になります」
とか答えていました。
 たまに、ジュースなんかをおごってもらって、閉店までいることもありました。
そんな風に、三日置きくらいに、この温泉へやってきてはさっぱりして公園へ帰って行きました。
  この公園には、もうひとつ像が建っていました。ビーナスの像と50メートルほど離れたポプラの木のそばにダビデの像がありました。
 ある日、ダビデの像は、小鳥たちからどうしてビーナスの像がいつもあんなに美しくピカピカニに光っているのか教えてもらいました。
「なるほど、そうだったのか。じゃ、わたしも温泉へ行ってみよう」
 ところが困ったことがありました。ダビデの像は、素っ裸だったからです。この姿で歩いて行って誰かに見られたら大変です。それで、ポプラの葉っぱでこしらえた手作りのパンツをはいて行くことにしました。
 その夜、ダビデの像はやっぱり閉店間際に温泉へ出かけて行きました。
温泉の塀を登って、男性用の露天風呂へ行きました。ビーナスと同じようにお客に出会ったら、壁のそばで、ポーズをとって立っていました。
 お客がいなくなると、急いで湯船に入りました。
「いやあ、最高にいい気持ちだ」
 そうやって、ダビデの像も頻繁に温泉へ入りに来るようになりました。
そして、やっぱり慣れてくると、お客がやってきても平気な顔で湯船に浸かっていました。
 ときどき、お客がそばにきて、パイプをぷかぷか吹かしながら、
「見事な体格ですな。どんなスポーツやってんですか」とか、「今度の市民マラソンに出てみませんか」とか話しかけてきます。
 そのうち、そのお客とたびたび出会うようになり、何度も市民マラソンに誘われているうちに、とうとう参加することになったのです。
「勝てるかどうかわかりませんが、じゃあ、やってみましょう」
 ダビデの像はあまり乗り気ではなかたのですが、マラソン大会の結果は、2位との差を10分も引き離して見事優勝したのです。優勝のトリフィーも貰って、にこにこと公園へ帰ってきました。
 そんなことなど知らないビーナスの像は、いつものように温泉に入りに来ていましたが、ある夜、女性客から、市民マラソンのことを聞いたのです。
「今年の優勝者は外国人の若い男性で、ダビデという人なんだって」
ビーナスの像はそれを聞いて、
「もしかして」
と思って、50メートル離れたポプラの木の方を見ました。ダビデ像の傍には優勝トロフィーが置てあり、ダビデの像がにこにこ微笑んでいました。
「わたしもあんなトロフィーがほしいなあ」
 思っていると、小鳥がやってきて、いい事を教えてくれました。それは、秋にこの町で、ミス・コンテストの大会があるから出てみてはという話でした。
 もちろんビーナスの像は出てみようと思いました。
「それじゃ、いまから美容トレーニングしなくちゃね」
 ビーナスの像は、それからはより美しくなるために、温泉へ入りに行く以外にも、深夜、ランニングに行ったり、ヨガをやったり、ストレッチ体操をするようになりました。 






(未発表童話です)



