2015年8月25日火曜日

ピエロとマンドリン

 いつもサーカスで、へまなことばかりしてみんなを笑わせているピエロですが、じつはたいへん起用で、とても働き者なのです。ところがあるサーカスのピエロだけは、まったくの役立たずでした。
外見は普通のピエロと変わりませんが、中身もまったく同じでした。いつもぼーっとして空想に耽ってばかりいるのでした。
「もうすこし気を入れて仕事をしてもらわないと、このサーカスには置いてやらないぞ。クビだぞ」
 団長さんは、そういっていつもおびやかすのですが、ピエロにはまったく効果がありません。あいかわらずのサーカスのお荷物でした。
だけど、このピエロがどうしてこのサーカスにいられるか、それはただひとつ役立つものを持っているからでした。
 いつもサーカスがおわると、ピエロは、おんぼろなマンドリンを抱えて、テントの屋根にのぼり、ながいあいだ暗い夜空を眺めていました。このマンドリンは死んだおじいさんが持っていたものをお父さんから譲り受けたものでした。代々ピエロ一家で、いつもマンドリンを弾きながら、むかし流行った「サーカスの唄」や「美しき天然」の歌などを歌うのでした。
 やがて、夜も深くなった頃、雲の隙間からお月さまが現れました。
じつは、ピエロはこのときを待っていたのです。人にはまったく見えないのですが、ピエロの空想の世界では、お月さまの上には、マンドリンを弾く女神が座っているのです。そして、いつも静まり返った夜空にその美しいトレモロが鳴り響くのでした。
「今夜は、じつにみごとなセレナーデだ」
 ききほれながら、しばらく耳を傾けていましたが、やがて自分でも真似して弾いてみたくなりました。
普段は、仕事もなかなか覚えられないピエロでしたが、このときばかりは頭が働くのでした。
 何回か真似して弾いているうちに、すっかり覚えてしまいました。やがて、向こうの空がすこしずつ明るくなる頃には、月の姿もしだいに見えなくなり、女神もどこかへ消えていきました。
ピエロは、すっかり覚えたその曲を何回も弾いてみました。
そして、二番鶏が鳴く頃になると、自分の寝床へ戻っていくのです。
 朝になると、またサーカスの仕事がはじまります。
団長さんにたたき起こされて、ピエロは眠い目をこすりながら、楽屋へ行ってお化粧して仕事の準備をはじめます。
でもあいかわらずへまばかりで、いつも団長さんに怒られてばかりいるのです。
「きみの仕事は、お客さんを笑わせることなんだ。いつもぼーっと突っ立っていたのでは、だれも笑ってくれないぞ」
 いわれながら、空中ブランコから落っこちる芸をやるのですが、高いところが苦手なので、それも無理なのです。一輪車に乗る芸も何回やってもできません。馬や象に乗らせても、すぐに振り落とされてしまいます。
そんなふうなので、まったくサーカスでは使い物にならないのです。
 慌ただしいサーカスの仕事もようやく終わると、サーカスの芸人たちは、みんな自分たちの楽屋に帰っていきます。
「ああ、やっと一日がおわった。くたびれた」
 みんなそういって、お酒を飲んだり、お風呂に入ったり、晩御飯を食べたりします。そうやってくつろいでいると、いつものようにテントの屋根から、ピエロの弾くマンドリンの音色が聴こえてきます。
「おっ、また弾いてるな。でもいい音色だ、これを聴いてると今日の仕事の疲れもすっかりとれるからうれしい。そして夜はぐっすりと眠れるんだから」
 そういってサーカスの人たちは、みんないつもよろこんで聴いていました。
 その音色は、団長さんの部屋にも流れていきます。
「また、いつものマンドリンかっ。ピエロのやつ、マンドリンの腕だけはいいんだから。でも、もっと仕事のほうもしっかりやってくれないかなあ」
 団長さんはそういいながら、お風呂の中で疲れた身体をほぐしていましたが、そのうち、ピエロが弾く「サーカスの唄」が流れてくると、いつの間にか自分でもその歌を口ずさんでいました。
 
