2016年10月4日火曜日

観覧車とゴンドラ

 遊園地の中で、今日も観覧車がお客さんを乗せてゆっくりと動いていました。何十個もあるゴンドラたちも上に行ったり、下に行ったり楽しそうに動いていました。
 でも、ゴンドラの中には個性があって、高い所が好きなものと嫌いなものがいるのでした。新しく取り換えられた怖がりのゴンドラは頂上へ連れて行かれると、ガタガタと体を震わせたり、真っ青になって声をはりあげたりしていました。
「ああ、おれはゴンドラになる前は、マンホールの蓋だったんだ。古くなって溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、いつもは地面にいたから、高い所は大の苦手だ」
「おれは、船の錨だったんだ。廃船になってゴンドラになったのだが、海の中は平気だけど、高い所は大嫌いだな」
 となりのゴンドラも、
「おれは、野球場の金網だったんだ。サビが酷くなって取り外されて、やっぱり溶鉱炉で溶かされてゴンドラになったんだが、野球を観るのは好きだけど、高い所はダメだな」
 新しく取り換えられたゴンドラたちは、そんなことを呟いていました。でも、遊園地が始まって観覧車が動き出すと、否応なしに上まで連れて行かれるのです。
「新入りさん、怖いのは最初だけだよ。すぐに慣れますよ」
 観覧車はいいますが、上へ上へとあがっていくうちに、あちこちのゴンドラから悲鳴が聞えてきます。ゴンドラの悲鳴だけならいいのですが、ガタガタと体が揺れるものですから、乗っているお客さんたちも怖がって悲鳴をあげたりします。
 遊園地が終わると、観覧車も停止して、夜はゴンドラたちはぐっすりと眠ります。運の悪い怖がりのゴンドラは高い所で夜を明かさなければいけません。一番頂上に停止しているゴンドラなんかは一睡も出来ずに、翌日は睡眠不足で眠そうに動いていました。
「こんなことだったら、もっとほかの職場で働きたかったなあ」
と怖がりのゴンドラたちは後悔していました。
 ある夜のこと、明るいライトに照らされた賑やかな遊園地の向こうの松林の方から、ドーン・ドーンという凄い音がして夜空がぱーっと明るくなりました。それは夏恒例の花火大会で、松林の向こうで花火を打ち上げているのです。低い所からはよく見えないので、ほかのゴンドラたちは、観覧車に「早く上に行ってくれ」と叫んでいました。
 最初、怖がって、いつもは目をつむってばかりいた新入りのゴンドラたちも、しまいには花火をよく見たいのか、背伸びをしながら光っている夜空を見上げていました。
 観覧車の頂上で観る花火は、本当にきれいによく見えました。花火が光っているすぐ下は静かな海でした。海面にも花火が写って、なんともいえない景色なのです。
 翌日は雨が降りました。雨が上がったあとに虹が出ました。虹の橋は海の向こうまで続いていました。水平線の向こうに船が見え、煙を吐きながら走っていました。
 船の錨だったゴンドラは懐かしそうに、
「もっと早く上に行ってくれよ、よく見たいから」
と観覧車を急き立てます。
 船の向こうには夏の雲が広がって、野球場の試合をいつも観戦していた金網だったゴンドラも、夏の雲を思い出しながら、
「もっと早く動いてくれよ、雲が見たいから」
とか叫んでいました。
 そんなことがあって以来、怖がりだったのゴンドラたちも、みんな頂上へ行くことが平気になりました。




(未発表童話です)



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