2024年10月31日木曜日

(連載推理小説)夢遊病者の犯罪

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 四日後、注文していた帆船模型が宅配で届いた。以前は模型店へ行って買っていたが、品数が多いネットでの購入はやはり便利だった。帆船模型の制作は時間が掛かるので、仕事が暇なときに制作した。大航海時代のスペイン船やポルトガル船、イギリス船などが好みだが、その日は十九世紀に活躍したフランス海軍のナポレオンという軍艦を買った。塗料を塗りながらの作業はさらに時間が掛かるが仕上がりは実によい。
 数日後、店が終わってから自宅で帆船模型を作ることにした。ところがいつも使っているピンセットと小型のドライバーが見当たらないのだ。どこにしまったのだろう。机の引き出し、戸棚の中を調べたがないのだ。洋服ダンスの中もついでに調べてみた。洋服ダンスの隅に黒いレインコートが入れてあった。ところがその黒いレインコートを見た時驚いた。最近まったく着ていないのに雨に濡れたあとがあるのだ。更に驚いたのは、レインコートのポケットに手を入れた時、中から、探していたピンセットと小型のドライバー、それから白い手袋と数本の針金が入っていたのだ。こんな物を入れた覚えはない。なぜだろうと考えたがまったく分からなかった。
 そのような時期に次の事件が起きた。
 運送会社の事務室から三千万円の現金が金庫から盗まれたのだ。事務室は三階にあり、何者かが会社の裏口のドアの鍵を開けて中へ入り、事務室の金庫のダイヤルを器用に外して盗んだのだ。
 その夜も雨の日で、犯行が行われた時間帯に近くのアパートの住民が、窓の外の歩道を歩いて行く黒いレインコートを着た人物を目撃していた。その男は運送会社の前で長い時間立ち止まっていた。歳は三十代くらいの男だったと話した。警察はその黒いレインコートを着た男の行方を追っていた。
 翌日、店にやって来た客たちも各々その事件のことを話した。
「犯人は、何度も運送会社を下見に来ているな。金庫が置かれている部屋を知っているんだから。そうなるとこのあたりの人間だな」
 客の話を聞きながら脇田正也もそう思った。
 頻繁に発生する事件のために、住民たちはまったく落ち着かなかった。地域の警察は犯人の割り出しを急いでいた。不可解な事件がいくつも起こるので脇田正也は次第に自分自身に疑いの目を向けるようになった。
「もしかしてこれらの事件は、すべて自分の仕業ではないのか」
 理由は分からない。しかし事件の犯人の特徴が自分によく当てはまるのだ。
「ひょっとして俺はあの医者に暗示をかけられて、犯行をさせられているのではないか。病気を治してやるといいながら、まったく症状は改善していないのだ。それどころか病気が前よりも悪くなっている。奇妙な夢を見るのもそのせいだ」
 脇田正也はそう感じたので、今度医院に行ったら医者のことを調べてみようと思った。
 月曜日がやって来ると医者に会いに行った。ところが、医院へ行くと、入口のドアに「本日休診」と札が掛かっていた。
「おかしい、どんな用事があるのだろう。それに俺には何の連絡もない」
 その日は仕方なく帰ることにした。
 しかし次の月曜日に出かけると、医院の看板は外されて、入口のドアは閉まっており、ただの空き家になっていた。
「いったい、あの医者はどこへ行ったのだろう」
 不可解なことばかりなので、脇田正也は驚き、呆然となった。でもそれは最初の序章に過ぎなかった。家に帰って来てから、しばらくした時玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、二人の警官が立っていた。
「最近起きている盗難事件の件で、任意で調べたいことがある。ご足労だが署まで来てくれないか」
 警官の言葉に脇田正也は驚いたが、自分に容疑が掛かっていることに自分自身気づいていたので、この際、すべてのことを警察に話した方がよいと思った。
「分かりました」
 警官に連れられて脇田正也は警察署へ行った。
 警察署の取調室に入ると刑事から次のような質問を受けた。刑事は封筒の中から何枚かの写真を取り出して言った。
「この写真の人物は君じゃないかね。盗難のあった運送会社の駐車場の監視カメラで映った映像の一部だ」
「私はそんな所へ行った覚えはありません」
 脇田正也は、刑事の指摘に真っ向から否定した。でも、写真をよく見ると確かに自分に似ている。帽子を被っているので正確のところは分からない。でもよく似ている。
「しかし、事件現場にいたのは君だ。それから、あとの二つの盗難事件もそうだ。犯人はいくつかの証拠を残している。最初の交番に侵入した事件からだ。犯人が拳銃の入っている机の引き出しの鍵を外したときに使った針金とピンセットに付着していた塗料が検出できた。君の趣味は帆船模型の製作だね。君の店の常連客から聞いた。塗料は模型製作の時に使うものだと分かった。次の事件でも同様に外した鍵穴に塗料が着いていた。
 ほかにも証拠がある。金庫室の床に無線用のイヤホンが落ちていた。片方の耳に付けていたものだ。どうして犯人は落としたことに気付かなかったのだろう。正常な人間ならすぐに気づくはずだ。その答えは簡単だ。犯人が半睡眠状態で、正常な意識ではなかったからだ。君にはその症状があるね。君は無線によって誰かの指示を受けて運送会社へ入ったのだ。我々はその人物を探している。君が黒いレインコートを持っていることも知っている」
 刑事は近所の人や常連客から自分のことをすべて聞き込んでいたのだ。
 脇田正也は呆然となった。これまでの一連の事件がすべて自分がやったことだったからだ。それも自分の病気を利用しての犯行だった。証拠はそろっているのだ。無実を証明しないと全部自分の犯行にされてしまう。脇田正也は、自分が夢遊病者で、医者に暗示を掛けられて犯行を行ったこと、そして毎週医院に通院していたことをありのままに話した。(つづく)








