2022年5月28日土曜日

絵と詩 黒猫 エドガー・アラン・ポー

 

(オリジナルイラスト)


 ある朝、冷然と、私は猫の首に輪索(わなわ)をはめて、一本の木の枝につるした。――眼から涙を流しながら、心に痛切な悔恨を感じながら、つるした。――その猫が私を慕っていたということを知っていればこそ、猫が私を怒らせるようなことはなに一つしなかったということを感じていればこそ、つるしたのだ。――そうすれば自分は罪を犯すのだ、――自分の不滅の魂をいとも慈悲ぶかく、いとも畏るべき神の無限の慈悲の及ばない彼方へ置く――もしそういうことがありうるなら――ほどにも危うくするような極悪罪を犯すのだ、ということを知っていればこそ、つるしたのだった。この残酷な行為をやった日の晩、私は火事だという叫び声で眠りから覚まされた。私の寝台のカーテンに火がついていた。家全体が燃え上がっていた。妻と、召使と、私自身とは、やっとのことでその火災からのがれた。なにもかも焼けてしまった。私の全財産はなくなり、それ以来私は絶望に身をまかせてしまった。この災難とあの凶行とのあいだに因果関係をつけようとするほど、私は心の弱い者ではない。しかし私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、――一つの鐶(かん)でも不完全にしておきたくないのである。火事のつぎの日、私は焼跡へ行ってみた。壁は、一カ所だけをのぞいて、みんな焼け落ちていた。この一カ所というのは、家の真ん中あたりにある、私の寝台の頭板に向っていた、あまり厚くない仕切壁のところであった。ここの漆喰(しっくい)だけはだいたい火の力に耐えていたが、――この事実を私は最近そこを塗り換えたからだろうと思った。この壁のまわりに真っ黒に人がたかっていて、多くの人々がその一部分を綿密な熱心な注意をもって調べているようだった。「妙だな!」「不思議だね?」という言葉や、その他それに似たような文句が、私の好奇心をそそった。近づいてみると、その白い表面に薄肉彫りに彫ったかのように、巨大な猫の姿が見えた。その痕はまったく驚くほど正確にあらわれていた。その動物の首のまわりには縄があった。
「黒猫」は、1843年に発表されたエドガー・アラン・ポーの怪奇小説。過度の飲酒によって可愛がっていた黒猫を殺した男が、それとそっくりな猫によって復讐される話。精神が錯乱した男は妻も殺害し、その死体を地下室の煉瓦の壁の中に埋め込む。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年5月22日日曜日

絵と詩 早すぎる埋葬 エドガー・アラン・ポー

 

               (オリジナルイラスト)

 この想像に捉えられたのち数分間、私はじっとして動かずにいた。なぜか? 動くだけの勇気を奮い起すことができなかったのだ。私は骨を折って自分の運命をはっきり知ろうとは無理にしなかった、――しかし心にはたしかにそうだぞと私にささやくなにものかがあった。絶望――どんな他の惨めなことも決して起きないような絶望――だけが、だいぶ長くためらった末に、私に重い眼瞼をあけてみることを促した。とうとう眼を開いた。真っ暗――すべて真っ暗であった。私は発作が過ぎ去ったのを知った。病気の峠がずっと前に過ぎ去っていることを知った。私はもう視力の働きを完全に回復していることを知った、――それなのに真っ暗であった、――すべて真っ暗であった、――一条の光さえもない濃い真っ暗な永遠につづく夜であった。私は一所懸命に大声を出そうとした。すると唇と乾ききった舌とはそうしようとして痙攣的に一緒に動いた、――がなにか重い山がのしかかったように圧しつけられて、苦しい息をするたびに心臓とともにあえぎ震える空洞の肺臓からは、少しの声も出てこなかった。このように大きな声を出そうとして顎を動かしてみると、ちょうど死人がされているように顎が結わえられていることがわかった。また自分がなにか堅い物の上に横たわっているのを感じた。そして両側もなにかそれに似たものでぴったりと押しつけられていた。これまでは私は手も足も動かそうとはしなかった、――がこのとき、いままで手首を交差して長々とのばしていた両腕を荒々しく突き上げてみた。すると顔から六インチもない高さの、私の体の上にひろがっている固い木製のものにぶっつかった。私は自分がとうとう棺のなかに横たわっているのだということをもう疑うことができなかった。
「早すぎる埋葬」は、エドガー・アラン・ポーの怪奇小説。「仮死状態」や「全身硬直症」のため死亡と誤認されて生きながら埋葬される恐怖を描いている。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年5月16日月曜日

