2021年11月27日土曜日

(連載推理小説) 軽井沢人形館事件

           
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 小屋へ帰ってきた夜、私は次のような推理を木田に話した。
「おれの推理はこうだ。眼鏡の男はあの家で人形ロボットの外観を制作しているのだ。ゴミ箱に入っていたプラスチックの破片や塗料などでわかる。そしてもうひとりは浅間山麓のあの家の中で人工知能を備えたロボットの骨組みを制作しているのだ。ゴミ箱の中に、鋼や電気部品がたくさん入っていた。
 先ずロボットの骨組みが完成すると、決まった日の深夜に軽トラックに完成した骨組みを積んで人形館に運ぶ。人形館では眼鏡の男が骨組みのロボットにプラスチックの外観を取り付け、きれいに塗装して完成させる。そして深夜ロボットの動作テストを林の中で行っていた。テスターのリード棒もそのときに落としたのだ。おれの推理が当たっているとすると、デパートやショッピングモールの盗難事件もあいつらの仕業だ」
 木田も聞きながら同感したようだ。
「じゃあ、あいつらの行動を突きとめよう」
「そうだな、軽トラックでロボットを運ぶのは土曜日だからその深夜に確認しに行こう。おれは車で浅間山麓のあの洋館を監視するから、お前は人形館を見張ってくれ」
 私たちは相談を終えると、その日を待つことにした。
 数日後、旧軽井沢の喫茶店に行ったとき新聞に県外でも盗難事件が多発している記事が出ていた。記事によると盗難にあった店の数か月前から不審な車が駐車場に止まっていることが確認されていた。ナンバーは取り換えられており、店の周りをうろついている犯人らしい人物たちの映像が掲載されていた。
 土曜日がやってきた。今夜、男たちの行動を監視する日になった。曇りがちな天気だったが、天気予報では今夜は晴れるといっていた。
 夜になった。私は車に乗って浅間山麓の洋館に行った。木田は人形館を見張るのである。
 私は洋館の裏手の林の中へ車を止めて、庭が見渡せる柵の後ろの林の中に隠れていた。季節は春だが、夜の軽井沢はまだ冬の寒さだ。身体が冷えてくるのでジャンパーと手袋を付けて洋館から出てくる男を待っていた。でも何時頃に出かけるのだろうか。物置には軽トラックが入れてあるのだ。
 深夜0時が過ぎた。林の中は暗闇に包まれている。あまり寒いので車から毛布を持ってきた。それにくるまってじっと待った。午前1時が過ぎた頃、洋館の玄関の戸が開いた。中から大きなケースを持った男が出てきた。男は人形館で見た男だった。
「あのケースの中はロボットだ」
 男は物置まで歩いて行くと扉を開けた。思った通り軽トラックが入っていた。幌付の車だった。男はケースを積み込むとエンジンを掛けた。明るいライトがこちらを照らしたので私は草の中へ身をかがめた。
 軽トラックは洋館から出て行った。車の音が次第に消えて行った。
「やっぱりおれの推理どおりだった。軽トラックは人形館へ向かっているのだ」
 私は男の行動をスマホで何枚も撮影した。これらの映像は確実な証拠になるのだ。
「木田が人形館を監視している。軽トラックが人形館へ着き、さっきのケースを家の中へ運んでいる現場を押さえれば推理通りになるのだ」
 私は軽トラックが走って行った後、山麓を降りていった。長い時間林の中に隠れていたのでずいぶん身体が冷え切っていた。