 旅のつばくろ(つばめ)
 寂しかないか
 おれもさびしい
 サーカス暮らし。
 
 とんぼ返りで
 今年も暮れて
 知らぬ他国の
 花を見た。

 団長さんは歌いながら、これまでの旅のことをいろいろと思い出しました。北海道から本州、四国、九州、沖縄まで、日本全国くまなく、このサーカスを引き連れて歩いてきました。
 そして、それらの土地のいろんな花も見ました。いろいろな町や村へも行きました。何回も行った町もありました。そして、その土地の人々をサーカスの芸でみんなを楽しませたのです。
 台風でテントが飛ばされそうになったり、大雪になって、みんなと山の中で野宿したこともありました。動物たちが病気になって、獣医さんを探しに、みんなで町中を駆け回ったこともありました。
 芸人たちはよく働いてくれます。みんな毎日疲れて眠りにつくまで働くのです。芸のすぐれた腕のいい芸人さんが特に好きでした。でも、みんながみんな腕の良い芸人ばかりでないことも知っています。
 そんなことを思っているうちに、団長さんの心の中でこんな気持ちが湧いてきました。
本当に仕事だけで人を評価するのは正しいことなのか。世の中には仕事をしたくても働く所がない人もいることです。また重い病気を患って働きたくても働けない人たちもいるのです。ほんとに生きてることだけでやっとの人もいます。とりたててなんの能力もないけれど、人に親切な人もいます。風変わりな性格でも、何かいいものを持っている人もいるのです。そんな人たちをどうやって評価したらいいのかまったく見当がつきません。
 そんなことを考えると、一概に仕事だけで人を評価するのはよくないことだと思うのです。もしかしたら、このサーカスのピエロもそういう人間のひとりかもしれません。
 団長さんが、そんなことを考えているあいだにも、テントの上からは、ピエロの弾く心地よいマンドリンの音色がいつまでも夜空に響いていました。

 


(文芸同人誌「青い花第23集」所収)