絵と詩 ウィリアム・ウィルスン E・A・ポー

 

(オリジナルイラスト


 彼の部屋へ着くと、ランプに笠をかけて室の外へ残しておいて、音をたてずに内へ入った。私は一足踏みこんで、彼の静かな寝息に耳をすました。彼の眠っていることを確かめると、戻って、ランプを手に取り、それを持ってまた寝床に近づいた。寝床のまわりはカーテンでぴったり閉じこめてあったが、自分の計画にしたがって、そのカーテンをゆっくりと静かにひきのけたとき、明るい光線が眠っている者の上へきっぱりと落ち、私の眼は同時に彼の顔の上へ落ちた。私は眺めた。――と、たちまち、しびれるような、氷のように冷たい感じが体じゅうにしみわたった。胸はむかつき、膝はよろめき、全心は対象のない、しかし堪えがたい恐怖に襲われた。息をしようとして喘ぎながら、私はランプを下げてもっとその顔の近くへよせてみた。これが――これがウィリアム・ウィルスンの顔なのであろうか? 私はそれが彼のだということをちゃんと知っていた。が、そうではないような気がして、瘧(おこり)の発作にでもかかったかのようにぶるぶる震えた。その顔のなにが自分をそんなぐあいにどぎまぎさせたのであろうか? 私はじっと見つめた。――すると、さまざまな筋道の立たぬ考えが湧き上がって頭がぐらぐらとした。彼が目が覚めていて活溌でいるときは、彼はこんなふうには見えなかった、――たしかにこんなふうには見えなかった。同じ名前! 同じ体つき! この学校への同じ日の到着! それからまた、私の歩きぶりや、声や、服装や、態度などにたいする彼の執念ぶかい無意味な模倣! 自分のいま目にしているところのものが、そういう皮肉な模倣を不断にやりつけていることの単に結果なのだということが、まことに、人間の力でできることであろうか? 畏怖の念に打たれ、ぞっと身ぶるいしながら、私はランプを吹き消し、こっそりその部屋を出て、すぐにその古い学校の校舎を立ち去り、二度と決してそこへ戻らなかった。
 「ウィリアム・ウィルスン」は、ドッペルゲンガー(自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種。自己像幻視)を取り扱ったエドガー・アラン・ポーの怪奇小説。イギリスの寄宿学校で出会った自分と瓜二つの学友に始終つきまとわれる恐怖を描いている。

(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2022年4月29日金曜日

絵と詩 白い家

 

               (オリジナルイラスト)


森の中の静かな沼地を歩いていると、
二階建ての白い家を見つけた。
誰か住んでいるのだろうか。
雨戸は開いている。
夢の中に出てくるような風景なので、
キャンバスを降ろしてさっそく描きはじめた。
絵筆を動かしながら、
周りから聴こえてくる小鳥たちの囀りにも聴き入った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年4月20日水曜日

オリジナルイラスト 岬のオルゴール館


               (オリジナルイラスト)

  5年前に創作したオリジナル童話「岬のオルゴール館」のイラストです。日本海の寂しい岬に建つ不思議なオルゴール館の中で、旅人はいろんな時代へタイムスリップします。ドイツ、イタリア、フランス、アメリカ、ロシアなど世界を旅行しながら、珍しいオルゴールに出会います。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年4月5日火曜日

絵と詩 春の公園

 

(オリジナルイラスト)

今朝、公園の中を散歩した。
どこを見ても絵になる風景だ。
川の水はよく澄んで、色とりどりの花が咲いている。
白い橋を渡って東屋で一休みしよう。
花の匂いを嗅ぎながら
楽しい春の空想に耽ろう。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2022年3月27日日曜日

絵と詩 町の画材店

 

(オリジナルイラスト)

春になって絵を描きに外へ出かけた。
町の画材店に立ち寄って、
不足している絵の具や薄め液、ペインティングオイルを買い、
桜が満開の公園へ行った。
今日は平日なので人は少なかった。
桜の木の近くにキャンバスを立てて、
夕方まで絵を描いた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年3月15日火曜日

絵と詩 音楽室でのギター練習


(オリジナルイラスト)