 私は山を降りて人形館へ向かった。人形館のすぐ近くにきたとき、林の中から懐中電灯を照らして木田が出てきた。車の窓を開けると木田も寒そうな様子で、
「お前の言ったとおりだった。軽トラックが人形館へ入っていった。眼鏡の男が出てきて、二人で大きなケースを家の中へ運んでいる現場を見た。軽トラックはいま物置に入れてある」
「これですべてが分かった。証拠画像もある。さあ帰ろう」
 私は木田を車に乗せて小屋へ戻った。
 数日後、私は軽井沢警察に電話を掛けた。
テレビや新聞で取り上げられている盗難事件の情報を提供したのだ。そして撮影した画像もスマホで送った。
 警察ではその証拠画像を県警で調べて、人形館と浅間山麓の洋館とを捜査した。
 どちらの館にも工房があり、その中で人形が制作されていた。二人の男も現行犯逮捕された。
 取り調べをしていく過程で新たなことも分かった。県外にグループが存在し、二人は完成した人形ロボットを提供していたのだ。
 二人の男は1年前から軽井沢に住み込んで人形ロボットの制作をしていた。ロボットの骨組みを制作する作業は、鋼を切断したり、打ち付けたり、溶接するときに音が出るので、周囲に別荘が少ない浅間山麓の洋館を選んだのである。骨組みが出来ると、それにモーター、バッテリーなどの電気部品を取り付け、頭部には人工知能も取り付けた。
 新聞には犯人たちの詳しい手口が次のように書かれていた。
 犯人たちは事前にデパートやショッピングモールを何度も下見に行き、店の商品の場所、監視カメラの位置などを確認し、出入り出来る窓や正面ドア、非常口の鍵の種類を調べた。   
 下見が終わったあと合鍵を用意し、人口知能ロボットに持たせ、店が閉まった夜に合鍵で店の鍵を開け、中の商品を盗み、外で待機している犯人たちに渡して車で逃げる手口だった。
 ロボットには高性能のカメラが取り付けてあり、作業中の様子がリアルタイムで分かる。犯人たちはモニター画面を見ながらロボットに必要な指示を出していたのである。
 県外のグループも同様の方法でデパートやショッピングモールなども狙ったのである。
 事件が解決した数日後、私は前橋に帰ることにした。
「こんな犯罪にかかわるとは思ってもみなかった。でもこの20日間は実に楽しかった」
 木田も、小説を書きあげてほっとした様子で、
「また仕事が休みのときは遊びに来てくれ。今度来るときはもっと住みやすい小屋にしておくから」
 翌日、木田と別れて私は前橋へ帰った。
 前橋に戻って自分のアパートに帰り着くと冷蔵庫の中には何もなく、外食に行くことにした。近くのファミリーレストランでランチを食べて町をぶらぶらした。でもいつになったら仕事が再開されるのか心配である。貯金もずいぶん減っているのだ。
「コロナのせいでえらい迷惑だ。新しい仕事を見つけようかな」
 そんなことを考えながら歩いていた。来週の木曜日はマンドリンクラブの練習がある。2週間休んでいたから行かないといけない。秋の定期演奏会のことも気になっていた。
 5日後、昼食が終わって部屋でゴロゴロしていた時、玄関のチャイムが鳴った。郵便配達だった。
「速達郵便です」
 封筒を受け取って差出し人を見ると木田だった。
「どうしたんだろう」
 すぐに封筒を開いて手紙を読んでみた。
―大変なことが起きた。すぐに来てくれ、詳しいことはあとから話す。人形ロボットが一台行方不明なんだ。 ―木田。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