2016年9月13日火曜日

カメの絵描きさん

 春になって、カメの絵描きさんは写生をしに外へ出かけました。甲羅の上に、絵を描く道具を乗せて、のろのろと田舎の道を歩いて行きました。草むらにはスミレの花や菜の花がきれいに咲いていて、お日さまもにこにこ笑っています。
「さて、さて牧場は、まだ見えてこないかな」
 去年の春も、牧場へ行き、原っぱで草を食べている牛たちの絵を描いたのです。今年も、牧場の牛たちを描いてみようと思ったのです。
でも、牧場まではずいぶん距離があるので、甲羅の上にはちゃんとお弁当を積んできました。首にも水筒をぶらさげて、のどが乾いたら飲んでいきました。
 二日間歩いて、ようやく行く手に牧場が見えてきました。遠くの方からモーモーという牛たちの声が聞こえてきます。
「やあ、懐かしい声だ。今年もいい絵が描けそうだ」
石ころをよけながら、カメの絵描きさんは、楽しそうに歩いて行きました。
 やがて牧場の牛舎の見えるところまでやって来た時です。
「何だ、あれはー」
カメの絵描きさんは、びっくりして叫びました。
 牛舎のすぐうしろの原っぱに変な風車が建っているのです。周りに柵がしてあって、ずいぶん背の高い風車なのです。
「去年はこんなものはなかったのに」
 それは、灰色に塗装された風力発電用の風車でした。
 見ると、その向こう側にも別の風車が建っています。同じ灰色をしてずいぶん馬鹿でかいのでよく目立ちます。それでも風景と合っているのならいいのですが、ぜんぜん合っていないので困るのです。
「これじゃ、いい絵が描けないぞ」
 カメの絵描きさんは困り果てて、あちこち歩いて絵になる場所を探しました。でも、遠くの方にも風車が建っているので、なかなか構図が決まらないのです。これではいい絵が描けません。
「ああ、がっかりだ。オランダに建っているような風車だったら絵になるのになあ」
 肩を落としていたカメの絵描きさんでしたが、いいことを思いつきました。
「そうだ、牛さんたちに頼んで、場所を移動してもらおう」
 カメの絵描きさんは、牛たちのところへ歩いて行きました。
「こんにちは、みなさん」
 草を食べていた牛たちが振り返りました。
「なんだね」
「絵を描きたいんで、となりへ移動してくれませんか」
「はあ、どうしてだい」
「うしろに風車が建っていて、いい絵が描けないんですよ」
「ああ、あれか、最近はいくつも建ててるやつか」
「竹とんぼのお化けのようで、まったく絵になりません」
「そうかい、じゃあ、わかった」
「お礼に、絵を一枚差し上げますよ」
牛たちは、こころよくとなりへ移動してくれました。
 カメの絵描きさんは、ほっとしながら甲羅の上に積んできた絵の道具を降ろすと、さっそく準備をはじめました。草の上に腰を下ろして、スケッチブックを広げ、最初に鉛筆で下書きしてから、パレットの上に絵具を出して、絵筆を水筒の水に浸しながら描いていきました。
 夕暮れまで描き続けて、たくさん描けました。鉛筆スケッチも何枚も描いたので、牛たちに何枚かプレゼントしました。
 その夜は、牧場の草の中でゆっくり眠ってあくる朝、この牧場から出て行きました。
 帰りは、去年と同じように牧場のそばを流れている小川を泳いで下って行きました。歩かなくてもいいので帰りは楽でした。
 ところが、川を下りながら周囲に目をやると、驚きました。
どこの原っぱを見渡しても、竹とんぼのような風車が建っているのです。
「ああ、こんなにたくさん建ってたら、これから風景画が一枚も描けなくなるな」
 家に帰ってから、カメの絵描きさんは、電力会社に電話をかけました。
「この土地で暮らしている絵描きですが、風力発電用の竹とんぼのような風車のデザインが悪いので、いい風景画が描けません。もっと風景と合ったものを建てて下さい」
 電話を受けた職員の人は、はじめびっくりして聞いていましたが、
「そうでしたか、参考になるご指摘ありがとうございました。今後、社の方で検討させていただきます」
 職員の人はそう答えてくれました。






(未発表童話です)



