「以前、ここを通ったときはこんな家なかったのに」
誰も住んでいない空き家だったので、敷地の中へこっそり入ってみた。壁はあちこちひびが入り、つる草が一面に伸びていた。一階の窓ガラスのひとつが割れている。窓のそばに太い幹の木が立っていた。
ちょっと窓から家の中を覗いてみた。中はアトリエだった。
壁には古ぼけた絵画が飾ってあり、描きかけの絵を載せたイーゼルが立っている。この家の庭を描いた絵だった。
ところがすぐに気づいた。まるで今日描いたみたいに絵具がキラキラ光っている。薄め液とペインティングオイルの匂いも漂っている。絵はまだ半分しか出来ていないが、さっきまで誰かが描いていたようだった。
「幽霊でも住んでいるのかな」
ホラー映画に出てくるような家なのでだんだん気味が悪くなってきた。
帰るとき、家の周りをぐるーっと歩いてみた。家の壁はつる草で一面覆われていて家のような気がしなかった。
数日して、またその家の前を通った。絵のことが気になってアトリエの窓のところへ行ってみた。
「あれっ、」
イーゼルに載っている絵が数日前よりも制作が進んでいる。あとすこしで完成するみたいだ。
「いったい誰が描いているんだろう」
その謎が知りたかったので、なんとかつきとめようと思った。
家のドアは鍵が掛けられており、窓も閉まっているので誰も入ることは出来ない。
「家の中に誰かいるのかな」
その日、何時間も庭の木のそばに座ってじっと家を観察してみた。だけど何も起こらなかった。夕方になったので帰ることにした。
家に帰ってからシャツに絵具がついているのに気づいた。油絵具だった。時間がたっていたので固まっていた。
「あの家の庭でついたのかな」
不思議に思いながらも、その夜はすぐに寝た。
深夜、変な夢で起こされた。あの奇妙な家の夢だった。庭の木がアトリエのガラスの割れた窓の中に枝を伸ばして何かをしている夢だった。何をしているのか分からなかった。夢から覚めて、そのあと夢のことが気になってぜんぜん寝つかれなかった。
「あの家へ行ってみるか。夢ではなく本当のことだったら謎が解ける」
思いながら出かけてみることにした。時刻は午前2時を過ぎていた。
外へ出ると月の夜だった。誰も歩いていない夜道を歩いて行った。
奇妙な家の前に着いた。敷地の中へ入ろうとしたとき「はっ」と驚いた。
アトリエのそばに立っている木から伸びた枝が、ガラスの割れた窓の中に入っている。ときどき枝が動くので、持っている絵筆と手鏡がちらちら見えた。
「自画像を描いているんだ」
人間の手のように器用に動く枝をじっと注意深く眺めていた。
「完成した絵はどんなだろう」
夜が明ける頃、家へ帰って行った。
目が覚めてから、午後あの家へ行ってみた。
アトリエの中には、すっかり出来上がった木の自画像が立ててあった。
窓のそばの木は何事もなかったように静かに立っていた。
それからも、たびたび奇妙な家に行ったが、ある日、その家は取り壊されてなくなっていた。それからはアトリエの絵を観ることは出来なくなった。
(オリジナルイラスト)
(未発表童話です)
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