2016年7月26日火曜日

雪だるま食堂は大忙し

 冬がやってくると、町中の人たちが雪だるま食堂に電話をかけてきます。それも大雪の日なんか特に忙しくなります。
1メートルも雪が積もるとみんなスーパーにも行けないので、すぐに料理を届けてくれる雪だるま食堂が便利なのです。さっそく電話がかかってきました。
「すみませんが、トンコツラーメン2つとギョーザ2つお願いします」
「わかりました。すぐにお届けします」
 ホカホカの料理をケースにいれて、配達係りの雪だるまが、スキーをはいて出発します。
 雪で埋まった道路もすいすいとすべって、目的の家へ向かいます。
 「こんばんは」
 玄関のベルが鳴ってドアを開けると、雪だるまが料理を持ってきました。
「いつもありがとう」
 お金をもらって、雪だるまはまたスキーで帰って行きます。
 それからすぐに、次の仕事です。
「すみません。鍋焼きうどん3つとワンタン鍋2つお願いします」
「はい、すぐに持っていきます」
 次の家は、マンションでした。
 雪だるまは、さっそく出かけて行きます。
 マンションにやってくると、スキーを取りはずして、エレベーターに乗って5階の部屋へ行きます。玄関のベルを押して、
「雪だるま食堂です。ご注文の料理を持ってきました」
 「ごくろうさん、ありがとう」
 お金をもらって、またエレベーターで降りて行きます。
 しばらくすると、お店から携帯がかかってきました。
「大急ぎで、帰ってきてくれ」
 雪だるまがお店に戻ってくると、店長が、
「次は、山の別荘からだ。お寿司とお刺身十六人前と、オードブル5つだ」
 コックさんが足りなくなってくるとみんな庭に出て、雪だるまのコックさんを作って補充します。
 山の別荘へはスキーでは無理なので、スノーモービルを使って出かけます。
 雪でいっぱい積もった山道を、エンジンを全開にして登って行きます。
 グウーン、グウーン、グウーーン、グウーン、グウーン、グウーーン・・・
 行く手に別荘が見えてきました。
 玄関のベルを押して、
「こんばんは。お料理持ってきました」
「いやあ、遠い所からどうもありがとう。うまそうだ」
 お金をもらって、また山を下りて行きます。
 そのうちに雪もまた降りだしてきました。
 お店に戻ってくると、今度は、海辺の家からです。
「かつ丼3つに親子丼2つだ。たのむよ」
 今度もまた、スノーモービルに乗って配達します。
 途中で、道を間違えたりすることもありますが、平気、平気。
 そうやって冬の間中、忙しいのです。
 雪だるま食堂が、一番大活躍するのは、大雪で道路が渋滞する時です。
 何キロも車が立ち往生して、みんな家に帰れないので、お腹がぺこぺこです。そんなときは、雪だるま食堂にすごい注文が舞い込みます。
 こんなときのために、雪だるま食堂では、いつも食材をたくさん準備しているので慌てなくても大丈夫なのです。
 たくさんの注文を受けると、配達員の数も増やして、みんなスキーで運びます。渋滞して動けなくなった車の脇をすいすい通って行きます。
「お待たせしました。持ってきました」
 すっかりお腹をすかせていたドライバーたちは、みんなにこにこと食べます。
 大雪の時は、こんなに注文がさっとうするのです。
 店長も、
「これだったら、全国にチェーン店を作りたいな」
といつも言っています。
 雪だるま食堂は、こんな風にたいへん便利でたくさんの人に役立っているのです。でも、営業は冬だけなので、春になるとお店は閉まってしまいます。






(文芸同人誌「青い花第25集」所収)