              (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月23日火曜日

(連載推理小説)軽井沢人形館事件

 
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 翌日、木田の小屋の中で、私たちは人形館と浅間山麓の洋館の関係についていろいろと議論した。
 週末に浅間山麓から降りてくる車は、きっと人形館へ行くのだ。でも何の目的だろう。木田は、それはお前の考えすぎだといったが、私には何か事件のようなものがあるのではないかと疑った。
 午後、旧軽井沢の商店街へ行かないかと木田がいった。軽井沢へやってくる観光客は必ずこの商店街で買い物をしていく。ついでに原稿用紙が切れたので行きつけの書店で買いたいといった。私も本が読みたくなったので自転車を二人乗りして出かけた。
 最初に書店に行って木田は原稿用紙を買い、私は人口知能に関する本を買った。
 書店を出て、旧軽井沢の商店街をぶらぶら散歩した。いろんなお店が並んでいた。レストラン、化粧店、靴屋、洋服店、帽子屋、陶芸店、喫茶店、夏は観光客でごった返すが、まだ4月なので人の数は多くない。
 商店街の端に、堀辰雄の小説「美しい村」にも出てくる聖パウロカトリック教会があり、そこに行って少し休憩することにした。
 昭和の初め頃には、この教会の周囲はなにもない田舎だったが、今はずいぶんお店も多い。
 教会に入って長椅子に腰かけて休んだ。小型のパイプオルガンが後ろに置いてあり、ミサの時に使用するのだ。一度ミサに来てみたいなと木田にいうと、
「次の日曜日に見学に来ようか」といった。
 教会を出てから、国道を歩きながら、つるや旅館の方へ歩いて行って、室生犀星記念館とショー記念礼拝堂をもう一度見てから人形館へ行ってみることにした。
 途中の林道を歩いていたときだった。黒のTシャツと白いズボン姿の眼鏡を掛けた男が林の中で何か探していた。私たちを見ると、驚いたように矢ケ崎川の方へ歩いて行った。
「何を捜していたんだろう」
 木田が言ったが、知らない人物なので私たちは気にせずに通り過ぎた。
 そのあとで、木田が、「銭湯に行かないか」といった。小屋では木田が自作した簡易シャワーしか使っていなかったので行くことにした。
 久しぶりに入る銭湯は気持ちがよかった。小屋の簡易シャワーとはぜんぜん違う。お風呂から上がって着替え所に座ってテレビを見ていると、バラエティー番組をやっていた。
 最近の芸能人はよく知らない。でもなかなか面白い番組だった。番組が終わってから地元のニュースになった。ニュースは最近、県内で起きている盗難事件のことだった。
 県内のデパート、ショッピングモールで商品が紛失する事件が話題だった。何者かが店が閉まったあと、店内に忍びこみ商品を盗む事件が多発していた。宝石や貴金属、ブランドの鞄、洋服など高級品が多く、数千万円の被害だといっていた。
 警察では1か月前から各デパートとショッピングモールの駐車場に設置された監視カメラに映っている不審な二人の男の映像を公開していた。顔はマスクを付けているので分からないが、両方とも身長が170センチくらいでひとりは眼鏡を掛けている。
「捜査はぜんぜん進んでいないのか。どんな方法でやったのだろう」
 私たちはぼんやり考えながら銭湯を出た。
 小屋へ帰ってきた頃は日も沈んでいた。いつものように木田に夕食を作ってもらった。メニューはボンカレーだった。疲れていたのでそんなものでも美味しかった。
 夜、木田は今年発行される文学サークルの同人誌に載せる原稿を書いていた。今回は100枚のホラー作品だといった。いつもは10枚程度の作品ばかりだが、ずいぶん張り切っている。締め切りは今月末だそうだ。
 私は買ってきた「人工知能の未来」という本を読んでみた。将来はこの技術を使ったいろんな商品が出来ると書いてある。