2015年8月13日木曜日

カーネルおじさんの恋

 町の通りにケンタッキー・フライドチキンのお店がありました。お店の前では、白いひげを生やしたカーネルおじさんの人形が、毎日ニコニコ笑って立っていました。
「きょうも、たくさん人が歩いてるな。みんなお店にきてくれないかなあ」
 日曜日のことでした。道路を挟んだお店の向かい側に新しい小さな洋服屋さんがオープンしました。お店のショーウインドーに流行の洋服を身に付けたマネキン人形が飾られました。
「ああ、かわいい女性だな。あんな女性と話が出来たらなあ」
 カーネルおじさんは、そのマネキン人形がいつも気になってしかたがありません。
 ある日のことでした。おじさんはふとあることに気づきました。それはおじさんが子供だった頃、仲の良かった女ともだちに、そのマネキン人形がそっくりなのです。
 おじさんが生まれたのは、アメリカのインディアナ州のヘンリービルという所でした。小学校の同級生に、ネリーさんという女の子がいました。
スティーヴン・フォスターの歌に、「ネリー・ブライ」という曲がありますが、名字も同じでした。その女の子はカーネルおじさんの初恋の女性だったのです。
「まさか、わたしに会いに日本まで来てくれたのかなあ」
 おじさんの思い込みはたいへんなものです。
「それだったら、一度あいさつに行かないとなあ」
 おじさんの胸は躍りました。
 そんなある日のことでした。マネキン人形が、おじさんの方をむいて、にっこりとウインクしたのです。
 おじさんの胸はドキンドキンと、ときめきました。
「やっぱり、ネリーさんだ。わたしに会いに来てくれたんだ」
 おじさんは出かけることにしました。
 翌日、6ピースポテトパックを持って、洋服屋さんへ出かけて行きました。
 ショーウインドーの前にやってくると、ガラスをトントンと叩きました。マネキン人形は振り向いておじさんの方を見ました。
「こんにちは。よかったらこれ食べて下さい」
 マネキン人形は、にっこり笑って、
「ありがとう。じゃあ、いただくわ」
といって喜んで受け取ってくれました。
 その日は、あいさつだけで帰ってきましたが、そのあとも、カーネルおじさんは、たびたび仕事中に出かけるようになりました。
 おじさんは、マネキン人形がほんとうにネリーさんかどうかまだ確信がもてないので、故郷のアメリカのことはできるだけ話さないようにしました。
 ある日、半日も仕事をおっぽりだして、洋服屋さんの前で立ち話をしているところを店長に見られました。
 カーネルおじさんは店長に呼び出されて、仕事中は指定の場所に立っているようにきびしく命じられました。
 おじさんは仕方なく次の日からはいつもの場所に立っていましたが、マネキン人形のことがやっぱり気になるせいか、そのあとも店長の目を盗んでは、ときどき仕事中に出かけて行くようになりました。
 ある日、カーネルおじさんはふと思い出しました。
「そうだ。あしたは、ネリーさんの誕生日だ。プレゼントを持って行かないと」
 おじさんは、どんなプレゼントにしようかなといろいろと迷いました。
「そうだ。この通りの先に、人気のケーキ屋さんがあったな。あそこでケーキを買って持って行こう」
 その日は幸運にも店長が休みの日だったので、昼から出かけて行きました。
 ケーキ屋さんに行くと、女性店員に、
「すみませんが、2500円のいちごのデコレーシャン・ケーキひとつ下さい」
