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N警察署の刑事・村瀬(47歳)は、捜査会議を終えて自席に戻った。彼は先日起きた書店店長殺害事件の担当刑事であり、犯人とされる投資家・池上亮一の調査を受け持っていた。
池上は現在、精神病院に収容されている。数か月前にも出前配達員殺害容疑で逮捕されたが、統合失調症のため不起訴となり、病院へ送られた経緯がある。病院側は彼の病歴を詳細に調査し、警察へ報告済であった。
村瀬が病歴を読んで特に注目したのは、池上の10代の頃の症状だった。
14歳の池上は自閉症の傾向から不登校となり、半年ほど精神科に通院していた。その頃から妄想の兆候が見られたが、病状は軽度と判断され、通院は終了した。
中学時代の池上の病歴には、興味深いエピソードがある。
ある雨の日、授業後、帰宅するために下駄箱へ行くと自分の傘がなくなっている。「誰かが盗った」と池上は激しく怒り、数日間にわたって犯人捜しを続けていた。
また、昼食時に弁当の味がおかしいと感じ、「誰かが殺虫剤を入れた」と信じ込んだ。クラスメートを一切信用せず、常に疑いの目を向けていた。その執念深さに教師たちも驚いたという。しかし、これらの症状は数年後には回復し、学校生活も順調だった。
村瀬はこれらの記録を読み、今回の犯行が精神病の再発によるものと推測した。
だが、病歴と事件調書を読みながら、いくつかの不可解な点に気づく。池上は供述の中で、頻繁に送られてくる白紙の手紙の事と無言電話について語っていることだ。
村瀬は事実確認のため、池上の住居周辺の郵便局を訪れ、職員に聞き込みを行った。すると、20代の若い男性が、頻繁に手紙を投函していたことが分かった。その人物が池上であるのか、別の人物なのかは確認出来ていない。池上自身が精神病の混乱の中で自分宛に白紙の手紙を送った可能性もあり、本人もその行動を覚えていない。
では、無言電話は誰なのか。
村瀬の脳裏に浮かんだのは、書店で一緒に働いていたという男・鈴木の存在だった。しかし、鈴木は遠洋マグロ漁船で水死したとされている。死者がよみがえるなどありえない。
だが、池上に執拗に付きまとっていた人物はこの人物以外には考えられない。もし鈴木が生きているとしたら――。
村瀬は鈴木が乗船していた漁業会社に問い合わせてみた。漁業会社の担当者の話では、その年の冬、インド洋で操業中だったマグロ漁船の漁師が一人、水死したことが分かった。だが、遺体はいまだに発見されていない。名前は「鈴木」だが、年齢は48歳だった。
「水死した漁師は48歳? 名前は同じだが、年齢が違う」
村瀬がさらに詳細に調べると、そのマグロ漁船が出航する前に、下船した漁師がいたことが分かった。その漁師は年齢が29歳(池上亮一と同年齢)で、同じ鈴木という人物だった。しかし苗字は同じだが名前が違っていた。海で死んだ男は鈴木儀雄だが、乗船しなかった男は鈴木義雄だった。読みは同じだが、漢字が少し違っている。
「そうか。池上の同僚だった鈴木は、海で死んだのではない。死んだのは別人だったのだ」
村瀬は推理をやり直した。出航前に姿を消した鈴木義雄は、身を潜めながら池上に接近していた疑いがある。目的は、おそらく池上の資産を奪うためだろう。
白紙の手紙、無言電話、アパートの窓越しの男――すべて鈴木義雄の仕業だったのではないか。
目的が資産を奪うためならば、池上の銀行口座を早急に調査する必要がある。おそらく池上が入院中に彼の口座から不正に現金を引き出した可能性があるからだ。
村瀬は池上が利用していた郵便局、銀行に問い合わせて口座を調べてもらった。
池上が頻繁に利用していた郵便局の口座を調べてみると、この数か月の間に、すべての現金がカードで引き出されていた。池上はほかにも3つの銀行に口座を持っており、それぞれ5000万円が預けられていた。鈴木という男が犯人であれば、近いうちに、これらの金も狙うはずだ。村瀬は他の刑事と一緒に3つの銀行を張込むことにした。数日間は何事もなかった。しかし10日後――。
この町のR銀行I支店のATMに、午後3時過ぎ、サングラスとマスクを掛けた若い男がやってきた。その男はカードで現金を下ろすと、そのあとすぐにM銀行N支店へ行き再び現金を下した。次にF銀行のD支店でもカードで現金を下ろした。それを確認した刑事がその場に飛び込んだ。サングラスの男は驚き、逃げようとしたが、刑事に腕を掴まれ、すぐに手錠を掛けられた。
男は警察署に連行され、取り調べの結果、村瀬刑事の推理通り、鈴木義雄であることが分かった。鈴木は過酷なマグロ漁船の仕事に耐えられず、もっと楽に金を得る方法、つまり池上に接近し資産を奪うことを思いついたのだ。鈴木は刑事の追及に完全に屈服し、自分の罪を認め、犯行のすべてを自供し、この事件は解決した。(完)
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