2016年1月6日水曜日

湖とマンドリン

 むかし、イタリアのある村に、若いお百姓さんがいました。いつも仕事もしないで、山の湖に出かけてはマンドリンを弾いていました。
 あるとき、湖の中から音楽が聴こえてきたので、そっと水の中を覗いてみると、深い湖の底で、美しい娘が岩の上に腰かけてマンドリンを弾いていました。
「ああ、なんてすてきな響きだ。一度でいいからあの娘といっしょに音楽を奏でたいものだ」
 次の日も、湖のほとりでマンドリンを弾いていると、水の中から音楽が聴こえてきました。今度はその音色は一つではなく、何人かの弾き手によって奏でられていました。
「これは、みごとなものだ。おいらも仲間に入るとしよう」
 お百姓さんはなにを思ったかマンドリンを携えると、さっと水の中に飛び込みました。そして深い湖の底に沈んで行きました。
 日が沈み、やがて夜になりました。
家ではお袋さんが息子の帰りを待っていました。だけどいくら待っても帰って来ないので、心配したお袋さんは、近所の家を回って尋ねてみました。しかし、誰も息子の行方を知りませんでした。
 やがて、ひと月がたったある日のことでした。近所のお百姓さんがあわてて家にやってきました。
「あんたとこの息子さんが、ずぶぬれになって山の湖のほとりで倒れているんだ」
 お袋さんが、おどろいて山の湖へ行ってみると、息子が気を失って倒れていました。ところが家に連れて帰って目をさました息子は、とつぜん変なことをいい出しました。
「マンドリンの弦が切れたので取りに帰ってきた」
 お袋さんは、何の事だか分からずにいましたが、翌朝、息子はまたどこかへ出かけて行きました。お袋さんは、またあちこちへ探しに行きました。でも息子の行方はわかりませんでした。
 それからまたひと月がたったある日のこと、山の湖のほとりで倒れているところを見つけられました。
そして今度はお袋さんに、
「五線紙ノートが足りなくなったので取りに帰ってきた。明日また出かけるから」
といいました。
 お袋さんはこのときとばかりに息子に問いただしてみると、息子はこんなことをいいました。
「おいらは、あの山の湖の底にある王さまの宮殿で暮らしているんだ。それは美しい宮殿で、いつもその宮殿の居間では音楽会が開かれているんだ。ヴァイオリン、ビオラ、チェロの三重奏やピアノの独奏演奏、また美しい声楽のコンサートも開かれてる。おいらも、マンドリン楽団に入団してみんなといっしょに合奏を楽しんでいる。あるとき王さまが、これまで聴いたことがないような美しい新作が聴きたいから誰か曲を書いてくれ。書いてくれた者には金貨を授けよう。それで自分が以前書いた曲を持っていくと、王さまにたいへん褒められた。そんなことが何回もあるうちに、今はその宮殿で作曲の仕事をしている。それに百姓やっているよりも、うーんと報酬がいいから」
と息子はいいました。
そして王さまからもらったご褒美の金貨を十枚お袋さんに渡しました。
 お袋さんは、その金貨を見ておどろきましたが、
「そんな知らないところでこれからもやっていけるのかい。家で百姓やっているほうが気楽じゃないか」
といいましたが、息子は、
「百姓仕事はおいらには合わない。音楽やってる方が楽しんだ」
といって、翌朝にはまた山の湖へ出かけて行きました。







(つるが児童文学会「がるつ第34号」所収)


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