2017年4月21日金曜日

生き返ったシューベルト

 ウィーンのお墓の中で眠っていた作曲家のシューベルトが、棺おけの中で目を覚ましました。
大きなあくびをしながら、
「二百年も眠っていたが、私には気になって仕方がないことがある。「未完成交響曲」のことだ。あの曲を全部完成させないとこれから先も安らかに眠り続けられない」
 ある夜のこと、シューベルトはお墓から抜け出すと、自分の楽譜が保管してある国立博物館へ行きました。
 守衛がいたので、みつからないように展示室へ入り、ガラス・ケースの中から楽譜を取り出しました。
近くの公園へ行って、明るい街燈の下で懐かしい楽譜を眺めました。
「ああ、これだ、書いたときのままだ。あの頃は、歌曲の注文が多くって、残りの楽章を書いてる暇がなかった。でもいまは、時間にしばられることもなく自由に書き加えることが出来るのだ」
 ピアノはないけれど、あの頃も作曲にはほとんどピアノは使ったことがなかったので、その夜一気に残りの楽章を書きあげました。
「頭で描いていたとおりの曲になった。特に4楽章のフィナーレがすばらしい」
 すっかり満足して、シューベルトはまた国立博物館へ行き、ガラス・ケースの中へ楽譜を戻しておきました。
 数日して、新聞に「フランツ・シューベルトの楽譜発見される。音楽界に衝撃のニュース。現在、本物かどうか筆跡鑑定を実施中」という記事が第1面に大きな活字で報道されました。
 クラシックの音楽学者や音楽関係者は、世界が混乱するのを警戒して、新たに見つかった3楽章と4楽章を非公開で演奏をすることにしました。
 視聴に来ていた人たちは本当に驚きました。
「これはたいした曲だ。文句のつけようがない出来栄えだ」
「いったい誰が持っていたのか。どこに隠されていたのだろう」
 演奏を聴いた人たちは、何日もの間、新しく見つかった楽譜について慎重に議論しました。そして世間にこの楽譜を公開するかどうか迷いました。科学検査なども行われましたが、結局、公開されなかったのです。重大な事実があったからです。
 音楽そのものはシューベルトが書いたものと間違いがないと断定されましたが、書かれた用紙の中に一週間前の新聞の朝刊のチラシの裏面が使われていたからです。これでは本物であるはずがありません。
 そのような理由で、「未完成交響曲」は、やっぱり「未完成交響曲の」ままにされることになりました。
 お墓の中で眠っていたシューベルトは、そんなことなどぜんぜん知らないまま、夢の中で、今度は晩年の名作「冬の旅」を直したいと考えていました。
「あの歌曲集は、最後がどうも尻切れトンボだ。主人公にもう少し旅をさせようかな」
そんなことを考えていました。







(未発表童話です)




 

2017年4月11日火曜日

木製ミサイルが飛んできた

 ミサイルの飛行実験ばかりやっている国がありました。もう何千回も実験していたので、とうとう鉄がなくなってしまい、木製のミサイルに変わりました。ところがこのミサイル、ロケットエンジンの熱で燃えてしまって、落ちてくるときは炭になっていました。
 その様子をいつも見ていた山小屋の炭焼きたちが、
「今日はおれの庭に落ちてこないかなあ」
と空を見上げていました。
 木を伐って燃やさなくてもいいので大助かりです。
 ところがある日、ミサイルが燃えてしまってはなんにもならないというので、今度はガラス製のミサイルに変わりました。
がっかりしたのは炭焼きたちです。
「ああ、木製の方がよかったのに」
落ちてくる飴のように溶けてしまったミサイルをつまらなそうに見ていました。








(未発表童話です)





2017年4月4日火曜日

どこへでも出かける郵便ポスト

 田舎の郵便ポストに、ポトンと手紙に投げ込まれました。
お腹の中へ入った手紙がポストに話しかけました。
「お友だちからの手紙ですよ」
読んでみました。
「お元気ですか。わたしはいま海の見える丘の上に立っています。一度遊びにきませんか」
さっそくポストは仕事のことなんかすっかり忘れて、テクテク歩いて行きました。
海が見えてきました。丘の上にポストが立っていました。
「やあ、ひさしぶりだね」
「きみも元気そうだね」
丸一日、友だちとおしゃべりをしたり、浜辺で釣りをしたりして帰ってきました。
 あるときは、山の湖のほとりに立っているポストからも手紙が届きました。
「御無沙汰しております。こちらへも遊びにきませんか」
 ポストはまた出かけて行きました。
山を登って行くと、見晴らしのよい高原が見えてきました。湖のほとりにポストが立っていました。
「きれいなところだね」
「空気もおいしくて新鮮さ」
小鳥のさえずりを聴きながら、ボートに乗ったり、温泉に浸かったり、のんびり過ごして帰ってきました。
 またあるときは、町の映画館のそばに立っているポストからも手紙が届きました。
「面白いSF映画を上映してるから観に来ないか」
さっそく出かけて行きました。
ポップコーンを食べながら映画を観て帰ってきました。
 そんなふうにいつも気ままにどこへでも出かける郵便ポストだったので、村の人たちや郵便配達人は困ってしまって、
「どうだろう、あちこち出かけないようにロープでからだを縛ってしまおうか」
とみんな真剣に考えていました。





(未発表童話です)