2025年11月1日土曜日

(連載推理小説)K氏の失踪事件

         2 

 日曜日がやって来た。K氏は、寝床から出ると洗面所の鏡の前に立った。何も写っていなかった。当然だった。
「M氏がやってきたら驚くだろうな」
 時間が経過し昼になった。しかしM氏はやって来ない。昼食を食べてから少し昼寝をした。午後2時になった。でもM氏はまだやって来ない。
 その日は、とうとうM氏はやって来なかった。メールアドレスも電話番号も住所もわからないから連絡も出来なかった。
 翌日の夕方、郵便ハガキが届いた。
 O氏という薬科大学の時の同級生からだった。ハガキはM氏の訃報を知らせるものだった。
 M氏が交通事故で亡くなったのだ。
 当然、友達の死を悲しんだが、同時に深刻な事態に直面した。
「大変だ。もう一冊のノートがないと元の姿に戻れない」
 K氏は考え込んだ。心を落ち着かせてもう一度ハガキを読んでみた。 
 葬儀は明後日の午後、自宅で行われると書いてある。住所も印刷してあった。
「じゃ、明後日葬儀に出かけよう。そしてM氏の部屋に行ってノートを探そう」
 葬儀の日、K氏はM氏の自宅へ行った。たくさん車が来ていた。ハガキを送ってくれたO氏の姿は見当たらなかった。家の中からお経をあげる声が聞こえる。K氏は多くの参列者の間を通り抜けて、祭壇の前に行き、友達の死を悼んだ。姿が見えないので誰も気づかない。焼香をしようと思ったが、焼香が勝手に動いたら誰もが驚くのでそれは止めた。
 すぐに退席して、M氏の部屋を探した。何度も廊下で人にぶつかりそうになりながら、ようやく部屋を見つけた。M氏の部屋は二階だった。ドアを開けて中へ入った。
 机の引き出し、本棚、洋服ダンス、押入れの中を時間を掛けて探した。でもノートは見つからなかった。
「どこへ入れたのだろう」
 思ったとき、あることに気づいた。
「そうだ、M氏は私の家に向かう途中に事故に会ったのだ。だからM氏はノートを持って出たはずだ」
 K氏は、事故のあった現場へ行くことにした。
 一階へ降りると、参列者たちが事故のことを話していた。事故現場はこの町の駅前の横断歩道であることが分かった。ひき逃げ犯人はまだ捕まっていないらしい。M氏はすぐに近くの病院に運ばれたのだ。
 K氏は駅前に行った。ビルがたくさん建ち並んでいる駅前通りは交通量が多い。M氏は横断歩道を渡っていた時、車に轢かれたのだ。K氏はその周辺を探した。
 姿が見えないので周りを気にする必要はなかった。一時間近く捜したがノートは見つからなかった。
「M氏は事故にあった後、すぐに病院へ運ばれたのだ。もしかしてノートは病院にあるのかもしれない」
 K氏はM氏が担ぎ込まれた病院へ行った。受付に行くと、先日運ばれた人身事故の記録がホワイトボードに書いてあった。名前を見るとM氏であることが分かった。
「そうか、この病院に運ばれたあと死亡したのだ」
 K氏はM氏がいた病室へ行った。病室には別の病人が寝ていた。音を立てないように部屋の中を時間をかけて捜し回った。でもノートはみつからなかった。
 K氏は肩を落として病院を出た。
 そのうち夜になった。身体が冷えて来た。K氏は、ふと気づいた。家を出るとき自分が裸であることを忘れていた。昼間は気にならないが、夜になれば当然冷えて来る。
「風邪をひいてしまう。何か身に付けないと」
 近くにデパートがあった。そこで透明のレインコートを盗もうと思った。夜だから気づかれにくいからだ。この際、犯罪を犯しても仕方がなかった。
 二階の洋服売り場へ行き、透明のレインコートを探した。人がたくさんいたけど、姿が見えないのでありがたい。ちょうどいいレインコートがあった。それを持って逃げるとき、人にぶつかりそうになった。中年の女性がレインコートが宙に浮かんでいるのに驚いていた。
 K氏はすぐにデパートから出て行った。
「危なかった」
 K氏は、近くの公園へ行き、ベンチに座った。帰りの電車はもう終わっていた。
 身体が冷えて仕方がない。今夜どうして過ごすか考えていたとき、公園の向こうに銭湯の煙突が見えた。
「よかった。あの銭湯の湯に浸かろう」
 公園から出てすぐに銭湯へ行った。
 銭湯のドアを開けて中へ入った。営業時間が過ぎていたので客はいなかった。
「もうすぐお湯を抜かれる。その間にお風呂に浸かろう」
 お湯はまだ暖かだったので、お店の人が掃除に来るまでK氏はゆっくり浸かった。そのうちお店の人が入って来きて、お湯を抜いた。もう少し浸かっていたかったけど仕方がない。お店の人が掃除をしているそばを通り抜けてお風呂場から出た。出て行くとき新聞紙を何枚か貰ってきた。
 公園に戻ってくると、レインコートの上に新聞紙を広げてベンチで眠ることにした。ふと新聞の記事に目がいった。新聞は今日の夕刊だった。一昨日のひき逃げ事件のことが書いてあり、現在、警察で犯人の行方を追っていると書かれていた。(つづく)












0 件のコメント:

コメントを投稿