2016年7月13日水曜日

炭焼き小屋の男

 森の中に、炭焼き小屋がありました。
その小屋には、なまけ者の男が暮していて、毎日仕事もしないで昼寝ばかりしていました。
 ある日その小屋へ、森の狩人がやってきました。
「ちょいとすまんが、水を飲ませてくれないか」
眠っていた男は、めんどくさそうに出てくると、
「水ならかめの中にいくらでも入っているから、さっさと飲んで出ていってくれ」
男はそういって、また、昼寝をはじめてしまいました。
「やれやれ、とんだなまけ者の男だな」
狩人は、水を飲みおわると、さっさと小屋から出ていきました。
 ある日のこと、羊をつれた羊飼いが、小屋のそばを通りかかりました。
「よかった、いいところに炭焼き小屋がある。炭をいくらか売ってもらおう」
羊飼いは、小屋の前にやってくると、男に聞こえるようにいいました。
「炭をすこし売ってくれないか」
男は、眠そうな顔をしながら出てくると、
「炭なら戸口のところに積んであるから、すきなだけ持っていってくれ」
そういうと、男はまた眠ってしまいました。
「やれやれ、愛想の悪い男だな」
羊飼いは、炭をいくらか手に持つと、お金を戸口のところに置いて、さっさと出ていきました。
 その日の夕方のこと、町の市場からお金を盗んできた、ひとりの強盗が、この森の中へ逃げてきました。そして、この炭焼き小屋のところへやってきました。
見ると、小屋の戸口のところにお金が置いてあります。強盗は、戸口のところへやってくると、お金を拾いました。
「いやあ、今日はついてるなあ。この金もいただいていこう」
そういって、にこにこ笑っていると、小屋の中から声が聞こえてきました。
「だれだい、おれの小屋の前で笑っているやつは、昼寝のじゃまじゃないか」
強盗は、その声を聞くと、頭にきてしまいました。
「なんていいぐさだ。ろくに仕事もしないで、昼寝とはいいきなもんだ。おれは、今朝から働きづめだったんだぞ」
いいながら強盗は、小屋の戸をあけて中へ押し入りました。
「やい、起きろ、おれが誰だかわからないのかー!」
強盗は、片手にナイフをちらつかせながらいいました。ところが、眠っていた男は、すこしも怖がる様子がありません。
「うるさいなー。そんな大声出さなくっても、あんたが刃物の押し売りだってことは、ちゃんとわかってるんだ。でも、刃物はいま間に合っているからいらないんだよ。だから、さっさと帰ってくれ。おれは、まだ眠り足りないんだからー」
それを聞いた強盗は、頭に血がのぼってしまいました。
「こ、このおれが、押し売りに見えるのかー!」
すると男は、あいかわらず、うるさそうな顔をしながら、
「とても腕のいい押し売りには見えないねえ。腕のいい押し売りだったら、お客を怒らせたりしないからねえ。あんた、客商売向いてないよ」
強盗は、男の話を聞いているうちに、すっかり呆れてしまって物が言えなくなりました。
「お前みてえな、とんちんかんな男とはなしをしてたら、こっちの頭までおかしくなってしまう」
強盗は、すっかり強盗としてのプライドを傷つけられたあげく、なにも手出しも出来ずに小屋から出ていきました。
 男は静かになると、また、ベッドにもどって昼寝のつづきをはじめました。
やがて、夜になると、お腹が減った男は目をさましました。
「いやあ、今日は、ずいぶんと、昼寝のじゃまをされたから、からだの疲れがすこしも取れなかったなあ。でも、あしたは、せいいっぱい昼寝をして、すっかりからだの疲れを取ることにしよう」
男はいいながら、夕食の準備をはじめました。






(未発表童話です)