 自動車やタクシーは自動運転になるし、掃除もロボットがみんなやってくれる。人工知能は学習によって自分の判断だけでものを考えることも出来る。世の中はさらに便利になるのだ。人工知能を使う知識があれば素人だっていろんなものに応用できるのだ。
 読みながらロボットという言葉がやけに気になった。
「人形ロボットを制作し、それに人工知能を取り付けたら犯罪だった可能だな」
 そう思ったとき、ふとあの人形館はそれを制作しているのではないかなと思った。
 そう考えるといろんな推測が浮かんできた。
 そのとき木田が言った。
「コーヒーを入れようか。今夜は原稿の下書きを書き終えたいから」
「入れてくれよ。おれもこの本を読んでしまいたい。ところであの人形館のことだけど」
 私は木田に入れてもらったコーヒーを飲みながら自分の推理を話した。
 木田はそれは面白い推理だと賛同してくれた。
「じゃあ、次の日曜日にカトリック教会のミサへ見学に行った帰り、もう一度人形館の周辺を調べてみよう」
 木田も賛成してくれた。
 日曜日になった。数日間雨の日が続き、どこへも行けなかったが、今朝は空はよく晴れて散歩にはもってこいの天気だった。自転車を二人乗りしてカトリック教会へ出かけて行った。
 教会のミサは9時にはじまる。教会の中は信者でいっぱいだった。私たちはじゃまにならないように一番後ろの席に座った。讃美歌のときにパイプオルガンも演奏された。豪華なミサで驚いた。軽井沢で聴いたはじめての音楽だった。
 ミサが終わると、私たちはショー記念礼拝堂の方へ向かって行った。途中でこの前、眼鏡の男がいた場所を調べることにした。
 林の中は草がぼうぼうに生えており、男が何を捜していたのか、しばらく二人で草をかき分け注意深く捜したが、まったく成果がなかった。あきらめようとしたときだった。木田が何かを見つけた。
「捜していたのはこれじゃないか」
 木田の手に細い棒状のものが握られていた。
「電気を測るテスターのリード棒だ。男はこれを捜していたんだ」
「何に使っていたのかな」
「おれの考えでは昨日捜していた男は、この林の中で人形ロボットの動作テストをしていたんだ。それも誰もいないときに」
「じゃ、おれがたびたび見た人形ロボットもあの男がテストをしていたのかな」
「多分そうだろう。人形館はロボット工房さ。とにかく人形館へ行ってもっと詳しく調べてみよう」
 私たちは人形館へ歩いて行った。館に着くと雨が降ったせいで、自動車のタイヤの跡がたくさん残っていた。昨日は土曜日だ。この前深夜に車を見たのも土曜日だった。私は浅間山麓にある同じ作りの洋館と人形館の関係についてもいろいろと考察してみた。
 館の敷地に入ると、今日は窓のカーテンがきっちり閉まって中の様子は分からなかった。
 家のうしろへ行ってみた。ゴミ箱の中は処分したのかあまり入っていなかった。でもペンキの付いたぼろ布や使い古しの筆が捨ててあった。それよりも物置に目がいった。車のタイヤの跡が物置まで続いていたのだ。この物置はガレージなのだ。中に車が入っているのは間違いない。
 そのとき、反対側の林道から人が歩いてくる姿が見えた。私たちは柵を飛び越えて林の中へ隠れた。
 歩いてきたのは二人の人物だった。二人は家の敷地へ入ってきた。一人はこの前、林の中を捜していた眼鏡の男だった。もう一人はーと思ったとき木田が驚いたように、
「あいつは!」
 木田は小声でいった。
「あの男はたびたび図書館や書店で出会っている。いつも電気工学や機械工学の本を借りていた。最近はAI関係の本を捜していた」
 私たちはその二人の人物がこの人形館の住人であることを知った。二人ともテレビのニュースで公開されている不審な人物とよく似ていると思った。背の高さも歩き方もそっくりなのだ。
 二人は玄関の鍵をはずして家の中へ入った。それっきり出てこなかった。私たちは林の中にしばらく身を潜めていたが、やがて帰ることにした。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