2016年9月3日土曜日

白馬の騎士とフリーデリケ

 そのお屋敷には三人の姉妹が、お母さんと一緒に楽しく暮していました。今日は、この国の王様が毎年開く、お城での大舞踏会がある日です。
 みんな朝から何度もドレスを着替えたり、お化粧した顔にまたお化粧したり、それはそれは忙しい日でした。
 ところが、一番下の妹は、今年も舞踏会に出かけないのです。
「フリーデリケ、今年もまたお留守番?」
お姉さんたちが、心配そうに聞きました。
「ええ、わたしのことは心配しないで、みんなで楽しい舞踏会へ行ってらっしゃいね」
フリーデリケは、馬車で出かけていくお姉さんたちを、うらやましそうに見送りました。
 そのとき、夜空の向こうから、翼の生えた白馬に乗ったひとりの騎士が、この家のベランダへ舞い降りてきました。
「お嬢さん、なんて悲しそうな顔をしているのですか」
白馬の騎士は、娘のそばへやって来ていいました。
「だってわたし、今年もお城の舞踏会に出られないんですもの」
「そうでしたか。からだに合うドレスが見つからないんですね」
「そうなのよ。わたし、去年よりも、こんなに太っちゃって、とても恥ずかしくて舞踏会へいけないのよ」
食いしん坊の娘は、顔を赤らめながらいいました。
「それじゃ、わたしの国の舞踏会へいらっしゃい。今夜、わたしのお城で仮装舞踏会が開かれるんですよ」
「仮装舞踏会?」
 フリーデリケは、それを聞くとにっこり笑いました。だって、仮装をすれば、この太った体をうまくごまかすことが出来るからです。
「それじゃ、出かけましょう、お嬢さん。しっかりつかまってて下さいよ」
白馬の騎士は、娘を馬に乗せると、空の上にあるそのお城へ行くことにしました。
白馬は、少し重そうな様子で、羽ばたきをしながら、お城へと向かいはじめました。
 やがて、雲の隙間から、うっすらとお城が見えてきました。そのお城は、切り立った雲の岩の上にありました。
 お城の門をくぐり抜けると、大広間の方から、華麗なウインナ・ワルツが聴こえてきました。
「お嬢さん、もうすぐ舞踏会がはじまりますよ。わたしたちも、控え室へ行って仮装服を身につけましょう」
 そういって、白馬の騎士は、馬を地上へ降ろしました。それから二人はいそいで控え室へ行くと、仮装服を身につけることにしました。
 フリーデリケが選んだ服は、かわいい白くまのぬいぐるみでした。白馬の騎士が選んだ服は、ライオンのぬいぐるみでした。
 すっかり、用意の整ったふたりは、手をつないで、舞踏室へ入っていきました。真っ赤なじゅうたんの上では、たくさんのお客さんたちが、様々な仮装服を身につけて、楽しそうにおしゃべりをしていました。
 やがて、室内オーケストラが、「美しき青きドナウ」の曲の演奏をはじめると、会場のお客さんたちは、みんな曲にあわせてワルツを踊りはじめました。フリーデリケも白馬の騎士を相手にしながら、一緒に踊りました。明るいシャンデリアの光のもとで、舞踏室は大にぎわいです。
 踊りながらフリーデリケは、こんなことを考えていました。
「いまごろ、おねえさんたちも、地上の王様のお城で、楽しそうに踊っているでしょうね。でも、わたしのほうが、もっと楽しいわよ。こんなすてきな男性と踊れるんですもの」
 しばらくして、このお城の王様が、家来をしたがえて、舞踏室へ入って来ました。
「みなさん、今夜は、よくいらして下さいました。どうか、時間のゆるすかぎり、ゆっくりくつろいでいって下さい」
 王様のあいさつが終わると、また、ワルツが流れはじめました。
「さあ、もう一曲踊りましょう」
白馬の騎士がいうと、フリーデリケは、ちょっと顔を赤らめながら、
「ええ、お願いします。でも、わたしとても緊張したせいか、お腹がぺこぺこなのよ」
「そうでしたか、それは気づきませんでした。では、食堂へ行きましょう」
 二人は舞踏室から出ていくと、食堂へ向かいました。
 食堂へ行くと、大きなテーブルの上に、豪華な料理が並んでいました。
「さあ、どうぞ、たくさん召し上がってください」
 フリーデリケは、はじめ控えめに食べていましたが、やがて、がつがつといせいよく食べはじめました。
 それを見ながら、白馬の騎士は、
「ずいぶんお腹が空いていたんですね。さあ、ご遠慮なさらずに、たくさん食べてくださいよ。食事がおわったら、わたしの両親を紹介しますからー」
 そういうと、白馬の騎士は食堂から出ていきました。
しばらくして、すっかりお腹がふくれたフリーデリケが舞踏室へもどってくると、王様のそばで、白馬の騎士が待っていました。
「さあ、こちらへいらして下さい。父上、この方が、わたしのフィアンセです」
 それを聞いて、フリーデリケはびっくりしました。
「え、このわたしが、フィアンセですって。そうだったの。この方は本当の王子さまで、わたしのことが好きだったんだわ」
 フリーデリケが、とまどっていると、王様がにこにこしながらいいました。
「どうですかな、お嬢さん。あなたさえよければ、わたしの息子の嫁になってやってはくださらんか。そしたら将来あなたはこの国の王妃さまですよ」
「王妃さま!」
フリーデリケは、それを聞いて、こころの中でにっこり笑いました。