2016年7月3日日曜日

無人島の一ヶ月間

 その島は、遠い南の海に浮かんでいました。砂ばかりの小島で、生き物は何も住んでいない島でした。
 ある日、嵐がやってきた翌朝、この島に小さなヨットが流れつきました。ヨットには、ひとりの男の人がのっていました。
「命はなんとかたすかったが、これからどうやって生きていこう」
男の人は、砂のうえにすわりこむと、先行きのことをかんがえました。
「ロビンソン・クルーソーみたいに、自給自足の生活をしようかな。だけど、ここは砂ばかりの島だ。食べるものなんて手にはいらない。どうすればいいんだ」
男の人はがっかりして大の字になって寝転んでしまいました。しばらくしたとき、ヨットが無事であることに気づきました。
「そうだ、ヨットの中には釣り道具も、釣り餌もそろっている。それを使って食べ物を海から供給しよう」
男の人は、釣り道具を持ってくると、さっそく魚を釣ることにしました。しばらくすると魚がたくさん釣れました。
「やった、これで今夜のおかずはたすかった」
男の人は、その魚を塩焼きにして食べました。
 翌日も、釣りをしました。
そして、一週間ほど毎日魚ばかり食べました。でも、だんだんあきてきました。
「何か、違うものが食べたいなあ」
けれども、釣れるのは魚ばかりでした。とうとう男の人は神様にお願いしました。
「どうか、もっと違う食べものをお恵みください」
そんなある日、海がまたシケてくるとすごい嵐になりました。
「わあー、たすけて」
男の人は、波にさらわれないように、砂の中にかくれていました。
でも、波は砂の中までしみこんできて、男の人はひっしに砂の中にへばりついていました。
 嵐が去った翌朝、男の人は島の様子を見て驚きました。
ヨットが島の真ん中まで押し流されて、その近くに一頭の鯨が寝そべっていました。もう死んでいるようで息はしていませんでした。
「うわおー、ひさしぶりに、肉が食べられるー」
男の人は、にこにこしながら、鯨のところへ走って行きました。
すると、砂のうえには波が運んできたのか、大量の海の魚があたり一面に散らばっていました。
 かつお、まぐろ、ひらめ、たい、海がめ、トビウオ、わかめ、えび、いか、さざえ、はまぐり、ウニなどの海の幸です。
「ひえー、今夜は、豪華メニューだ」
男の人は、手当たりしだい集めてくると、さっそく火を起こして料理をはじめました。
「うまい、うまいー」
男の人は、その日、お腹いっぱい食べました。そして何日も食べ物には不自由なく暮らせました。
 一ヶ月が過ぎたある日、また雲行きがあやしくなってきました。海の向こうから、また嵐がやってきたのです。
「まただ、この島にはよく嵐がやってくるんだなあ」
しばらくすると、猛烈な風と波が打ち寄せてきました。
男の人は、ヨットの中でぶるぶると震えていました。
しばらくすると、山ほどもある高い波の勢いでヨットがゆれはじめました。
「もう、こんどは、だめかもしれないぞー」
男の人はその夜、じっと神様に祈りつづけました。
 翌朝になると嵐は去っていました。男の人は、外で誰かがさけんでいる声に気づいて目を覚ましました。外に出てみると、ヨットのすぐそばに、大きな貨物船が座礁していました。
「おおい、だいじょうぶか。いつからあんたはこの島にいるんだ」
船員の人が、男の人を見つけていいました。
「はあい、ひと月まえからです」
「へえ、そりゃ、たいしたもんだ。でもよく生きてたな」
船員の人たちは、みんな驚いていました。
そして、男の人は、ひさしぶりに船のお風呂に入らせてもらい、お米のご飯をお腹いっぱい食べさせてもらいました。
船員さんたちは、その間も船を沖へもどす作業をしていました。
「四、五日でなんとか作業は終わるから、おれたちといっしょに早く国へ帰ろうなー」
船員さんたちの話をきいて、男の人は、にっこりとうなずきました。
 そして、四、五日たったある朝、ぶじに作業が終わり、貨物船はこの島から出て行きました。
無事に国へ帰ってきた男の人は、あの島での思い出を一冊の本にまとめて出版しました。
その本はとてもよく売れたので、男の人のもとにはたくさんの収入が入り、その後、男の人はとても裕福に暮らしたということです。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年6月24日金曜日