               (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月19日金曜日

(連載推理小説) 軽井沢人形館事件

           

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木田が話した人形館は、このショー記念館礼拝堂から東へ100メートルくらい離れた国道沿いを流れる矢ケ崎川の向こう岸の林の中に建っている。
 つるや旅館まで引き返してきて、国道を300メートルほど東へ行くと、ショー記念礼拝堂が見えてきた。
ショー記念礼拝堂は、明治時代、カナダの英国国教会の宣教師、アレクサンダー・クロフト・ショーによって建てられたプロテスタント教会である。木造の質素な作りの教会で祭壇には十字架しか掛かっていない。木田は散歩の途中にここへもよくやってきて、一番後ろの長椅子に腰かけて小説のアイデアを考えたり、昼寝をしたりするそうだ。
 ショー記念礼拝堂を出て、国道の傍を流れている矢ケ崎川の橋を渡って人形館のある方へ行ってみた。車がやっと通れるくらいの小道を歩いて行くと、林の中に赤レンガ造りの洋館が建っていた。
「あれがそうか」
 人形館は鉄の柵に囲まれていた。門の留め金が外れていて庭の中へ容易に入ることが出来た。庭は雑草が生い茂り、長い間手入れがされていなかった。小道には車のタイヤのあとが残っており、人の出入りはあるようだ。
 赤レンガの壁には蔦の蔓が伸び放題になっていた。窓はカーテンが降りているが、1階のカーテンの端が少し空いており、部屋の中を覗くことが出来た。薄暗い部屋の中は人形だらけだった。現代の人形が多かったが、中には18世紀から19世紀頃の世界のアンティークな人形もあった。
「ひやあ、すごい趣味だな。よくこんなにたくさん集めたものだ」
 二階の窓にも薄いカーテン越しに人形が山積みされているのがわかった。私たちはこの家にどんな人が住んでいるのかいろいろと想像を膨らませた。もっと意外なものがないか家の周りを捜してみた。
 館のそばに物置があった。鍵がかかっているので何が入れてあるのか分からない。その後ろにゴミ箱が並んでいた。蓋が盛り上がっていたのでゴミがいっぱい入っているのだ。蓋を開けてみた。
「なんだこれは」
 ゴミ箱に入っていたのは、大小様々なプラスチックの破片、ナイロン紐、ネジ、金具、ビス、ワイヤーなどだった。ほかにもいろんな色の油性塗料の空き缶やシンナー、ボロ布などが入っていた。
「オリジナルの人形でも作っているのかな」
「大変な人形マニアだな」
 それに不思議に思うことは小道に残っているタイヤの跡だ。軽自動車のタイヤだと分かる。こんな静まり返った洋館に誰が来るのであろうか。洋館の周囲にほかに別荘はなく、隠れるようにこの家だけが建っているのだ。
 そのときだった。部屋の中で物音がした。何かが倒れる音だった。
「誰かいるのかな」
 人形館には誰も住んでいないと思っていたので二人とも度肝を抜かれたように驚いた。気味が悪いので敷地から外へ出た。
 しばらく林のうしろに隠れて洋館を見ていたが何事もなかった。
 私たちはその日は帰ることにした。もと来た林の小道を歩きながら、自転車で木田の小屋まで帰って行った。