(王妃さまになれるなんて、こんなチャンスは、めったにないわ。毎日、きれいなドレスが着られるし、おいしい料理もたくさん食べられるし、どうしようかなー」
 すると王子さまも、念をおすように、
「どうかお願いします。ぜひとも、わたしの妃になってください」
 フリーデリケは、二人に頼まれているうちに、すっかりその気になってしまい、その場で妃になることを決めてしまいました。
「みなさん、今夜はめでたい夜になりました。さあ、もっと踊りましょう。音楽開始!」
王様のかけ声で、室内オーケストラが奏ではじめたのは、喜歌劇「メリー・ウイドウ」からの愛らしいワルツです。フリーデリケは、夢うつつの気分で、王子さまと踊りはじめました。
 翌日、ずいぶんと早い盛大な結婚式が、お城の中で開かれました。
フリーデリケが、純白のウエディング・ドレスを身につけて、王子さまと式場に現れたとき、お客さんたちは、みんな盛大な拍手を送りました。ふたりは、みんなの祝福を受けながら指輪の交換をしました。
 そして、披露宴会場では、たくさんのお客さんたちと一緒に、楽しい食事をすることになりました。
ところが、朝から緊張の連続で、すっかりお腹がぺこぺこだったフリーデリケは、はじめは、お客さんたちと話をしながら、ゆっくりと食べていましたが、やがて、食べることばかりに夢中になってしまいました。そして、いつものように、つぎつぎとお料理を平らげていきました。
お客さんたちは、その見事な食べっぷりにみんな驚きましたが、
「いいではないか。健康そのものじゃ」
王様がいうと、みんな、またにこにこと笑って、食事をはじめました。
 やがて、結婚式もぶじに終わり、フリーデリケは、お城の中でいつものように楽しい毎日を送ることになりました。
 ところが、何日かすると、お母さんのことや、お姉さんたちのことが頭に浮かんできました。
「いま頃、家の人たちは、何をしているのかしら。だまって出て行ったわたしを、みんなで探しているのかしら」
そんなことを考えていると、またお腹がすいてくるのでした。
 フリーデリケは、お城の食堂へ行っては、お菓子を食べたり、果物を食べたり、ワインを飲んだりして、そんな気持ちをまぎらわせていました。
 けれども、心配ごとは、そればかりではありません。お城には、毎日のように、お客さまがおいでになるので、フリーデリケは、緊張の連続です。お客さまが帰ったあとは、いつも食堂へむかいます。そして、食べる量も日に日に多くなっていきました。
 そんな生活が一年もつづくうちに、お城の食べ物がだんだんと無くなってきました。
「これは、困ったことじゃ、わしらの食べ物も無くなりはしないか」
王様も、お妃さまも、王子さまも、気が気ではありません。
「なんとか、姫の心配ごとを、なおしてやらなくてはいかんな」
みんなが、そんなことを考えているうちにも、フリーデリケは、さかんにお城の食べ物を食べあさります。
食堂が閉まっているときは、お城の庭に植えてある、イチゴやナシやオレンジなんかを、むしゃむしゃと食べるのです。
 そのうちに、庭の果物を食べ尽くしたフリーデリケは、こんどは、お城を抜け出して、近くの農家へ行くと、ぶどうやさくらんぼ、スイカにメロンに、きゅうり、レタスまで食べてしまうのです。
ですから、農家の人たちが、毎日のように、お城へやってきては、王様に苦情を訴えにきました。見かねた王様は、王子さまと相談して、お姫さまを、下界の家へ帰らせることにしたのです。
 翌日、フリーデリケは、王子さまと一緒に、白馬に乗って、お城から出ていきました。そして、なつかしい自分の故郷の家へと向かいはじめました。
 白馬は、来たときよりも二倍も、三倍も体重の増えたフリーデリケを乗せながら、汗をかきかき、ずいぶん苦しそうに飛んで行きました。
 やがて、雲の下に、フリーデリケが住んでいたお屋敷が見えてきました。
「フリーデリケ、なごり惜しいけれど、これでお別れだね。いつまでも、しあわせに」
そういって、寂しそうにしているフリーデリケに、王子さまがお別れの口づけをしようとした時、緊張のあまり、からだのバランスを失ったフリーデリケは、白馬の背中からずり落ちると、そのまま真っ逆さまに、地面に向かって落ちていきました。
 王子さまは、落ちていくフリーデリケを助けることも出来ずに、ただ口を開けて心配そうに見ているだけでした。
(どしーんー!)
 耳をつんざくような大きな音がしたかと思うと、フリーデリケは、いつも見慣れている自分の部屋のベッドの下で、目をさましました。
舞踏会から帰って来たばかりの、お姉さんたちが、その音を聞きつけて、どかどかと部屋へ入ってきました。
「フリーデリケ大丈夫、また寝ぼけてベッドから落ちたのね。でも、今夜はどんなすてきな夢を見ていたのかしら」
 お姉さんたちの問いかけに、フリーデリケは、眠気まなこで、空の上のお城へ行ったことをはなしました。でも、いつものようにお姉さんたちは、ぜんぜん信じてくれませんでした。
 けれども、フリーデリケの指には、王子さまから貰った結婚指輪が、しっかりとはめられていたのを、彼女自身もそのときにはぜんぜん気づいていませんでした。 

              




(自費出版童話集「白馬の騎士とフリーデリケ」所収)