ある家の庭に、りんごの木が立っていました。
いつも秋になると、たくさんの実をならしました。
ところがりんごの木は、自分が育てた実を誰かに食べられてしまうのがきらいでした。
「せっかく大きくした実だ。だれにもやんねえぞ」
ある日、たくさんのひなを持つ小鳥のお母さんがやってきました。
「りんごさん、今年は山に食べられる実が少ないので、少しわけてください」
小鳥のお母さんは、あちこちさがしまわっていたので、すっかり疲れていました。
「いやなこった。だれにもやんねえぞ」
「そういわないで、わけてください。おさない子どもたちが巣でまっているのです」
「だめ、だめ、かえってくれ」
小鳥のお母さんは、かなしそうな顔をして飛んでいきました。
ある日、山鳩のお母さんが、やっと飛べるようになった子どもの鳩たちをつれてやってきました。
「りんごさん、お願いします。この子たちに実を分けてやってください。たくさん栄養をとらせて一人前の鳩にさせたいのです」
けれども、りんごの木は、
「いやなこった。だれにもやんねえぞ。かえってくれ」
山鳩のお母さんは、それをきいてがっかりしましたが、
「それでは、この子のぶんだけお願いします」
といって、成長のおそい、元気のない病気がちな小鳩を見せていいました。
りんごの木は、それでも、
「いやなこった。だれにもやんねえぞ」といって断ってしまいました。
ある晩、りんごの木がすやすやと眠っていたとき、夢の中で遠い遠い昔の日のことを思い出しました。
もう亡くなってしまったこの家のおばあさんが、はじめてりんごの木をこの庭に植えてくれた日のことでした。
おばあさんは、自分の子どもたちが大人になって町に住むようになってからは、ただひとりきりでこの家でくらしていました。
おばあさんは、りんごの木を育てて、実がなるようになったら、この家に遊びにきた孫たちに食べさせたいと思っていました。
それからおばあさんは、山に住む小鳥や鳩も好きでしたので、このりんごの木が実をつけたら、いつも山から小鳥や鳩たちがやってきて、寂しいこの家の庭が毎日にぎやかになるのを楽しみにしていました。
けれども、おばあさんは、りんごの木が赤い実をつける前に亡くなってしまいました。
夢の中で、そんな日のことを思い出したりんごの木は、自分がいままでとんでもないことをしていたことに気がつきました。
そして、おばあさんがいたときよりも、すっかりこの庭は静まり返り、寂しい庭だったとはじめて気がついたのです。
りんごの木は、心の中で、
「そうだった。これからは、山のみんなにもりんごの実をわけてあげよう」
と思いました。
ある日、いつかの小鳥のお母さんがまたやってきたので、たくさん実を食べさせてあげました。
そして、そのあとからも、山鳩のおかあさんが、すっかり痩せた子どもたちをつれてやってきたので、たくさん食べさせてあげました。
みんなりんごの木にお礼をいって山へかえっていきました。
何年もそんなことが繰り返されてから、子どもだった小鳥たちは、みんな大きくなって、いつもりんごの木のところへ遊びにやってきました。
いつも寂しかった庭は、毎日小鳥たちの楽しいさえずりでいつもにぎやかになりました。
ある秋の日のこと、カラスが飛んできて、りんごの実をたべていたとき、りんごの木がいいました。
「カラスさん、どうかお願いします。私を育ててくれたおばあさんが眠っているお墓に、りんごの実をお供えにいってくれませんか」
カラスは、
「ああ、いいよ」
といって、りんごの実をいくつかもっておばあさんのお墓へ飛んでいきました。
カラスは約束をまもってくれるかなあと、りんごの木はすこし心配でしたが、しばらくするとカラスがもどってきて、
「ちゃんとお供えしてきたよ。いまごろおばあさん喜んでるね」
と、りんごの木にいいました。
(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)
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