 夕食を取りながら、人形館のことを木田と長い間話し合った。私はその夜も木田の小屋に泊まった。
 深夜のことだ、トイレに行きたくなって目を覚ました。星が綺麗だったので、煙草でも吸いながらしばらく夜空を見ていた。夜はずいぶん寒いのだ。林の葉の隙間から月が輝いている。きれいな星空だった。
 そのとき浅間山麓の方から旧軽井沢の方へ降りてくる車のライトが見えた。こんな遅い時間に何の用事で降りてくるのだろう。林道は照明も少なく、夜道はずいぶん暗いのでライトの光がよくわかる。小屋へ戻ろうとしたとき、そばの林の木の枝が動いた。
「何だろう」
 驚いてじっと真っ暗な林の中を見ていると、それは木の枝に止まっていたフクロウが隣の木の枝に飛び移っただけだった。木田が話した人形ロボットのことが頭から離れずにいたからもしやと思ったのだ。小屋に戻ると木田はよく眠っていた。私は昨日の人形館のことが気になってなかなか眠りにつけなかった。
 翌朝、木田が浅間山麓へ行かないかといった。
「浅間山麓にも別荘がたくさんあるから案内しよう」
 午後から、自分の車に乗って二人で出かけて行った。白糸ハイランドウエイをしばらく走りながら、途中で浅間山麓の方へ登って行った。別荘地は上り坂が多くて、自転車や徒歩ではいけない。木田もほとんど行ったことがないといった。
 運転しながら昨夜、浅間山麓から降りてくる車のことを話したら、木田も週末に必ず車が降りてくるのを見たと答えた。いったいあの車はどこへ行くのだろうか。ふと疑問を感じた。
 浅間山は軽井沢のどこからでも山頂が見渡せる。標高2568mの成層火山で、ときどき噴煙を出している。山麓の上り坂を上がりながら、別荘のある道を走って行った。
 来た道をしっかり覚えておかないと、迷子になってしまう。まるで迷路だ。ある角を曲がったときだ。木田が「あっ」と呟いた。
「見ろよ、あの家」
 木田が指さした方を見ると左手の林の中に二階建ての赤レンガ造りの別荘があった。鉄柵には蔦がこびりついている。ただの別荘ならいいのだが、よく見ると驚いた。人形館とそっくりな家なのだ。同じ建設業者が建てたものだとわかった。
「調べてみよう」
 家の前に車を止めて、別荘の中へ入って行った。その場所にはタイヤのあとがたくさん残っていた。
 柵の扉は空いていた。敷地の中に入ると、家の様子を調べることにした。雑草が生い茂り、ずいぶん荒れ果てた庭だった。表札もなかった。ただ立ち入り禁止の札が張ってあった。
 窓のカーテンは閉まっていた。同じ所に物置があり、その後ろにゴミ箱が並んでいた。
 何が入っているのか確かめてみた。ゴミ箱の中には、切断した鋼、ネジ、使用済みの基盤、抵抗、ダイオード、電気コード、コンデンサー、乾電池などがぎっしり入っていた。
「ほとんどが電気部品だな」
「ああ、何を作っているんだろう」
 物置には鍵が掛かっており、開けることが出来なかった。誰もいないのか庭はひっそりとしていた。私たちは住人が帰って来ないうちに引き上げことにした。
 帰りは案の定道に迷ってしまった。何度も同じ道に出たり、迷路のような別荘地を走り回った。夕方ようやく小屋へ帰ることが出来た。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

