2018年1月31日水曜日

タダで旅行するクモ

 ずいぶん田舎のバス停留所の屋根に、一匹のクモが引っ越してきました。
「いやあ、ここなら雨に濡れる心配はない」
 それまで杉の木の枝に巣を作って暮らしていましたが、先日の大雨と強風で巣は壊れてしまったのです。
「ここは実にいい住み家だ。夜になると電灯の光に虫が集まってくるし、食べ物にも困らない」
 この停留所には日に5回バスがやってきます。
 ある日、誰が忘れていったのか、手帳くらいの大きさの旅行ガイドブックが椅子の上に置いてありました。
 クモは屋根から降りて来てくるとページを開いてみました。
「きれいな写真がたくさん載ってるな。ここは知床半島だ。北海道の風景だ。一度は行ってみたいな」
 考えているうちに本当に行きたくなってきました。
 それで旅支度をして、明日のバスでさっそく出かけることにしたのです。
 朝になり、バスがやってくると、客席の窓ガラスにしがみつきました。バスは田舎道を走って次々に停留所に停まりました。広い田畑を走ってやがて町が見えてきました。車の数が多くなり、町の停留所にも停まりました。
「次は駅だ。降りる準備をしよう」
 バスは駅の停留所に停まってたくさん人を降ろしました。クモもお客さんのバックに飛び乗ってついて行きました。
 キップ売り場で、その人は青森行きのキップを買いました。
「よかった。同じ電車に乗るんだ」
 そのままついて行きました。
 電車がやってくると、電車の屋根に飛び乗りました。
「さあ、長旅だ。のんびり過ごそう」
 昼になってから、リュックサックの中からお弁当を取り出して食べました。きのう巣にかかった蚊でした。
 電車は快適に走って行きました。
 ある田舎の駅に停まりました。待合室の窓ガラスにクモが巣を作っていました。電車の屋根にいるクモを見つけて声をかけてきました。
「おおい、どこまで行くんだ」
「北海道だ」
「いまの季節は最高だな。たっぷり楽しんで来いよ」
「ありがとう」
 そのうち電車は走り出しました。
 広い田畑が広がったレールの上を電車は走って行きました。やがていくつものトンネルを抜けました。真っ暗なトンネルの中は涼しくて気持ちがいいのです。
山の中の小さな駅に停まると、たくさん温泉が見えました。
「今度来たときは、温泉でもつかろうかな」
 長い時間電車に揺られているうちに眠くなってきました。まだ道のりは遠いのです。しばらく昼寝をしました。電車はあいかわらず元気に走って行きます。
 やがて青森駅についてから駐車場に止まっていた自動車の屋根に飛び乗ってフェリー乗り場へ行きました。
「函館まで今度はフェリーだ。海の景色もすばらしいだろう」
 そのまま自動車に乗って乗船しました。しばらくしてフェリーは出港しました。すこし波があり、船酔いも経験しました。
 数時間後、函館港についてから、駐車場にバイクでツーリングしている人たちがいました。ハーレーに乗って旅行をしていました。これから知床半島へ行く話をしています。
「じゃあ、あのバイクにしがみついて行こう」
 バイクの後ろ座席にちょこんと飛び乗りました。
 しばらくして、ブウウウウウウーンと凄い音がしてバイクが走り出しました。町を抜けて広大な平野を走って行きました。道はまっすぐで気持ちがいいのです。風が強いので振り落とされないようにしっかりしがみついていました。
