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福井県高浜町青郷のJR小浜線青葉トンネル入り口付近で、若い男の轢死体が発見されたのは台風第7号が若狭湾を通過した6月28日の夜だった。その日は台風の影響で夕方から夜にかけて風と雨が強まった。このトンネルは福井県と京都府の県境にあり、トンネルを抜けた1キロ先には京都府舞鶴市松尾寺駅がある。この付近は小浜線と国道27号が並行するように走っている。
当日の午後10時15分頃、集落の農家の人が、懐中電灯を持って田畑の様子を見に行った時、降りしきる雨の中、トンネル入り口付近の線路の周囲に服の切れ端が散在しているのに気づいた。そばに行って見ると、線路のあちこちに血の付いた服の切れ端や肉塊が飛び散っているのに驚いた。それは電車に轢かれた人間の死体だと分かった。
すぐに4キロ離れた高浜交番に電話して巡査に来てもらった。ミニパトカーでやって来た巡査は、降りしきる雨の中、現場を見ると、
「これは酷いな。最終電車に轢かれたな」
巡査は携帯で小浜警察署に連絡した。小浜警察署ではその連絡があった数分前に、小浜駅から敦賀駅発西舞鶴行きの最終電車が午後10時06分頃、同トンネル入り口付近で、野生動物らしいものを轢いたという連絡を受けていた。この場所は緩やかなカーブになっており、前方を確認しにくい。電車の運転手の話によるとその時刻に現場に差し掛かったとき強雨のため視界が悪く、何かを轢いような感触があったが、急停車はせず、松尾寺駅に着いてから報告したと話した。
遺体発見後30分して小浜警察署からパトカー4台が現場へ駆けつけた。すぐに鑑識官による現場鑑識が行われた。その騒ぎに驚いた集落の住民が傘をさしてその様子を見に来たが、警官の指示で、現場鑑識が済むまで現場に近づかないようにしていた。20分遅れで二人の刑事を乗せたパトカーが到着した。雨はやや小降りになった。
二人の刑事はさっそく現場を視察した。鑑識官による遺体の状況は次のとおりだった。遺体は4つの部分に切断されており、一つは頭部、一つは胴体、両足が2つ。頭部は轢死した場所から右側の草むらの中から見つかった。距離にして13メートルも飛んでいた。胴体は両腕が付いており、線路からわずかに5メートル離れた場所で見つかった。右足と左足は太腿部分から切断され、8~9メートル離れた田んぼの中で見つかった。
ほかに轢死現場から西側20メートル離れた田んぼの中から白いマスクが発見された。風が強かったため飛ばされたものと思われる。被害者が付けていたものかは不明。
二人の刑事はその状況を見て、轢死者は線路上に真横に寝た状態で電車に轢かれたと推察した。頭部を調べると酒をかなり飲んでいたと思われるようにアルコールの匂いがした。しかしこんなところに一人で来るはずもないので、誰かにここまで連れて来られて意図的に殺害されたものと推理した。
衣服のほかには茶色のスニーカーを履いていた。ズボンのポケットに、財布とメモ帳が入っていた。本人を確認する免許証などはなかった。財布には一万円札1枚と千円札6枚とわずかな小銭とレシートが数枚入っていた。メモ帳には乱雑に数字が書いてあった。刑事たちはこれらの遺留品をさっそく持ち帰って調べることにした。
初動捜査は雨の中で約6時間にわたって行われた。遺体は遺体搬送車に乗せられて鑑識課に回された。その後1週間ほどこの場所は立ち入り禁止になり、警察が轢死した周囲を丹念に調べていた。
小浜警察署では現場の状況から他殺が疑われるので直ちに捜査本部を立ち上げた。
数日後、鑑識課から次のような解剖結果が報告された。
採取された指紋から被害者の氏名、本籍、住所、年齢などが特定できた。氏名は浅井武史、本籍は福井県小浜市F町21番地。住所は高浜町S5番地(白木アパート)。年齢26歳。前科なしだが、今年3月、若狭自動車道路でスピード違反と危険運転で免許停止中になっている。そのときに取られた指紋より確認。被害者の血液型はA型、身長161㎝、体重53㎏。小柄である。胃の中からアルコールと睡眠薬が検出された。アルコールはウイスキーであることが分かった。被害者は事前にこれらを飲まされていたのである。頭部は外傷があるが判別可能。胴体は内臓が半分近く飛び散っていた。両足は切断部分以外損傷が少ない。衣服は水色のシャツ、紺色のジーンズ。胴体部分の3メートル離れた場所に腕時計が外れて落ちていた。轢死時刻に針が止まっていた。死亡推定時刻は当日午後10時06分。死亡前は熟睡していたと思われる。鑑識課からこれらのことが報告された。
当日は上述のように台風第7号が強い勢力を維持しながら紀伊半島を上陸し、その後北上を続け、夜に若狭湾を通過した。福井県でも台風の接近に伴って雨と風が強まった。
そのような天候だったので、電車の運転手は雨による視界不良のため、動物か人かの確認ができず、そのまま通過した。このあたりは山が近く、夜は頻繁に野生動物が出没する。これまでにも幾度も野生動物を轢いた事例があった。
「今回の電車による轢死は、現場の状況から初動捜査どおり他殺が考えられる」
捜査課長は現場の様子から、何者かが被害者をこの現場に運んで線路上に寝かせて電車に轢かせたと想定した。
捜査課長の指示により、捜査は2班に分けられて行うことになった。第1班は、被害者を現場に運んで殺害し、その後逃走した人物の行方を追うこと。また事件当日及びそれ以前に事件現場に犯人と思われる人物が住民によって目撃されていないか聞き込みを行うことである。