2024年10月1日火曜日

(連載推理小説)夢遊病者の犯罪

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 二週間が経ったある日のこと、脇田正也はいつものように店で仕事をしていた。近所の常連客がやって来て散髪を頼んだ。脇田正也は毎日鋏を動かしながら仕事に集中していた。あるとき客のひとりからこんな話を聞いた。
「あんた知ってるかね。昨日の深夜、となり町の交番で拳銃が盗まれたんだ。巡査が仮眠していたとき誰かが入って盗んでいったらしい」
 客の話に脇田正也も驚いた。
「本当ですか。大胆なことをする泥棒ですね」
「いま警察で犯人の行方を追っている。なんでも拳銃が保管されていた部屋の机の引き出しの鍵を外して奪ったそうだ。素人には出来ない芸当だな」
「でも、拳銃を奪って何に使うのでしょうね」
「そりゃあ、決まってるさ。強盗をやるのさ」
 その事件は早速その日の新聞に載った。店が終わってから脇田正也もすぐに読んでみた。新聞の記事によると昨夜は小雨が降っており、どの家も電灯を消して眠りについていた。事件が起きた時刻、交番から東へ百メートル離れた場所にタクシー会社があり、深夜勤務の従業員が、犯行が行われた時間帯に、黒いレインコートを着た人物が交番の方へ歩いて行く姿を目撃していた。黒い帽子を被っていたので顔はわからない。その時間帯は人通りもなくほかには誰も通行していなかった。警察は事件が起きた時刻に交番の方へ歩いて行ったその人物に焦点を当てて調べていた。
 店にやって来る客たちも新聞を読んでその話題を盛んに脇田正也に話した。
「盗まれた拳銃で事件が起きないといいが。でも犯人はどんな奴だろう」 
 客の話を聞きながら鋏を動かす脇田正也だったが、その事件のことよりも最近気になることがあった。それは夜中に見る夢のことだった。夢の中で奇妙な音が聞こえるのだ。それは雨の音であったり、歯車が回る音だったり、はっきりと分らない。が、そんな音が頻繁に聞こえてくるのだった。
「以前はそんな音のする夢など見なかったのに、どうしてだろう」
 月曜日が来て、脇田正也は約束どおりとなり町の医院へ行った。
 医者はいつものように脇田正也をソファーに寝かせて精神分析を行った。脇田正也は最近よく見る夢のことを医者に話してみた。
「その症状はいつから起きている」
「二週間くらい前からです」
「そのような夢をこれまで見たことはなかったかね」
「はい、一度も」
医者は話を聞きながらカルテに記録していく。
「最近、働き過ぎではないかね。その音は仕事で使う鋏が触れ合うような音ではないか」
「そうかもしれません。いや、分かりません」
「ほかに夢の中でどんな景色が見えるかね」
「夜道を歩いている夢が多いです。雨降りの中をー。断片ばかりでよく覚えていません」
「そうかね、でも心配することはない。君はお店でいつも客の髪を洗っている。たぶん水道を流す音だ。誰にでもある夢だ。さあ、心の中にあることをすべて話してみたまえ」
 医者に言われて脇田正也は夢の内容を詳しく話した。
診察は二時間くらいだが、いつも眠り込んでしまい目覚めると、精神安定剤だと言って薬をくれた。そして日当五万円を貰って帰った。
 一週間が過ぎたある日のこと、客が言ったように、別の町で盗難事件が起きた。その夜も雨が降っていた。事件があったのは高級貴金属店だった。深夜、一時頃、その店に何者かが侵入し、ガラス棚に保管されていた二千万円相当の貴金属が盗まれたのだ。
犯人は店のドアの鍵を難なく外し、店内に侵入したのだ。深夜のことで目撃者はいなかった。だが、事件が起こる一時間前、近くの公園の中を、黒いレインコートを着た男が公園の中をうろついている姿を近所の人が目撃していた。また事件が起こった後、黒い乗用車が猛スピードでこの町から出て行ったとの情報があった。
 警察は犯人がその車に乗って逃げたと推察した。店に侵入したのは黒いレインコートを着た男だが、車を運転していたのは別の人物だと睨んだ。
「先日の交番の事件と犯人の人相が似ているな。おそらく同一犯人の仕業だな」
 店にやって来る客はいつも事件の話をした。
 脇田正也は鋏を動かしながら客たちの話を聞いていたが、ふと気になることがあった。それは犯人が着ていた黒いレインコートのことだった。脇田正也も黒いレインコートを持っているのだ。若い頃は車を所有していなかったので、いつも自転車を使っていたとき着ていたのだ。でも今は洋服ダンスの奥に閉まってある。
「まさかー」
 変に思ったが、自分が持っている黒いレインコートと今起きている事件とは何の関係もないので、それ以上のことは深く考えなかった。
客の髪を切り終えると、脇田正也は、髭剃りの準備をはじめた。
 客はその間、店に飾ってある帆船模型を眺めながら、
「今も帆船模型は作っているのかね」
 客が尋ねたので、脇田正也は、
「はい、数日前に、ネットで三万円の帆船模型を注文しました」
「そうかい、また完成したら見せてくれ」(つづく)