2018年10月29日月曜日

いろんな実がなる木

 植物学者で発明家のK、M氏は、長年の研究の末、いろんな実がなる木を作った。それは果物だけではない、野菜もできるのだ。
「ああ、この木が一本あれば毎日の生活に困らない」
 家の中で育てれば一年中収穫できる。
 半年後には、短期間で成長させる肥料も完成させた。
「今年の学会に発表しようかな」
 K、M氏は満足そうにつぶやいた。
 ある日友人の魚類学者で発明家のH、Y氏がやってきた。
「とうとう出来たんですね」
「ああ、でも味の方はわからない」
「じゃあ、一緒に食べましょう」
 二人は食べた。
「美味い。成功ですよ」
「よかった、長年の苦労が実った」 
 友人は祝福して帰って行った。でも、H、Y氏は心の中はそわそわと落ち着きがなかった。
 家に帰るとすぐに研究室に入った。研究室の中には大きな水槽がいくつも置かれていた。
「さあ、おれも早く完成させよう」 
 H、Y氏が研究しているは、水槽の中でどんな魚でも育てることが出来るものだった。いや、魚だけではない。タコやイカなどの軟体動物も育てることが出来るのだ。方法は簡単だった。卵を入れてさえ置けばいいのである。でも短期間で成長させる薬の開発はまだだった。
「ああ、K、M氏が完成させた肥料の秘密が知りたい」
 ある日いいことを思いついた。
「そうだ、明日はK、M氏の誕生日だ。ウオッカを飲みながら誕生日を祝ってやろう。酔いつぶれて眠ったあと、研究室に忍び込んで実験ノートを覗いて観よう」
 翌日、電話を入れてからK、M氏の家に行った。
「ありがとう。研究が忙しくて誕生日のことなんかすっかり忘れていたよ」
 その夜はポーカーをしながら一緒に酒を飲んだ。カードをめくりながら会話は研究のことに移っていった。
「先生の肥料はずいぶん効果があるんですね」
「いや、まだ完成品とはいえない。でもあの肥料のおかげで3倍~5倍は早く収穫できるようになった」
 話しながらK、M氏はあくびをはじめた。実はウオッカに睡眠薬を入れておいたのだ。
 K、M氏がすっかり眠ってしまうと、H、Y氏は、研究室に入り実験ノートを探した。ようやく見つかると、重要な部分を書き写した。
「ああ、これで肥料の成分がわかる。これをヒントにして作ろう」
 朝になり、H、Y氏は帰って行った。
 何も知らないK、M氏は二日酔いの頭でいつもの研究をはじめた。
 1ヶ月後、短期間で成長させる薬を完成させたH、Y氏は、さっそく試すことにした。いくつもの水槽の中に薬品を入れていった。
「ああ、明日の朝には効果が現れるはずだ。楽しみだ」
 思った通りだった。翌朝水槽の中を観ると、卵がかえって10センチくらいの魚が泳いでいる。ほかの水槽を観ても同じだった。
 ある日、K、M氏から電話があった。
「H、Yくんか。いま学会の研究発表会場にいるんだが、今度の研究がどうやら最優秀研究として学会誌に掲載されるそうだ。長年の研究の成果が認められるわけだ。完成論文はあとから作って送るよ。学会が終わったら、四、五日こちらで遊んでくるよ」
「ほんとうですか、それはおめでとおございます」
 H、Y氏は口ではそんなことをいったが、本心は先を越されてガッカリだった。
「ああ、間に合わなかった。せっかくの研究が」
 ところが、それから五日たった夕方のことだった。K、M氏からまた電話があった。ずいぶん慌てたような声だった。
「すぐに来てくれ」
 駆けつけてみると、理由がすぐに分かった。
 K、M氏の家の屋根から巨大な木が突き抜けて立っており、窓をやぶって枝が外へ伸びている。枝には人間ほどの大きさの果実や野菜がぶら下がっていた。
「留守の間に、急激に成長したんだ。これじゃ完成論文を提出できない」
 それを聞いて、H、Y氏も思い出したように慌てて家に帰って行った。



(オリジナルイラスト)




(未発表童話)





2018年10月15日月曜日

夜歩く靴(短篇小説)