もうすぐ春だ。
日に日に暖かくなってきた。
窓の外は花が咲き始めている。
今日も音楽室でギターの練習だ。
春にはギターコンサートが予定されている。
いま「さくら変奏曲」を練習中だ。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2022年3月10日木曜日

絵と詩 雪が残る画廊

 

               (オリジナルイラスト)

今年の冬は長かった。
この町でも雪がよく降ったが、
3月に入ると寒気も抜けて、気温も少しずつ上がってきた。
ある日の午後、町の画廊の前を通った。
道路にはまだ根雪が残り、風も冷たかったが、
画廊のショーウインドー の中は春の景色でいっぱいだった。
早く暖かな春の季節を見たいものだ。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年3月1日火曜日

絵と詩 ウクライナ幻想

 

              (オリジナルイラスト)

雪の降った朝、いつもの散歩道を歩いていると、
どこからかキャタピラの音が聞こえてきた。
除雪作業のブルドーザーとばかり思っていたが、
曲がり角から現れたのは戦車だった。
「どこの国の戦車だ!」
連日のウクライナ報道を聞いていたので、
そんな不気味な幻想を見たのだ。
もし日本でこんな事態が起きたらどうなるのか。
家に帰るとネットやテレビからウクライナの最新ニュースが頻繁に流れてくる。
EU加盟国ではロシアに対する経済制裁やウクライナ支援のための武器供与などを盛んに行っている。
ロシア政府は世界を相手に戦争するつもりなのだろうか。
欧州はいま世界大戦の入り口に立っている。
こんな異常事態は早く終わらせないといけない。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年2月26日土曜日

絵と詩 つららの洞窟

 

(オリジナルイラスト)


森を抜けると、広い凍った湖に出た。
雪の湖畔を歩いて行くと、
山の洞窟に辿り着いた。
洞窟の中はつららが垂れ下がり、とても神秘的な光景だった。
この洞窟はどこまで続いているのだろう。
ひんやり静まり返った洞窟の中を歩いて行った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年2月19日土曜日

絵と詩 凍った風見鶏

 

(オリジナルイラスト)

昨夜はこの村の宿に泊り、
朝早くにこの村を出て行った。
風は冷たく、雪も舞っていた。
雪道はどこまでも続いていた。
ある家の屋根の風見鶏はすっかり凍りついて、
北ばかりを示していた。
灰色の空は気分を重くした。
吹雪にならないことを祈って、
一歩一歩進んで行った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年2月14日月曜日

絵と詩 大雪のコーヒー喫茶

 

              (オリジナルイラスト)


雪に埋もれた森を抜け、
ある村へ辿り着いた。
村の外れにコーヒー喫茶があった。
屋根にはどっさり雪が積もり、
店の正面だけが見えていた。
よかった営業中だ。
店に入るとストーブが暖かく燃えていた。
お客は私ひとりきりだった。
久しぶりに飲むホットコーヒーで身体が温まった。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年2月5日土曜日

絵と詩 大雪のやまのおんせん駅

 

               (オリジナルイラスト)

冬の日に電車に乗って
旅に出かけた。
山間のある町に温泉があったので、
途中下車してその夜は温泉宿に泊った。
温泉は気持ちよかった。料理もうまかった。
朝、目が覚めると大雪だった。
一晩に1メートル以上積もっていた。
駅に行ってみるとホームも線路も雪で埋まっていた。
ラッセル車はどうしたのだろう。
山の中で立ち往生しているのだろうか。
その日はあきらめて
もう一晩温泉宿に泊った。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年2月1日火曜日

絵と詩 港の屋台ラーメン

 

              (オリジナルイラスト)

冬の舞鶴港にロシアの貨物船が入港した。
港では屋台のラーメン屋が商売をしている。
冬の日にはラーメンがよく売れる。
昨日はフィリピンの貨物船も入港した。
ホカホカと湯気を出している屋台に、
ロシアの船員が集まってきて、
みんな、「вкусные、вкусные(うまい)、(うまい)」
といって注文したラーメンを食べていた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年1月26日水曜日

絵と詩 スキーをする宇宙人


               (オリジナルイラスト)

山は大雪で通行止めとなり、
スキー場にはスキー客の姿が見えない。
ある日遠い星からやって来た宇宙船が
山のスキー場へ降りてきた。
宇宙人たちは長い旅でみんな退屈していたので
一日中スキーをして楽しんだ。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年1月20日木曜日