ホルン吹きのカタツムリ

「きょうは、あそびにいけないからつまんないなあ」
 葉っぱのうえで、そんなことをつぶやいたのはいっぴきのカタツムリです。
空は低い雲におおわれて、しとしとと雨がふっています。
きのうともだちのクワガタくんと、小川の向こうの原っぱへあそびにいく予定をしていたのでとても残念です。
「なにか面白いことないかな」
そういったとき、草の中からコオロギくんの弾くマンドリンの音色が聴こえてきました。
「おう、コオロギくん上手くなったな。みちがえるほどきれいなトレモロだ」
いつもじっくり聴いたことがなかったので、そうおもいました。
「もうすぐ秋だから、コオロギくんは演奏会の練習でいそがしいんだな」
コオロギくんの弾くマンドリンを聴きながら、秋になるのが待ち遠しくなってきました。
「そうだ、ぼくも楽器を習いにいこうかな。でもなにを習おう」
いろいろかんがえているうちに、おもいつきました。
「そうだ、ホルンを習おう」
かんがえてみれば、カタツムリくんはりっぱなホルンをもっているのです。
ちょっとせなかの殻をはずしてみました。ほら貝のようなりっぱなホルンです。でも吹き方がわかりません。
 そこで、ホルンの音楽教室へいってみました。
先生はすこしもうろくしていましたが、ていねいに吹き方を教えてくれました。
 翌日も雨だったので、一日中ホルンを吹く練習をやりました。
夜までにはすらすらと吹けるようになりました。
「そうだ、コオロギくんといっしょに合奏してみようかな。そしてクワガタくんに聴いてもらおう」
そういって、明かりの灯ったコオロギくんの家へいってみました。
コオロギくんはランプのそばで、楽譜を見ながらマンドリンを弾いていました。
「うん、いいよ。どんな曲をやろうか」
コオロギくんはこころよくひきうけてくれました。
そこで二匹は、いろいろと曲集をめくりながら、「これにしよう」といって、ドボルザークの「遠き山に日は落ちて(家路)」という曲をいっしょに弾くことにしました。
コオロギくんがメロディを弾いて、カタツムリくんがホルンで伴奏をするのです。二回目はホルンもメロディを吹きました。
夕暮れの広々とした風景が浮かんできて、ほんとうに山の向こうへ夕日が沈んでいくみたいです。
「この合奏ならみんなに聴かせられるよ。どうだい、きみも秋の演奏会に出てみないかい」
コオロギくんのすすめで、カタツムリくんも出てみようと思いました。
 翌朝は、晴れのおてんきになりました。
コオロギくんとカタツムリくんは、クワガタくんをさそって、小川の向こうの原っぱへハイキングへ出かけました。
そして、原っぱにやってくると、クワガタくんにじぶんたちの演奏を聴いてもらいました。
「すばらしい、とてもいい演奏だ」
クワガタくんは、ぱちぱちと拍手をしてくれました。
コオロギくんもカタツムリくんもすっかり自信がつきました。
「じゃ、きみも秋の演奏会にぜひきてくれよ」
「うんいくよ。たのしみだな。いろんな曲を聴かせてくれよ」
そういって三匹は仲良くおべんとうを食べました。
 コオロギくんとカタツムリくんは、ハイキングから帰ってきてからも夜遅くまで練習にはげみました。
そのかいがあって、秋の演奏会はすばらしい成功をおさめたということです。
 演奏会が終わった後も、この原っぱからは二匹の演奏が毎日のように聴こえてきます。






(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)