 その夜は山へ行って渓流のそばでキャンプをしました。テントを張って食事の準備です。日が沈むと、ランプを灯してみんなバーベキューをしました。
 クモも葉っぱの上に巣を作って、晩御飯の用意をしました。林の中から蚊や蛾がランプの灯にたくさん集まって来ます。それを生け捕りにして食べました。
「明日はいよいよ目的地だ。はやく寝よう」
みんな早めに寝ました。
  深夜、林の中で黒い物が動いたので、そばへ行ってみるとヒグマが一頭餌をさがしていました。ツキノワグマより大きいのでびっくりしました。
 ツキノワグマやイノシシ、シカ、キツネ、タヌキ、テンなどは山で何度も見かけますが、ヒグマを見るのははじめてです。焚火のそばに残飯が残っているので匂いでやってくるかもしれません。幸いヒグマはどこかへ行ってしまいました。そんなことなど知らないバイクのみんなはぐっすり眠っていました。
 朝になって、さっそく出発です。昼頃になると平野の向こうに海が見えてきました。
 知床半島が見えます。天気がいいので羅臼岳も見えました。
「やあ、最高の眺めだ」
その日はバイクで、オシンコシンの滝、フレペの滝、プユニ岬、知床五湖などを見てまわりました。知床岬まで行くと、駐車場に観光バスが停車していました。
「そうだ。帰りは観光バスで帰ろう」
 バスの屋根に飛び乗ると、すぐにバスが走り出しました。知床半島を後にして、バスは北海道の国道を走って行ました。国道の休憩所で休んでいると、木の上に巣を作っていたクモが話しかけてきました。
「どこまで行くんだい」
「ふるさとへ帰るところさ」
「いま晴れてるけど、午後は雨だっていってたよ」
「そりゃ、困った。傘持って来たらよかった」
 クモがいったように、休憩所を出てから空があやしくなってきました。雨が降り出しそうです。
 運転席側の窓ガラスのワイパーの後ろでじっとしていると、ポツン、ポツンと雨が降ってきました。ワイパーが突然動き出して、もうすこしで飛ばされそうになりました。ワイパーに必死でしがみついていたので、目は回るし、身体はべしゃべしゃになるし困ったものでした。
 そんなことで、次の休憩所で乗客がトイレにいっている間に室内へ忍び込みました。ここなら雨に濡れる心配はありません。
 バスが出発すると、バスガイドさんがマイクを片手に歌をうたいはじめました。みんなもあとから「襟裳岬」、「函館の女」、「石狩挽歌」、「津軽海峡冬景色」、「おふくろさん」、「東京だよ、おっかさん」などの懐かしい流行歌を歌ったので、クモも一緒に歌ったりしました。バスの中は涼しくて実に快適でした。
 二時間もすると雨はあがりました。室内で身体を乾かしてまた元気になりました。
 函館港につくと、フェリーに乗って青森の港に着きました。港から自動車に飛び乗って駅まで行き、電車で帰ってきました。電車の屋根の上でぼんやり空を見上げていたとき、沖縄行きの旅客機が飛んで行きました。
「そうだ、今度は旅客機の翼にしがみついて沖縄へ行ってみようかな」
 ふるさとの駅に無事に着いてから、駅に停まっていたバスに飛び乗って無事に田舎のバス停留所へ帰ってきました。ずいぶんの長旅でしたが、とても楽しい旅だったので、全部日記にメモしておきました。
 あとで、このメモをもとに北海道旅行記を書くつもりです。この山に住む昆虫、動物仲間が発行している今年の「動物、昆虫同人誌」に投稿しようかなとも思っています。