オリジナル童話 氷の国の王子

 
 その国は一年中、雪と氷で覆われていました。氷のお城に住む王子は、透き通った氷の窓から、お城の凍った池をいつもつまらなそうに見ていました。
「ああ、この国といったらまるで氷河期だ。一度でいいから暖かい国へ行きたいものだ」
 部屋のまわりはすべて無色で、どこもひんやりしていました。
 朝起きると、氷の皿には冷たいパンと果物、氷のカップには冷たいミルクが置いてありました。
 少しも温まらない朝食が終わると、王子はいつものように庭を散歩しました。
 堀池の凍った水の中に、年中眠っている動かない魚たちがしずかに休んでいました。魚たちは太陽を見たことがなく、氷も溶けたことがありません。
 堀池の向こうは雪の野原で、森も湖もすべて雪で埋まっていました。王子はそれらの寂しい風景を眺めてはいつも歎いてばかりいました。
 あるとき王子はこんなことを思いつきました。
「そうだ、手紙を書いてそれを伝書鳩に付けて飛ばしてみよう。もしも暖かい国へ飛んで行ってくれたら、誰かがその手紙を読んでくれるはずだ」
 王子はさっそく手紙を書くことにしました。そして伝書鳩に付けて飛ばしました。
 だけどひと月がたち、ふた月がたっても、なんの知らせもありませんでした。やがて王子は手紙のことも忘れてしまいました。
 ある冷たい月が輝く夜のことでした。
 王子は御者を連れて馬ぞりに乗り、深夜の散歩に出かけました。
 ある険しい氷の山道を走っていたとき、水晶のように輝いている氷の洞窟を見つけました。
 洞窟の中へ入ると、行く手にうっすらと明かりが見えました。馬ぞりは明かりめざして走って行きました。
 洞窟を出てみると周りは吹雪で、何も見えません。
「困った。ここはどこだろう」
 御者と相談して吹雪が止むまでこの場所に留まることにしたのです。
 そんなときでした。吹雪の中に明かりが見えました。それは山小屋の明かりでした。
「あの家に泊めてもらおう」
 その家には老人がひとり住んでいました。
 老人はその人が王子だと聞いて、快く宿を貸してくれました。
 夕食をご馳走になったあと、老人は王子が話すいろいろな話を聞いてこんなことを教えてくれました。
「暖かい国へ行きたいのなら、その先にある洞窟をさらに真っすぐに行けばその国へ行けます。昔、何人かの村人がその国へ行きました。でもだれもまだ帰ってきません。きっとその国は住みよいところなのでしょう」
 老人の話を聞いて王子は喜びました。
「ぜひその国へ行ってみたい。どうもありがとう」
 王子は朝になると、馬ぞりに乗って洞窟を捜しに出かけました。昨夜の吹雪は止み、粉雪が舞っていました、
 洞窟はすぐに見つかりました。馬ぞりが走れくらい広い洞窟でした。中はひんやりしていましたが、氷の壁はまるでダイヤモンドのように輝き、王子はじっと見惚れていました。
 馬ぞりは何日も何日も洞窟の中を走りました。だけどいっこうに暖かい国へ出られません。そのうちに馬は疲れ果てて、立ち止まることが多くなりました。
 寒さと眠さのために、王子は独り言をつぶやくのでした。
「本当にそんな国へ行けるのだろうか」
 そのうちに馬は疲れのために倒れ、まったく動かなくなりました。王子も御者も寒さのために眠ってしまいました。
 その頃、氷の国から遠く離れた暖かい国のあるお城の中で、ひとりの王子が数日前、お城へ飛んできた伝書鳩が持ってきた知らない国の王子の手紙を読んでいました。
「その国へ行ってみたいなあ。その王子にも会ってみたい」
 その夜、王子は不思議な夢を見ました。それは、どこかの山の洞窟の中で、寒さに震えながら王子が馬ぞりの中で眠っている夢でした。
「ああ、きっと手紙を書いた氷の国の王子だ。わざわざ暖かい私の国へ来てくれたのだ」
 王子はその夢を召使のひとりに話しました。
 その召使はむかし、山の洞窟を通ってこの国へやって来た旅人だったのです。
「お前はいつか氷の国からこの国へ来たと話したな」
「さようでございます。その洞窟はお城からそれほど離れていない山の中にございます」
 王子はさっそく馬車を用意させると、その召使を連れて山へ出かけて行きました。
 緑の森を抜け、馬車は山道を登って行きました。やがて洞窟を見つけました。        
「あの洞窟でございます。地球の裏側まで続く長い洞窟で、氷の国へ続いております」
「では、急ごう」
 馬車は洞窟の中へ入って行きました。
 何日も走って行くと、やがて空気が冷たくなってきました。地面は氷の道になりました。
 王子は持ってきた毛皮のコートを着込んで馬を急がせました。
 ある日、洞窟の中に馬ぞりが止まっているのを見つけました。
「あの中に王子がいるのだ。さあ、救い出そう」
 そこにはとっくに死んだ馬と御者がいました。王子はまだ息がありました。
「早く連れて帰ろう」
 自分の馬車に乗せて暖かい国へ帰って行きました。
 氷の国の王子は無事に助けられ、ある日、知らないお城のベッドの中で目を覚ましました。
「ここはどこだ」
