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第2班の捜査は、同じく事件発生から3日後に開始された。担当刑事は、被害者(浅井武史)の住居である白木アパートの捜索を先ず行った。管理人の付き添いで被害者の部屋へ入れてもらった。部屋は2階の202号だった。部屋は6畳2間で台所、トイレ、風呂があった。日当たりのよい北側の6畳に机と椅子があり、本棚には週刊誌や文庫本などが入っていたが、株式や金投資の本も多かった。机の上には何もなかった。パソコンが置かれていた跡があり、何者かが持ち出したようだ。携帯、スマホなども無かった。押入れの中に簡易な金庫があり、鍵が開いており、開けて見ると預金通帳、印鑑などが無くなっていた。
「留守中に誰か入ったな」
担当刑事は管理人に入居者は何人か尋ねた。
管理人は全部で6世帯、1階は4世帯、2階は2世帯と答えた。
刑事は各部屋を回って事件当日の6月28日の夜、被害者の部屋に誰かやって来なかったか尋ねた。
各部屋の住人は、誰も気づいていなかったが、102号室の住人が、事件当日の夜、2階へ誰かが駆け上がる音を聞いていた。
「その日は遅く帰宅してお風呂に入ろうかと思っていたとき、外で階段を駆け上がる音を聞きました。午後10時半頃でした」
「その足音は202号へ入りましたか」
「たぶんその室だったと思います」
「何時頃に降りてきましたか」
「お風呂に入っていたので知りません」
刑事は話を聞いて、階段を登って行ったのは被害者を殺害した犯人ではないかと疑った。
アパートの住人の話によると、被害者の男性は、いつも車を駐車場に置きっぱなしにしており、普段は自転車を使っていた。車はブルーのカローラだった。免停中で車の運転が出来ないためだった。
「浅井武史さんはどんな仕事をしていましたか」
管理人に尋ねると、
「ホームセンターで働いていました」
ほかの入居者に被害者の人物像を尋ねてみると、あいさつもするし、明るい性格の男だという印象だった。
いつも部屋の中は静かで、夜は遅くまで照明が着いていた。めったに人も来なかったが、1か月前から夜遅くに誰かが階段を登っていく音を聞いたと入居者は話した。夜になってからで、どんな人か見たことがないので人相などは知らないといった。二、三度シルバーメタリックの車が道路わきに駐車していたのを見たと言った。
担当刑事はそれらのことを手帳に細かくメモした。
恐らくこの部屋に忍び込んだのはシルバーメタリックのトヨタカムリに乗っていた人物だと刑事は推察した。犯人は、事件当夜、青葉トンネルの入り口付近で被害者を電車で殺害した後、車でこのアパートへやって来たのだ。金品を奪うためだろう。殺害した被害者の部屋の鍵を持っていたので、容易に入れたはずだ。でもパソコンまで持ち出しているのはどうした訳だろう。
刑事が部屋の中を念入りに捜査していた時、ゴミ箱の中に紙屑がたくさん入っているのに気づいた。取り出して確認するとそれはメモの切れ端で、何かを計算していたような跡があった。
「これは損益を計算したものだ。株式か何かの投資商品だな」
刑事は部屋の写真を撮り、外へ出た。
2日後、被害者が働いていたホームセンターを調べることにした。ホームセンターは福井銀行のすぐ向かいにあった。その前を国道27号が通っている。
ホームセンターの店長は荷物の仕分けをしていた。
「警察の者ですが、この店に勤めていた浅井武史さんのことで少しお話を伺いたいことがあります」
「浅井君ですか。5日前から無断欠勤ですよ。連絡がないので困っています、どこへ行ったのかぜんぜん知りません」
「浅井さんはいつからここで働いていたのですか」
「2年前からです。明るい性格の男ですけど」
「浅井さんは、休日は何をしていましたか」
店長は刑事が何を調べにきたのか不思議に思ったが、
「彼は高浜のギターサークルに入っていました。休日はギターの練習に行ってました」
「サークルの名前はわかりますか」
「一度聞きましたが、忘れました。週に一度、練習があると言ってました」
「ほかに趣味などはなかったですか」
「お酒が好きでしたから、よく居酒屋へ行ってました」
「それだったら、ギターサークルの人たちとも一緒に飲みに行ってたでしょう」
「演奏会が終わると行くといってました」
店長から話を聞いて、担当刑事は店を出た。
翌日、被害者の財布の中に入っていたレシートに記載された居酒屋を当たってみた。居酒屋の名前は「ウェーブ」で高浜駅から少し離れた場所にあった。
店に入るとすぐに店長を呼んで事情を話した。店は準備中だったので、店員をひとりひとり呼んで聞き込みをした。
店員のひとりに、被害者の顔写真を見せたとき、次のような重要なことを聞いた。
「その写真の方は、よく店に来られていました。ホームセンターで働いておられたので顔は知っています」
「お店には誰と来られていましたか」
「あの人はクラシックギターのサークルに入っていていつもサークルの人たちと7、8人で来られました」
「なんというグループ名ですか」
「確か「あじさい」とか聞いています。高浜町文化会館や公民館などでよく演奏会をしていました」
「台風第7号が来た6月28日は来店されましたか」
「はい、凄い雨の中、歩いて来られました。あの日は客が少なかったのでよく覚えています」
「そのときも7~8人でしたか」
「いいえ、その日は2人でした」
「時間帯はいつですか」
「午後8時過ぎでした」
「相手はどんな容姿の方ですか」
「眼鏡をかけた背の高いグレーのスーツと青いネクタイの若い方で、食事する時以外はずっとマスクを掛けていました。仕事帰りのようで、業務用の鞄を持っていました。いつもはギターサークルの演奏会のことばかり楽しそうに話しておられましたが、そのときは熱心にお金の話をしていました」
「どんな会話でしたか」
「料理とお酒をテーブルに運んでいた時に聞いたのですが、なんでも、投資で多額の利益をあげているとかいっていました。」
「その眼鏡の人もお酒を飲んでいましたか」
「いいえ、ウーロン茶だけでした」
「その時のレシートを見ると、二人が清算を終わってお店を出たのは21時10分ですね」
「そうです。相手の方は車で来たようです」
「車の種類は覚えていますか」
「いいえ、確認していません」
刑事はそれらのことを手帳にメモした。
「この写真の方は、その眼鏡をした男性とその日以前に来店したことはなかったですか」
「確か、ひと月前に一度来店されました。でもどんなことを話しておられたのか知りません」
「そのときもグレーのスーツと青いネクタイでしたか」
「はい、同じ服装でした」
担当刑事は、「ウェーブ」の店員から話を聞くと店を出た。
警察署に戻ったあと、これまでの聞き込みの内容をまとめてみた。「ウエーブ」の店員の話では被害者は何かの投資によって多額の利益をあげて、そのことを眼鏡とマスクを掛けたスーツを着た人物(銀行員か証券マンと思われる)も承知しており、その多額の金を金融機関に預けるか、あるいは投資に回すかの相談をしていたのではないかと推察した。しかしその人物は、内心ではその金を着服することを考えており、事前に被害者を殺害する計画を立てていた。それが今回の事件の動機ではないかと疑った。
そうだとすれば事件当夜、被害者と「ウェーブ」で会っていたその男のことを徹底的に捜査する必要がある。また、被害者が入っていたギターサークルの会員の中に、被害者が投資で多額の利益を出したことを知っている者がいないかも調べる必要がある。
第2班の担当刑事は第1班の刑事とお互いに情報交換を行いながら捜査を続けた。(つづく)