「お誕生日用ですか」
「はい、でもロウソクはけっこです」
「わかりました。お待ちください」
 きれいな包装紙にケーキを包んでもらって、おじさんはお店に戻ってきました。
 夜になってからおじさんは出かけていきました。夜だったら、だれにも見られずにのんびりと話が出来るからです。
 明かりの消えたショーウインドーの前にやってくると、ガラスをとんとんと叩きました。
 マネキン人形が気づいて、振り向きました。
「こんばんは、よかったらこのケーキ食べて下さい」
「いつもどうもありがとう。おいしそうだわ」
 おじさんは、このときがチャンスとばかりに、故郷のアメリカのことをはなしてみました。
 小学生の頃の先生のこと、友達のことなどいろいろとはなしてみました。マネキン人形はききながらキョトンと変な顔をしました。このおじさんは人違いをしているのだとわかったのです。でも、がっかりさせたくなかったので、話を合わしてくれました。
 その夜、ふたりは、ずいぶん長い間いろんなことを話しました。明け方近くまで話していたので、翌日はふたりとも寝不足で、仕事中に何度もウトウトしていました。
 カーネルおじさんは、数年間そうやっていつものようにマネキン人形に会いに出かけましたが、ある日、大変なことが起こりました。洋服屋さんがとつぜん閉店したのです。
「たいへんだ。ネリーさんがアメリカへ帰ってしまう」
 カーネルおじさんは仕事も手に付かず、いつもさみしそうな様子でした。お店にやって来るお客さんたちも、最近、人形のおじさんが元気がないとみんな言い合いました。
 ひと月がたったある日のことです。
 風の噂でマネキン人形の行方がわかりました。この町の大型デパートの婦人服売り場に飾られているということでした。
 カーネルおじさんは、それを聞いて飛び上がって喜びました。
「それじゃ、さっそく会いに行こう」
 翌日、仕事をまたおっぽりだして、隣の通りにあるデパートへ出かけて行きました。
 デパートは5階建てで、婦人服売り場は3階でした。エスカレーターで上まで上って行きました。デパートの中を歩いているお客さんたちは、白いスーツを着た、白いひげを生やしたどこかで見たことがあるおじさんがフライドチキンの紙袋を持って、うろうろしているので変な顔をしていました。
「婦人服売り場はどこですか」
 店員に教えてもらって歩いて行くと、見覚えのある人形が見えました。
「あれだ。ネリーさんだ」
 マネキン人形は、レジから少し離れたガラスのケースの中で、きれいなドレスを着て飾られていました。
 おじさんはそばへ行って、ガラスをトントン叩きました。
「やっとあなたに会えました。こんな所で働いていたんですか。おみやげを持ってきました」
 マネキン人形も、うれしそうににっこり笑って、
「よく来てくれましたね。お久しぶり、いつもありがとう」
 その日はおじさんにとってたいへん感動した日でした。
 おじさんは、それからも仕事中に抜け出しては、このデパートへよくやってきましたが、ある日、幸運なことが起こりました。
 おじさんが働いているケンタッキーフライドチキンのお店が、このデパートの2階に移転したのです。3階には婦人服売り場があるので、階段を登って行けばいつでもマネキン人形に会いに行けるのです。
 ですから、いつものようにカーネルおじさんは、店長の目を盗んでは、マネキン人形に会いに出かけて行きました。