               (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)




2021年11月15日月曜日

(連載推理小説)軽井沢人形館事件

        
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 晩春のある日、こんな手紙が送られてきた。
「軽井沢に別荘を持ってから遊びにこないか」
 手紙をくれたのは、遠い昔の知人からだった。いまの会社に入って四年ほど同じ課で仕事をしていたが、気まぐれな性格のために翌年の春に辞めてしまった。生まれは長野県で、その後は連絡もなくどこにいるのか分からなかった。
「軽井沢に住んでいたのか、でも別荘を持っているなんてすごいな。じゃあ行ってみるか」
 三年前の夏にも軽井沢へ遊びにいったことがあるのでだいたい道はわかっていた。次の金曜日に行くと返事を出した。会社はいまコロナ感染症の影響で休業中なのでちょうどよかった。
 当日の朝、前橋の自分のアパートを車で出発して関越自動車道に乗り、藤岡ジャンクションから上信越道に入って、一路軽井沢碓氷インターに向かった。前橋から軽井沢まで約1時間半で行ける。
 軽井沢碓氷インターを降りてから国道92号を走って、旧軽井沢にあるという知人の別荘へ向かった。軽井沢の町は車も多く、人で賑やかだが、別荘地へ入ると周囲は静かで樅や落葉松の林が群がっている自然の中に、たくさんの別荘が建っている。いつ来てもこの辺の別荘はりっぱな建物ばかりだ。
 夏になると、東京や神奈川から避暑客がたくさんやってくるが、まだ四月の軽井沢は寒く歩いている人も少ない。
 手紙には別荘の場所を記した地図が入っており、それを頼りに走っていった。でも、なかなか知人の別荘が見つからなかった。
 別荘地に入り込んでしまうと、どこをみても別荘だらけで迷って困る。同じところを何回もまわっているうちに、とうとう迷子になってしまった。しばらくしてゴミ捨て場の近くで、見覚えのある男がこちらを見て手を振っていた。
「あれは木田だ」
 そばまで行くとやっぱりそうだった。
「よくきてくれたな。ひさしぶりだ。待っていたんだ」
 車を降りた私を見て木田はいった。
「お前も元気そうじゃないか、何年ぶりかな。ずーっとここで暮らしているのか」
「そうなんだ。三年前に別荘を建てたんだ。さっそく案内しよう」
 木田を車に乗せると、狭い林道を走って行った。しばらく行くと林の中に小さな空き地があり、みすぼらしい小屋が建っていた。
「あれがそうか」
 がっかりしたが、やっぱりそうだった。
「まあ、ゆっくり泊まって行ってくれ」
 木田にいわれて小屋まで歩いて行った。
 わずか6畳ほどのほったて小屋で、電気もなく、水道も来てない不便な小屋だった。夜はランプを灯し、水は小屋の後ろを流れている川で洗濯をしたり、飲み水はろ過器を使って飲むそうだ。
「驚いただろう。僕にとってここはいい住み家なんだ」
 昔から神経が普通の人とどこか違っていたが、本人は実に満足している様子だ。多分、軽井沢の中で一番みすぼらしい別荘だろう。
 木田は日常の暮らしのことをいろいろと話してくれた。
 彼の毎日の日課は、朝から夕方まで小説を書くこと。書いた小説は、長野県の自分たちの文学サークルの同人誌に発表しており、最近はホラー小説の執筆に励んでいるそうだ。
 電気が来てないから、パソコンもワープロも使えず、手書きで小説を書いている。スマホも携帯も持っていない。
 週に一度軽井沢の町へ買い物に出かける。そのついでに軽井沢図書館で本を借りてくるのだそうだ。
 バイクも持っていないのでいつも自転車で出かける。小説が書けないときは、旧軽井沢の商店街をぶらついたり、林道を散歩している。
「まあ、ゆっくり泊って行ってくれ。明日、軽井沢の文学館などを紹介しよう。お前は休みの日は何をしているんだ」
「おれは前橋のマンドリンクラブに入って6年になる。秋には定期演奏会があるので、いま発表曲の練習中だ」
「へえ、音楽か。それはいいな。楽器が弾けたら楽しいだろうな」
 夕方になった。夕食を食べることにした。
食事といっても、ほとんどがカップ麺ばかりだ。
 軽井沢町は標高が940メートルで、夏は過ごしやすいが、冬はマイナス10℃くらいまで下がることがあるので、冬は林の中で薪を捜してきてそれをストーブに入れて使っているとのことだ。
 山田は会社を辞めてから、この小屋を建てるまで、ホテルの清掃のアルバイトでなんとか生活していたが今は無職だといった。
 小説はずーっと書き続けているが、一度も文学賞を取ったことがない。けれども本人は賞にはまったく無関心で、ただ面白い小説が書けさえすれば満足なのだ。
 林の中にぽつんと建つ木田の小屋に泊った翌朝、簡単な朝食をごちそうになって、自分の車でさっそく文学館を見学しに行った。
