2017年2月22日水曜日

風邪をひいたお月さま

 お月さまはすっかり風邪をひいてしまったのです。顔色も悪いのです。
「だれか風邪薬をくれないか」
 町を見下ろすと、薬局が見えました。
「お金がないから買えないな」
考えていると、冷たい風が足元でヒューヒューと吹きました。
アパートのベランダに洗濯物が干してあります。
「冬が近いから、なかなか乾かないんだなあ」
そのとき思いつきました。
「そうだ、あのマフラーをすこしのあいだ借りよう」
お月さまは、思い切り腕を町の方へのばしました。そしてベランダに干してあるマフラーをつかんで、スルーと腕を戻しました。
「やったあ、これで今夜は暖かく過ごせる」
 朝になって、アパートの人が、なくなったマフラーを一日中さがしていました。
あるときは、コートが欲しくなりました。
 町を見下ろすと、一軒の家の庭に毛皮のコートが干してあります。
「あれも借りよう」
腕を思いっきりのばしました。
「やったあ、今夜はこれを着て過ごそう」
お月さまはニコニコ顔です。
 それがくせになって、お月さまは、寒い日にはあちこちの洗濯物を借りていきました。
 町では、たびたび洗濯物がなくなるので大騒ぎです。
犯人が見つからないので、お日さまも疑われました。
「わしは、やっとらん」
お日さまは怒っていいました。
 真冬になりました。星がシャーベットのように冷たくキラキラと光っていました。
「ああ、今夜はとくべつに冷える晩だな。また風邪をひきそうだ」
お月さまは、町を見渡すと、マンションのベランダに今度は布団が干してあります。
「ああ、あれがいい」
また腕をうーんとのばすと布団をつかんで腕を戻しました。
「やったあ、これで今夜はポカポカだ」
すっかり満足して、その夜はぐっすり布団にくるまって眠りました。
あまりぐっすり寝込んだので、起きたのは昼でした。
町の方から、声が聞えて目が覚めました。
「犯人はお月さまだー」
急いでお月さまは雲の中へ隠れました。



(オリジナルイラスト)


(未発表童話です) 





2017年2月17日金曜日

コウモリになったこうもり傘

 古くなってすっかり破れてしまったこうもり傘がこの世の最後に空を飛んでみたいと思いました。
そこで、木の上でさえずっている小鳥たちのところへ弟子入りに行きました。
「飛び方を教えてください」
「むりだね。羽がないもの」
断られて、次にいったのは、ムササビのところでした。
 ここでも断られて、次に行ったのはニワトリのところでした。
「飛び方を教えてください」
ニワトリは反対に、
「おれもそれが知りたいんだ」
と反対にたずねられました。
 最後にいったのはコウモリのところでした。
洞窟の中でスヤスヤ眠っていたコウモリは起こされて嫌な顔をしました。
「弟子にしてください」
「むりなはなしだな」
 そのとき冷たい風が吹きました。洞窟の中はひんやりしました。
「ああ、寒い。コートがほしいな。そうだ」
コウモリは傘の布を半分ちぎってからだに巻きつけました。
「これで大丈夫」
「飛び方を教えてくれるんですね」
「そうだよ、いまから食事をしに行くから、しっかりつかまってろよ」
 そういって洞窟から暗い森の中へ飛んで行きました。







(未発表童話です)





2017年2月7日火曜日

灯油くんの話

 ホームセンターの地下タンクの中でスヤスヤ眠っていた灯油たちが、ある朝、大きな音で起こされました。
みんな眠気眼で、
「ああ、うるさいな。こんなに朝早くからどこへ出かけるんだ」
給油口のふたがはずされて、ホースが差し込まれ、グイーン、グイーンと吸い上げられていきます。
タンクの外に出た灯油たちは、何台かのミニローリーのタンクに入れられました。
「今日の分はこれで全部だ」
配達員は走り出しました。
 国道を走りながら、町のあちこちの家々を回って行きます。各家のお風呂のボイラータンクや、ポリ容器に次々と灯油を入れていきます。
 ミニローリーの一台は、町からずいぶん離れた、山の家を回っていました。
灯油を積んでいるので、グイーン、グイーンとエンジンを全開にして登って行きます。山の上には別荘がたくさんあるので、全部回るのに一日かかります。
 昼から、雪が降りだしてきました。
「ああ、天気予報じゃ、雨か雪だっていってたのに、山はやっぱり雪だな」
配達員は心配そうです。
 夕方になると、雪は本格的に降ってきました。雪のせいで1メートル先もよく見えません。
「困ったな、まだ10軒あるのに」
しまいに猛吹雪になって、まったく先へ進めなくなりました。タンクの中の灯油たちは、寒さのためにみんなガタガタふるえています。
「ああ、早く、ボイラーの中へ入りたいな。あの中は暖かくて気持ちがいいから」
 時間が経ってから、少し雪は弱まってきました。山道の向こうの方で、別荘の照明が付きました。すると、そのとなりの家の照明も付きました。
「よかった、あの家だな」
配達員は、残りの家に向かいました。積雪が増えているので、アクセルを思い切り踏み込んで先へ進みました。
そして、家のボイラータンクに灯油をいっぱい入れました。
「終わった。これで店に帰れる」
配達員は山を降りて行きました。
 もう一台のミニローリーは海辺の村を回っていました。海から雪まじりの物凄い強風が吹いていました。タンクの中の灯油たちは、車酔いと寒さのために死んだようになっています。
「ああ、早くファンヒーターの中に入りたいな。ぐんぐん燃やされて、冷たい液体から暖かい空気になって一晩中ゆっくり過ごせるから」
 ときどき冷たい海水が風に飛ばされて車体に当たったりしました。港に停泊している船なんか踊り狂ったように揺れています。
配達員は、海水がウインドーに当たるたびに、ワーパーを動かしました。
「残りあと5軒だ」
 日が暮れかかった頃、やがて目的の家が見えてきました。
家の窓から住人が見ています。
「よかった来てくれた、灯油が切れて困ってたんだ」
ポリ容器に、灯油を入れてもらって、家の人は喜んでいました。
ミニローリーが帰ったあと、灯油たちはファンヒーターのタンクに入れられて、ぐんぐん燃やされました。
 暖かい空気になった灯油たちは、やっと元気を取り戻しました。







(未発表童話です)