 周りが明るくて、窓の外を見ると、花壇があり花が咲いていました。木の枝では小鳥が囀っています。それは暖かい国のお城の中庭でした。
 部屋の戸が開いてこの国の王子が姿を現しました。
「よく眠っていたね。手紙をくれたのは君か」
「そうです。あなたに届いたのですね」
 二人の王子はすっかり友達になりました。
 夕食のとき、食事をしながらいろんな話を聞きました。この国ではいつも太陽が輝き、たくさんの作物が採れ、山も野原も四季おりおりの美しい花が咲くのです。
 氷の国の王子は話を聞きながらこの国は本当にすばらしい国だと実感しました。
 けれども暖かい国の王子もまた、氷の国の世界のことをとても興味を持って聞きました。「雪も氷も知らないお城のみんなに話せばきっと喜ぶだろう」
 そこで王子はお城にやってくるたくさんのお客様に、氷の国の王子を紹介しました。
とりわけ女性たちには大人気でした。王子はとても肌が白くて人目をひいたからです。
「わたしたちも氷の国へ行ってみたい」
 女性たちは王子を見てはつぶやくのでした。
 やがてこの国に夏がやってきました。山も野原も緑が深まり、木には果物が実り、眩しい太陽がいつもこの国を照らしました。
 夜になると、花火を打ち上げて、毎晩のように舞踏会が開かれました。氷の国とは違って、みんないきいきと踊っていました。
 あるとき、暖かい国の王子がいいました。
「私の趣味をお見せしましょう」
 お城の別館へ行くと、そこには広いアトリエがありました。王子が描いた風景画、静物画、人物画がたくさん壁に飾ってありました。
 どの絵も色彩豊かな見事な絵ばかりでした。
 だけど王子は満足してはいませんでした。冬の景色を描いた絵がひとつもなかったからです。
「何度も想像で描いてはみたが、やはりうまく描けない。やっぱり冬を見なければだめだ。君の国が羨ましい」
 はじめて聞いた言葉に、氷の国の王子は驚きました。これまでそんなことを言われたことがなかったからです。
 隣りの部屋は音楽室でした。ギター、リュート、ビオラ・ヴァイオリン、横笛、オルガンなどが置いてありました。
 王子のもう一つの趣味は、楽器を演奏すること、そして作曲でした。
 作曲は聖書の詩編などに曲を付けることでした。これまでにいくつかの明るい歌曲や器楽の曲を作りました。でも、冬にちなんだ曲はひとつも書いていませんでした。
 何曲か弾いてくれました。森の描写、小川のせせらぎ、小鳥の囀りが聞こえてきそうな曲でした。
 氷の国の王子がそれらの趣味を見せてもらって部屋へ帰ってくると、召使がお茶を持ってきました。その召使は、昔、氷の国からやってきた旅人でした。
 王子は尋ねました。
「どうしてお前は、氷の国へ帰らなのだ。この国にいるのが満足なのか」
 召使は答えました。
「はい、さようでございます。この国は住みやすい所です、氷の国では仕事もなく、ずいぶん貧乏でした」
 氷の国の王子は、それを聞いて自分は国王の息子なのになんてつまらない人間なんだろうと思いました。国民はみんな貧乏で暮らしているのに、自分たち王族はなにもせずにのんびりと暮らしているのです。国民のために仕事も与えなかったのです。
 王子は聖書の中に、「富を持つ者が天の国に入ることがいかに難しいことか」、また「富のあるところに、その人のこころがある」と書かれていたのを思い出しました。
 王子は聖書の言葉を深く考えながら、それを氷の国で実現しようと決心しました。
 その召使は、ほかにもこの国のことをいろいろと教えてくれました。
 この国は気候が良く、作物も家畜も多く量産できるのですが、保存が出来ず、すぐに腐ってしまいます。これまでどれだけのものが廃棄されたでしょう。それを解決する方法が必要だということでした。
 また干ばつのときは、水不足で国民はずいぶん苦労することもあるそうです。
 王子はその話を聞きながら、ふと解決策を思いつきました。
「私の国の氷を持ってくれば解決できる。山の洞窟から運んでくればよいのだ」
 氷の一部は食物の保存に使い、一部は山の上に積み上げればよいのだ。氷は太陽の熱で溶かされてやがて川へ流れていく。それらの仕事を国民に与えることが出来る。
 それが実現できれば、この暖かい国と氷の国の人々の幸福につながる。王子は頭の中でほかにもいろんなアイデアを考えました。
 ある日、この国の王子にそのことを話しました。
「それはすばらしい考えだ。私の方でもぜひ協力したい。国民も喜ぶだろう」
 この国の王子に了解を得ると、氷の国の王子は久しぶりに氷の国へ帰ることにしました。
 山の長い洞窟を馬車で走り、途中で馬ぞりに乗り換えて、氷の国へ向かいました。
 数年が経つと、氷の国の王子は、王さまと国民の同意を得て作業に着手しました。
 作業の様子は、暖かい国の王子のところへも手紙で送られてきました。
 やがて洞窟の中は整備されて、毎日荷馬車が行き来するときがやってきました。重い氷を乗せて荷馬車は走りました。