 最初に行ったのは追分にある堀辰雄文学記念館だった。開館時間は午前9時からで、まだ入場者は数人だけだった。記念館の中には堀辰雄の代表作「風立ちぬ」、「美しい村」、「幼年時代」、「菜穂子」などの初版の小説や自筆原稿、創作ノート、愛用したペーパーナイフ、万年筆などが展示されていた。
 意外にも同時代に活躍した詩人、立原道造の処女詩集「萱草に寄す」の初版本があった。楽譜くらいの大きさの薄っぺらな詩集だった。
 また昭和初期の頃の軽井沢の別荘の写真などもあり興味をそそられた。敷地の真ん中に小さな建物が建っていた。それは書庫で、堀辰雄の蔵書がたくさん入っていた。
 別館には堀辰雄が散歩のときに使っていた杖やベレー帽なども展示されていた。
 堀辰雄記念館を出てから、軽井沢図書館にも行った。思っていたよりも小さな図書館だった。 
「本を借りていくよ」
 木田は書棚へ行くと、「ドイツ怪奇短編小説集」「イギリス幻想小説集」「世界ホラー傑作短編集」などを借りた。木田は返却遅れの常習犯だったので、貸し出しの職員が嫌そうな顔をしていた。
 昼になったので、近くのレストランに行って日替わりランチを食べた。食べ終わってコーヒーを飲んでいたとき、木田が変に真面目な顔になって奇妙なことをいい出した。
「実は不思議な洋館があるんだ。館の中は人形ばかり置いてあって気味が悪いんだ」
 木田は話を続けた。
「ひと月前のことだ。室生犀星記念館のそばの林道を散歩していたとき、林の中で何か動いたんだ。山猿かと思ったけどそうじゃなかった。軽井沢には山猿がたくさんいるからね。でもそこにいたのはロボットみたいな人間なんだ。それも女性だ。茶色いロングヘアーの髪で、腕なんかずいぶん白かった。後ろ姿だけで顔はよくわからない。すぐに林の奥に姿を消したんだ」
「ロボットみたいな人間?。本当にそうか」
「動き方だ。なにかギクシャクした、あれは人形ロボットの動き方だった」
 木田の不思議な話を聞いて、私はとても興味をそそられた。
「それだけじゃないんだ」
 木田はさらに話を続けた。
 木田の話によると、その記念館の近くに軽井沢ショー記念礼拝堂が建っている。人形館はその礼拝堂の前を通る国道133号線の傍を流れる矢ケ崎川の向かいの林の中にあるのだ。木田はショー記念礼拝堂にもやってきて、一番後の長椅子に座って昼寝をすることがあるといった。
ある日の夕方、いつものように礼拝堂の中で昼寝をしていると、誰かが窓から覗いているような気がした。驚いて横の窓を見ると、ガラス越しに以前林の中で見た茶色の髪の女性だった。無表情でまるロボットのような顔で中を覗いていた。慌てて外へ出てみたが、そこにはもう女性の姿はなかった。林の中に消えたのだ。
 木田の話を聞いて、私はすぐにでも人形館へ行きたくなった。
「じゃあ、今からいってみよう」
 レストランを出ると、私たちは一先ず、木田の小屋に戻って車を置いて、自転車を二人乗りして人形館のある場所へ行くことにした。
 旧軽井沢は浅間山麓と違って、平坦な道ばかりなので木田はいつも自転車で散歩をしているのだ。
 国道を南へ走って行くと、つるや旅館があった。すぐ傍に小さな林道が通っていた。自転車を降りて歩いていくと、「室生犀星記念館」と書かれた表札が立っており、100坪くらいの広さの日本庭園があった。その奥に平屋建ての和風の家が見えた。記念館は入場無料でだれでも自由に出入り出来る。
「犀星は静かな所にこんな家を建てたのだな。ここだったらよく小説が書けただろう」
 室生犀星記念館を出てから、次は人形館へ行く途中にあるショー記念礼拝堂を見に行った。(続く)

(オリジナル推理小説 未発表作)

(オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)





2021年11月4日木曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)


 広い、広い瓦礫の原。土砂の山、死体、煉瓦の塊。巨大な塵塚と化した町。すべてはまだ青味がかった明け方の霧につつまれている。ただ背景をなしている岩山だけが、のぼってくる陽の光をうけて金色にそまりはじめている。この町へやってきた軍隊によって小説の主人公は助け出される。夢幻都市ペルレの街は完全に崩壊したのだ。招待主のパテラは謎の死を遂げ、とうとう彼の口から何の目的でここへ連れてこられたのかわからないままとなった。この夢の国の支配者パテラは、人間社会の裏面と「この世の終わり」を旧友に見せたかったのかも知れない。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第3部 第5章 結び)

(ボールペン、色鉛筆 水彩画 縦25㎝×横18㎝)