ある角を曲がったとき、周囲がぼんやりして、すーっと大気の向こう側の世界へ吸い込まれた。その部分だけ目に見えない穴が開いていたのだ。気がつくと知らない田舎の野原の道を走っていた。
風に流されてどこからか甘い匂いが漂ってきた。
「ケーキの匂いだ。いったいどこから」
走って行くと道が二つに分かれていた。匂いのする方の道を走って行った。
しばらく行くと、遠くに町が見えてきた。でも、建っている家はどれもお菓子やケーキで出来ている家ばかりだった。家の瓦は色とりどりのキャンディーで出来ており、壁はスポンジケーキ。庭の木はチョコレート。郵便ポストなんかバウムクーヘンで出来ている。
コーヒー店があったので中へ入った。ウエイトレスが注文を取りにやって来た。
「コーヒーを一杯」
「はい、おやつはご自由に」
このお店では、テーブルも椅子も壁に掛かった飾りや絵画もぜんぶお菓子で出来ている。どれを食べてもいいそうだ。ちょっと壁にはめこんであったホワイトチョコレートを食べてみた。
「ちょうどいい甘さでおいしい」
コーヒーを飲みながらいろんなものを食べてみた。
お店を出て町を見物してから、広い野原の道を走っていると、うしろからリンゴの形をした馬車が走ってきた。馬車はリンゴの実をくりぬいて出来ている。屋根に「タクシー」の文字が入っていた。二頭の白い馬が引いていた。だれも乗っていなかったので声をかけてみた。
「乗せてくれないか」
馬車は止まった。
「どうぞ。どちらまで」
「賑やかなところがいいな」
「じゃあ、王さまのお城へ行きましょう」
今日は王さまのお誕生日で、町の人たちもたくさんやって来るそうだ。
自転車を馬車の荷台に積んでもらって、馬は走り出した。お城まですこし距離があるというので、昼寝でもしようかなと思った。でも、馬車の中はリンゴの甘に匂いが漂っているので、果肉をすこしつまみ食いした。
道の途中で、屋台を引いた焼いも屋が歩いていた。焼いものいい匂いがするので、バターをたっぷり付けてもらって、ひとつ買った。
焼いもを食べ終わった頃、丘の向こうにお城が見えて来た。
お城の塀はチョコレートで出来ており、お城の壁はパウンドケーキにクリームが塗ってある。塔の屋根にはドロップがはめ込まれている。
門をくぐって(門はビスケットで出来ている)中庭に入ると、たくさんの人だかり。何百人もいる。窓から王さまが顔を出して手を振っている。パチパチと拍手の音。でも市民はお城の中には入れない。
「なんとかお城の夕食会に行きたいな」
思ってると、今夜の夕食会に呼ばれたマンドリン楽団がやってきた。どうしたわけか指揮者が心配そうな顔をしている。
「やれやれ、マンドリンを弾く楽員が熱を出してメンバーがひとり足りない、どこかに代わりがいないかなあ」
「私が弾きましょう」
といってメンバーに入れてもらった。
夕食会までは、まだ時間があるので、マンドリンと衣装を貸してもらってお城の音楽室で練習をはじめた。
レパートリーは15曲ほどあったが、どの曲もマンドリンクラブでも弾いたことがある曲だった。
「いやあ、この演奏なら、なんとかなりそうだ。よかった」
指揮者は楽員の補充が出来て喜んでいた。
夜になり、お城の夕食会に行った。
中はひろびろとして、床は真っ赤な絨毯が敷いてあり、天井には飴のシャンデリア。楽団の場所は、王さまのテーブルのすぐ横だった。
夕食会がはじまると、楽団の演奏を聴きながら、みんな料理を食べはじめた。料理は、すべてケーキやお菓子で出来てるチキンやビーフ、山もりの果物とサラダ、それにワインやシャンパンだった。
夕食会が終わると、次はダンスパ-ティーだった。部屋を移動してみんな楽団の演奏でダンスを踊った。
楽団員はお腹も減っていたので、変わりばんこに食堂へ行って料理を食べたり、ワインやシャンパンを飲んだりした。
ダンスパーティーが終わると、みんなお城から出て行った。
お城の馬小屋へ行くと、自転車が置いてあった。
「馬車はもう帰ってしまったんだ」
しかたがないので、自転車で帰ることにした。ワインとシャンパンを飲み過ぎたせいか、ふらふらして帰った。
川のそばを走っていたとき、ふらついて川の中へどぼんと落ちてしまった。
「冷たいー!」
さけんだとき、周囲がぼんやりして、水面と大気の間に穴が開いていて、その中へすーっと吸い込まれた。気がつくと、いつもの町を自転車でのんびり走っていた。
「不思議な世界へ入り込んだものだ。どうしてだろう」
思っていると、目の前に最近オープンしたばかりの知らないコーヒー店があった。お菓子とケーキで出来た町のコーヒー店とそっくりなお店だった。でも、建物は食べることが出来ない普通のお店だった。
(オリジナルイラスト)
(未発表童話です)
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