 氷のおかげで暖かい国の国民はますます豊かになりました。また、太陽が輝く国で収穫された食べ物も氷の国へ運ばれてきました。いままで新鮮な食べ物を味わったことがなかった氷の国の人々も喜びました。
 あるとき、暖かい国の王子が手紙に「あなたの国へ行きたい」と書いてきました。
 氷の国の王子は「ぜひ来てください」と返事を書きました。
 ある日、暖かい国の王子がこの国へやってきました。いままで見たこともない雪と氷で覆われた世界を見て大変驚きました。
「これはすばらしい世界だ。この美しい銀世界をぜひ絵に描いて持って帰りたい」
 歓迎式がすむと、翌朝、ふたりの王子は馬ぞりに乗って、氷の山や湖を走り回りました。
 どこまでも白く輝く世界にすっかり魅了された暖かい国の王子は、お城へ戻ると、毎日絵筆を握りました。滞在中におびただしい数の油絵を仕上げたのです。
 また、夜の音楽会には自作の器楽曲や歌曲を演奏させました。
 暖かい国の音楽に、お城の人たちは驚きの目で聴いていました。
「わたしも暖かい国へ行ってみたい」
と誰もがいいました。
 長い滞在を終えて、暖かい国の王子は帰って行きました。ふたつの国は、その後も長く交流を続け、どの国よりも栄えたのです。
 十年の歳月が流れ、二人の王子は王さまの死によって国王の位につきました。
 氷の国も暖かい国も二人の王さまによって平和に満ちた暮らしをしていました。
 ある日のことです。ひとりの白い服を着た旅人が氷の国のお城へやってきました。
「王さまにお会いしたいのです。大切なお話があります」
 いかにもみすぼらしい人物だったので、番兵は容易に中へ入れようとはしませんでした。
「誰だかわからない者を、王さまに会わせるわけにはいかない」
 でも旅人があまりに真剣な顔つきをしているので、番兵は王さまに伝えることにしたのです。
 王さまは自分の部屋にその旅人を呼び寄せました。
「お前は何者だ。わたしに何の用があってきたのだ」
 旅人は深く頭を下げていいました。
「私は天の国からまいりました。いつも天の国からあなたの国を見ておりました。あなたがこの地上でとても善い行いをしているのを知りました。だけどあなたはご存じないことがあります。この地上には貧しい人たちや病人がいることです。身体が不自由なために働きたくても働くことが出来ずにいる人たちのことです。それらの人たちをどうか助けて下さい。
 健康で普通の暮らしが出来る人、財産も権力も持っている王族の方は幸せでしょう。でもお金も仕事もなく、生きる希望もない人もいるのです。誰でもいつかは身体が不自由な病人になります。すべての人が幸福にならない限りその国は滅んでしまいます。どうか私のいったことを実現してください。あなたなら出来ます」
 その旅人はそれだけ王さまに話すと、頭を下げて静かに部屋から出て行きました。
 氷の国の王さまは旅人の話を聞いて大変驚きました。その夜はなかなか眠りにつけませんでした。
 翌日、王さまは暖かい国の王さまに手紙を書きました。お互いに協力して貧しい人や病人を助けるように頼んだのです。
 手紙を受け取った暖かい国の王さまもそれを読んでとても感動しました。
 豊かになった二つの国は力を合わせてそれらの人々を助ける活動をはじめました。
 ボランティア団体を作り、病院を建て、貧しい人々にはお金を与えました。
 健康になった人たちの中には、すぐれた才能を持った人がたくさんいました。病気のために才能が開花せず阻害されてしまっていたのです。それらの人たちは発明家になったり、科学者になったり、政治家になったり、芸術家になったりして活躍しました。
 あるときふたつの国をつなぐ、大切な山の洞窟に亀裂が入り、落盤事故が頻繁に起こることがありました。
 王さまたちはなんとかそれを解決しよとしましたが、いい知恵が出ませんでした。
 そのときひとりの発明家がそれを解決したのです。その人は長いあいだ重い心の病に苦しんでいましたが、次のような独創的な方法によって解決したのです。
 その方法は鉄製の巨大な円筒を、亀裂が入っている洞窟に通す方法でした。これならば落盤によって洞窟が塞がることはありません。
 無事に運搬が再開されて、王さまたちもほっとしました。
 芸術の分野でも独創的な仕事をする人がたくさん現れました。
 ふたりの王さまはその人たちのために、美術館を建てたり、美術学校を作ったりしました。
 毎年ふたつの国では、合同芸術祭を行いました。絵画、彫刻、音楽、文学などのさまざまなすぐれた作品が出品されました。
 ふたつの国は文化の面でもどの国よりも充実したものを持っていました。
 あるとき、氷の国の王さまは夢の中でこんな天の国からの声を聞きました。
「すべては達成された、さあ、他の国の人たちにも教えてあげなさい。世界中の人がみんな幸せになるように」
 氷の国の王さまは、王子のときに手紙を書いて伝書鳩に送らせたことを思い出しました。
 世界の人が幸せになるためにー。王さまは天の国から聞こえてきた声を思い出しながらまた手紙を書きはじめました。