(文芸同人誌「青い花第25集」所収)



2015年8月4日火曜日

回転木馬の夢

 だれもいなくなった夜のゆうえんちです。回転木馬は、みんなすやすやと眠っていました。
 すやすや、すやすや。
 しばらくしたとき、一頭の木馬が目をさましました。
「ああ、きょうもよくはたらいたなあ」
 木馬は、うーんと、のびをしました。
「だけど、まいにちここにいるだけじゃ、つまらないや。どこかへさんぽにいきたいなあ」
 そのとき、空のうえから声がしました。
「ぼくが、つなをといてあげようか」
 声をかけたのは、夜空に輝くひとつの星でした。
「ほんと、じゃ、といてよ」
 すると、つながれていた首のひもがはずれて、木馬は自由になりました。
「わあ、ほんとうだ。うれしいな」
「朝までにはかえっておいでよ」
「うん、やくそくするよ」
 木馬は、そのばから出て行きました。
 カッタコト、カッタコト、
 やがて、町の公園へやってきました。
公園のなかには、ともだちの木馬たちが眠っていました。
「みんな起きて、ぼくと遊ぼうよ」
 木馬たちは、目をさますと、
「だめだめ、ぼくたち、みんなつかれているから。きょうは、たくさんこどもたちが遊びにきたからね」
「ああそうなの、つまんないな」
 木馬は、公園から出て行きました。
 そして、町の商店街へやってきました。いっけんの洋服屋さんのショーウインドーのなかに、かわいい洋服を身につけた、こどものマネキン人形が眠っていました。
「ぼくとさんぽにいかないかい」
 マネキン人形は、目をさますと、
「だめだよ。ここからでられないもの」
 木馬は、がっかりしましたが、
「だったら、ぼくが、そこからでられるようにしてあげるよ」
といって、夜空を見上げました。
「お星さま、おねがいします。マネキン人形くんを、外へだしてあげてください」
 すると、ひときわきらりと星が輝いたかとおもうと、木馬のせなかに、マネキン人形がのっかっていました。
「わあ、おどろいた。お星さまありがとう」
 そして、木馬は、マネキン人形をのせてはしり出しました。
 カッタコト、カッタコト、
だれも歩いていない商店街をはしりながら、マネキン人形もうれしそうです。
「ヤッホー、きもちいいな、ヤッホー、ヤッホー」
 そして、木馬は、商店街をとおりぬけると、大きな橋がかかっている町外れの河原へやってきました。
 木馬は、のどがかわいていたのか、川の水をゴックン、ゴックンとおいしそうにのみました。
「ああ、つめたくておいしいや」
「ねえ、こんどはどこへ行く」
「じゃ、こんどはあの橋をわたってとなり町の公園へ行ってみようか」
「うん、いいよ」
 木馬は、またはしり出しました。橋のそばに踏切があり、そこを通ってしばらく行くと公園が見えてきました。
 公園のなかに入ると、キリンやぞう、それにカバやクジラのかたちをしたすべり台がありました。
「あのすべり台からおりてみないかい」
「うん、いっしょにおりてみようか」
 木馬とマネキン人形は、すたすたとすべり台の階段をのぼって行きました。そして、なんかいもすべり台からおりて遊んでいました。
 一時間も遊んでいると、やがて引き返すことにしました。
踏切の前までやってきたときでした。突然、踏切のけいほう機が鳴り出しました。木馬はおどろいた拍子に、鉄道せんろに、足をつまずかせてしまいました。
「わあ、たいへんだ。足がせんろにはさまって、ぬけなくなっちゃった。どうしよう、どうしよう」
 やがて、やこう列車が、すごい音をたてながら向こうからはしってきました。
 ガッタンコー、ガッタンコー、
 みるまに、列車は近づいてきました。
「だれか、たすけてー」
 木馬と、マネキン人形は、どうすることもできずに、ただじっとしたまま目をつむっているだけでした。
「ブーーーブーーーブーーーーー!」
 やこう列車は、汽笛を鳴らしながらせまってきました。
そのときでした。耳もとで、だれかの声がきこえました。
「もうとっくに朝だよ。ゆうえんちは、はじまってるよ」
 そう声をかけたのは、となりにいる木馬くんでした。
「なんだ、ぼくは夢を見てたのか」
 木馬は、目をこすりながら、にぎやかなゆうえんちのなかを見わたしました。
やこう列車の汽笛だとおもっていたのは、ゆうえんちのなかを走っている、おもちゃの電車の汽笛でした。
 木馬は、よく晴れた青い空を見上げました。
そこには夢のなかで見た、あの星のすがたはありませんでした。そして、マネキン人形のすがたもどこにもありませんでした。
 しばらくすると、向こうからたくさんのこどもたちが、木馬たちの方へはしってきました。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)


