ずいぶん深くて長い穴だったので、落ちながら王さまは退屈で眠ってしまったくらいです。
バシャーンと大きな音がして、気がつくと公園の池の上に浮かんでいました。
「ここはいったいどこだ」
空から変なものが落ちて来たので岸で釣りをしていた人がみんな集まってきました。
「どこからやってきたんだ」
「わしの国からだ」
王さまは助けられて町を見学に行きました。
道路には馬も馬車も走ってなくて、自動車ばかりです。高いビルやマンション、アパートがたくさん建っていました。家は瓦の屋根ばかりでいままで見たことがありません。
王さまはお腹が空いてきました。食堂があったので中へ入りました。
メニューをみると、イノシシ料理もシカ料理もワインもありません。そのかわりかつ丼、卵丼、親子丼、ラーメン、焼きそばなどがありました。
かつ丼とラーメンを食べて店を出ました。お金は金貨で払いました。
一ヶ月ほどホテルに泊まっていました。
「お城と違ってずいぶん部屋が狭いな」
文句いいながらも快適な暮らしでした。でもだんだんお金がなくなってきました。
「こりゃいかん、働かないと」
いままで仕事なんかしたことがなかったので、仕事を探すのは大変でした。
スーパーマーケットの仕事がみつかりましたが、レジ操作もパソコンの使い方もわかりません。長時間勤務で王さまは毎日フラフラでした。
「家来がいたら全部やってくれるのに」
やっと給料日だというので銀行へお金を下ろしに行きました。ところがATMの使い方がわかりません。いくらやっても引き出せません。
王さまは困り果てました。
「ああ、この国はわしにはあわん。早く国へ帰りたいな」
人に教えてもらってどうにかお金を引き出すことができました。
ある日公園を歩いていると、クラシックコンサートのチケットが落ちていました。
「おおう、ヘンデルのメサイアだ。ハーレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤー♪」
王さまはお城で、毎年クリスマスシーズンになるとこのオラトリオを聴いていたのです。
「わしは、どうやら遠い外国へやってきたのだ。そしてここは未来なんじゃ」
コンサートが終わってから、図書館のある通りを歩いていました。
「本でも借りて読もうかな」
図書館の本棚を眺めながら、何を読もうか考えているとよく知っている作家の本がありました。
「おおう、シェイクスピアだ。ハムレット、リア王、マクベス、ロミオとジュリエット。どれもむかし読んだ本じゃ。やっぱり才能のある作家の本は未来でも読まれているんだな」
思いながら、手にとって拾い読みしました。
そのほかにもグリム童話やイソップ物語、ボーモン夫人の「美女と野獣」ペロー童話なんかも読みました。
あまり夢中で読んでいたので、閉館になったのも忘れてその夜は図書館の中で過ごしました。
朝になって職員がやってきました。王さまを見つけると不審者と思って追いかけてきました。
「まてえー、」
王さまは階段をかけ降りて行きました。足を踏み外して階段から転がり落ちました。ずいぶん長い階段でいつまでも転げ落ちていきました。
くるくる回りながらだんだん意識が遠くなっていきました。
王さまが意識を取り戻したとき、頭の上の方から声が聞こえました。
「王さま、ずいぶん探しました。いますぐに助けますから」
家来たちに穴から救い出されて、王さまは無事にお城へ帰っていきました。
(未発表童話です)
0 件のコメント:
コメントを投稿