(未発表作)

(オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年1月16日日曜日

絵と詩 雪山で遭難

 

(オリジナルイラスト)

車に乗って冬の旅に出かけた。
季節は12月の下旬、平地では冷たい雨が降り、
ワイパーを動かしながら走っていた。
山道を登って行くと、雨から雪に変わってきた。
仕方がないので今夜は車中泊に決めた。
夜はずいぶん寒かった。毛布一枚ではよく眠れない。
朝、目を覚ますと驚いた。
車も山道も雪で埋まっていた。
このままじゃ山から下りられない。
誰もいない、ひっそりと静まり返った山の中で
ただ一人で雪をかいていた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年1月12日水曜日

絵と詩 空飛ぶ銭湯

 

               (オリジナルイラスト)


町は大雪に見舞われた。
道路も建物もどっさり雪が積もり、
朝早くから住民は雪かきに追われた。
あまりの雪の多さにみんなが疲労を感じはじめたとき、
ふと空を見上げると、一軒の空飛ぶ銭湯が救助にやってきた。
暖かいお湯をかけて雪かきを手伝ってくれた。
もくもくと立ち登る湯気が遠くからでも見えた。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2022年1月4日火曜日

絵と詩 かまくらの中にいたシロクマ

 

              (オリジナルイラスト)


今朝、昨日作ったかまくらを見に公園へ行ってみると、
大きなイヌが眠っていた。
いや違う!イヌじゃなかった。シロクマだった。
どこからやってきたんだろう。この町に動物園はない。
でも確かにいるのだ。
シロクマはまだぐっすり眠っている。
とうぶん起きそうにない。

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)