2015年8月2日日曜日

腹の減る男

 その男は仕事もしないで毎日寝てばかりいるのに、いつも目覚めると、
「腹へった、腹へった」
と母親にいうのだった。それが、1日に3回も4回もだからおかしなことだ。
「これはきっと病気だな」
  母親は心配して医者を呼びにいった。
医者がやってくると、さっそく診察がはじまった。
「お腹がへるようになったのはいつからなんだ」
「ふた月くらい前から」
「どこかへ出かけることはあるのか」
「いいや、出かけることはない」
「家の中で仕事をすることは」
「仕事なんてやったことがない」
 医者は考え込んだ。
「ふしぎなこともあるもんだ。どこにも行かず、仕事もしないのにどうしてお腹がへるんだろう」
「じゃ、お腹がへるような夢でもみるのかい」
  男は、思い当たることがあるのか、しばらく考えてからいいにくそうにいった。
「ああ、いつも見てる」
「じゃ、その夢を話してくれ」
  男は、話しはじめた。
「ある日のことだ。おいらが広い原っぱの道を歩いていると、どこからかいいにおいがしてきた。そちらのほうへ歩いていくと、樫の木のそばに一軒のパン屋さんがあった。その店には、おばあさんがひとりでパンを焼いていたんだ。お金がないので、入口の棚の上に積まれたパンのみみをだまって食べてたら、お店の中から大きなどなり声が聞こえてきかとおもうと、まわりの景色がすぐに暗くなり、おいらは深い森の中にいたんだ。お店からでてきたのは、黒い帽子と黒い服を身に着けたワシ鼻の怖い顔をしたおばあさんだった」
「やい、あんた。かってに店のものを食べちゃこまるよ。罰として、しばらくここでこき使ってやるからね」
「そういっておいらをお店の地下室へ閉じ込めたんだ。そして、毎日決まった時間になると、そのおばあさんがやってきて、今日の仕事をいいつけて厨房へおいらを連れて行く。その仕事のきついことといったらなかった。毎日、パン粉を練らされてパンを焼くんだが、焼き具合が悪いとがみがみと文句をいわれる。それにパンを焼く多さにも驚いた。あとで知ったんだが、この森に住む悪魔たちが買いに来るパンだった。
 汗だくの仕事が終わると、こんどは後片付けだ。ちりひとつでも落ちてたらやり直しをさせられる。夜遅くまでかかってすべての仕事が終わると、また地下室へいれられる。食事なんてくれない。コップ一杯の水だけなんだ。このふた月間、おいらはそんな夢を見ていつも目が覚めるんだ」
  男のはなしを聞いて医者はおどろいたが、すぐに治療の方法を思いついた。
「あんたの病気はすぐに治るよ。簡単な方法だ。すぐに仕事を見つけて働くことだ。そうパン屋さんがいい。あんたはパン屋の仕事がすっかり身についている。人を雇って一緒に楽しく働いていれば、もうそんな夢を見ることもなくなる。夜もぐっすり寝られるよ」
  医者は言い終わると、さっさと帰っていった。
 男は、医者の勧めもあって、町へ行って小さなパン屋さんを開店した。はじめは、お客さんもあまりこなかったが、男が焼くパンがおいしいという噂が流れてからは、日に日にあちこちから人がやって来るようになった。収入もたくさん入ってくるようになって、男の暮らしも安定した。
 そんなある日のことだった。お店に、白い翼と頭に銀色のリングをのせたかわいいひとりの天使がやってきた。
「大きなパンを焼いてもらいたいんです」
「どれくらいの、大きさですか」
「あの山の上に乗るくらいのパンです」
 とつぜん、そんなことをいわれて男は、
「そんなの無理ですよ、だってひとりではとても手におえません」
「お仲間がいますよ」
「いつからですか。準備もありますから」
「明日の朝、あの山の頂上へ来て下さい」
 そういって、天使は代金を置いて帰って行った。
 翌朝、男は指示された山のてっぺんへ登っていくと、たくさんの仲間のパン屋さんが来ていた。
「あんたも呼ばれたのかい。光栄なことだよ。この仕事は腕のいいパン職人しかやらせてもらえないんだから」
 そんなはなしをしていると、きのうの天使が姿を現した。
「では、みなさんお願いします。すてきなロールパンを作ってください。材料はまわりにいくらでもありますから」
そういって、そばに浮かんでいる雲を指さした。
パン屋さんたちは、さっそく、山が隠れるくらいの大きなロールパンを作りはじめた。
まわりの雲をかき集めてくると、それを何時間もかかって練り上げてから、大きなオーブンの中に入れて、じっくりと焼きはじめた。でも、たいへんな作業だから、できあがるまで何日もかかった。
 一日の作業が終わると、みんなすっかりお腹をすかせて家に帰って行く。そして翌日にはまた山にやってきて、パン作りの仕事をはじめる。
男も、家に帰ってくると夕食をとってすぐに寝てしまう。
ときどき夢の中で、自分たちが作った大きなロールパンが空に浮かんでいる情景を見たりした。
 ある日、パン屋さんたちが作った大きなロールパンがみごとに空の上に浮かびあがった。その姿は、遠くの町からでも見ることができた。
「ありがとう、みなさん、りっぱな美術品の完成です」
 天使も満足していった。
私たちはときどき、風の強く吹く日に、山の上に、ロールパンのような形をした雲を見かけることがありますが、あれは、天使が腕のいいパン屋さんたちを集めて作らせた芸術品なのです。形もみごとですが、味もたいへんおいしいので、鳥たちがついばんだりします。空の展示がおわると、パン屋さんたちもごちそうになりますから、あっというまに消えてしまいます。するとまたパン屋さんたちが呼ばれて新しいロールパンを作るのです。
作業は大変ですが、空にみごとに浮かんだロールパンを見ながら、パン屋さんたちはいつも自分たちの仕事に満足します。男も呼ばれますから、同じように満足します。そして一日の仕事が無事に終わると、男もお腹をすかせて家に帰ってくるので、夕食もお腹いっぱい食べて寝ます。ですからもう以前のように、「腹へった」「腹へった」という夢も見なくなりました。




(文芸同人誌「青い花第24集」所収)


