その蝶は、きわめて呑気で、普段は花の上に止まって、ぼんやり何かを考えていました。ほかの蝶のように花の蜜を集めるでもなく、まったく自由気ままに暮らしていたのです。
ミツバチやアリたちが、朝から晩まで、花の蜜を集めたり、食べ物を運んでいる姿をいつも気の毒そうに見ていることもありました。
あるとき、その蝶は、クモの巣に引っかかって危うく食べられそうになりましたが、こんなことをクモに教えて助かったのです。
「私を食べたって明日になればまたお腹が空きますよ。それだったら、あなたが作った糸で商売してはどうですか。丈夫なクモの糸はみんな買ってくれますよ。お金もたっぷり稼げます」
初夏のある日、トンボに糸を売りました。トンボはしっぽに糸をたらして池で釣りをするので丈夫な糸がかかせません。たまに大物が釣れるので、切れない糸が必要なのです。
「保証しますよ。使ってごらんなさい」
クモにすすめられてトンボは糸を買っていきました。
使ってみると、とても丈夫だったので、それからもたびたび買いにくるようになりました。
アリたちにも売りました。
暑い夏の日、ひと仕事すんだらアリたちは、葉っぱでこしらえた休憩所の中で、冷たいお茶を飲んで休みます。丈夫な糸で結んだ葉っぱの休憩所は涼しくてあちこちに出来ました。これも蝶に教えてもらったことでした。
秋の日には、音楽家のスズムシとコオロギたちが草の中でヴァイオリンとビオラを弾いていたので、弦のかわりに糸を売りました。クモの糸は響きも申し分ないので、スズムシもコオロギも喜んで買っていきました。
商売はどれも順調で、クモは、コガネムシのおじいさんに負けないくらいお金持ちになりました。
その蝶は、小鳥にも食べられそうになりましたが、こんなことを教えて助かったのです。
「あなたの歌声はとても見事ですが、もっと上手くなるところへ連れてってあげましょう」
そういって、町のオペラ劇場へ案内しました。ちょうど、その日は「フィガロの結婚」を上演していて客席は満席でした。劇場の屋根の換気窓が開いていたので、そこから中へ入って行きました。
ステージの上では、歌手たちが美しい舞台衣装を身に着けて歌っていました。ケルビーノが伯爵夫人のために歌う有名なアリア「恋とはどんなものかしら」を歌っていたので、小鳥はじっと聴きながら、
「そうか、あんな風に歌えば、きれいに響くんだな」
と感心しながら聴いていました。
それからも、いろんなオペラが上演されるたびに小鳥は聴きに行きました。仲間の小鳥たちにも教えてあげたので、みんなも聴きに行きました。そのせいか以前よりもこの野原では、小鳥たちの歌声がとても美しく響くようになりました。
ほかにも蝶は、虫たちにいろいろためになることを教えたので、みんなからたいへん尊敬されました。
もうすぐ夏がやってくるある日、殻をやぶったばかりの若いセミたちにも、さっそく美しい鳴き方を教えていました。
(未発表童話です)
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