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事件発生から3週間が経過した7月19日に、捜査本部では、第1班と第2班の報告をまとめた。
先ず、今回の電車轢死事件の動機は、被害者(浅井武史)が投資(暗号資産)で利益を出した金を着服する目的で行われた。犯人ははじめ金融機関の人間(銀行員、証券マンなど)が考えられたが、第2班の捜査で、税理士の可能性が高い。その理由として、被害者は暗号資産で多額の利益を出していたが、海外取引所の閉鎖によって確定申告に必要なデータが取り出せなくなり悩んでいた。これを解決するために税理士を探して相談した。
その税理士は、ビットコインを着服するため被害者を殺害する機会をうかがっており、事件発生の1か月前から度々高浜港、高浜海水浴場、事件現場のJR小浜線青葉トンネル入り口付近へ下見に行っていた。
その税理士は京都ナンバーのトヨタカムリの所有者で、年齢は20代、ブルーのネクタイ、グレーのスーツを常に着用し、眼鏡を掛け、マスクをしていた。
その税理士は、事件発生の夜以前にも居酒屋(ウェーブ)で被害者と会っており、被害者から暗号資産の情報(利益額)などを聞いて知っていた。
その税理士は、事件当日の夜に被害者を誘って高浜町の居酒屋で会い、泥酔した被害者を車に乗せ、青葉トンネン入り口付近の線路上に連れて行った。おそらく居酒屋で被害者のグラスに睡眠薬を混入させたと考えられる。被害者を殺害後、高浜町の被害者の住んでいた白木アパートへ行き、被害者が持っていたアパートの部屋の鍵で侵入し、パソコン、スマホ、預金通帳、印鑑などを奪って逃走した。
警察はこのようにこれまでの捜査をまとめた。
第1班と第2班の担当刑事はこの中で、犯人がどうしてパソコンまで持ち出したのか不思議に思った。それは被害者が暗号資産を既に現金に変えていると思ったからだ。しかし、ギターサークル(あじさい)の高木氏の話を思い出したとき、ふとこんな考えが浮かんだ。
「浅井武史は、まだビットコインを売却していないのではないか。別の海外取引所に移した200ビットコインはそのまま残っている」
そう考えると疑問が解消できるのだ。
「その税理士は、パソコンを持ち出してどこかでビットコインを売却することを考えている」
さらに担当刑事は思った。その税理士がどうして殺害までして、ビットコインを奪おうとしたのかその動機を調べなければいけない。
さらにもう一つの疑問がある。それは犯人が被害者を殺害するために頻繁に高浜港や高浜海水浴場へ下見に行き、水死させるつもりであったにもかかわらず、どうして電車による轢死を実行したのかである。担当刑事はこれらの疑問を早く突き止めたいと思った。
捜査会議が終わってから数日後に、住民からの新たな情報が小浜警察署に寄せられた。
その情報は事件発生の20日前、名田庄村から高浜港へ海釣りに来ていた子供連れの家族からの目撃情報だった。高浜港の船着き場でシルバーメタリックのトヨタカムリから降りてきた背の高いスーツ姿の20代の男性を見たというのだ。20日前といえば6月8日である。
父親と母親の話によると、午後4時頃、背の高い(身長が180㎝くらい)の男性が車から降りてきた。グレーのスーツ、青色のネクタイをしており、眼鏡を掛けていた。その時はマスクを外して海をじっと眺めていた。小学生の女の子が、その男性の右の耳の下に大きなホクロがあるのを記憶していた。男性は20分くらい船着き場をうろついていた。
その家族は今回の事件を新聞で読んで知っており、情報を提供してくれたのだ。これで犯人と思われる人物の特徴が更に詳しく分かった。
ではどうして犯人は事件当日の夜、電車による轢死を実行したのか。頻繁に下見にやって来た高浜港や高浜海水浴場ではいけなかったのかについて調べることにした。
担当刑事は事件当日の天候を調べるために、京都地方気象台に問い合わせてみた。事件当日、天気予報を担当した予報官に話を聞いてみた。予報官は次のように説明した。
「あの日(6月28日)は、台風第7号が紀伊半島から強い勢力を維持したまま北上してきました。この台風はいわゆる迷走台風で、本州に近づく頃から進路と速度が頻繁に変わるようになりました。奈良県北部からはじめ進路を北東に変えて北陸地方へ向かうコースを予想しましたが、京都府南部から進路を北に向けて速度を上げて若狭湾を通過して行きました。台風本体の雨雲がこれらの地域で大量に雨を降らせました。
福井県西部の小浜市、高浜町では時間雨量で100㎜の雨を降らせた場所がありました。これは滝のような雨で視界も非常に悪いです。問題は、台風が予想よりも早く抜けため、午後9時過ぎには、北寄りの吹き返しの風に変わりました。ですから海上は高波で海には近づけません」
予報官の話を聞いて、担当刑事はこう推理した。
「そうか、犯人は、最初、高浜港か高浜海水浴場で被害者を水死させるつもりだったが、台風が予想に反して進路を北に向け、速度を上げて若狭湾を抜けたために、北寄りの吹き返しの風で波が高く海に近づけなかった。それで電車による轢死を実行したのだ」
担当刑事は、犯人が事前に当日の天候を十分に調べていることから、気象に詳しい人物だと考えた。今回の台風第7号は、進路予想が非常に難しく、犯人も当日の台風の進路を予測出来なかったのだ。
数日後、遺留品を調べていた鑑識課から次のことが報告された。
轢死現場近くの田んぼの中に落ちていた白いマスクからわずかな唾液が検出されたのである。その唾液から血液型が判明した。血液型はB型であることがわかった。被害者浅井武史の血液型はA型であり、マスクを付けていたのは犯人のものと推定できる。マスクは新しく汚れはなかった。
「その税理士を調べよう」
担当刑事は、綾部市と福知山市に事務所を置く税理士事務所を一つずつ調べることにした。
その結果、税理士事務所があるのは、綾部市で4店、福知山市で6店だった。年配者が多く、20代の職員はすべて女性ばかりだった。その中で綾部市の会計事務所に一人20代の男性の税理士が働いていることがわかった。「木下会計事務所」という税理士事務所で、電話による聞き込みで、その男性税理士は黒田という名前で、この事務所で先月まで働いていたと話した。しかし現在は連絡がとれないといった。だが、第2班の刑事がこの税理士事務所を調べた結果、今回の電車轢死事件の犯人が特定できたのである。(つづく)