 新しい靴を購入した。黒革の靴だった。買ったのは、町はずれの小さな靴屋だった。若い主人が作っていて、今では珍しい手作りの靴だった。とても履きよいのでいつもこの靴で外へ出かけた。買ってから一週間は何事もなかった。でも、それから変なことが起きたのだ。
「あれ、泥がついている」
 ある朝、靴底がずいぶん汚れているのですぐに気づいた。
「昨日は雨も降ってなかったし、汚れた道を歩いたこともない」
 考えてもわからなかった。
 気を取り直して、その日はショッピングセンターへ買い物に出かけた。いつも自転車で行くのだ。
 買い物袋を籠に入れて帰ってきた。午後は部屋の掃除をした。夕方になり、夕食を済ませて、その夜は読書をして早めに寝た。
 朝になり、テレビを観ながら朝食を食べていた。
「今日は図書館へ本を借りに行こう」
 準備をして玄関へ行った。
「あれ、また泥んこだ」
 同じことが起きたので、なんだか気味が悪くなってきた。
「誰かが忍び込んで、この靴を履いて行ったのかな。いや、部屋へなんか入れるわけがない」
 二度も同じことが起きたので、突き止めることにした。
 図書館から帰ってきて午後はマンドリンの練習をした。来月、演奏会があるからだ。
 その夜一晩中起きて、玄関の様子をじっと監視した。午前2時頃だった。カチャと玄関のドアの鍵を開ける音がした。すぐに玄関の様子を観にいった。
「あっ、靴がドアを開けて出て行く。まるで幽霊だ」
 すぐに着替えて、あとをつけて行った。
 アパートの階段を降りると、靴は歩道を歩いて行った。月明かりの晩だったので、靴が歩いて行く姿がよく見えた。透明人間が履いてるみたいで、靴の歩き方も自然だった。通行人は誰もいなかった。
 突き当りの信号機の所で、靴は左道へ行った。この道を行くとお寺がある。街灯も少なく、夜道は危なっかしい。靴はお寺の横を通り過ぎると、さらに真っすぐ歩いて行った。その先は空き地で右に曲がるとお墓がある。靴が右へ歩いて行ったので、私もついて行った。ところが角を曲がったとき靴を見失ってしまった。
「どこへ行ったんだ。まさかお墓の中かな」
 舗装がされていないお墓の中へ入ってあちこち探したが、いくら探してもみつからなかった。
 そんな不思議なことが一週間ほど続いた。ある日、靴を買った店へ行った。主人に靴のことを尋ねてみようと思ったからだ。
「えっ、そんなことがあったんですか。信じられません」
 主人も驚いた様子だった。
「最近、毎晩のように出て行くんです。この前なんかお墓へ行きました」
「お墓に、まさか」
 主人は、半年前に亡くなった先代の父親のことを話してくれた。父親はそのお墓に祀られていて、買った靴は先代が最後に作った靴だった。
「雨の日でした。夕方、傘を差して買い物に出かけて行った帰りに車にはねられましてね。犯人はまだ捕まっていません」
「そうでしたか。そうだとしたら、靴が犯人を探しているのかな」
「そんなこと信じられません。でも不思議なことです。父親の魂が靴に乗り移っているみたいですね。まるで幽霊探偵だ」
 帰って来てから、さらに詳しく靴の行動を観察することにした。
 その夜、靴は深夜にまた出て行った。
 すぐにあとをつけて行った。
 靴は、国道の歩道を東の方へ歩いて行った。1キロ先きにコンビニがあり、そのすぐ後ろに古ぼけたアパートがあった。靴はそのアパートの駐車場へ歩いて行くとうろついていた。
「何をしてるんだ」
 靴は一台の車に興味があるみたいだ。でもその夜はそれだけで靴はもと来た道を帰って行った。
 二日後、深夜に靴はまた出て行った。曇りの日だった。
 靴はこの前のアパートの駐車場へ行くと、しばらく一台の乗用車の傍をうろついていたが、やがて、アパートの階段をゆっくり登って行った。
「まさか、ひき逃げ犯人の部屋かな」
 あとから私も階段を登って行った。
 靴は三階の一番奥の部屋の前でしばらくじっとしていたが、幽霊のようにドアを登りはじめた。そして鍵穴から中を覗き込んでいる。
 靴はじっと覗き込んでいたが、やがて階段を降りて帰って行った。私は靴がいなくなってから表札の名前を確認した。
「もしこの部屋の住人が犯人なら警察に知らせよう」
 でも証拠がないのだ。靴が立ち去った後、駐車場のさっきの乗用車を念入りに調べてみた。するとその車の前輪の左のタイヤのあちこちに血痕があった。タイヤホイールの隙間には黒いビニールの切れ端が付いている。それは傘がやぶれて付いたものだ。車体には傘で傷つけたような跡が残っていた。
「きっとこの車ではねたんだ」
 翌日、警察へ通報することにした。たぶん信じてもらえないと思っていたが、警察ではひき逃げ犯人の足取りがまだつかめていなかったので、どんな些細なことでも知りたがっていた。だからアパートの場所と車のナンバーを教えて電話を切った。
 一週間後、新聞にひき逃げ犯人逮捕の記事が載っていた。
「やっぱりそうだったのか。靴のお手柄だな」
 その夜、靴はいつになく軽やかな足取りで出て行った。あとをつけて行くと、あのお墓だった。ひとつの墓石のそばで誰かと話をしていたのだが、小声でよく分からなかった。それが最後だった。靴はそれ以来外出することはなくなった。



(オリジナルイラスト)





(未発表作)





2018年10月10日水曜日

絵と詩 青空





空が青いってことは
平和な証拠だ。

(パステル、水彩画 縦25㎝×横18㎝)