(未発表童話です)




2018年1月22日月曜日

雪の家

 10年間、アルバイトで必死に貯めたお金をすっかり使い果たして、一文無しになった男の人が、雪国をさまよっていました。
「ああ、明日から大雪だ。どこか泊めてくれる家はないかな」
 あちこち家をまわりましたが、どこも泊めてくれません。仕方がないのでその夜は木の下で寝ました。
 朝、あまり寒いので飛び起きると、雪が1.5メートルも積もっていました。
「こんな大雪ははじめてだ。どこにも行けない」
 一日何もしないでじっとしていると思いつきました。
「そうだ雪の家を作ろう」
 雪を固めで穴を掘り、六畳くらいの広さの雪の家が出来ました。木の枝を折って焚き木にしました。
「これでどうにか住めるな。暖もとれる」
 一週間ほど雪の家で暮らしてから、仕事を探しに出かけました。でもどこも雇ってくれません。
「ああ、お腹は減るしどうしたものだろう」
 ある夜、眠っているとどこからか声が聞こえてきました。
「仕事が欲しいのですね。じゃあ、明日の朝、ご紹介しましょう」
「本当ですか」
 声はすぐに消えてしまいました。
 朝になって、凄い音で目が覚めました。
「なんだー、除雪車の音だ!」
 雪の家を出てみると、夜の間にまた大雪が降ってたくさんの除雪車が雪をかいていました。
一台の除雪車がやってきて、
「あんた、大型特殊免許持ってるか」
「えっ、どうして」
「人手が足りないんだ」
「ああ、そうだ。20歳のとき免許を取ったんだ。持ってます」
「じゃあ、あの除雪車に乗ってくれ。終わったら給料払うよ」
 そんな訳で仕事が見つかりました。
除雪作業は5日ほどかかり、その分の給料をちゃんともらいました。
幸運にもその冬は大雪続きで、そのたびに除雪のアルバイトをしました。
 やがて春がやってきました。
暖かくなっていい季節ですが、雪の家は溶けてしまいました。
「ああ、また家を探さないといけない」
木の下で野宿する生活が続きました。
 ある日町へ行くと、ネットカフェに入りました。
パソコンをいじっていると、仮想通貨取引所のホームページを見つけました。
「こんな通貨は絶対に値上がりしないな」
思っていると、どこからか声が聞えてきました。
「買っておきなさい。数年後にはあなたは億万長者ですよ」
 以前も声がいったとおり仕事がみつかったので、宝くじを買うような気持ちで5000円分のビットコインを買いました。その時のビットコインの価格は10円でした。
 数年後、夢のようなことが起こったのです。家電店のテレビを観ていたら、ビットコインの価格が猛烈に値上がりしているニュースが流れたのです。それも信じられないような価格で。
「わおー、総資産が10億円になってる」
いままで雪の家に住んだり、木の下で野宿していた男の人でしたが、いまは故郷に帰ってりっぱな豪邸を買って贅沢に暮らしているそうです。世の中にはこんな幸運な人もいるのです。 



(オリジナルイラスト)




(未発表童話です)




2018年1月9日火曜日

冬の砂浜の家

 すっかり冬になって、毎日、冷たい北風が砂浜の上をヒューヒューと吹いていました。貝殻たちは寒そうに砂の中にもぐり込んでいました。
 砂浜のすぐ後ろに家がありました。窓は閉じられていてとても静かです。
「夏はよかった。早く冬が去ってくれないかな」
 家は退屈そうにぼんやり海を見ていました。
 ときどきどこからか野良犬がやってきて、壁によりかかって風を避けていました。
 ある日猛烈な風が吹きました。波は山くらいに盛り上がり、家のすぐそばまで流れてきました。
「これじゃ、今夜は心配で眠れない」
 海の水はそのあとも流れてきて、家のまわりを取り囲んだりしました。
「ああ、冷たい。体が震えっぱなしだ」
 夜になって砂浜の向こうから誰か歩いてきました。背中にマンドリンをしょってとても寒そうです。家を見つけると近寄ってきました。
「よかった。あの家で風を避けよう」
 やってくると嬉しそうに壁に寄りかかりました。
「今日はひどい天気だった。稼ぎもぜんぜんなかった。ああ、寒い。暖をとろう」
 砂の上に散らばっている枯れ木を集めてくると、火を起こしました。
 火は風を避けながら赤々と燃えました。
「ああ、暖かい。今夜はなんとか眠れそうだ」
 火でお湯を沸かすとお茶を入れて飲みました。身体が温まると、マンドリンを手に持ってポロンポロンと弾きはじめました。
 焚火の火で暖かくなった家も、しずかに耳を傾けていました。
「いい曲だ。イタリアの曲だな。むこうは暖かくて、オリーブやオレンジがたくさんとれる国だ」
 聴きながら、去年の冬にもここへやってきたひとりの三味線弾きを思い出しました。
「あの演奏家の腕もよかった。津軽三味線をガンガン鳴らして一晩中弾いていた。やっぱり乞食みたいな人だった。いま何処にいるのかな」
 三味線の音を懐かしく思い出しながら、冬がもっと厳しい東北の海のことを考えたりしました。そのあいだにもときどき強い風が吹いて、家をガタガタと揺らしました。でも、その夜はマンドリンの明るい音色を聴いて楽しく過ごせました。
 朝になると風はおさまりました。海は昨日と打って変わったように静かでした。
 昨夜のマンドリン弾きは知らないうちにどこかへ立ち去って行きました。砂の上には昨夜の焚火の跡が寂しく残っていました。











(未発表童話です)