2016年6月14日火曜日

ロバにのった床屋さん

 ならず者に店をつぶされて、仕事ができなくなった床屋さんがロバにのって広い荒野を旅していました。
お金も取られたので、町のホテルにも泊まれません。持っているものといえば、寝袋と水筒と、商売道具のハサミ、髭剃り用のナイフ、それにタオルと石鹸だけでした。
「ああ、とんだ目にあったな。命はなんとか助かったが、もういちどお店を出したいなあ」
 ある日、木陰で休んでいると、一本のサボテンが声をかけてきました。
「お願いがあるんですが」
「なんだね、お願いって」
「ヒゲがずいぶん伸びたんで、剃ってくれませんか」
「ヒゲじゃなくて、トゲだろ」
「そうです。トゲです。お願いします」
「どうして私が床屋ってわかるんだい」
「ロバの背中に、床屋の道具が見えますから」
「ああ、そうだった。わかった、剃ってあげよう」
 床屋さんは、商売道具を取り出すと、石鹸をつけてサボテンのトゲを剃ってあげました。
きれいに剃り終わったあとは、シェーブローションを付けてあげて、なんどもサボテンの肩をほぐしてあげました。
 いままで硬くてかちかちだった肩もほぐれて、サボテンはとても喜びました。
 となりで見ていたサボテンたちも、
「わたしのも剃ってくださいよ」
といったので、床屋さんは順番にみんなのトゲを剃ってあげました。
 翌朝、床屋さんが旅立ったあと、この土地のインディアンの一団が、サボテンのそばを通りかかりました。
「みんなすっきりした顔をしてるな。すべすべの皮だ」
「ええ、きのう腕のいい床屋さんに剃ってもらったんです」
「その床屋はどっちへ行った」
「今朝、北の方角へ向けて歩いて行きました」
 インディアンの一団は、すぐにあとを追いかけて行きました。
そんなことなど知らない床屋さんは、ロバに乗ってのんびりと歩いていました。
 やがてインディアンたちが追いついて、床屋さんを捕まえて、自分たちの部落へ連れて行きました。
床屋さんは、縄でぐるぐる巻きに縛られて、テントの中に入れられました。
「やれやれだ。ならず者の次はインディアンか。おれもついてねぇな」
 しばらくして、この部落の酋長がやってきました。
 「おい、おまえが腕のいい床屋か」
「腕がいいかどうか知りませんが、床屋です」
「じゃあ、わしの髪とヒゲを剃ってくれ」
 断って、頭の皮を剥がされて殺されでもしたら大変なので、
「わかりました。じゃあ、さっそくいたしましょう」
 さっそく、仕事をはじめました。
チョキチョキと軽快な音させて、きれいに髪を切ってあげました。
仕上げに満足した酋長は、みんなの髪も頼むと床屋さんに命令しました。
 みんなも仕上がりに満足して、部落の中に床屋さんのお店を作ってくれました。
 ある日、いつかのならず者の一味が、この部落のそばを通りかかりました。ちょうどその日は、インディアンの男たちはみんな山へ狩りに出かけていました。
川では、インディアンの娘たちが、おしゃべりしながら洗濯をしていました。
 娘たちを見つけたならず者たちは、にこにこ笑いながら、
「親分、若くて可愛い娘ばかりですね。ぶんどっていきましょう」
「よーし、みんな飛びかかれ」
 ならず者は、娘たちのいる方へ近づいて行くと、悲鳴をあげて逃げ回る娘たちを捕えて馬に乗せました。
その悲鳴を聞きつけたのは、店で昼寝をしていた床屋さんでした。
 川へ行ってみると、むかしじぶんの店をつぶしてお金を奪って行ったならず者たちでした。
「ちくしょう。こんどは娘たちに手を出すつもりだな」
 床屋さんは、店に戻ると、ライフル銃をもってきました。
バーン、バーン、銃声がこだまして、ならず者たちは、ばたばたと馬から落ちました。
「どうか、みのがしてくれ」
 親分と子分の何人かはかすり傷をおっただけですみました。
床屋さんはならず者に、二度とここへはやって来るなという条件で助けてやりました。
 夕方になって、インディアンの男たちが狩りからもどってきました。
娘たちから、今日の出来事を聞いて、インディアンの男たちはみんなとても喜びました。
 酋長も満足して、自分の娘を嫁にやろうといってくれました。ひとり者だった床屋さんは大喜びでした。そしてこのインディアン部落でいつまでも楽しく暮らしましたとさ。




(つるが児童文学会「がるつ第37号」所収)



