2016年6月4日土曜日

金鉱を見つけて

 投資に失敗して全財産をなくした男の人が、ある日、死に場所を探しに山へ行きました。
「ああ、どこかいい場所ないかなあ」
岩陰で休んでいると、岩の後ろから声が聞こえてきました。
「ずいぶんお悩みのようですね。どうしましたか」
男の人は、これまでの投資生活のこと、そして全財産をなくしたことを話しました。
「そうでしたか、それじゃ、わたしが何とかしてあげましょう。この岩山の道を200メートルほど登って行くと洞窟があります。その洞窟の中に金鉱があって金がたくさん取れます。それを持っていきなさい。でもその金で投資なんかしてはいけませんよ」
 男の人はさっそく登って行きました。
その場所へやってくると、教えてもらったとおり洞窟がありました。
中に入ると暗闇の向こうで、キラキラと輝いている岩が見えました。
「あれだな」
そばまで行くと、金がたくさんこびりついている岩がありました。中にはすべて金だけの石も転がっていました。男の人はそれを拾ってポケットに入れました。
「これだけあれば当分は安心して暮らしていけるな」
すこし重かったのですが、男の人はにこにこ笑いながら山を降りて行きました。
 はじめの一年間、男の人は家を買い質素に生活していましたが、ある日、昔の投資仲間に誘われてまた金の相場に手を出しました。
最初は、金が値上がりして、気分もうきうきしていましたが、次の年は暴落して、財産も半分になりました。損した分を株で取り返そうとしましたが、これもうまくいかず、また財産をなくしてしまいました。
 男の人は、がっかりしながらまた山へ行きました。
同じところで、休んでいると、いつかの声が聞こえてきました。
「ずいぶんお悩みのようですね。どうしましたか」
男の人は、忠告を無視して、また投資で財産をなくしたことをはなしました。
「そうでしたか、じゃあ、仕方ありません。なんとかしてあげましょう。この岩山の道を200メートルほど降りたところに、銀が取れる洞窟があります。そこへ行って銀を少し持っていきなさい、でもその銀で投資なんかしてはいけませんよ」
 さっそく男の人は、山を降りて行きました。その場所へやってくると洞窟がありました。中へ入ると、銀がたくさんこびりついている石が転がっていました。
「すごい、すごい!」
男の人は、大喜びで、ポケットの中に銀を入れて、山を降りて行きました。でも数年後には、またこの山へもどってきました。
「どうしましたか、お悩みのようですね」
岩陰から聞えて来た声に、男の人は、
「はい、また忠告を無視して、投資に手を出して財産をなくしてしまいました」
声は、あきれ返っていましたが、しばらくしてからいいました。
「では、仕方がありません。じゃあ、この山を降りて西へ5キロ行ったところにー」
と声がいいかけたときに、男の人はさえぎるようにいいました。
「いいえ、もうお金はいりません。それよりものんびり気楽に暮らせるところはありませんか」
声は、それを聞いて、
「じゃあ、いいところを教えてあげましょう。この山を降りて、東へ10キロほど歩いて行くと広い草原に出ます。その草原のまん中に空き家が一軒あります。昔、絵描きさんが使っていた家ですが、まだ十分に使えます。それに小さな庭もあっていいところです。
 男の人はさっそく歩いて行きました。
 しばらく行くと、野原の向こうに、小さな家が見えてきました。
家について中へ入ると、誰がリフォームしたのかとてもきれいなのです。家にはアトリエもあってとても静かでした。男の人は、さっそく住むことにしました。
 毎朝早く起きると、野原へ散歩にでかけました。近くに森があり、キノコやマツタケなんかをとってきて、夕食に食べたりしました。
また近くには小川もあって、魚もたくさんいました。男の人は久しぶりに釣りをして、イワナ、ヤマメ、アユなんかを釣りました。
 数か月間、男の人は何の不自由もなく過ごしていましたが、やっぱり何かしたくなりました。
アトリエの本棚には小説や子供の本が入っており、読んでいるうちに自分でも本が書きたくなってきました。
「そうだ、子供の本を書いてみよう」
アトリエには、絵を描く道具とスケッチブックがちゃんと揃っていました。
男の人は、イラスト入りの本を作ることにしました。何度も書き直し書き直ししながら、第一作がよくやく出来ました。自分でも満足したので、町の出版社へ送ってみることにしました。
「どうせだめだろう」と思いましたが、「ひょっとしたら」という気持ちで返事を待ちました。
すると、ある日一枚のハガキが届きました。
 ー原稿を拝見しました。投資で失敗した男の気持ちがよく書けています。子供の向きのテーマではありませんが、面白い作品なので採用します。すぐに出版の手続きをしますので早めに第二作目の方もお願いします。ー
 男の人の生活はそれからとても忙しくなりました。毎日毎日、原稿を書かなければいけなくなったからです。書いては送り、書いては送りと毎日せっせと働きました。
そのかいがあって、毎月銀行の自分の口座には、本の報酬がいつも振り込まれていました。ずいぶん売れているのか、毎月振り込まれる金額が増えていました。
 そのお金で、男の人は昔のように投資をはじめたのだろうと誰もが想像するでしょうが、男の人は、一円も引き出すこともなく、いつものように家で本を書いていました。それくらい毎日仕事に追われていたからです。




(未発表童話です)



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