第2班は、轢死した現場で収集された遺留品から被害者の身元を調査し、殺害された動機などを調べることだった。(つづく)
当日の午後10時15分頃、集落の農家の人が、懐中電灯を持って田畑の様子を見に行った時、降りしきる雨の中、トンネル入り口付近の線路の周囲に服の切れ端が散在しているのに気づいた。そばに行って見ると、線路のあちこちに血の付いた服の切れ端や肉塊が飛び散っているのに驚いた。それは電車に轢かれた人間の死体だと分かった。
すぐに4キロ離れた高浜交番に電話して巡査に来てもらった。ミニパトカーでやって来た巡査は、降りしきる雨の中、現場を見ると、
「これは酷いな。最終電車に轢かれたな」
巡査は携帯で小浜警察署に連絡した。小浜警察署ではその連絡があった数分前に、小浜駅から敦賀駅発西舞鶴行きの最終電車が午後10時06分頃、同トンネル入り口付近で、野生動物らしいものを轢いたという連絡を受けていた。この場所は緩やかなカーブになっており、前方を確認しにくい。電車の運転手の話によるとその時刻に現場に差し掛かったとき強雨のため視界が悪く、何かを轢いような感触があったが、急停車はせず、松尾寺駅に着いてから報告したと話した。
遺体発見後30分して小浜警察署からパトカー4台が現場へ駆けつけた。すぐに鑑識官による現場鑑識が行われた。その騒ぎに驚いた集落の住民が傘をさしてその様子を見に来たが、警官の指示で、現場鑑識が済むまで現場に近づかないようにしていた。20分遅れで二人の刑事を乗せたパトカーが到着した。雨はやや小降りになった。
二人の刑事はさっそく現場を視察した。鑑識官による遺体の状況は次のとおりだった。遺体は4つの部分に切断されており、一つは頭部、一つは胴体、両足が2つ。頭部は轢死した場所から右側の草むらの中から見つかった。距離にして13メートルも飛んでいた。胴体は両腕が付いており、線路からわずかに5メートル離れた場所で見つかった。右足と左足は太腿部分から切断され、8~9メートル離れた田んぼの中で見つかった。
ほかに轢死現場から西側20メートル離れた田んぼの中から白いマスクが発見された。風が強かったため飛ばされたものと思われる。被害者が付けていたものかは不明。
二人の刑事はその状況を見て、轢死者は線路上に真横に寝た状態で電車に轢かれたと推察した。頭部を調べると酒をかなり飲んでいたと思われるようにアルコールの匂いがした。しかしこんなところに一人で来るはずもないので、誰かにここまで連れて来られて意図的に殺害されたものと推理した。
衣服のほかには茶色のスニーカーを履いていた。ズボンのポケットに、財布とメモ帳が入っていた。本人を確認する免許証などはなかった。財布には一万円札1枚と千円札6枚とわずかな小銭とレシートが数枚入っていた。メモ帳には乱雑に数字が書いてあった。刑事たちはこれらの遺留品をさっそく持ち帰って調べることにした。
初動捜査は雨の中で約6時間にわたって行われた。遺体は遺体搬送車に乗せられて鑑識課に回された。その後1週間ほどこの場所は立ち入り禁止になり、警察が轢死した周囲を丹念に調べていた。
小浜警察署では現場の状況から他殺が疑われるので直ちに捜査本部を立ち上げた。
数日後、鑑識課から次のような解剖結果が報告された。
採取された指紋から被害者の氏名、本籍、住所、年齢などが特定できた。氏名は浅井武史、本籍は福井県小浜市F町21番地。住所は高浜町S5番地(白木アパート)。年齢26歳。前科なしだが、今年3月、若狭自動車道路でスピード違反と危険運転で免許停止中になっている。そのときに取られた指紋より確認。被害者の血液型はA型、身長161㎝、体重53㎏。小柄である。胃の中からアルコールと睡眠薬が検出された。アルコールはウイスキーであることが分かった。被害者は事前にこれらを飲まされていたのである。頭部は外傷があるが判別可能。胴体は内臓が半分近く飛び散っていた。両足は切断部分以外損傷が少ない。衣服は水色のシャツ、紺色のジーンズ。胴体部分の3メートル離れた場所に腕時計が外れて落ちていた。轢死時刻に針が止まっていた。死亡推定時刻は当日午後10時06分。死亡前は熟睡していたと思われる。鑑識課からこれらのことが報告された。
当日は上述のように台風第7号が強い勢力を維持しながら紀伊半島を上陸し、その後北上を続け、夜に若狭湾を通過した。福井県でも台風の接近に伴って雨と風が強まった。
そのような天候だったので、電車の運転手は雨による視界不良のため、動物か人かの確認ができず、そのまま通過した。このあたりは山が近く、夜は頻繁に野生動物が出没する。これまでにも幾度も野生動物を轢いた事例があった。
「今回の電車による轢死は、現場の状況から初動捜査どおり他殺が考えられる」
捜査課長は現場の様子から、何者かが被害者をこの現場に運んで線路上に寝かせて電車に轢かせたと想定した。
捜査課長の指示により、捜査は2班に分けられて行うことになった。第1班は、被害者を現場に運んで殺害し、その後逃走した人物の行方を追うこと。また事件当日及びそれ以前に事件現場に犯人と思われる人物が住民によって目撃されていないか聞き込みを行うことである。
第2班は、轢死した現場で収集された遺留品から被害者の身元を調査し、殺害された動機などを調べることだった。(つづく)
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