2016年6月4日土曜日

金鉱を見つけて

 投資に失敗して全財産をなくした男の人が、ある日、死に場所を探しに山へ行きました。
「ああ、どこかいい場所ないかなあ」
岩陰で休んでいると、岩の後ろから声が聞こえてきました。
「ずいぶんお悩みのようですね。どうしましたか」
男の人は、これまでの投資生活のこと、そして全財産をなくしたことを話しました。
「そうでしたか、それじゃ、わたしが何とかしてあげましょう。この岩山の道を200メートルほど登って行くと洞窟があります。その洞窟の中に金鉱があって金がたくさん取れます。それを持っていきなさい。でもその金で投資なんかしてはいけませんよ」
 男の人はさっそく登って行きました。
その場所へやってくると、教えてもらったとおり洞窟がありました。
中に入ると暗闇の向こうで、キラキラと輝いている岩が見えました。
「あれだな」
そばまで行くと、金がたくさんこびりついている岩がありました。中にはすべて金だけの石も転がっていました。男の人はそれを拾ってポケットに入れました。
「これだけあれば当分は安心して暮らしていけるな」
すこし重かったのですが、男の人はにこにこ笑いながら山を降りて行きました。
 はじめの一年間、男の人は家を買い質素に生活していましたが、ある日、昔の投資仲間に誘われてまた金の相場に手を出しました。
最初は、金が値上がりして、気分もうきうきしていましたが、次の年は暴落して、財産も半分になりました。損した分を株で取り返そうとしましたが、これもうまくいかず、また財産をなくしてしまいました。
 男の人は、がっかりしながらまた山へ行きました。
同じところで、休んでいると、いつかの声が聞こえてきました。
「ずいぶんお悩みのようですね。どうしましたか」
男の人は、忠告を無視して、また投資で財産をなくしたことをはなしました。
「そうでしたか、じゃあ、仕方ありません。なんとかしてあげましょう。この岩山の道を200メートルほど降りたところに、銀が取れる洞窟があります。そこへ行って銀を少し持っていきなさい、でもその銀で投資なんかしてはいけませんよ」
 さっそく男の人は、山を降りて行きました。その場所へやってくると洞窟がありました。中へ入ると、銀がたくさんこびりついている石が転がっていました。
「すごい、すごい!」
男の人は、大喜びで、ポケットの中に銀を入れて、山を降りて行きました。でも数年後には、またこの山へもどってきました。
「どうしましたか、お悩みのようですね」
岩陰から聞えて来た声に、男の人は、
「はい、また忠告を無視して、投資に手を出して財産をなくしてしまいました」
声は、あきれ返っていましたが、しばらくしてからいいました。
「では、仕方がありません。じゃあ、この山を降りて西へ5キロ行ったところにー」
と声がいいかけたときに、男の人はさえぎるようにいいました。
「いいえ、もうお金はいりません。それよりものんびり気楽に暮らせるところはありませんか」
声は、それを聞いて、
「じゃあ、いいところを教えてあげましょう。この山を降りて、東へ10キロほど歩いて行くと広い草原に出ます。その草原のまん中に空き家が一軒あります。昔、絵描きさんが使っていた家ですが、まだ十分に使えます。それに小さな庭もあっていいところです。
 男の人はさっそく歩いて行きました。
 しばらく行くと、野原の向こうに、小さな家が見えてきました。
家について中へ入ると、誰がリフォームしたのかとてもきれいなのです。家にはアトリエもあってとても静かでした。男の人は、さっそく住むことにしました。
 毎朝早く起きると、野原へ散歩にでかけました。近くに森があり、キノコやマツタケなんかをとってきて、夕食に食べたりしました。
また近くには小川もあって、魚もたくさんいました。男の人は久しぶりに釣りをして、イワナ、ヤマメ、アユなんかを釣りました。
 数か月間、男の人は何の不自由もなく過ごしていましたが、やっぱり何かしたくなりました。
アトリエの本棚には小説や子供の本が入っており、読んでいるうちに自分でも本が書きたくなってきました。
「そうだ、子供の本を書いてみよう」
アトリエには、絵を描く道具とスケッチブックがちゃんと揃っていました。
男の人は、イラスト入りの本を作ることにしました。何度も書き直し書き直ししながら、第一作がよくやく出来ました。自分でも満足したので、町の出版社へ送ってみることにしました。
「どうせだめだろう」と思いましたが、「ひょっとしたら」という気持ちで返事を待ちました。
すると、ある日一枚のハガキが届きました。
 ー原稿を拝見しました。投資で失敗した男の気持ちがよく書けています。子供の向きのテーマではありませんが、面白い作品なので採用します。すぐに出版の手続きをしますので早めに第二作目の方もお願いします。ー
 男の人の生活はそれからとても忙しくなりました。毎日毎日、原稿を書かなければいけなくなったからです。書いては送り、書いては送りと毎日せっせと働きました。
そのかいがあって、毎月銀行の自分の口座には、本の報酬がいつも振り込まれていました。ずいぶん売れているのか、毎月振り込まれる金額が増えていました。
 そのお金で、男の人は昔のように投資をはじめたのだろうと誰もが想像するでしょうが、男の人は、一円も引き出すこともなく、いつものように家で本を書いていました。それくらい毎日仕事に追われていたからです。




