2026年4月1日水曜日

(連載推理小説)つきまとう不審者

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 鈴木からの手紙は、その後も届き続けた。
 郵便配達のバイク音が聞こえるたびに身をすくめた。ノイローゼが再発し、症状は悪化していった。
 ひと月の間に届いた白紙の手紙は10枚にもなった。すぐに破り捨ててゴミ箱へ放り込んだ。
 だが、それだけでは終わらなかった。今度は無言電話が昼夜を問わず掛かってきた。
受話器の向こうに鈴木がいる――そんな確信があった。働いていたとき、固定電話の番号を教えなければよかったと後悔した。
 外出は避けたかったが、買い物には行かねばならない。だが、狭い路地に入ると、背後から足音が聞こえる。振り返っても誰もいない。
「鈴木は死んだはずなのに、なぜ俺のもとに現れる? まさか……」
 ある日、買い物帰りに、以前勤めていた書店の店長に出会った。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
 店長は笑顔で声をかけてきた。
 俺は鈴木のことを尋ねた。
「あいつは確かに遠洋漁業の操業中に水死したよ」
 店長は、俺の真剣な目つきに驚いていた。
「墓はとなりのE町の山の中にある。そこに埋葬されているよ」
 店長に墓の場所を教えてもらい、翌日、山へ行った。
 墓地の中に鈴木の墓は確かにあった。苗字と名前、没年が刻んである。
「ここであいつは眠っているのに……なぜ俺につきまとう?」
 焼香を済ませて山道を下っていると、林の中に人の気配を感じた。
 目の錯覚だろうか。林の中にサングラスとマスクを掛けた男が立っているのだ――。
「あれは……鈴木ではないのか?」
 俺は恐怖に駆られ、逃げるように山道を駆け下りた。
 それ以来、外出はほとんどしなくなった。家にいれば、鈴木の幽霊に会わずに済むからだ。
 そんな不安な生活の中、突然希望の光が差し込んだ。マーケットが再び活況を呈し、どの銘柄も値上がりを始めたのだ。チャートを見るのに夢中になり、恐怖心も次第に薄れていった。
 取引を重ね、資金は莫大な額に膨れ上がった。
 毎日パソコンのマウスを動かして売買を繰り返した。
 だが、あるときからトラブルが頻発に起きるようになった。売却しようとするとパソコンが動かなくなるのだ。証券会社のサーバーに不具合があるのかと思って、問い合わせたが、証券会社では、こちらのサーバーには異常はないと答えた。
パソコン業者にも調べてもらったが、
「特に問題はありません。念のためクリーニングだけしておきます」
と言われただけだった。
 それでもトラブルは続いた。
 ある銘柄が予想以上に値上がりし、売れば数千万円の利益になるというチャンスが訪れた。
 だが、またしてもマウスが動かない。 
「どうしたっていうんだ……!」
 冷汗を流しながら必死にマウスを動かす。でもカーソルがまったく動かない。
 そのとき、液晶画面に黒い影が映っているのに気づいた。
「何だ、これは……!」
 それは、テレビのうしろの窓ガラスに映った何かだった。黒い影がじっと画面に留まっている。
「まさか……」
 俺は恐る恐るうしろを振り返った。
 カーテンが半分開いており、黒い影はすぐにカーテンの裏に隠れ、そして消えた。
「確かに……人間の顔だった」
 そんな異様な精神状態の中で、俺はその日、数千万円を儲けそこなった。
「これは呪いなのか……?」
 俺は再びノイローゼになり、完全に引きこもった。苛立った神経の中で、別の不安が頭をよぎる。
 鈴木が、外で待ち構えている気がしてならないのだ。食料も買いに行けず、出前を頼むようになった。玄関前には、使い終えた皿や茶碗が並ぶようになった。
 ある日、配達員の姿が気になり出した。
 階段を駆け上がる足音が聞こえると、玄関ドアの覗き穴から確認するのだが、いつもサングラスとマスクをしているのだ。背丈も死んだ鈴木と同じだ。
「あれは……鈴木じゃないのか?」
 混乱する頭の中で、いろんな妄想が浮かんできた。
「持ってきた料理に毒を入れてるかもしれない……」
 俺は身の危険を感じた。
「これまでの出来事は、すべて鈴木の仕業だ。
鈴木は幽霊ではない。生きている――」
 そう確信するようになった。
 俺は自分の命を守るため、ある計画を立てた。
 それは恐ろしいことだったが、やらなければ殺される――そう思った。
 ある夕方、俺はそれを実行した。
 代金を支払うとき、準備していた刺身包丁で配達員に斬りかかった。
 悲鳴とともに血が流れ、配達員は床に倒れた。
 俺は気が動転し、死体に触れることも出来ずに、ベッドに潜り込んで病人のようにうずくまった。そのうちアパートの住人たちが俺のことを噂し始めた。
 ゴミの日にも姿を見せず、洗濯物も干さない。何をしているのかさっぱりわからない。
 ある日、管理人が住人の話を聞いて俺の部屋を訪ねた。返事がないので、合鍵で中に入った。
 部屋はゴミだらけだった。空き瓶、食べ物のくず、使い終えた箸、湯呑茶わん……。
 そして、部屋の隅に横たわる血まみれの死体を発見し驚愕した。
 隣の部屋では、俺が憔悴しきった様子で寝ていた。管理人はすぐに警察へ通報した。(つづく)














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