2015年8月1日土曜日

でかせぎにでたアイスクリーム

 連日の猛暑で、町の人たちはすっかり家に閉じこもったきり、外へ出てきません。
「今年も、ずいぶんあついなあ」
 公園で、アイスクリームを売っていた屋台のおじさんも、木陰で休み、そのうちうとうと眠ってしまいました。
 空のうえではお日さまだけが、ニコニコと地面を照らしていました。
 屋台のアイスクリームたちは、もうげんかいでした。
「これじゃ、一時間でみんなとけちゃうな」
「だったら、でかせぎにいこうか」
 屋台の車も、
「それじゃ、でかけるか」
といって、かってにのこのこと動き出しました。
 公園を出てから、すぐ道路のそばで、道路工事をしている作業員がいました。
「冷たいアイスクリームはいかがですか」
 汗を流して働いていた作業員は、仕事の手を休めると、
「それじゃ、ひとつもらおうか」
「ありがとうございます。百五十円です」
 すると、仲間の作業員も集まってきて、
「おれたちにも、ひとつくれよ」
といってみんな買ってくれました。
「ありがとうございます」
 お金を空き缶に入れてもらって、屋台の車はまたのこのこと動き出しました。
 国道を歩いて行くと、大きな池のある場所までやって来ました。池のまわりでは、日傘をさして魚釣りをしている人たちがいました。
 釣り人が屋台に気づいて、
「おーい、ひとつくれないか」
と声をかけてきました。
「ありがとうございます。百五十円です」
 すると、まわりの釣り人たちも、
「おれたちにも、ひとつくれよ」
とみんな声をかけてきました。
 屋台の車は、池のまわりを一周して、アイスクリームを売りました。
 そしてまた道路に戻ってきました。しばらくいくと、農家の畑のそばを通りました。
 お百姓さんが、汗をかきかきトウモロコシの手入れをしていました。
「冷たくておいしいアイスクリームいかがですか」
 声をかけられたお百姓さんは、
「おっ、うまそうだな。でもいまお金もってないからトウモロコシでもいいか」
「いいですよ。ありがとうございます」
 屋台の上にトウモロコシを何本か入れてもらって、また動き出しました。
 となりに、スイカ畑がありました。お百姓さんがスイカの手入れをしていました。
「おいしいアイスクリームいかがですか」
 そのお百姓さんも汗を流して働いていたので、
「じゃあ、ひとつもらおうか。でもお金がないからスイカでもいいか」
「いいですよ。ありがとうございます」
 お百姓さんにスイカを入れてもらってまた動き出しました。
 となりにも、トマトとピーマンとナスを作っている畑がありました。
「冷たいくておいしいアイスクリームはいかがですか」
そのお百姓さんも仕事の手を休めると、
「じゃ、ひとつくれないか」
「ありがとうございます」
 トマトとピーマンとナスを入れてもらってまた屋台の車はのこのこと動き出しました。
 農家を過ぎてから、しばらく歩いて行くと、小さな駅のそばを通りました。自転車でサイクリングを楽しんでいる人たちが、木陰で休んでいました。
 屋台の車を見つけると、
「おっ、うまそうだな。みんな食べようか」
 サイクリングの人たちも、アイスクリームを買ってくれました。
 そのとき、駅に電車が到着しました。
 ホームから声が聞こえてきました。
「おーい、アイスクリームひとつ、くれないか」
 電車の乗客でした。
 屋台の車は、のこのこと改札口の所まで行きました。
乗客が降りてきてアイスクリームを買ってくれました。
「ありがとうございます」
 すると、ほかの乗客たちも、
「おれにも、ひとつ」
「わたしにもひとつ」
といって、みんな降りてきて買ってくれました。
 アイスクリームはぜんぶ売リ切れました。
「ありがとうございます。完売です」
 電車は汽笛を鳴らして、次の駅に向かって走って行きました。
 屋台の車は公園へ帰ることにしました。Uターンして公園に向かって動き出しました。
 でも屋台からは、もうアイスクリームたちの声は聞こえてきません。そのかわり野菜がゴロゴロと動く音と、空き缶の中からチャリンチャリンというお金の楽しい音が聞こえてきます。
 公園へ戻って来ると、おじさんは木陰で、まだすやすやと眠っていました。
 屋台の車が一服していると、おじさんが目を覚ましました。
 おじさんは、屋台を見て驚きました。アイスクリームは全部売り切れていて、そのかわり、たくさんの野菜やスイカが積んであるのです。それに空き缶にもちゃんとお金が入っていました。
「いやあ、ふしぎなこともあるもんだ」
 おじさんは、わけがわからないまま夕方になったので、屋台を引っ張って帰って行きました。


(文芸同人誌「青い花第25集」所収)