2021年10月31日日曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)

 数限りない沢山の動物がどこからやってきたのか、それは謎だった。動物たちが町の本当の支配者だったし、また眼でみる限り彼らもそう思っていた。私がベッドに横たわると、まるで大都市にいるかのように、往来の足音やひずめの音がいつまでも聞こえてきた。らくだや野生のロバが街じゅうをかっぽしていて、それらをからかうのは危険だった。何よりも不気味なのは、動物の蔓延とともにはじまったある謎めいた事態の推移であって、それは、絶えまなく、ますます急速に進み、夢の国の完全な没落の原因になった。種々様々の素材でできた建物、多年にわたり集められた物件、この国の支配者がお金をつぎこんだすべてのものが、絶滅の運命に捧げられた。どこの壁にも亀裂が現われ、木材は腐り、鉄はさびつき、ガラスはくもり、その他さまざまな素材が崩れおちた。
 夢の国はますます腐敗し没落していった。殺人、集団自殺、強盗、流血騒ぎが日常的に起こり、街は汚物と廃物で溢れ、「この世の終わり」のときがやってきた。小説の主人公はこの夢の国からを出ることも出来ずにじっと耐えるしかなかった。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第3部 第3章 地獄)

(ボールペン、色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2021年10月26日火曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン


                             

 ペルレは、不可抗力の眠り病に冒された。眠り病はアルヒーフで突然起こり、そこから町と国へ広がっていった。誰一人としてその伝染病にはさからえなかった。まだ活力があると自慢にしていた人も、知らぬ間にどこかで病原菌にとりつかれていた。眠り病の伝染的な性質は、すぐさま認識されたが、しかしどの医者にも治療手段が見つからなかった。家にいられる人はすべて、できるかぎり家にいて、街で疫病に襲われないようにした。たいていの場合、強い疲労感が最初の徴候だったが、そのあと患者は一種痙攣性のあくびに襲われた。眼に砂がはいったように思い、瞼が重くなり、考えごとがすべてもうろうとしてきて、そのときちょうど立っていた場所でそのままぐったり座り込んでしまった。

 小説の主人公は、ペルレの街が次第に崩壊していく有様を日々体験していくが、なぜ自分がこの夢の国へ招待されたのか、招待主のクラウス・パテラを探しながら憂鬱な毎日を送る。病身の妻は疲れ果ててある日息を引きとる。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第3部 第3章 地獄)

(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2021年10月22日金曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン


(オリジナルイラスト)

 夜、ペルレの町の裏通りを通って歩いてゆくのは一つの苦行であった。研ぎすまされた感覚の持主にとっては、恐ろしい深淵がいくつもその顔をのぞかせていた。格子のはまった窓や地下室の通気孔からは、あらゆる音色の歎き声やうめき声が聞こえてきた。半開きになった扉の向こう側でおし殺した溜息が聞こえたりして、思わず絞殺とか犯罪とかを考えずにはいられないようなこともあった。 私が不安にみちた足どりで家路をさして歩いてゆくと、千通りもの、いや一万通りもの嘲りの声が私のあとをついてくるのだった。門道はあんぐりと口をあけて、まるで道をいそぐ人をのみこもうとでもするかのように、その姿をみつめていた。不安にかりたてられて、私はこれまでになんども、家にかえる途中でカフェーへ逃げ込んだことがあった。家内はそのあいだ、可哀想にただひとり家でこわがっていたのだ。

 夢の国にやってきた主人公は、このぺルレの町の住民がすべて変わり者の一団であることに驚愕した。なかでもましなのは、極度に繊細な感受性を備えた人々、収集狂、読書狂くらいで、一般の民衆は、見事な飲んだくれ、ヒステリー患者、ヒコポンデリー症、降神術者、向こう見ずな乱暴者、年老いた冒険家、奇術師、曲芸師、政治亡命者、外国で追われている殺人者、贋金作り、泥棒などで占められていた。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第2部 第3章 日常生活より)

(ボールペン、色鉛筆、水彩画 縦25㎝×横18㎝)




2021年10月17日日曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)

 私は靄のヴェールのなかに、巨大な果て知れぬ壁のあるのを見つけたのである。まったく突然、それも出しぬけに、それは私の眼の前に浮かんできたのだった。誰かが明かりを手にし、われわれの先にたってひどく大きな、真黒い穴をめがけて歩いていった。それが夢の国の門なのだった。近づいてゆくにつれて、私ははじめてその途方もない大きさに気づいた。われわれはトンネルのなかに入ってゆき、できるだけ案内人の身近によりそってゆくようにした。
 しかしこのとき、ある奇妙な出来事が起こった。まったく未知の、ある恐ろしい感情が、一つの打撃のように、私におそいかかってきたのである。それは後頭部から始まって、脊髄にそって走ってゆき、私の息はつまり、心臓の鼓動はとまった。途方にくれて、私は家内はどうかしらとあたりを見まわしたのだが、その彼女自身も顔面蒼白となり、面差に死の不安を反映させながら、声をふるわせて囁いたのだった。
「もう二度と、ここから出られないのね」
 しかし、はやくもまたさわやかな大波のような力に元気づけられて、私はだまって彼女に腕をかしてやった。

 小説の主人公は病身の妻を連れて、夢の国へやってきた。長旅の果てに辿り着いたところは中央アジアの荒涼とした土地だった。二人は靄の中に夢の国の門を見つけたのだ。

(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第1部 第2章 旅より)

(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)





2021年10月10日日曜日

幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)


 当時私が住んでいたミュンヘンでのことだったが、ある霧のかかった十一月の午後のこと、ひとりの見知らぬ人物が私を訪ねてやって来た。
「お入りください!」
 その訪問客は薄暗い明かりの中で見わけのつけられたかぎりでは、十人並みの外見をそなえた男で、気ぜわしげに自己紹介をして言った。
「フランツ・ガウチュと申します。半時間ほどあなたとお話できますでしょうか」
「どんなご用件でしょうか?」
「私がお話申し上げますのは私個人のことではありません。あなたは恐らくお忘れではございましょうか。その方のほうではまだよくあなたのことを覚えておられる。このお方はヨーロッパ的な観念では前代未聞の富を所有しておられる。私が申しておりますのは、あなたの昔の学校友達だったクラウス・パテラのことなのでございます。ある奇妙な偶然から、パテラは恐らくこの世でもっとも大きな財産を手にいれられました。あなたのかつてのお友達はそこである理想の実現にとりつかれたわけですが、それにはともかく物質的な手段がまあ無尽蔵にある、という前提がなくてはなりません。つまりひとつの夢の国が建設されねばならなかったのです。まず三千平方キロメートルという手頃な土地が求められました。この国土の三分の一はしたたかの山地でございますが、残りは平地と丘陵地帯になっております。大きな森と、一つずつある湖と川とが、この小さな国を区分し、また活気づけております。いまこの夢の国は六万五千の住民を数えております」
 見知らぬ紳士はちょっと間をおいて、お茶を一口すすった。

 見知らぬの訪問者からの招待を受けて、小説の主人公は夢の国へ出かける。そこはミュンヘンから遠く離れた中央アジアの辺境の地だった。

(白水社 アルフレート・クビーン「裏面」第1章 訪問より)

(ボールペン・水彩画 縦25㎝×横18㎝)