(未発表童話です)



2016年5月27日金曜日

アリの願い

 一匹のアリがすっかり疲れたようすで、落葉の下で休んでいました。そこへ、もんしろちょうが飛んできました。
「どうしましたか、アリさん、元気がありませんよ」
 アリは、ずいぶんくたびれたようすで、
「どうもこうもない。毎日、あさから晩までこきつかわれて休むこともできない。君みたいに、羽があったら、自由気ままにどこかへ飛んでいきたいよ」
「そうでしたか。そんなにしんどいですか」
「ああ、もうくたくただ。せめて、長い休みがとれたら、あちこちの原っぱへいって、のんびりとはめをはずしてみたいものだ。おれはもう若くはないから、いまのように働いていたんじゃからだがもたない。ああ、どうしておれたちの仲間は、みんな仕事一筋なのかなあ」
「そうでしたか、では、わたしがあなたの願いをかなえてあげましょう」
「ほんとうかい。じゃ、たのむよ」
 もんしろちょうは、アリのからだをりょう足でつかむと、空の上にまいあがりました。
「ひえ、驚いたな。でも、いい眺めだ」
 もんしろちょうは、アリを連れて、いろんな場所へあんないしてあげました。
 空のうえから見える景色は、アリにとってたいへんな感動でした。毎日、地べたで、汗びっしょりかいて、ひたすら上司の命令に従って機械みたいに働いてばかりいたからです。
「へえ、よく見える。うまれてはじめて見る風景だ。こんなすばらしい景色がこの世界にあったなんて驚きだ」
「そうでしょう。空のうえから眺める景色は、すばらしいでしょう」
 いいながら飛んでいると、むこうの葉っぱのところに、ナメクジが這いずっていました。
ナメクジはとてものろい動きですが、おいしいそうな葉っぱを探し回っていました。
「あいつは仕事もしないでいつも寝てばかりいると思っていたのに、ちゃんと食べ物を探しに行くんだな。知らなかった。やっぱりものを見るときは、いろんなところから見ないといけないな」
 そういっていると、むこうの方に一軒の空き家が見えました。ずいぶん古くて、その家の柱の下で、大勢の白アリたちが集まって、柱をぼりぼりとかじっていました。
「あいつらもよく働くな。だけど、みんなやっぱり疲れてみたいだな。最近は、白アリたちの世界でもリストラがあって、成績の悪いアリは、すぐに組織から追い出されてしまうからな。あいつら1グループで、毎日、柱を一本消化しないと成績評価でマイナス点が付いて、失業するっていってたよな。たいへんだ」
 白アリたちの仕事ぶりをみて、気の毒に思うと同時に、自分の組織のことも考えてみました。
「おれの職場の仲間たちもみんなよく働くけど、ほとんどが無趣味で、休みの日といったって、何もしないで家でごろ寝してるか、大酒を飲んでるくらいなもんだ。中にはひどいアル中もいるしなあ」
 そんなことを思っていると、小川の向こう側に、美しいお花畑が広がっていました。
お花畑のそばからは、スズムシたちやコオロギたちの美しいコーラスの歌声が聴こえてきました。
「ああ。音楽はいいな。おれも音楽家になった方がよかったかもしれないな」
 そういっていると、別の方から軍楽隊を退職した兵隊アリたちが結成したマンドリン楽団の音色が聴こえてきました。
「マンドリンもきれいな音色だ。おれも退職したら、あの楽団に入れてもらおうかな。失った自分の人生を取り返さなければいけない」
 アリがそんなことを言ってると、向こうの空に、夕焼けが見えてきました。
「アリさん、日も沈んでいきますし、そろそろ帰りましょうか」
「ああ、もんしろちょうさん、今日はありがとう、いろんな景色を見せてくれて。すっかり疲れもとれたようです。また、あしたから元気に働けますよ」
 アリともんしろちょうは、そういってさっきの野原へ帰って行きました。
元気になったアリは、定年退職がやってくる日を夢に見ながら、また翌日からせっせと働きました。





(未発表童話です)